夜中、ばちっ、とケイは目を覚ました。
跳ねるように飛び起きて、周囲に警戒を巡らせる。すぐさま反応したらしいリンドウが、サーラの首筋を擽って覚醒を促す。
「どこだ」
「……近く。まって、何か、ヘン―――」
腕に爪を立てて聞き耳を立てていた最中に、微かに飛び込んできたのは、破壊音。建物を壊す音。
「探してるんだ……たぶん、いや、きっとそう」
「じゃ、囮はお前な」
「ん。二人のこと、頼むね」
「持ち堪えろよ」
「大丈夫、無理は通すけど、死にはしないよ」
腕輪をぶつけ合い、健闘を称える。
夜間の戦闘は昼間のそれよりずっと危険が多い。夜闇に紛れた小型アラガミは、大型アラガミとの交戦時は感知しづらいことこの上ないからだ。かつては不夜城、と電灯が灯り続けたなん十年か前ならまだしも、ここは街灯も避難誘導灯のひとつも点いてないここは、完全に月明りだけが頼りである。探照灯持ちがいるならまだマシなのだが、今回は二人なので夜間の戦闘は避け、撤退も手段とする気でいたから不所持なのだ。夜戦もないのにクソ重いあれを嬉々として運ぶのはアオイのみである。あの夜戦狂いがいれば勝ち確なのになぁ、とケイは苦笑いしながら、神機を両手に窓から飛び出した。
着地音を一切気にせず走り出し、向こうがこちらに気付くことを承知で駆け抜ける。地面の凸凹や車を跳躍して足場にしながら、月光に映える薄紅色の毛髪を持つそれに、勢いよく斬りこんだ。
「――まぁ、そう簡単には食らってくれないか」
淡い紅色の光を内側から零すハサミで受け止められ、ケイは無理矢理笑った。もう片方のハサミが間を置かず振りかぶられ、二つの神機の持ち方を同時に整え、シールドを展開させる。一度の高い金属音の後、ギチギチと変形を堪えるシールドの鈍い音、一瞬後、横の建物に叩きつけられる。
シールドを展開していたとは言え、背中からの衝撃はノーガードだったために肺から空気が強制的に吐き出されかける。痛みに身を怯ませるわけにはいかない、ケイはすぐさまたたきつけられ砕けてへこんだ壁から飛び退き、地面に着地する。直後、先ほどまでケイがいたその場所に、アラガミの長い尾の先の角が突き刺さり、思わず口角が引き攣る。
「こ、これは……まっずいかもー……」
くるりと神機の切っ先を戻し、ケイは思わずそう零した。強度も、攻撃力も、判断力も、今までのアラガミとは比べ物にならず、ついでに攻撃種類も多彩。
名状しがたい叫び声を発するアラガミと対峙しながら、ちらりと左手の神機を見やった。焼けるように熱いそれは、闘志か怒りか。
倒さなくては。斃さなくてはならない。
その叫び声は、威嚇のためのそれというよりも、悲鳴のようだった。
*
「あー、クソッ、なんだってこんなにオウガテイルがいんだよ……!」
ミアとエリオを安全な場所に詰め込む予定で二人を揺すり起こし、サーラに乗っけたところまでは良いのだが、津波のように襲い狂うオウガテイルの群れに、リンドウは舌打ちを禁じ得なかった。室内ではどこから出てくるかがわかりにくいから余計に厄介である。ケイをこっちに回すべきだったか、とちらりと脳内に過ぎったが、今もなお踏ん張っているだろう相棒に頼りすぎだなと苦笑して振り払った。
斬っても斬っても湧いてくるアラガミに、リンドウは一つ腹に決めることにした。背後に庇った白いオオカミに視線を向ける。
「サーラ、まだいけるな?」
「ワン!」
「よぉーし良い返事だ。エリオ、ミアをしっかり固定しとけよ」
「えっ、お、おう」
何をするつもりだ、と瞳で雄弁に語る子どもに喉でくつりと笑う。
「正面突破に決まってらァ」
*
ドゴォンやらゴォォンやらの破壊音を背後に、ケイは壁に背を預け肩で息を繰り返していた。
ヤツは建物を飴細工か何かと勘違いしているのではないだろうか。面白いくらいバキバキ壊していくので、アレが自由に動かせるなら不要な建築物の破壊とか楽になるのになぁと現実逃避甚だしい考えをぼんやりと抱きながらも、ケイはそっとアラガミの様子を窺った。
暴虐の限りを尽くすそれは、今もなお狂ったように暴れ回っている。
ケイの神機で斬りかかってみたものの、固すぎて話にならなかった。何度試しても弾かれるので、おそらく現存している神機では強度が、つまりあのアラガミの因子を断ち切るに足る装備が足りないということだろう。ならば、こちらの神機を使うしかなさそうだった。
これに意識や思想があるのかはわからない。わからないけど、『彼』が覚悟を決めていることは分かる。
自らが倒すべき敵にその身を堕とすとは、どれほどの苦痛と屈辱を伴うのだろう。
その上、かつての同胞を殺しているのだから。
もし、もしも、私もそうなってしまったとしたら―――
「殺してあげなきゃいけない。他でもないゴッドイーターが」
無性にソーマに会いたいなと思って、絶対に会いたくもないなと思った。あの少年の目に映る私は、いちばん綺麗な私でいたいなと思ったから。
意を決して、建物の影から飛び出して銃器を構える。Oアンプルの貯蓄は十分とは言えないが、やるしかない。
すぐさまこちらに感づいたアラガミは、その長いサソリのような尾を大きく振りかぶり、一凪に一帯を薙ぎ払った。ケイはそれをシールドで展開してガードした後、背筋に走った悪寒に従い、前方に素早く跳ぶ。着地時にさきほどガードの反動で下がったそこに、紫電が球体のようにバチバチと立ち込められていた。油断も隙も無い。
次いで、アラガミが大きく跳躍してきたので、砂塵もろとも回避して距離を取る。すぐさま左手の神機に持ち替えて、ドンドンドンと三発続けてバレットを撃ち込む。バレットはハサミを大きく弾き、アラガミはキエェェエエエ、と甲高い声を上げて仰け反った。
クアドリガでどことなく見覚えのある仕草、というかこれって。
直後、クアドリガがするように尻尾を振り回す。シールドを展開するも、背後の紫電が気になって腕が鈍る。予備動作ナシで何度も繰り返されるそれはつまり。
「活性化させちゃったかー……そっかー……!」
相変わらず自分の神機で与えられるダメージは雀の涙だし、先ほどからこちらの戦闘に気付いたらしい小型アラガミがこちらに迫ってきている感覚がするし。
それと正直いい加減この連撃がキツイ。
「しまッ、」
横からの連撃に耐えていた直後、上から降り降ろされたそれに、痺れた腕では対応しきれず動作が遅れる。貫かれるのだけは勘弁、と体をずらすが避けきることはできず、殆どまともに長い剣に肩から背中にかけた表面を切り裂かれる。
痛みに唇を噛み締め、それでもアラガミから距離を取らんと背後へ十メートルほどまで飛び退く。
「った……これもう囮とか言ってる場合じゃないかもなぁ……」
止めどなく流れる血にそこはかとない嫌な予感を感じながらも、最悪あの子供たち二人が逃げ延びるまで、と思い止まる。
グル、とすぐ傍らから唸り声がして横に跳躍する。予想通り、その場にオウガテイルが噛み切らんと突っ込んできていた。次から次へと、こうも邪魔されるのは久しぶりだ。
こちらを睨みつけるオウガテイルを、まずは片付けなくては、と焦燥に駆られつつ神機を構える。その時、ひょいと首根っこを掴まれた。
「遅い!」
「悪い悪い。……オイ、深手じゃねぇか」
「二人は?」
「サーラに任せて防空壕みてぇなとこに押し込んだ」
「地下か、悪くないね。……ごめん、一旦撤退したい。止血するだけの間だけで良いから」
意地を張り通せる相手でもないので素直に白状すると、リンドウは「ったりめーだバカ」と吐き捨てた。
「アラガミがいない方向は?」
「西……いや、七時半の方向が最も少ない、かな。小型アラガミ三体、中型が一体いるけど、行く頃には通り過ぎてる」
「上出来」
両腕に神機を持っている今では、ケイに肩を貸すことは他人の神機の接触を考えるとほぼ自殺行為だが、リンドウは一瞬のためらいもなくケイを担ぎ上げた。腰元からワイヤーを引き抜き、手早く固定して神機を握り直した。
「じゅ、準備良すぎない……?」
「備えあれば憂いなし、だ、相棒。お前の行動なんてまるっとお見通しだっつの」
気の利く相棒を持って幸せだなァ、と腹に掛かる負荷に若干えずきながら言うと、おうお望みならもっと揺らしてやろうかと返ってきたので、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
ケイの進言通り、リンドウはそのまま七時半の方向へ走り出し、途中襲ってきたオウガテイルとザイゴートを一撃で退けて集合住宅の一棟に転がり込んだ。埃っぽいそこは小型アラガミすら長く寄り付かなかったのだろう、漂う煙に、ケイは盛大にくしゃみをした。衛生面では最悪と言えるが、この場所がここら一帯では一番安全性が高いので仕方がない。
入口横の壁で腰を下ろし、ケイもリンドウの肩から下ろされる。レッグポーチから包帯を取り出して投げ渡す。マントとトップスを脱ぐ際、うっかり傷口に衣類が掠って声が上がった。マントで一見わかりにくかったそれが、顕わにされ、リンドウが苦い顔で呻く。
「大惨事じゃねぇか」
「やっぱり? 背中の傷は自分で見えないから困るんだよ、つ゛ッ! ちょっと、もっと優しく!」
「黙ってろ。あークソ、もっとでかくなってくれよ。ちっさくて目測が狂う」
「いい加減慣れてよクソッタレ!」
口調が乱れるのは許してほしい。肩から肩甲骨を経由した背中、そこをザックリと斬られた傷は、痛いなんてものじゃない。最早熱い以上の何かであり、ファックとでも言い捨てていなければまともに意識を保てそうにないのだ。奥歯を食いしばって痛みに耐えるケイの一方、リンドウも歯噛みして傷口を消毒スプレーで洗浄し、上から包帯を巻いていく。
「い゛ッ……っはぁ……あー、そういえばさ」
「あ?」
「ミアちゃんが、私たちは恋人同士なのか、だってさ。可愛いよねぇ、純情で」
「あー……女ってのは、いくつでもそうなのかねぇ」
ケイとリンドウは、遠征任務と教育係との任務を除いてはほぼいつもバディとして同じ任務に就いている。
時に無理難題を押し付けられ、敗走だって幾度かしたことがある。出逢って一年、そのおよそ半分を、二人は最も濃く共に体験してきたのだ。たった二人きりの同期同格。アオイとキンタのようなものだ。それも彼らと違って、最初から二人きりなものだから。そんなだから、時たま遠征任務で一緒になって他支部に赴くと、誤解されることもしばしばだ。
そういうのじゃないのだ、自分たちは。別に理解されようとは思ってないので、興味もないけれど。
「できたぞ」
「ありがと」
血で汚れたトップスをそのまま着て、マントも羽織る。少しべたついて気色悪かったが、いつだったかコンゴウをアホほど相手にしたときよりはマシである。帰るまでに怪我が治って良かった、本当に。ペイラーやソーマに知られたら一時間は正座させられるところだ。
「行けるか?」
「当然」
短い問いに、短い返答で応える。あ、と思い立って、ケイは口を開いた。
「サクヤちゃんには誤解されないようにね!」
「………はあ!? テメ、それどこで知って……!」
「わー見て見て、有難いことに向こうさんが出迎えてくれたよー」
「話の逸らす先が大惨事なんだよテメェはよぉ!」
月夜を覆う土煙をまき散らして着地した目標アラガミを前に暢気な声を上げるケイに、リンドウは半ギレで叫んだ。
サソリの尾。 本来毒を含み、獲物を殺すために奮われるもの。つまり、この場合の獲物は―――
「私たちってか」
「いや強すぎじゃね?」
神機を杖に、ケイとリンドウは教会跡らしき場所で息を整えていた。たまに咽ながら、ぜえはあと空を仰ぐ。
季節と月の位置、から察するに、現在の時刻はおそらく深夜の四時半。
なぜ予測なのかって、尻尾に薙ぎ払われたときに―――
「あ~……やっぱり壊れてる~……」
「俺のは粉砕」
ケイが導線一本繋がっただけのほぼ真っ二つのそれをつまみあげてぷらぷらと揺らす。もっとひどいリンドウのそれは、ポケットを裏返して地面に破片がバキバキと落ちた。ひどいものである。というか一応強度が補強されている端末をそこまでにされたのになぜリンドウはピンピンしているのだろうか。いや最近稀に見るボロボロ具合だけれど。
「怪我は」
「肋骨が一本イってる。それ以外の骨は……まぁヒビが入ってるとこはあるかもしれんが、動作に支障はねぇ。左腕がやっこさんの雷で焼かれたが、表面だけだ。お前は」
「肩から背中にかけての裂傷、右足が派手にぶっ刺されたけど、見た目に比べてビリビリしてるだけで私も動作に問題はない」
「…………中傷だな」
「辛うじてね」
神機使い的には動けていれば重傷じゃないからね、足が動けば上等、神機が振るえれば上出来、帰ってこれたら大金星である。誰が言い出したんだこの標語。
「エリオとミアちゃん、ちゃんと待っててくれてるかな。サーラは……まぁあの子はアラガミに喰ってかかるくらいの子だし、平気か」
「お前そっくりだな」
「いつの話よ」
「入隊してすぐ」
「今は」
「可愛げがなくなった」
「ふっ……褒め言葉として受け取っておく」
「あとはあれだ、リーダーに似てきた」
「それこそ褒め言葉だなぁ。リンドウは太々しくなったよね」
「ほっとけ」
「あと、強くなった」
「…………」
「ありがとね」
「勘違いはやめろ。お前の為じゃねー」
「知ってる。でも、嬉しいよ。ありがとう、リンドウ。それからごめんね」
「……今更、さ。約束したろ」
「ん」
遠くから、ずんずんと破壊音が迫って来ては止まり、そしてまたこちらへ迫って来る。探し求めているのだ、ケイの持つ彼の神機を。現存する神機の中で、最も自身を殺す可能性を持っているそれ。悲鳴が聞こえるのだ、さっきからずっと。嗚咽まじりの悔恨と怨嗟の悲鳴が。
殺して。殺して。死ね。死ね。死んでくれ。誰か、殺してくれ。―――帰りたい。
「じゃあ今日も生きるため、頑張らなきゃね」
「はいよ、相棒」
教会の天井を破砕し、粉砕し、突き抜けてきたアラガミは、また一際大きく悲鳴を上げた。
どんどん悲鳴が明瞭に、より澱んで聞こえてくる。
跳躍して粉塵を回避すると同時、刺々しい人面面をしたそこへ神機を叩きつける。やはり、殆ど効いてない。ならば、と左手の神機を持ち上げて正面からゼロ距離射撃を喰らわせる。
やはり有効らしい。アラガミは一瞬怯んで雄たけびを上げ、突進せんと上体を反らす。その後ろ脚を、リンドウが神機を深く突き刺す。バランスを崩し、アラガミは横倒しに転げる。
「尻尾!」
「わかってん、よぉ!!」
すぐさま尻尾側に滑り込んでその厄介な長いそれを根元から刈り取らんと神機を突き刺すが、聞こえた盛大な舌打ちにあぁ刺さらなかったなと半ば予想していたので鼻で笑う。
刺すという選択肢を捨てたらしいリンドウが彼の神機特有の機能を起動させる。ブラッドサージの攻撃方法その2――電動ノコギリである。
「削れそう!?」
「刃が削れるのがはやそうだ!」
鋼鉄を削りでもしているのかと間違うレベルの火花が散るが、刃が離れたそこを見れば、僅かな切り傷がはいっているのみであった。
「アンプルは」
「あと5つ」
ただでさえ消費が激しいブラストに大火力のバレッドを積んでるのを鑑みれば、中々に厳しい状況だ。というかぶっちゃけ詰んでる。その詰みをどうにかするのがケイたちの仕事でもあるが。
体勢を立て直したアラガミの周囲十メートルへの全方位雷攻撃を後方へ跳んで避ける。
「策、策、策………! ある!?」
「削りきる。以上!」
「最悪!」
「うるせえさっさと踊り狂え!」
わあわあぎゃあぎゃあ喚きながら、二人はサソリの尾をしゃがむやら跳躍やらで回避する。奇しくも文字通り踊るようにきりきり舞うケイとリンドウに、その針が鋭く数多に飛ぶ。
シールドは先の戦闘で大破されたので、ガードという選択も既に捨てていた。
「削り切る……どこをだ!?」
「えーと、関節! で、どう!? 骨は!」
「砕くならなんとか、いや無理だ!」
提案した方が問いを投げて、されたほうがそれに応える。文脈が崩壊し、ちぐはぐに思えてならないそれは、彼らの間でだけは正常に機能していた。
ケイが神機を横へ薙ぎ、(比較的)細い脚の一本を地面から切り離すが、他の三本がそれを支える。器用なことを、と舌打ちをした直後、リンドウがその反対側を薙ぎ払った。さっすが! と歓声を上げながら、高く跳躍してアラガミの頭部めがけて振り下ろす。この物理法則ガン無視の針吐き出し機たるここも尾の次に潰しておきたいところであるからだ。
「き、れろぉぉぉおおおお!!」
衝撃波しか伝わらなかったらしいそこに、ケイは右腕の神機をフルスイングして斬りつける。パキ、とその装甲がひび割れた。
「もういっちょ、お、おおおお!?」
ぐらり、巨体が傾き、立ち上がる揺れにケイは堪らずすっとんきょうな声を上げて振り落とされる。
着地ぃー! と叫ぶと、背中から落ちたその体を、リンドウが片腕で受け止めた。焼けているのに器用なやつである。
「ありがと!」
「せめて腹から落ちろ! 怪我的に!」
「そしたら顔面が無事じゃなくなるじゃん!」
「顔面ぐらいいくらでも擦りむいとけや!」
「いやお父さんとソーマに……怒られるくらい良いか!」
「だろ!?」
命に関わる怪我が最優先に決まってる。いやでも顔面はちょっと……そんな逡巡をしているケイを、リンドウは躊躇なく思い切り放り投げた。
「ちょっ!?」
「今度は自分でキメろよ!」
投げられて地面にかかとからブレーキをかけつつ着地して振り返ると、剣を避けてあぶねぇえ! と叫ぶリンドウが見えた。なるほど、合理的な判断だ。
「リンドウ! 尻尾斬れそう!?」
「部位破壊ならなんとか、ってかんじだ! 頭は!」
「ヒビはいった! 左で押し切る!」
「動きとめたる! 行ってこい!」
「よろしく!」
先に前へ駆け出したリンドウの背中を見送り、ケイは腰を溜めて右のふくらはぎを親指で擦った。削がれたそこは血まみれどころかもう三ミリ深かったら骨が見えていただろう。本来なら神経が炙られるほどの痛みだろうが、アドレナリン大量放出キャンペーン中らしくそれほどでもない。
「行くぞ!」
「オッケー!」
リンドウの掛け声に、左足、左足、と唱えつつ走り出す。どうやって動きを止める心算かと思っていれば、あの男、神機を思いクソ投げたらしい。右側の脚を一つ掬った直後にその後ろの脚も足払いするためには確かにそれしかないが、それにしたってどんな力で投げたらあの阿呆みたいな装甲の脚のバランスを崩せるって言うんだ。
自身への洗脳虚しく右足で踏み切ってしまったが、見事ひっくり返ったアラガミの顔に飛び乗ったので成功ということにしてほしい。
「これで、倒れなさいッ!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ! と大砲の如き音が三連発。一発目でヒビが大きくなり、二発目で装甲が完全に砕け、三発目で―――壊れた。
「部位破壊成功! ―――ちょ、死にそうにない! 一旦退く!」
「よし来た!」
小規模のバレットを連発しながら飛び退き、悶えるアラガミから距離を取る。建物の構造を利用し、影から影へ、廊下を一直線に走り抜けて教会跡地を出る。
「あ゛ー! もう夜明けなんだけど!」
「ハッ、大惨事第二次作戦のときは三日貫徹しただろうがナマ言ってんじゃねぇよ」
「大惨事第二次って、ややこしいね。どっち」
「取り合えずガキ共回収するぞ。夜明けまで中にいろって言っちまったしな。つまり……あっちだ」
「了解―――ま、って」
「なんだ」
「あれ………」
ケイが指さす先、リンドウが先に拾ったのは大勢の人々の足音。そして見えたのは―――マンホールから出てくる、人々。
「エリオの―――」
「仲間だろうな……間の悪い」
おそらく、地上でドンパチやらかしてたのを地下で聞き、それで崩落を危惧して地上へ出てきたのだろう。戦闘音を避けた努力は見えるが、常人の脚でのそれでは、あまりに拙い。延々に続く同じ景色にも狂わされていたのだろう。
「キィエエアアアア!!」
叫び声と共に、背後の教会が盛大に壊される。振り上げたハサミが向けられた先は―――
「やっぱり!? そりゃそうだよね!」
「なンっでそこはふつうのアラガミの習性通りなンだよぉぉおお!」
基本的にアラガミは、動くものは全て喰らう。動物、植物、機械――人間。よりコスパが良いものを食べる、実に生物らしい生態である、流石生物で最高レベルで生存しか考えていない生命体の末裔。
だからケイとリンドウを捕食するより、少し離れた大勢の人間共を殺すのを優先するのは、ある種当然の事、だった。
「最ッ悪!」
「待ちやがれ!」
神機ではなく、大きな口を開き――人々に飛んでいく。追って、ケイとリンドウも駆け出すが、流石にアラガミの脚には敵わない。しかも二人とも中傷(自己判断)である。そして、先にキレたのはリンドウだった。
「あー間に合わねぇ! ケイ、乗れ!」
「えっ、………うまく飛ばしてよ!」
「ガキの頃の将来の夢は大リーガーだぞ俺は、任せろ」
「いつの話それ!」
文句を吐きながらも、ケイはリンドウの神機に乗ってしゃがむ。二回ほど揺らしたところで、一気にスイングされる。側面に置いた脚で神機を蹴るように跳躍。
数秒後には着地、直後に横へ三転して衝撃を地面に逃がす。
地面に手をついたまま目の前を仰ぐと、神機のようなハサミを振り上げるアラガミの姿。叫ぶより早く、身体が動いた。
神機と神機モドキがぶつかり、擦れ合う。ギチギチと悲鳴を上げる。
「クソッ、私を、狙いなさいよぉ……! これ以上、人を――」
悲鳴が、背後から上がった。絹を裂くようなそれ。顔を右に動かし後ろを目で見れば、逃げ惑う人々に、叩きつけられる――長い、長い尾。
「―――あ」
紫電が戦場を淡く明るくする。朝焼けに染まる地上に、赤い赤い飛沫が飛び散る。血だまり。呻き声。飛ぶ肢体。
「やめ、」
助けにいかなければ。けれど、今このハサミを自由にしてしまったら。両手の神機で止めていたのを重心を動かすことで右手だけで押さえつけ、左手の神機を片手でバレットを放つ。標準はガタガタだけれど、距離のおかげで命中率は悪くないはずだ。悪くない、それなのに。
「とまれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれェ!!」
アラガミは、止まってくれない。相手が人間だろうが、たとえ、自分が元々人間だろうが、なんであろうが。
止めたいのに、止められない。死にたいのに、死ねない。サソリの尾は、自身を貫かない。巨大なハサミは、前にしか動かない。何かを喰らって生かねばならない。動くものを見れば身体中の細胞が沸騰して、理性が彼方へふっとんでしまう。
静かに殺されることも、穏やかに死ぬこともできなくて、帰りたい場所には二度と帰れない異形になって。
未だ不明瞭だったはずのアラガミ化が、彼の叫びで詳らかになっていく。
できるなら、一生。聞きたくは、なかった。
「リンドウ、早く!!」
「わかってる! 絶対そのハサミ、止めとけよ!」
「――――――うんっ!」
振るわれた剣が、赤い神機に弾き飛ばされる。生存者はこちらへ! 生き残っていてくれた人々を誘導する声に、ケイは唇を噛み締めた。苦し紛れの叫び声だった。届くだなんて思っていなかった。けれど。
「横に跳べ!」
「ありがと!」
「おう帰ったら奢れよ!」
「オーケー豚丼ね!―――ここで殺し切るよ!」
「了解相棒!」