ネメシスの慟哭   作:緑雲

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今回ちょっぴりグロ注意です。大丈夫です、ちょっと血が出るだけですよ!(ゲス顔)
これにてソーマ編終了(早い)
さあ次から初々しさ全開思春期まっさかりなソーマを書きまくるぞー☆


優しい声、やっと繋げた手

「また後で訓練場で! ソーマ!」

 

 ケイはソーマに笑顔で手を振っていつもの台詞を放ち、食堂を出る。夕食はソーマと取るのが通例になりつつあるが、昼食は未だまちまちだった。何故かと言えば、そりゃあケイが迷うからという理由の他にない。そんなわけでラッキーだった昼食が終われば、午後はペイラーの研究の助手として仕事をこなす予定だった。アラガミ研究機関にいるころから、ケイはペイラーの仕事の手伝いをよくやっていた。暇だったこともあるし、手伝いをしていればこの世界の状況はより分かるようになるし、勉強にもなる。それに、ペイラーは人の目を気にせず研究に没頭できる上、書類まみれの床を歩きなれない研究員に書類を踏まれなくて済む。

 目下の課題は、

 

「さて…………今日はどのくらいで着けるかな」

 

 如何に早く研究室に辿り着けるかだ。

 

 30分後。

 ケイは肩で息をしつつも、ペイラーの研究室の扉の前にいた。軽く息を整え、2回ノックをして返事を待たず研究室に入る。

 

「ただいまー」

「おや、おかえり。予想より2520秒程早いね。誰かに案内してもらったかい?」

「ソーマにも同じこと言われた。けど! 帰りはちゃんと一人で戻ってきたから!」

「1800秒!」

「正解! じゃなーい!」

 

 ぴたり、と消費時間を当てられ、うがーっ、と大きく腕をあげ全身で怒ってることを示すと、ペイラーはまぁまぁと笑いながら宥めた。

 まず床に散らばる書類、だけじゃなさそう、とペイラーの机の上を眺めて口の中だけで呟く。取り敢えずファイリングして、必要そうな書類を渡して、それ関連の書物やらを用意して、器具とコア、薬品はそれからだな、と頭の中で軽く予定を立てて早速動き出した。

 

「あー、ケイ。コア保管庫庫行ってこのリストにあるもの取ってきてくれる?」

「えーっと、多くない? これ許可出てるよね?」

「……………はっはっは」

「…………………………はあ。行ってきまーす」

「待った待った! この書類、総合研究部に持ってって! そうすればちょっとぐらいちょろまかせばいいだけだから!」

「はーい」

 

 手癖悪くなりそうだなぁ、と小さくぼやきながら研究室を出て、総合研究部へ向かう。

 ……向かってる、はずだ。

 

 

「うーむ………ここ、どこだろう。」

 

 手を顎に当て首を傾げて廊下を眺める。まったく見覚えのない廊下だ。

 なんとか総合研究部へは辿り着けたものの、そこからコア保管庫へは行けなかった。

扉の用途名を見て、大体自分がどこにいるかは分かるが、そこからどう行けばいいのかはわからないのである。

 閑話休題。

 どうやらここはゴッドイーターの訓練施設が立ち並ぶエリアみたいだ。

ゴッドイーターがいてくれればいいのだが、悲しいことに廊下に人影はない。

こうなれば片っ端から扉を開いて誰かいないか確認して、いたら道を聞かせてもらおう・・・と若干項垂れつつ歩き出した。

 2,3部屋ほど廻った後。

 けたたましいブザー音と共に、廊下が激しく赤く点滅する。ケイは大きすぎる警報音に片耳を押え、咄嗟にアナウンスが流れる筈のスピーカーに目を向けた。

 

『緊急警報! 緊急警報! 施設内に小型アラガミが数体侵入! 場所は――――――第八訓練場です!!』

 

 アナグラ内にアラガミ?

 いや、今はそうじゃない。

 重要なのはそこじゃなくて。

 

 

「―――……ソーマッ!!」

 

 

 第八訓練場は、ソーマがいつも訓練してる場所。

 今もソーマはそこにいるに違いない。自惚れていいのならケイに会うために。

 だって約束したのだから。

 ケイはそれだけを考えて、行き馴れた訓練場へ走った。

 

 やっとの思いで辿り着いた時には、既に何十分かの時が流れていた。息つく間もなく扉を開け放ち、中に転がり込む。

 

「ソーマ!」

「ッ、なんでここに……!」

 

 ソーマは案の定、木で彫られた大剣を両手に戦っていた。

 神機ではないそれは、対アラガミ戦ではまったくと言っていいほど役に立たない。現に今も、5体のオウガテイル相手に完全に後手に回っている。

 ソーマはこちらに驚愕の顔を向け、盛大に舌打ちをして目の前のオウガテイルを蹴りで4,5メートルほど吹っ飛ばした。

 

「なんで来た! この馬鹿!」

「ソーマがいるって思ったからに決まってんでしょ! 神機は!?」

「メンテ中だ!!」

 

 なんてバッドなタイミングで侵入なんてしてくるんだろう、アラガミってやつは。ケイは周囲に目を巡らせ、転がっていた鉄パイプを手に取る。長い袖ごしに振るうのはとても不安で難しく、心もとない。けれど、言ってる場合じゃない。

 ぐっと唇を噛みしめ、ソーマの背後に襲い掛かろうとするオウガテイルを打撃力のみで壁に叩き付けるほどぶっとばした。

 

「あー。鉄パイプひしゃげた…………」

「言ってる場合か!って、お前―――――チッ」

 

 大剣を振るい、オウガテイルの攻撃を返り討ちにする。

 けれどやはり、二人の攻撃は決定打にはなれない。逃げるほどの隙も作れず、じりじりと焦燥ばかりが募っていく。

 そして、ついにソーマに死角から発射された棘が腕に刺さった。棘は深々と突き刺さり、だくだくと血が溢れんばかりに流れてつたう。

 

「ソーマ! 下がって!」

「ッへいき、だ……!」

「なわけないでしょ!」

 

 ケイは焦った様子で回りを見回すが、斬り込めば斬り込む度に武器とした鉄パイプや角材は使い物にならなくなっていく。

 もう、後がない。

 焦りを隠しもしないが、それでもケイはソーマを無理矢理後ろに下がらせ、懸命に応戦した。目に見える血痕はソーマの腕からのものだけじゃない、ケイにも、体中の小さな擦り傷や切り傷から血が流れている。

 それでも、絶対負けるわけにはいかない。

 負けられない。

 これ以上戦線は下がらせない。

 絶対に。

 絶対。

 

「守ってみせる………ッ!!」

 

 今度こそ、大事なものは失わせない。

 絶対、絶対――――――――――――――

 

 今度、こ。そ?

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、気が逸れて。

 ケイは目を見開き、動きは止まった。

 

 けれど戦場では――――生と死を決めるのは、ほんの一瞬だけで十分だった。

 

「ケイッ!!」

「、あっ」

 

 ソーマの声で我に返る。

 けれどもう、圧倒的に遅かった。

 

 がぶり、そんな生易しいものではない音が、自身の脇腹から響いた。

 

 ごきゅごきばりぐちゅぐちゅ。

 ぼたぼた。

 

「あ゛ッアァ………ぶ、ッらぁ!!!」

 

 意識が吹っ飛びそうなほどの痛みと熱に蝕まれながらも、それでも最後の力を振り絞り、持っていた鉄パイプを力の限り振った。齧りついていたオウガテイルの腹を殴ってひるませ、逃げる。正確には、よろけて偶然次の攻撃を避けた、が正しかった。

 

「くッソ………いったいし、気持ち悪、ぐ、ペッ」

 

 口に溜まってく血を纏めて吐き出し、片膝をつきかけ、それでも両足でしっかりと立つ。

 立った、けれど。

 

「あ、あぁ……だめだ」

 

 いやだ、いやだ、まだ倒れたくないのに。

 世界がぐるりと反転し、いつの間にか視界には天井がいっぱいに広がっていた。

 ごぽごぽと勝手に口から血が溢れて流れる。

 

「ケイッ! おい!! ケイ!!」

 

 顔を重力に任せてソーマに向ければ、血だらけの腕を押えつつ駆け寄ってきて、ケイのすぐ傍に座り血を必死に止めようとケイの腹部を抑える。押えていないと、内臓が飛び出してきそうだったから。情けない笑みを浮かべているのが自分でもわかった。

 守らなきゃいけないのに、今すぐ起き上がって大丈夫だと笑いかけてやりたいのに、身体は言うことを聞いてくれない。

 すぐに視界が狭まっていく。真っ暗闇になるその前に、扉が開いて誰かが入ってきていたような気がした。

 

 

 

 アラガミが侵入してきたあの日から、5日が経った。

 ケイは、まだ目を覚まさない。

 

 

「おや、ソーマ。今日も来ていたんだね」

「……………………………………………………」

 

 いつも通り胡散臭い笑みを浮かべ、ケイの父親であるペイラーが医務室へ訪れた。

 ケイのベッドは白いカーテンに囲われ、一部を除き面会禁止になっている。

 彼の来訪に、ソーマは顔を上げて、何も言わずまたケイに下げた。ペイラーはそんなソーマの態度に何も言わず、ただソーマの肩を宥めるようにぽんと叩いて、ケイの頬を愛しそうに一つ撫でて去って行った。

 きっとああいうのを良い父親と言うのだろうな、とぼんやりと思った。

 

 思い返せば、彼女はずっと笑っていたように思う。

 怒っていた記憶も、拗ねたような顔の記憶もあるけれど、真っ先に思い浮かぶのはやはり笑顔で。

 ベッドから出ている点滴に繋がれた左手を小さく握った。

 

 あれから。

 ケイがソーマを庇って腹部に重症を負った直後、ゴッドイーター達がわらわらと現れ、アラガミはあっという間に殲滅された。

ゴッドイーターは重症のケイと軽傷のソーマを慌ただしく抱え上げ、そのまま医務室まで走ってくれた。

 ケイは横腹を大きく食い破られたものの、幸いにも内臓までは達っすることはなかった。サカキによる職権乱用もあって、彼女の容態はすぐに安定した。

 しかし、未だ彼女が目覚めることはない。

 いろいろな理由や要因があるらしいが、ソーマにはあまり関係のないものだ。

眠ったままの彼女は一層白くて、それでもほんのり温かいから、逆にそれがもどかしくて、辛い。

 繰り返される言葉の意味も分かっていなかった。

 

『ソーマの願いは何?』

 

 自分を庇って前に出た彼女の凛とした背中と、赤黒い鮮血が目に焼き付いて離れない。

 生きてほしい。

 笑ってほしい。

 それがソーマに向けられるものでなくても。

 ソーマのことについて、知ってしまったとしても、もういいから。

 離れてしまっても、諦められるから。

 だから、どうかこのまま死んだりしないでくれ。

 ぬるい彼女の左手を、祈るように握り込んで、額につける。

 そうやって、いもしない神に祈った。笑える話だ、今までずっとケイが手を握って、ソーマは握り返そうとはしなかったのに、今度はケイが握り返せない状況で、ソーマだけが手を握っているだなんて。

 どんな時も流れなかった涙が、白いシーツと掛布団にポツリ、と落ちる。

 こらえるように唇を噛んだとき。

 

 ふるり、と長い睫毛が揺れる。

 

 それが震えながらも徐々に開かれていくのにつれて、ソーマの目も大きく開かれ、最早堪えようともしない涙がぼたぼたとシーツに流れ落ちた。夢なんじゃないかとしばし固まるが、確かに、ケイの目はうっすらと開いていた。

 

「………にぎりすぎ」

 

 弱弱しく笑うケイは全然いつも通りじゃなくて。

 それでも、初めて心の底から良かったと安堵した。

 

「聞いてほしい、ことが、あるん、だ」

 

 ひゃくり、ひゃくりとしゃくり上げながら言葉を紡ぐと、ケイは今までよりもずっと優しい微笑みを浮かべた。

 

「うん。わたしもききたい、ソーマのはなし。でも、今は、ちょっとむりかなぁ」

「いい。もう決めたから。何時になってもいいんだ。ケイが回復してからで、もういいんだ」

 

 そう言うと、ケイは安心したように笑って、握られた手を弱い力で握り返した。そして気絶するみたいに気を失って、彼女の力が抜けて握力を失う。

 力の抜けた彼女の左手を、再度力を込めて握る。もう握り返してはくれなくても、寂しいとは思わなかった。

 

 

 翌日、ソーマがケイの病室へ行くと、ケイは既に起き上がっていて、ソーマに気づくとにこりと微笑んだ。

 

「おはよう、ソーマ」

 

 しっかりとした口調と表情に、ソーマは堪らなくなって、返答もできずに駆け出し勢いよく彼女の腹に抱き着いた。ぎゅうぎゅうとソーマが殆ど手加減せずに抱き着いているので、ケイはその子供らしかぬ腕力に軽くうめき声を上げる。

 

「あ、わ、悪い」

「ヘーキヘーキ。ちょっと絞まっただけだから。元気そうで良かった」

 

 ケイはにっこり笑みを浮かべると、ソーマの頭をわしわしと撫でた。

 身体はもう起こしても大丈夫なのかとか、傷の具合はとか聞こうとして口を開くが、その矢先に扉が独特な機械音を響かせて開いたので、慌てて噤んだ。その様子にくすくすとケイが忍び笑っているけれど、気にせず振り返る。

 

「ケイ、午後の診療の時間だよー、ってソーマもいるのか。出直そうか?」

「……後でいい。」

「そうかいそうかい。いやぁ、ソーマが随分やわらかくなったみたいで、おじさん嬉しいなぁ」

「っいいからさっさと診察しろっ」

「はいはい」

「ソーマったら照れ屋さんねー」

 

 ケイのにこにこと他意のない笑みで止めを刺され、ソーマがそっぽを向いてしまう。どうやら診察が終わるまでずっとそうしているらしく、サカキ父子はそれをにやにやしながら眺めた。

 いそいそとペイラーがケイのベッドの脇に立ち、持ち込んだ診察道具をテーブルに並べていく。実は専門ではないのだが、ペイラー以外の誰かがケイを診察するわけにはいかない。腕輪の事を知らなければ気味悪がれてしまうのは必須だ。

 ケイは傷の様子を見せるため、入院服を肋骨あたりまで捲り上げる。

 

「うん、もうすっかり塞がってるね。ただ、傷が残っちゃうかもしれないかな」

「そっか。まぁ傷は勲章って言うし!」

「それは男にとってのもので女の子は避けるべきなんだけどね………はあ、やっぱりゴッドイーターになるの止めてくれたりしないかい?」

「それは止めない!」

「うーん清々しいほどの即答」

 

 がくり、と大きく項垂れるペイラーに、大袈裟だなぁとケイがからからと笑った。自分の愛する一人娘が武器を持って殆ど死にに行くような戦場へ行くかもしれないのだから、全然大袈裟でない、とペイラーは思う。

 すると、いつの間にかソーマがじっとケイを見つめていたのに気づいて、ケイはしばし首を傾げた。

 

「どうかした?」

「…………ゴッドイーターに、なるのか」

「うん。13歳になったらね。っていうか、もう半分『そう』みたいなもんだし」

 

 顔を顰めるソーマの前に、布団で隠していた右手をぷらぷらと揺らす。

 その腕には、見間違うことはない、赤い赤い腕輪がしっかりとはめられている。

 

「訓練場でソーマに引けを取らない動きが出来たのは、こういうわけ」

「アラガミ吹っ飛ばしたんだっけ。カメラチェックしたオペレーターがコーヒー吹いてたよ」

「えぇー、変に思われたかなぁ。」

「後の祭りさ。僕が適当にごまかしておくから、ケイは最低でも3日は絶対安静だよ。じゃあ、血圧と体温測ったら終わりだから。右腕出してー左腕で熱測ってー」

「はぁい」

 

 失敗したなぁと思えど、後悔なんて微塵もしてない。

 ソーマを助けられたのだから安いものだ、少し申し訳ないとは思うけれど。専門じゃないとペイラーは言うけれど、診察の流れは淀みがなく、すぐに終わった。去り際に優しく頭を撫でられ、無理はあんまりしないでくれよと微笑まれる。うん、と笑顔を返すと、今度はわしゃわしゃとかき混ぜられるかのように頭を撫で、最後にぽんぽん、と軽く叩き医務室を去った。

 ペイラーの背を見送って、ソーマに視線を移す。

 ソーマは未だじっと睨むように腕輪を見つめ続けている。数秒経って、やっとの事で震える口を開いた。

 

「お前、は…………俺と、同じなのか?」

 

 それは、どこか縋るような声だった。

 

 

 化け物、と呼ばれる声が頭に反芻する。

 同じなんだろうか、ソーマと同じ過程で、同じ力を得た、同じ存在なのだろうか。

 それなら、もし、そうなら―――

 その言葉に、ケイは一瞬だけ驚いたような顔をした後、悲しげに微笑んだ。

 

「………ううん。私とソーマは違うよ」

 

 その一言で、ケイがソーマの身体についての事を知っていることを無感情に理解した。

 知っていて、それでも傍にいてくれた、そんな温かな感情が先に頭をかすめる。けれどそれよりも、絞められているのではないかと思うほど息が苦しい。

 ソーマは茫然とケイを見上げた後、悔しそうにぎりと拳を握りしめる。

 そうか、違うのか。

 違うんだな。

 お前は、ちゃんと人間なのか。

 ―――――――俺と、違って。

 

「ねえ、ソーマ」

 

 ケイは目を伏せて、小さく話しかけてくる。

 

「私と君は確かに違う。違うけど、おんなじなんだよ」

「……………意味が、わからない。」

 

 ケイはそのままぎゅうとソーマを抱き締めた。ソーマの鋭敏な耳に、どくりどくりと温かな音が響く。

 

「この音が、ソーマにも流れてるでしょ?」

 

 心地よい音、生きている証。

 ヒト特有のゆったりとした心臓の音。

 穏やかなのに聞いているだけで泣きたくなるような、そんな音。

 

「ソーマがこの音を持つ限り、ソーマはソーマだよ。私と同じ、ただのちっぽけな人間だよ」

 

 だから大丈夫、大丈夫だよ、と背中を優しく擦る。

 それは陳腐でありきたりな言葉だったかもしれない、何の責任もない子供だましな言葉だったかもしれない。

 けれど、ケイの言葉は何よりも誰よりも真っ直ぐで、何よりも信じられた。

 そのとき、ぶわりとソーマに溜まる熱があった。

 からからだったその場所に、やっと潤いが戻ってきたのだ。

 それは心だったし、涙だった。

 ソーマはそれらを拭おうともせず、ぎゅうぎゅうケイに抱き付いた。

 

「ひとりでずっと、つらかったね」

 

 どんな憂いも吹いて飛ばすような声が優しく響く。

 しゃくりあげ、唸っていた声と涙が、その言葉で一気に決壊したかのように、内側から吐き出される。

 声を上げて泣き出したソーマを、ケイはずっと抱きしめ続けてくれた。

 振ってくる手は今までの何よりも温かい。温かいから、とても涙が止まらなかった。

眼だけで窺えば、優しい笑みを浮かべた彼女がいて。

 胸が高鳴って、痛くて、優しかった。

 とても古い、古い記憶を思い出す。

 物心ついたばかりの頃。

 

 

『いいか、お前はアラガミと戦うために生まれてきたんだ』

『泣いているだけの者に、アラガミは倒せない。それはお前の存在理由の否定だと思え』

 

『――――だがな、ソーマ』

 

 

『いつか救いが現れる』

『お前の為の救いが、必ず』

 

 

 引出を開けた彼女が、奥に押し込められた痛みと記憶を、労わるように抱きしめたのが、目に見えるようだった。

 そしてケイが、いつものお決まりの質問をソーマに投げる。

 

「ソーマの願いは、何?」

「―――――――………わかれ」

 

 まるで泉みたいにあふれ出てくるほどに願いはあった。

 ケイとずっと一緒にいたい。

 彼女を守れる存在でありたい。

 彼女がどうにも動けなくなって、苦しい時に彼女が真っ先に手を伸ばす先には自分がいてやりたい。

 ―――彼女が、そうしてくれたように。

 そのどれもが口にするにはどうにも気恥ずかしかったので、ソーマは強引にそんな言葉を押し付けた。そんなソーマの感情を完璧に読み切ったケイは、くすくすと笑い声を上げながらも、うん、と可愛らしく笑ってくれた。

 

 

 しばらくしてやっと泣き止んだが、なんとなく顔を上げずらくて、俯いたままおずおずと体を離した。

 

「あー、眼ぇ腫れちゃったね。冷やす?」

 

 けれどケイは無遠慮に覗き込んできて、赤く腫れた瞼に手をそっと当てた。

 

「っ平気、だ!ほっとけば治る」

「あっ。もー、恥ずかしいからって意地張らないの。やっぱり、水道行こう。ハンカチ濡らして乗せたげる」

「いらないっ、すぐ戻る、から」

 

 羞恥やら何やらで動悸が激しく脈打った。

 慌てて飛び退き、そっぽを向いて顔を腕で隠す。

 はあ、と聞こえた溜息にちらりと横目で見ると、仕方ないなとでも言いたげに困ったような笑みを浮かべるケイがいた。我儘な弟を見るような眼で見てくるので、恥ずかしすぎて体ごと顔を逸らした。

 後にして思えばなんとも子供すぎる言動で、思い返せす度顔から火が出そうな程になるのは、今のソーマには知る由もない。

 

「なら、なんでケイにはソレがあるんだ?」

 

 どうにか話を逸らそうと声を絞り出す。

 その無骨な赤い腕輪はゴッドイーターの証であり、身体に因子が埋め込まれている証拠だ。それを腕に嵌められるのは規定年齢の12歳以上であり、ソーマの記憶通りならケイは10歳のはずだ。

 しかし、いくら待っても返答がないので、ソーマは不審に思って身体を直す。

 ベッドの上で半身を起こすケイは、姿勢こそ変わらないものの、その眉は情けなく下げられ、先ほどとは違う困ったような笑みを浮かべている。どう言えばいいかわからないような、アナグラ内を迷ってる時のような。

 

「覚えてないんだ。私、拾われっこなんだけど、お父さん、ペイラー博士に拾われるまでの記憶が一つもなくて。この腕輪も、自分の本当の名前も知らない」

 

 腕輪をじっと見つめて、ケイはまるで普通の口調で言った。昨日の晩ご飯でもそらんじているような、気楽で適当な様子で。

 

「興味がないわけじゃないけど、どうしても思い出せないから。だから、ソーマに教えてあげられない」

 

 ごめんなさい、とケイは両手を合わせる。

 なんと声をかければいいのか分からなかった。

 慰めや憐れみを彼女は求めていない、いっそ淡泊なほど、彼女は過去を求めてはいない。

 

「………………………俺が覚える」

「え?」

「またお前が記憶をなくしても、俺が全て覚えている。これから、ずっと」

 

 自分の名前すら思い出せないほどの忘却とはどんなものだろう。

 彼女の悲しみや孤独は想像できないし、簡単に分かるなんてものではないはずだ。

 彼女の過去は、どうしようもなくソーマには分からない。

 だから、未来の約束をしたかった。

 今これから、彼女の悲しみを減らせるような、そんな魔法のような約束が。

 

「おぼえていて、くれるの?」

「ああ。これでも頭はそれなりに良いはずだ」

「……………そっか」

 

 そっかぁ。

 そう呟きながら、ケイは感慨深げに頷いた。

 




ケイのバックボーンがちょっぴり垣間見えてますな。彼女については追い追い。ガキんちょソーマは書いててニヤニヤするほどかわいいけど書いてる私はどう見ても完全に不審者だから早く大人になってほしい。
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