西と示された方向へ行くも、あっちに見覚えがある気がする、あの建物の角を曲がった気がする、とあやふやな証言に惑わされ、気付けばどっぷり日が暮れていた。
「お前らなぁ、外で生きるってんなら方向感覚は必須だろーが」
「ううううるっせー! 壁の中でのうのうと生きてるやつなんかにわかるかよ!」
「残念だったな、俺は外出身だ」
「そこの二人ー、ミアちゃん寝てるんだから静かにねー」
気まずそうに呻き声になるエリオの一方、へーい、という間延びた声が続く。
ここは海岸を少し離れた川沿いの廃墟が一角。比較的倒壊の危険がなさそうなものを選んだだけあって、中もそこそこに保全されていた。男共から譲られたソファに腰かけ、膝を枕にして眠るミアの背を一定のリズムで撫でる一方の手で端末を操作する。現状報告を済ませ、意を決したような顔で端末片手に唸るケイで察したらしいリンドウが、ソファの背もたれに肘を置いてそれを覗き込んだ後、ぱっと端末を取り上げた。
「あっ、ちょっと、返してよー!」
「うーわ、真っ白じゃねぇか」
「う……」
ストレートすぎる感想に、剣に貫かれたような呻き声が喉から漏れる。
メール機能を立ち上げたそこには、宛先アドレスがかろうじて埋まっているくらいで、件名すらまともに書かれてない。
膝にミアがいる以上、尻をソファから浮かすことができないので手を精一杯伸ばすが、勿論届くはずもなかった。
「く、っそー! また身長伸びたなー!?」
「お前だって伸びただろ?」
「五センチね! 育ち盛りなんだから私は当然だけど、なんでリンドウはもう十七の癖に伸びるの!」
「男は二十歳までくらいなら割と伸び続けンだよ。今お前身長なんぼだったっけか」
「百五十!」
「14にしてはまぁ、普通か?」
「………平均身長よりはちょっぴり低い。ちなみに目標は百八十」
「いやそれは無理だろ」
「だってさ、やっぱり腕長い方がリーチ長いじゃん」
「やめとけやめとけ、リーダーが泣くぞ」
「嬉しさでだよきっと」
「……あながち間違いじゃなさそうなのがな」
「というわけで私は寝る!」
「あっ、テメ、そういう魂胆か! じゃんけんだじゃんけん!」
「アンタらが静かにしろ」
エリオの適格なツッコミに、ケイとリンドウは顔を見合わせた後静かにじゃんけんを始めた。
ゴッドイーターの夜は長い。
*
「おねぇさん、ほんとにアラガミを倒せたんだねぇ」
道中、アラガミの襲撃を受け、慣れっこのケイとリンドウが欠伸交じりに神機を振るいつくしたあと、緊張感の欠片もない間延びした声がそう言った。それも無理もない、何せ此度で両の手を超す襲撃となったのだから。
最初のうちは恐怖し慌てまくてったチビ二人も、流石に慣れもするというところだった。
こうして歩き回って、早三日であった。食糧は十四日分持ってきていたのでまだ余裕がある。しかし、流石にそろそろ自分たちも任務に戻らなければヤバイ頃合いである。
「私、そんなにガキっぽいかなぁ」
「恰好が悪いのかもな。そのマントとか」
「気に入ってるのに……」
えー、とケイは自分で振ったくせして不満そうに口を尖らせた。けれど確かに、十になる前から愛用しているのだから、子どもらしいものなのは確実だろう。特に前で結ばれた黄色のリボンとか。ちまちま繕ってるのでそこまでボロくはなっていないと思うが、そろそろ代え時かもしれない。ふと首の後ろがピリッと痺れ、ぱっと周囲を見回すと、右斜め後ろ三十メートル向こうにザイゴートが浮遊しているのが見えた。
「リンドウ、四時の方向にザイゴード複数体。援護するからよろしく」
「げ。お前といると異様にアラガミに会敵する気がするんだよなぁ」
ぶつくさ言いながら駆け出したリンドウを囮に、襲い掛かろうとするザイゴードを借りている神機で撃墜させる。片手に銃、片手に剣を持つのは意外と扱いづらいものがあるが、リンドウには強そうだな、と好評だった。確かにガンタイプとソードタイプが併用できたらもう少しくらい戦うのが楽になるだろうなと思う。さした苦労もなくアラガミを殲滅し、進軍を再開しようとした矢先、ミアがケイの神機に手を伸ばしてきたので、ぱっとそれを遠ざけた。
「こらっ、触っちゃだめ」
「えーっ、なんで?」
「神機は、基本的に適合者……ええと、パートナーにしか触れないんだよ。パートナー以外が触ったら、その人に襲い掛かるの」
「これが?」
「こう見えて、そこいらのアラガミよりよっぽど狂暴だよ」
にやり、と悪い顔で笑うと、ミアはほんとに? と怪訝そうに首を傾げた。彼女は静かで武骨なだけのこの鉄の塊しか知らないので、その反応は正常である。捕食形態を取らねばいけないほどの大物は今のところ現れていないし。
リンドウが戻ってきてさあ再度出発だというところで、エリオがあっ! と声を上げた。
「あそこだ! オレたちの今の拠点!」
エリオの指さす先、整然と並べられた家々の波の向こうには、家屋というよりも邸宅と呼ぶ方がふさわしい館が佇んでいた。所々崩壊の後が見られるが、人の修復の手が確かに入れられている。
「目測……3キロってとこかな。徒歩なら三十分くらい?」
「もっと早くいけねーの」
「まぁ走れば半分以下になるけど……」
「これからまた捜索の旅に出なきゃなんねーんだぞ。体力温存だ体力温存」
「えー」
エリオは口先で不満を声に出したが、こちらの言い分が正しく思ったのか、ここにきて恩でも感じているのか、それ以上その話題は続かせる事は無かった。ミアを抱きかかえ直し、顔を持ち上げてじゃれつくサーラの相手をする。
「……リンドウ?」
「ん? おー、なんでもねぇや。行こうぜ」
見上げれば、僅かに目を細めたリンドウの表情が目に入ったので、彼の視界に入って首を傾げる。しかしそうしていたのは一瞬、すぐにぱっと表情を戻しいつもの斜に構えたような顔になったので、ケイは気のせいかなと思い過ごすことにした。
「………ええと、ずいぶんと整理整頓ができないひとたち、なんだね?」
「ンなわけねーだろ……」
館の扉をしばらくノックし続けても反応が全くなかったので強行突破、つまり勝手に開けることにしたのだが、中はひどい有様だった。
棚らしきものは薙ぎ倒しにされ、シャンデリアだったものは無惨に床に散らばって、花瓶やチェストの残骸が床に散乱していた。ゴッドイーターの優秀な嗅覚が訴える、嗅ぎなれた嫌な臭いに、ケイとリンドウは眉根を寄せた。
「二手に分かれよう。私は二階、リンドウは一階。サーラ、ステイ。エリオとミアはここにいて。アラガミが来たらサーラは勝手に動いてくれるし、私かリンドウのところに来るよう躾がされてる」
「賛成だ。お前は今、守るような戦いはできねーしな」
ケイは現在、右手に自身の神機、左手に目標の神機を握っている。この二刀流もどきでは、子ども二人を抱えて走ったり跳んだりなどの芸当はとても出来ない。リンドウはそもそもそういうのあまり性に合わないなどとほざくし。ケイとしては、彼ほど護衛任務が得意な人間もそういないと思うのだが。
ともかくそういうわけで、効率を考えてさっさと終わらせた方が良いのでは、という事である。正直言って、この館には他に人間の気配がしないのも関係している。
――――最悪を想定して、二人をあまり動き回らせるべきでない。そういう判断であった。
「周りにアラガミの気配はしねーよな?」
「うん。大丈夫だと思う」
「気配とかわかんのかよマジで……」
「ゴッドイーターってすごい人、ミアおぼえた!」
「いやコイツと標準的な神機使いを一緒にすんな。コイツがオカシイだけだ。普通はそんな芸当できない」
「オカシイって何!?」
「あーハイハイ、じゃあ一階探索してくるわー」
「あっ、待っ、ちょ、逃げ足はやっ! もう! じゃあエリオ、ミア、サーラ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、おねぇさん!」
「ワン!」
「……ん」
三者三様に見送られ、ケイはおそらくエントランスに該当していたであろう大部屋から階段を一段飛ばしで上った。こういう家屋では、崩壊が深い場合は床を踏み抜いたりなどは珍しくない。よって、速攻が駆け抜けるが吉なのである。
二階に上がると、つい最近まで人が暮らしていたかのような痕跡はぽつぽつと残っていた。新しい足跡だとか、乾いてそれほど経っていない僅かな血痕だとか、逃げるときにひっかけでもして欠けてしまった箇所、扉の開閉のしやすさも一つの基準である。
一つ一つ部屋を見て、誰か残っているひとはいないかを確認していく。そして――後回しにしていた部屋の、扉を開いた。
部屋の中は、誰か、使用人かの部屋だったのだろうか。壊れた壁かけ時計、簡素なテーブルと文机に椅子、適当なベッド、それに―――血を流した、箪笥。
明らかに中に何かがいて、そこから血が流され続けている。生乾きのそれは、おそらく1日経過しているかいないかくらいだろう。
確認しなければならない。どうしても。意を決して、おそらく中からつっかえ棒でもしていたらしい、引っかかりの強いそれを、開けた。
「―――――…………あぁ………」
中には、痛ましい死体が二つ、ぎゅうぎゅうに押し込められていた。いや、おそらく、致命傷を負った二人がなんとかそれでも逃れようとして、二人ともがここに隠れたのだろう。腹部から見える内臓と骨が女性の、右足の腿から下が喰い破られたそこが男性の、それぞれの死因を物語っていた。時間が経った死体特有の腐臭と、集る蛆が彼らに纏わりついていた。
青白いを通り越したその顔に、ミアと同じ榛色の眼が虚ろに濁り、エリオと同じオレンジに近い赤毛がぼさぼさになって散っていた。耳の形がそっくりで、鼻の形が似ている。
つまり、そういうことだろうと思った。
箪笥の扉をそっと閉めて、その形を歪ませる。これでもう二度と、この扉が開く事は無いだろう。――あの、悪夢みたいな、なにもかもを壊して食らうアラガミども相手ではないのなら。
背後で扉がノックされる音がして、ぱっと振り向く。
「二階が当たりだったか」
「……うん、そうみたい」
「一階には脱出口があった。引きずった跡とか血痕、大勢の足跡があったから、逃げてるかと思ったが……そうか」
残った互いを確かめ合うようにして縺れ合った二体の死体。彼らは、自分たちの子どもが実は生きていたと知ったら、どう思うだろうか。
どうしよう、と聞こうとして、止めた。リンドウだって、どうしたらいいか誰かに聞きたい心地だろうとわかっていたから。
「……見なかったことに、しよう」
「お前、それは……」
「わかってる。なんの解決にもならない。最低で消極的で、多分ツバキちゃんだったら怒る提案だ。けど、最悪じゃない。最善でも、ないけど」
「……悪ぃ。俺が言うべきだった」
「……なにそれ。ばかだなぁ、リンドウは」
言い出しっぺがどうとか、そーいうんじゃないじゃん、私たち。笑って見せたけれど、うまく笑えた自信はなかった。
間違ったことを正してくれる人はたくさんいる、それはとても恵まれていることだ。
けど、正しいことがわからなくて、どうすればいいかわからなくなったとき、一緒に間違えられる誰かがいるときの安心感には敵わない。特に、こんな世界で、こんな職業に就いているのであれば。
「いつまでもは続けらんないよ」
「だな。でもやれるところまではやるっきゃねぇ、だろ?」
「うん。それに、この顔もなんとかしなくちゃね」
「違いねぇや」
鏡を見ているようだと二人は思った。年も違う、性格も性別も、生まれ育った環境も違うけれど、二人は確かに、言葉では言い表せない何処かが、限りなく似通っていた。
*
「あ、おねぇさん! おにぃさんも! おそーい!」
「死んだかと思った」
「ちょっと手間取っちゃって。ごめんごめん。サーラー、グッボーイ」
ミア、エリオ、サーラの順で撫で、最後にサーラにおやつジャーキーをご褒美に食べさせる。思えば一週間もこの二人を日々乗せ続けているのだから、サーラも大したものだ。訓練で一ヵ月ほど大きな荷物を乗せられ続けたのだから今更かもしれないが。ふっとい脚は逞しく、そろそろケイのウエストくらいはありそうだ。
「この子どこまで大きくなる気なんだろう……」
「二メートル行ったら流石に笑うな」
「いや流石にそんな、そこまで餌も与えてるわけじゃないし……待って、今なんか音がした! 頭の裏でピコンって! ピコンって!」
「ゲームのやりすぎだ馬鹿」
頭頂部に手刀を落され、呻くケイのその場所をミアが優しく撫でる。心配そうな榛色の大きな眼を真っすぐ見たが、もう痛みは湧き上がっては来なかった。
「おねぇさん大丈夫? つかれたの?」
「ううん大丈夫……ミアちゃんこそ疲れてない?」
「ヘーキだよ! 慣れっこだもん。ね、エリオ」
「まぁな。安全そうな場所が見つかんなくて一ヵ月さ迷い歩くなんてよくある。オレとミアはヘーキだ。で、みんなは?」
「逃げた跡が厨房にあった。どうも地下に繋がってるらしい。後を追いたいところだが……」
「梯子はちょっと、サーラが無理だからね……」
クゥーン、と申し訳なさそうな声を出すサーラをフォローするようにわしわしと撫でる。ミアとエリオは散々彼に世話になったからだろう、いや責めてねぇよ! とサーラをぽんぽんと叩いた。
「つーわけで、周辺をしらみつぶしに歩き回るしかない。長期戦になるかもだが、大丈夫そうだな」
「……オレが言うのもなんだけどよ、アンタたち、自分の仕事は大丈夫なのかよ」
「討伐目標と会敵できないのはホントだもん。嘘はついてないし、報告もちゃんとしてるよ」
「……ってかホント会わねーな。ケイ、お前新種討伐任務やったっつってたけど、どれだけかかった」
「四日。人手があったのもあるよ。ドイツ支部のひとたちすごく働き者だったから」
結局のところ、会敵なんて運だ。この世に無数に存在するアラガミたちから一匹を見つけ出すなんて、砂漠でダイヤモンドを見つけるようなものだ。
「確か近くに川があったよね。今日はもう水浴びしよう。そろそろ汗臭くなってきたでしょ? で、今夜は近くで野営。いいかな?」
「わかった」
「はぁーい!」
「りょーかい」
長く戦場に出ずっぱりの際は、外で身体を洗う機会なんてのはよくあることだ。シャワーなんて贅沢なものは世界規模の大規模反抗戦線ぐらいしか設置されない。その最中、時間を越えてしまい男女でブッキング、エロハプニーング、なんてのはないこともなく。まぁそれなりに野郎の裸なんぞ見飽きたケイであるが、流石に思春期のエリオの前ではあかん、とリンドウとのアイコンタクトの末、ごく自然に女子+サーラが先に水浴びとなった。
「おねぇさんはおにぃさんと恋人なの?」
「………とうっっっとつだね?」
「ずっとふしぎには思ってたよー」
ミアも外で暮らしていたので、自分の身体が洗えないなんて甘えた事も言わず、ささっと洗い終わって泳いだり潜水したりと遊んでいた。一方でケイも自分の体を洗い終わり、サーラをわしわしと念入りに洗っていたその時に、それである。
サーラの耳の後ろを掻くように洗いながら、ケイは肩を竦めて軽く笑う。
「私がリンドウを? ないない。ありえない」
「えー? 仲良しじゃないの?」
「ふふん、そりゃあ私とリンドウは仲良しだけど、無理。私、リンドウを人間だと思った事ほぼないもん」
本人が聞いたら溜息を吐くこと間違いなしな文句であるが、ケイは謝ることはあっても訂正することはないだろうと思う。それにリンドウもどうせ、似たようなことをケイに思っているだろう。
「アイツは私の相棒。手足の一部みたいなもんだよ。自分の顔に恋するバカはいても、自分の腕に恋する間抜けはいないでしょ」
本当の意味では、リンドウが人間であることはわかっている。笑ってくれたら嬉しいし、泣いていたら一緒に泣いてやるくらいには思う。生きると約束した。今は未だ、ただそれだけだ。
「………おにぃさん、人間だよ?」
「ミアちゃんにはちょっと難しいかな。とにかく、恋人じゃないよ」
「じゃあじゃあ、他に好きなひとはいる?」
「……なんでそういうことばっかり聞くの?」
「なんとなくたのしいから!」
「……オンナノコってすごいなぁ」
この年から既にませてるのか。ソーマは別にしても、このくらいの男子といえば下ネタと悪戯のことしか頭にないんじゃないのかっていうくらいのアホなのではないだろうか。すくなくとも壁の中にいる、たまにケイにまとわりついてくるガキ共はそうである。対照的に、女の子はケイをキラキラした眼で見つめてくるものだから、それはそれでなんだか気恥ずかしくもある。
「そういうミアちゃんは?」
「わたし? わたしはねぇ、おねぇさんみたいなひと、好きだよ!」
「おっとタラシの片鱗が。ミアちゃん、きっと将来大物になるぞー」
「おーもの! なるー!」
「うーん可愛い」
ワン! と肯定するようにサーラが鳴いた。無邪気で、優しくて、真綿みたいな女の子。
―――私はきっとすぐ近くに、彼女の笑顔を奪うのだろう。
けれどそれは、思っていたよりも早く、願っていたよりもずっと早く、やってきてしまう。