「おねえちゃん、それ、カメラ?」
シンジ達の写真を撮り終え、サーラに跨ってとっとと帰ったケイは、防衛部に再度寄って一通り写真を撮らせてもらい、その後ヨシノと共に香月家へ訪れて夕飯(おでんパン)を頂いた。
洗い物をするヨシノの傍ら、ケイと皿拭きをしていたナナが、不意にケイの鞄に仕舞われた黒い塊に気付いて声を上げた。ナナの指さす先を振り返り、ケイはああ、と応える。
「そう。今日一日みんなの写真を撮って回ってたの」
「見たい!」
お皿拭き終わったらね、と言うと一所懸命に急いで拭く様がこどもっぽくて愛らしい。春日少なかったので五分と経たず終了し、ナナを膝に乗せてカメラを起動させた。わあ、と歓声を上げるナナにカメラを渡すと、好き勝手十字ボタンを操作して画像を変えていく。
神機を振るシンジ、ゼロ距離射撃でオウガテイルの頭を吹っ飛ばすツバキ、ザイゴートの山の頂上に腰かけて休むリンドウ、その直後らしくザイゴートが地中に消えてずっこけるリンドウ。二人並んで笑顔のメアリーとロック、防壁の上で指示を飛ばすヨシノ、防衛班の集合写真。
「あら、よく撮れてるわねー」
「おかーさんかっこいー!」
「ヨシノちゃんこれでも防衛班リーダーだしね」
「これでもって何よこれでもって」
「あはは、ウソウソ。いつもお世話になってます」
「お世話させてくれてから言うものよ、それは」
「おねえちゃん、強いの?」
「そこそこね」
強さというものはゴッドイーターでは特に測りづらい。強いアラガミをどれだけ倒したか、が最もそれらしい指標ではあるが、新人だって現役ゴッドイーターに劣らない力量を持つ場合もある。一方で、人々を守るための陽動や立ち回りが上手いゴッドイーターもいれば、撤退戦に特化したゴッドイーターだっている。ヨシノだって目立った戦績こそ少ないものの、防衛戦なら一級品だ。
なので曖昧に笑って濁したのだが、ヨシノが横からこつりとケイの頭を小突いた。
「過小評価はよしなさい。ナナ、これでもケイちゃんは討伐ガチ勢第一部隊の一員なのよ」
さっきのお返しのつもりかにこやかな笑みで告げるヨシノに、横目で恨めしく睨むが、勿論効果は全くない。案の定、ナナはきらきらと輝かしい眼でケイを見上げている。
「なにそれすごい、カッコイイ!」
「ガチ勢も何も、討伐部隊はウチと新設の第五、第六部隊だけなんだけど……」
「この半年の戦績がずば抜けて高いのは合ってるでしょ」
第五、第六部隊は今年度初期に再発足された討伐部隊だ。元々第五部隊の隊長だったウィリアムに、今年入ってきた新人ゴッドイーターが四人と、他支部から経験豊富なゴッドイーターが六人がそれぞれ配属されている。
大規模作戦で同期が根こそぎ辞めたことで他の部隊をふらふらしていたウィリアムも腰を落ち着ける場所が出来て安泰だ。そのくせ今朝はキヨタカの補佐をしていた気がするけど、なんだかんだ器用な彼だから、扱き使われるのは自然な流れなのだろう。
シンジの手柄が圧倒的だとしても、第一部隊はやはり飛びぬけた人材が揃っているのは事実だ。そんな部隊にいるのだから、ケイだってもう一人前と言えるだろう。
「あ、ソーマだ」
「あ」
「あらー。立派な欠伸」
「これ、ソーマ怒ったでしょ?」
「う……あんなに恥ずかしがることないのに……」
「早く消しちゃいなさいよ」
「それが、もうリンドウの端末に画像送って保護して貰ってるんだよねー……」
「用意周到すぎよ!? 貴方たちほんと仲良いわねぇ」
リンドウだってケイに秘蔵のR指定の画像やら雑誌やらを保護して貰ってるのでチャラである。未成年に渡すなよと思うが、ツバキにバレたら燃やされることはわかっているのでケイは無言で頷いたのだった。
「謝った?」
「…………………マダデス」
見上げてくるナナの純粋な双眼に、ケイはウッと声を詰まらせてそっとそっぽを向いた。きらきらと輝いていたそれが、一瞬にして残念なものを見る目に変わる。生意気なその顔を歪めんとむにーと頬を伸ばすと、横長になった口から情けない母音が漏れて可愛い。
「欠伸写真の一枚や二枚良いじゃん……減るもんじゃあるまいし……」
「そういうところだと思うわよ」
「私だって任務中寂しいなーとか会いたいなーとか思うんだよっ! 慰める写真とか持ってても良いじゃん!」
「もう持ってるでしょ。二年前に撮ったやつ」
「あれ集合写真じゃん最早!」
ケイが右腿に装着してるレッグポーチ、血塗れになるのが役割のような、応急処置の装備が入っている小さなそれには、二年前にペイラーが撮ってくれた写真を一枚きり、忍び込ませている。
最初はペイラーとソーマにケイの三人の予定だったのだが、途中で研究室に入ってきたシンジがどうせならみんなで撮ろうと言い出して、アナグラの殆どのゴッドイーターと職員が集められ、写真が撮られたのだった。良い遺影になるな、というシンジの言葉は全員で黙殺した。
「オンナノコね~!」
「………?」
関連性がわからなくて、ケイは首を傾げた。集合写真を不満に思う事と、ケイの性別が女であることに、何に関係があるというのだろう。
不思議そうにヨシノを見上げるケイを、彼女は小さく微笑んで見下ろした。
「いつかきっと、わかる日が来るわ」
一通りの写真、食堂で屯する待機組のゴッドイーターや女子勢のラッキーショットなども撮り終えてブツをシンジに譲渡した後、ケイはペイラーの研究室にて書類整理を手伝っていた。棚に種目別にファイルを差し込んでいきながら、ふと思いついた疑問をそのまま口から滑らす。
「お父さんって、結婚しないの?」
ブフゥッ、と飲んでいたコーヒーを勢いよく噴き出したペイラーに、発端となったケイは慌てて駆け寄った。
布巾を隣室から取ってきて、机の上で盛大に池を作ったそれを拭き取る。
「きゅ、急になんだい?」
「あー………今日ね、メアリーとロックが、そのー、恋人、ってことを聞いたんだけど」
「ああ、それでか」
僅かに染みになった書類や冊子を避難させつつ、ペイラーは合点がいったように頷いた。
「てっきり母親が欲しいのかと」
「んー。憧れはするけど、私はお父さんでもう手一杯かな」
「これは手厳しい」
机の上を綺麗に整えた後に、ペイラーは休憩にしようかとケイにソファへ座るよう促した。ペイラー曰くの『猿でもわかるアラガミの基礎』を講習させるときに使われるソファと机ではあるが、プライベートでは普通にくつろぎの場として使われている。引っ越してきてずっと使われているので、もう四年ほどだろうか。隙間のほつれが目端に映り、そりゃそうもなるかとしみじみ思った。ペイラーが淹れ直した自分のものと、もう一つケイ用のマグカップにコーヒーを淹れて、それをケイに手渡す。丁度ケイの対角線に当たるソファの位置にペイラーも腰を下ろし、一口飲んだ後に口を開いた。
「さて、結婚するか否かの話だね。その答えはノーだ」
「私のせい?」
「どちらかと言うと君のおかげ、だろう」
既に娘がいるから婚約相手が見つからないのかと問うとそう首を振られたので、ケイは少しばかりほっとしつつ、ならどうしてと話の続きを待った。
「君に出会う前の私は、およそ人間性というものが薄かった」
ペイラーが星の観測者、と揶揄されていたことは、ケイは一応知っていた。干渉せず、干渉させず、ただ見ているだけの傍観者。
人間と関わらず、何処かもわからないところを見上げる空け者。
「一貫してアラガミだけだった僕の研究対象に、君は泣きながら飛び込んできた」
「…………そこらへんはもう忘れて」
「おや、羞恥心が湧いてきたのかな?」
「なんで少し嬉しそうなの!?」
「もう十四になるのに、反抗期のひとつも来ないのだから、心配にもなるさ」
若干呆れた風体で、ペイラーが軽く肩を竦めた。確かにケイは、今まで反抗期どころかその兆しすら見せた事は無く、未だに抱き着いたりする始末だ。ペイラーとしてはいつ「お父さんの服と一緒に私の分を洗濯しないで!」と言い出されるか戦々恐々してもいたのだが、ここまで来ないと不安になってもくる。そもそも、ケイの情操発達はペイラーの悩みの種であるため、不安もひとしおだ。
「ともかく、君の存在は実に興味深いものだった」
掴んでいた神機はどこをとってもオーパーツレベル、その本人は記憶喪失、その上その肉体には未知数の因子が宿っているときた。ここまで未知が揃って、興味がわかない奴はそいつは研究者ではない。
けれど、少女の懸命な生きる意志に手を伸ばしたのは―――紛れもない裏切りだった。
「私は人間が好きだ。けれどそれは人間という種族を好ましく思っていたのであって、個人というものはむしろ苦手だった」
ペイラーは研究者だ。その道程でした苦労は良い、徹夜した夜も財産のひとつだ。しかし、その成果を出した途端に返される手のひらや、やっかみや嫌がらせ、他者とのかかわりは、ペイラーにとって煩わしいことこの上なかった。もちろん、そう思わない友もいた。ヨハネスや、アイーシャ達である。
厭世家と言えば聞こえは良いが、要はペイラーは、他者を拒んでいた。深入りする恐怖や警戒心が、人一倍強かったことが原因だろう。ヨハンとアイーシャの人体実験に関与しなかったのは、ペイラーの信条に則った典型的な行動だ。友の決死の行為にすらペイラーは手を貸すことを拒んだ。それほど、ペイラーは他者への干渉というものを徹底して拒んでいた。ある意味で研究者らしい性根だが、それは同時に、ペイラーの社会不適格さを表してもいた。今更、社会がどうとかは興味もないが、うすらぼんやりと自覚してはいた。自分は多分、人間としては失格もいいところなのだろうなと。人間を愛しているが故に、それへの乖離を、少しばかり寂しいとも思っていた。
故に、間違いなくケイへのそれは、完膚なきまでに―――ペイラー自身への裏切りだった。
「私は他者への干渉をしないと自分に戒めていた。けれどどうしてだか、君を一目見たその時に直感的に感じたんだ」
―――この子といれば、もしかしたら、こんな私でも人間になれるかもしれない
そう、どうしようもなく思ってしまった。
直感は決して馬鹿にできる者ではないと知っていたペイラーは、殆ど衝動的に、ケイに手を差し伸べたのだった。
「やっぱり! 猫拾ってるみたいな態度だったもん、あのときのお父さん!」
「ははは、あの廃ビルではそうだったかもね。けど、私の研究室で君の話を聞いた後にはもう、娘と受け入れようと決意していたとも」
「胡散臭い! 絶対あれでしょ、今にして思えばってやつでしょ!」
「無論、違うよ。それは、君の名前が証明している」
今まで自分を律していた全てを捨てて、この娘を懸命に愛そうと誓ったのだ。彼女が生きるのに必死だったのと同じくらいに強く。
名前? とケイは首を傾げてますます顔を曇らせた。その名前だって、たまたまケイが見つけたページの目録から取ったものじゃないか、といいたげな眼だった。けれどこの名の他に、彼女に似合う名前はなかった。
「恵という字の意味を知っているかな?」
「……可愛がる、とか、聡いとか優しいとか?」
「そう、恵という字には、多くの意味が含まれている。元々は人の心を指していたようだよ」
広く知られているだけでも意味が6つにも上るその字は、そのどれもが快い感情が由来となっている。数多にあるその中の、印象的なひとつを、ペイラーはよく、覚えていた。
「恵という字の意味のひとつに、『とても深い愛情』というものがある」
「……愛情深いひとになりますように、的な?」
ケイが自分なりの推測を口にしてペイラーを伺うと、それもあるね、と彼は軽やかに笑い声を上げて肩を揺らした後、ケイの頭に片手を緩く乗せて髪を撫でた。
「君の事を、これから出会う沢山の君の大切な人誰もが、『とても深い愛情』の名で君を呼ぶ。……それは君自身を幸福に導くのではないかと、そう思ったからなんだ」
愛おしいと、声音で、手つきで、滲むような表情でそう言われ、挙句そんな言葉をかけられては、ケイはしおしおと先ほどの憤怒を萎ませるしかなかった。
「わかったかな、ケイ。私が結婚できない理由が。――それは、私が人間になり、男になる前に、君の父親になってしまったからなんだ」
心から幸せを願う子どもを見つけてしまった。彼女の孤独を、恐怖を、不安を癒せたらと思えてしまった。蝋燭のような少女。報われるべきだ、そう信じた少女が。
「……私、そんな大層なものじゃないよ。愛とか、恋とか、からきしわからないポンコツ娘だもの……」
「そうかもしれないね。けれど今のところ、君を拾って後悔したことは一度だってないよ」
いつも開いているか閉じてるか分からない目が薄っすら開かれ、柔らかく緩められたのを見て、ケイは増々口をとがらせて下を向いた。その名が似合うようなひとに、ケイは自身が成れていないと感じているからだ。現に、今もソーマに謝りに行く決心は付いていない。ペイラーや、シンジになら早々に謝れるのに、何故だかケイは、ソーマの前では無意味に頑なになってしまったり、弱くなってしまったりする。コントロールできない感情は、ケイにはひどく、おそろしく思えた。
「ソーマなら、昼頃に私のところに来ていたよ。怒りすぎていたと、なんだか少ししょげていたみたいだけどね」
ぱっ、と顔を上げて見たそこには、いつも通りちょっぴり胡散臭いにこやかな笑みを浮かべられていた。
二度瞬きして、それから弾かれたようにソファから飛び上がった。駆けだそうとした矢先、振り返って口を開く。
「お父さん、ありがと!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「…………ほんとに、恋人つくらない?」
「作らないとも。何せ―――娘で手一杯だからね」
次回から新章です。戦闘描写が更に増えるでしょうねつら。
ところで春休みを利用してレイジバーストやったんですけど、キャプション変えた方がいいですかね。今だから言えますが、ケイちゃんはリヴィちゃんの体質ともジュリウスの体質ともまったく違います。ひとつだけ言えるのは、私は主人公に困難な状況や身を蝕むほどのピンチを与えるのが好きだってことくらいです。我ながらひどい性格です。それにしてもロミオ生き返るのかよおのれ。びっくりしてちょっと変な笑いが出ちゃったじゃないか! みんなゴッドイーター3やろうね。