ネメシスの慟哭   作:緑雲

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長らく間を開けてしまってしまない。そして続けてすまない、今回、お茶濁し回なんだ()



写真

 

 早朝、部屋に乗り込んできたシンジと共に朝餉を食べながら、ケイは寝ぼけ眼で差し出された書類を読み上げた。

 

「神機使いオフショット」

「ああ、広報部からの提案でな」

 

 斜め読みして簡略化すると、要はゴッドイーターの職業内容を民間に広めようといったものらしい。居住区にはゴッドイーターだけでなく、整備士や技師の人々もいるし、服屋や食事処、本屋など娯楽目的の店も未だ存在するし、外部居住区で暮らす親や兄弟などの親戚もいる。将来的にゴッドイーターになる人だっているだろう。そんな人々に、ゴッドイーターというのはこんな感じの人達でこんな仕事をやってますよ~、と紹介するといったものだ。

 

「……壁の外にいる人が見たらキレそうだね」

「子どもをゴッドイーターなんかにさせたくないから壁の外にいる人々も中にはいるからな。その人たちの警戒心を和らげるためにも必要、だそうだ。それより適合時の致死率をどうにかしろって話だがな」

「ほんとにね。今何パーだっけ」

「フィフティーフィフティー」

「そりゃ嫌がられるよ……」

 

 半分死ぬってなんだそれ。よく皆そんな試験に挑むものだ、よっぽどの命知らずとしか思えない。ケイは嘆息した後に、資料をひらひらと揺らした。

 

「ま、どうせ話はとっくに進んでるんでしょ?」

「ああ。ヴェルトがゴーサインを出してきた。というわけでカメラマンは頼む」

「はい!?」

「当たり前だろ。十四の少女が写真に写ってみろ。フェンリルには非難囂々、PTAだかが乗り込んできてややこしいことになることは明白だ。その点カメラマンは写真に写らない、そしてお前相手なら被写体も油断する。最適だ」

「PTAってまだ存在してるの?」

「知るか。だが単純にイメージが悪い」

「デスヨネー」

 

 ポン、机の上に黒いカメラが乗せられ、ケイは肩を落とした。残念だ、少しは楽しみに思っていたのに。撮るのは撮るで楽しみもあるだろうけど。

 

「別に映っても構わんぞ。広報誌には使われんだけで」

「あ、そうなんだ。撮った写真って貰えるかな?」

「交渉してみる。通達は今朝出したから何処の誰を撮っても構わん。通達を読まないほうが悪い。じゃ、よろしくな。カメラマン」

「詐欺だ……。あ、私の今日の任務は?」

「誰の任務についていってもお前なら大丈夫だろ。確か周辺に大型アラガミの反応は見られなかったはずだしな。仕事中の写真もしっかり撮ってこい」

「了解!」

 

 

 

 写真を撮るだけなら、各自持っている端末を使えばできる。だが、現像するには面倒な手続きを踏まなければならないため、基本的には撮りっぱなし、データベースに押し込んで終わりだ。

 なので、こうしてちゃんとしたカメラを持つのは初めてのことで、ちょっと緊張する。カメラを両手に構えつつ廊下を闊歩してみると、見慣れた背中が目に入って声を上げた。

 

「ソーマ! おはよー!」

「おはよう。…………なんだそれは」

「カメラ! あ、そっか、ソーマには通達行くわけないのか」

 

 アナグラのどこへでもに自由に出入りしゴッドイーター達と交友するソーマは、忘れられがちだが一介の訓練兵の身である。今回の撮影には残念なら被写体となってはくれない。斯く斯く云々とシンジから聞いた広報部の要請を話すと、ソーマは、ああ、と心当たりがあったのか頷いた。

 

「オッサンがさっきそんな話をしてた」

「……ソーマって、研究者になりたいの?」

「まさか。気になることがあるから調べてるだけだ」

 

 またこの返事である。前々からペイラーにくっついて何やら二人でコソコソやっているのだが、ケイがきいても二人とも揃って同じことを言うのだ。蚊帳の外にされてるような感じでなんとなくつまらなく思うが、ケイはそれほどアラガミ研究に興味があるわけでもないので話題に入ることはしていない。

 ちぇ、と思いつつ、丁度欠伸を噛み殺して目を瞑るソーマの顔へ素早くカメラを向けてシャッターを切る。

 

「………おい」

「あー……つい」

 

 てへっ、と可愛い子ぶってみるが、ソーマの眉間の皺は当然だが消えなかった。

 

「消せ」

「え、もったいない……」

「何がだ! いいから消せ! 広報には必要ない上俺はまだゴッドイーターでもないだろ!」

「シン君が現像してくれるか交渉してみるって言ってたから、写真にできるかも……」

「尚悪い!」

 

 いいから消せっ、とソーマがカメラに手を伸ばすが、未だ成長期でメキメキ伸びるケイの身長は既に百六十に到達しており、未だ百十周辺を低迷してるソーマがどう手を伸ばしたところで無意味だった。

 掠りもしないのに手を伸ばし続けるソーマの腕がプルプルし始め、流石に罪悪感が少し芽生えてきたケイは逃亡を謀ることにした。三十六計逃げるに如かず、ケイはその場から脱兎のごとく逃げ出し、廊下を駆け抜ける。その矢先、部屋のプレートを見て暗証晩後を瞬時にタップし、一も二もなく転がり込んだ。

 

「ラッキーショット! じゃない、匿って!」

「は?」

 

 丁度着替えていたらしい半裸のリンドウを咄嗟にカメラに収め、呆然とする彼を他所にケイはクローゼットに滑り込む。

 部屋の扉から荒々しいノック音が響く。ソーマはこの部屋の暗証番号なぞ知らないので、開けて貰う他この部屋に入る道は無い。

 

「おい、リンドウ! 開けろ!」

「ああ、そういう……へぇへぇ、朝からうるせーな、どした」

「ケイが来ただろ! 出せ!」

「悪いが見ての通り着替え中でな。ケイは来てねーよ、帰った帰った。リーダーんとこだろ、多分」

「チッ、邪魔した!」

 

 荒々しい足音が遠のき、ぱしゅん、と間抜けに扉が閉まる音がした。

 

「ありがとーリンドウ!」

「お前な、あんまからかってやるなよ」

「からかってないよ! これこれ」

「……カメラ?」

「あ、まだ通達読んでないね? データベースのメーリングリストに入ってるから、見といた方が良いよ」

「ガチなやつかよ……」

 

 面倒事の予感を察知したらしいリンドウが、トップスを羽織りながらターミナルに近付く。ケイはじゃあ私行くねーと一声かけて部屋を出ようとして、立ち止まる。

 

「リンドウ、こっち見て!」

「おーおー、今度はなんだよ、って……あ?」

「うんうん、リンドウらしさがよく出てるよ。ご協力ありがとー!」

 

 ばいばーい、と大きく手を振って、リンドウの部屋を出る。廊下をスキップで通り過ぎながら、今しがた撮った写真をカメラの画面で見返す。不意にケイを振り返ったときのリンドウの顔は、結構気に入っている。雑で、楽で、ちょっと楽しそうで、仕方ねぇなぁ、って感じの顔。

 

「アっオイちゃーん!」

「あらぁ、ケイちゃん。おはよう」

 

 勢いよく背中から抱き着いても、流石の体幹か、ちょっと前へ揺れただけだ。すぐにぐるりと身体を回してケイの身体に腕を回す。豊満な胸が当たるが、前よりずいぶん背が伸びたので苦しくなる事はない。

 

「カメラ、中々似合ってるわよ~」

「流石にアオイちゃんは読んでたか~、不意打ちの表情が中々良かったのに~」

「あらあら」

 

 ごめんなさいね、とアオイは眉を下げて微笑む。慈母かと見紛う美しい微笑みだが、この人、夜戦大好きのバーサーカーで、パッティには絶対零度に微笑みしばき上げるんだぜ。

 

「じゃあ私は撮ってくれない?」

「まっさか! 撮るよ! けど、アオイちゃんはキンちゃんとじゃないと!」

「あらぁ~、それもそうね~」

 

 くるくるとメリーゴーランドのようにそのまま回され、二人はきゃあきゃあと楽し気に笑った。

 

「キンちゃんは?」

「今日は昼からよ~。私もね」

「そうなの? にしては朝が早いね」

「実は夜勤明けなの~! 楽しかったわぁ……」

「そ、そう……」

 

 恍惚とした表情を隠しもしないアオイに、ケイはそっとアオイの胸から離れた。朝からその表情はちょっとヤバイと思った。十八禁レベルだよアオイちゃん……とケイが遠巻きに待っていると、我に返ったらしいアオイがぱっといつもの穏やかな笑顔になった。

 

「ていうか、なら早く寝ないとダメだよ!」

「今日はもう徹夜するわよぉ。こーんな面白い事、放って寝られるワケないでしょ?」

「そんな気はしてた!」

「ッスよね~」

「キンちゃん!」

 

 のしっ、とケイの頭の上に乗っかってきたのは、眠たげに目を瞬かせるキンタだった。くあ、と大きな欠伸を片手で隠し、はよっス~と間延びた声を出す。

 

「アオイがそう行動する気がしてったッスから! そんなわけでアオイ、撮ったら寝るッスよ。昼からも仕事なんスから、ほら」

「えぇ~」

「うんうん、そのとーりだよ! 二人とも、並んで並んで!」

「はいはーい」

「はぁい」

 

 緩慢な動作で二人が肩を組み、頬を寄せる。視線を交わしたその瞬間、ぱしゃりとシャッターを切った。

 

「あれ、はやっ!」

「ピースしてないのに~」

「あ。でも、ふふ、二人らしかったから」

「えぇ~。でもどうせだから撮って」

「それもそうだね。二人とも、笑って!」

 

 明日をも知れぬ身の神機使いだけれど、いつだって明るく笑いかけてくる二人の笑顔は、変わらず眩しかった。

 

 

「ユウナ、覚悟!」

「へっ、わわっ、あーっ、撮りましたね!?」

「えへへ。びっくり顔のオペレーター、頂き!」

「もー。ほどほどにしないと怒る人もいるかもですよ」

 

 ユウナは肩に流した一本のおさげを頬まで上げて恥じらい、ケイに口だけのお小言を零した。

 カウンターに身を乗り出し、本日の任務構成を覗き込む。シンジとツバキ、リンドウの哨戒任務が十時からあり、防衛班は本日は壁上監視らしい。ちらりとデジタル時計を見ると、〇八一五とあった。約二時間の猶予があるらしい。

 

「タカさんのとこ行ってくる。今日はウィルが相方だよね」

「ええ。そのように申請されてるわよ」

 

 いってらっしゃい、と楚々と手を振るユウナに手を振り返し、ケイは上へ行くための非常階段を駆け上った。エレベーターがあるにはあるのだが、ゴッドイーター的には階段を使った方が早いのである。ちなみにそのような事を言ったらリンドウには脳筋と笑われた。けど咄嗟に使うのは彼だって階段なのだから同類である。

 屋上に着くや否やノックもなしに扉をあけ放ち、見慣れた背中をまずは一枚撮る。幼いころ、まだこのアナグラに来たばかりで、ペイラーは環境の変化に忙しそうでソーマとも距離を測りかねていた頃。退屈なときはいつも、この場所でこの背中を眺めていた。

 

「タカさーん! ウィルー! おはっよー!」

「ケイ。おはようございます」

「おー、お嬢ちゃんか」

 

 ぴょーん、とうさぎよりずっと軽やかに飛び上がってその背中に飛びつく。その程度で彼の手元が狂ったりしないことは四年も前にわかっている。

 

「どした」

「カメラマン。広報部からのお達しで」

「まためんどそうな事を……」

「職場を撮ってるんですか?」

「職場っていうか仕事してるゴッドイーターをね。ウィルも撮るよ」

「も、ってことは俺もか」

「タカさんはもう撮ったんだけど……あと2、3枚は欲しいな。極東でもタカさんは古株だし」

 

 それにはヨシノとゲンも当てはまるが、ヨシノはともかくゲンは現在教官業をしているため、戦場での撮影は難しいだろう。

 キョーカンの教官姿、撮った方が良いんだろうか、そんなことを考えるケイの一方で、キヨタカがお、と声を上げる。

 

「お嬢ちゃん」

「ん、なに?」

「シャッターチャンスやろうか」

 

 ぱっと振り向けば悪い顔で笑みを浮かべるキヨタカがいて、ケイは咄嗟に飛び退いてカメラを構えた。瞬間、彼の神機、四十センチに及ぶ口径から溢れんばかりの光が放出される。

 

「命中。流石ですねー」

「十キロ先なんぞスコープありゃサルでも撃ち抜けるわ」

「いや無理だから。うん、でもよく撮れた」

「今日は上空からのアラガミ侵入がないので、僕の出番は無さそうなんですよねー」

「じゃあウィルは見送りってことで」

「えー。ま、そんな映りたいわけじゃないので良いですけど」

 

 ウィリアムは肩を竦めながら、ケイの持つカメラの画面を横から覗き込んだ。そして小さく微笑み口を開く。

 画面には、スコープを覗きながら大砲と見紛う銃を構え、引き金を引く壮年の姿。いつもはだらだらごろごろしてだらしのない男の、ケイにとっていちばん格好良い姿がそこにあった。

 

「あー……ねみぃ。ウィル、監視頼んだー」

「あ、はーい」

「じゃあウィル、私行くね。タカさんも、また来るね!」

 

 カメラを肩にかけ直し、ごろりと床に転がったキヨタカに覆いかぶさるように覗き込む。あの幼いころ、ケイが訪れるときはいつも、キヨタカはスコープを覗いていた。今ほどゴッドイーターの体制が整っていなくて、彼の狙撃が一日中響く日もあった頃だった。

 山と山と山に囲まれたそれを更に海に囲まれたここ極東は、防衛に向いているがその分救援も来づらい。各支部もアラガミに対応するのに忙しく、他支部に出張できるようになるまでは遠く及ばなかった頃。その時代を生きた三人とシンジがいなければ、この極東はとっくにオチていただろう。

 けれどキヨタカは、そんなクソ忙しい時にやってくるケイに、嫌な顔一つしなかった。特別構ってくれるわけでもなかったけれど、くだらない話をしたり、膝に乗っけたりもしてくれた。

 フェンスのない屋上、世界でも有数の安全なそこ、彼の膝の間で、ケイは彼の仕事ぶりを見ながら、時たま微睡みに身をゆだねていた。

 

「もう膝に匿うほどの身長じゃあなくなっちまったなァ」

「ね、言った通り伸びたでしょ?」

「ハッ、ばかやろ。なァにが言った通りだ、アナグラよりでかくなるだとかほざいてたくせに」

「最早怪獣ですね」

 

 完全に揶揄う態勢に入ったキヨタカと、幼いころのケイを思い浮かべたらしいウィリアムが微笑ましそうに笑みを浮かべた。ウィリアムの方がむしろ心に来る、なんてことをさっさと頭の隅に追いやって、べっ、と舌を出して屋上を飛び出した。

 

「ほんとにでかくなっちまいやがって………」

「なんだか感慨深いですねー」

 

 

「突撃新設防衛班! おはよーヨシノちゃん!」

「おはようケイちゃん! 待ってたわよ、サーラが」

「ワン!」

 

 嬉しそうな鳴き声を上げて駆け寄ってきたサーラを、カメラを背中に回して全身で受け止める。

 サーラは今日も元気だ。ちなみに体長はついに1,5mを越えた。普通ここまで巨大化するのだろうか。最早オオカミという種を越えた何かである。

 

「でも可愛いから許す!」

「アォーン!」

「ケイちゃーん、サーラー、二人の世界に入らないでー」

「あ。ヨシノちゃん、今日の防衛班の任務内容は?」

「壁上防衛。遠距離神機使い中心にフォーメーション組んで、中型以上が出没すれば近距離神機使いが随時出撃。パトロールはメアリーとロック」

「あー、パトロール組がいたー! いまどこ!」

「今頃はたぶん~、Cブロック」

「うっそぉ! AからCまで何キロあると……シン君たちの任務に間に合わな……サーラ、乗っけて!」

「ワン!」

「あっ、ケイちゃん! 帰りにウチに寄ってってねー! ナナが晩御飯振舞いたいんだってー!」

「りょうかーい!」

 

 走りながらサーラに飛び乗り、そのまま彼にトップスピードを出してもらう。神機も持っていない今は猶更速く、ケイはその速度に思わず笑い声を上げた。晴れ渡る空、荒涼続く地平線が、どこまでも続くように思えた。サーラに乗っているときはいつもそうなのだが、なんとなく、昂っていた気持ちとか、落ち込んでいた気分とかが平坦に戻る気がして、ほっとしてしまうのだ。サーラの動物特有の体温や、人とは違う速度の鼓動がそうさせるのかもしれない。

 五分もすれば、目的の人影が見えてきた。

 サーラの背中をぽんぽんと叩いて脚を止めて貰い、ジャーキーを鼻先に投げて、さてどこから撮ろうかなとカメラを構えた。

 二人とは目測で五十メートルほど離れているからか、二人はまだこちらに気付いていない。ズームしたレンズに姿を映す。

 メアリーとロックはバディになって二年で、ケイとリンドウとは一年しか違わない。神機使い的には、二年も生き残っているなら上等だ。二年も、仲間や友を見送り続け、アラガミを屠り続け、いつ死ぬとも知れない仕事を続けてきていた。そしてこれからもずっと、続けていくのだ。二人も、ケイも。

 メアリーとロックは神機を担ぎ、周囲を見回しながら時々顔を見合わせ会話をしている。ほけほけと笑いかけるのはメアリーで、ロックは相槌を打つように頷いては、メアリーが笑かしたのか時々肩が揺れるのみだった。ケイとリンドウのそれとはまた違った、二人の相棒関係。

 仲良し~、とからかい半分でシャッターを切ろうとしたそのとき、二人の顔が近づき、そのまま―――

 

「―――サーラその陰へ!」

 

 小声でサーラの耳元にそう叫んぶと、優秀なサーラは一吠えもせずにすぐに瓦礫の陰に飛び込んだ。ケイは自分の口を片手で押さえ、ずるりとサーラから滑り落ちる。

 

「そ……そーいうかんけーだったんだー……」

「ワン」

 

 首肯するように吠えたサーラは知っていたのか知らなかったのか、無垢な瞳でケイを気にかけている。どうする? 噛んどく? みたいな顔をしているので、やめてあげて、と辛うじて絞り出した。

 アオイとキンタは距離が近いがそういう関係ではないし、勿論ケイとリンドウもそうだ。今までそういう関係の人々を実際にお目にしたことは実はなかったために、どう反応していいかわからない。こういうところが情操教育が必要と言われる所以なのだろうが、逆にこの殺伐とした職場でそういうものが育てというほうが無理な話である。いや別に職場内恋愛を否定しているわけではない、あくまで一般的な意見としてね。などと自分の中で葛藤を続けていると。

 

「あらら、やっぱりケイちゃんだったんだー」

「キスひとつでそこまで動揺するバカがあるか」

「わーっ!! ……ふ、ふたりとも……いつから気づいて……?」

「今さっきケイちゃんが慌てて隠れたのを見て、ね。ごめんねー、見せるつもりはなかったんだけど……」

「え、え、あ、別に別にあの、好きにしたら良いんじゃないかな、私別に気にしてないし」

「いや誤魔化すの下手すぎだろ」

 

 十人中十人が動揺しているとわかるほどの慌てっぷりを晒すケイに、メアリーは申し訳なさそうに、ロックは呆れたように笑った。

 

「メアリーとロックはその、……そういう?」

「うん。ケイちゃんが入って来るちょっと前からだったかな」

「………全然気づかなかった」

「そりゃね、なーんか恥ずかしいし、ロックはそういうの公言するタイプじゃないし」

 

 メアリーに手を取って起こしてもらったケイに、サーラが寄り添うように擦りつく。それに少しだけ安堵の息を吐いて、ケイは両手でカメラを弄びながら、伏目で尋ねた。

 

「メアリー、今、しあわせ?」

 

 そのままちらりと上目で窺うと、メアリーの呆気にとられたような顔が見えた。そして一瞬後に、彼女はふわりと笑みを浮かべる。生きる場所を求めて風に身を任せるたんぽぽの綿毛のような、はらりと落ちた鳥の羽根のような笑みだった。

 

「とても。私今、すごくしあわせ」

 

 腰を取られ、頭をロックの肩に預けるメアリーは、本人の言う通り、とてもとても幸せそうに見えた。

 パシャリ、とシャッター音が鳴った。

 

 

 

「ツバキちゃーんっ!」

「ケイ。撮影の調子はどうだ?」

「好調! けっこー楽しいよ」

「良かったな。任務に着いてくるのか」

「やっぱりゴッドイーターを撮るなら戦ってないと、だからね」

 

 それもそうだな、と納得しているツバキの横に並んで壁に付けられた電波時計を見れば、集合時間の十五分前だった。さすが極東の真面目枠を独り占めしてるだけはある。基本的にルーズなやつらしかいないのが勝因だけど。

 

「……あっ」

「なんだ」

「身長、ツバキちゃんとそろそろ並びそう!」

 

 つむじの辺りから手を水平移動させてツバキと比べると、丁度ツバキの頬骨くらいに当たった。過去の成長痛は思い出したくもないが、こうして文字通り肩を並べられる日が来たのはやはり嬉しい。

 

「百六十……ちょいか。大きくなったな」

「まだまだ伸びるよ!」

「あまり大きくなると嫁の貰い手がなくなるぞ……」

「……ツバキちゃん、お見合い三連敗中だっけ」

「うるさい」

 

 ツバキの実力は入隊時からメキメキと伸び続け、その腕はキンタに勝るとも劣らずとなっていた。方々で鬼神と恐れられる彼女には、その美貌さ故に言い寄られることも少なくない。そしてその言い寄る男共はと言えば―――本人の気性を鑑みれば至極当然のことではあるが―――物理的にせよ精神的にせよ玉砕したのだった。そんなこんなで、流石にまずいのでは、と思ったリンドウが気を利かせたらしく、ペイラーにお見合いをセッティングさせた。そしてその結果が、それである。

 

「結婚しないの?」

「ほっとけ! 私より強い男でなければ伴侶など認めん! 断じてだ!」

「それもうシンくんくらいしかいないじゃん……!」

「リーダーは無理だ、シスコンすぎるし、ほぼ人外だしな」

「断られる理由が残念すぎるよシン君っ!」

 

 わっ、と両手で顔を覆って大袈裟に泣き真似をするが、それでシンジの名誉が回復するでもない。

 

「私より、お前の方はどうなんだ」

「え、私?」

 

 話題の矛先をこちらに向けるツバキに、ケイはあーと紛らわすための母音を口から零れ落とさせたが、勿論何の解決にもならないのは分かっていたため目を逸らした。横に流した視線は徐々に下がり、気づけば視界には足元が映っていた。

 

「どう、なんだろう……」

 

 アナグラに来て、もう四年が経った。あの頃より、人の機微に敏感になったとは思う。強くなれたと思う、ツバキちゃんと同じくらいまでに、身長だって伸びた。自分の感情だって、多少のコントロールは―――

 

「心は、置いてけぼりだな」

「―――……前は、ちゃんとできてた気がするんだけど。なんでかな」

「気がするだけだったんだろう。いずれにせよ、二年だな」

「何が?」

「答えを出さなければいけない時が来るのが、だ。見てろ、今にアイツはお前に追いつくぞ」

 

 それはおそらく、一種の予言だった。

 不意に、カメラの画面を見る。今朝、いちばん最初に撮った写真。眠そうに顔を顰める、警戒の一欠けらもない少年。

 ケイの心は、未だ空白のままだった。あの半月の日に消えた未送信のメール画面のように。宛先しか書かれてないそれは、送信元すらまだ入力していないまま消えてしまった。

 この感情は―――

 

「よっ、お二人さん」

「揃ったな」

「リーダー、リンドウ」

「おめー朝はよくも不意打ちしてくれたなコノヤロ」

「あははっ、でもおかげで良い写真が撮れたよ! ナイスサービスショット!」

「半裸の野郎のどこがサービスなんだよ馬鹿か……撮るならアオイさんあたりだろ!」

「アオイちゃんは既に知ってたので無理でした、残念!」

「まだ夜があるだろ」

「げっへっへ、ちゃんと狙いに行くから安心してよ」

「安心できるか。ケイ、貴様は本日浴室立ち入り禁止だ」

「えぇーっ、ツバキちゃんーそんな殺生なー!」

 

 阿呆な言い合いをしながら乗り込んだエレベーターは動き、壁と外を繋ぐ陸路のひとつ、出撃ゲートへ出る。申請通りに整えられた装備と装甲車、それに大人しく待てをしていたサーラを確認して乗車した。ケイの背中を囲うように座席に座ったサーラの頭を撫でる。

 

「神機足りな……あぁ、お前、マジでカメラマンするためだけに来たんだな……」

「サーラがいるから、ケイの安全は保障されてる。任務中は喋る空気だとでも思っておけ」

「いやいざとなったら守ってよ」

 

 

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