新しき隊員
相も変わらずアラガミを屠り、仲間やソーマと戯れる日々の、ある晩。ツバキに呼び出され、ツバキの自室でジュースを飲みながら告げられた。
「新人育成? 私が?」
「そうだ」
ぺらり、と書類を一枚手渡された。伸びた髪をひとまとめにしたそれを肩から背中に払い、それを受け取る。
その書類は性別やら顔写真やら経歴やらがつらつら書き連ねられている、有り体に言えば履歴書だった。
ゴッドイーターの新人育成、つまり教育係と呼ばれるそれになるのは、そう珍しい事ではない。大抵、配属部隊の隊長か教官、それらに並ぶベテランがその任に就く。春先に適合値検査があるのでその時に纏めて入ってくるのが常だ。
確かに、ケイはゴッドイーターになってもう二年が経つが、何かの役職を持っている訳ではない。シンジもいるし、足りなければキヨタカもツバキもいるのに。何故に私にお鉢が回ってくるのか。
「私とリーダーなら、明後日から海外遠征だ。防衛部のナツとスバルも連れてな」
「あぁ、そっか。でもキンちゃんとアオイちゃんもいるでしょ? なんで私に」
「キンタさんとアオイさんが新人育成に向いてると思うか?」
「う゛っ……で、でも、まだタカさんがいるじゃん」
「そのタカさんからの推薦だ、良かったな」
「全っ然良くないぃぃ、面倒くさいからって私に押し付けないでよ! タカさんの馬鹿!!」
顔を手で覆って天井を仰ぐケイに苦笑しつつ、ツバキもグラスを傾ける。からん、と涼しげな音が中で鳴り、中身が無くなっていることに気づいた。
ツバキは配給ビール、ケイはジュースと、それぞれ持ち寄ったつまみで晩酌。最近はめっきり食糧事情が逼迫してきていて、とてもじゃないが自炊も限界になってきた。食堂でレーションを貰って食べるのが日常になりつつある今、こういう時間はほとほと減っていた。そろそろリンドウらへんが暇潰しに突撃しに来る頃だろう。
「最近、アラガミの発生数も著しい。ここの支部はリーダーたちがいるからなんとかなっているが、他支部は壊滅も珍しくない」
極東は戦力が豊富だからつい忘れがちだが、ゴッドイーターだってアラガミに敵わないときは、決して少なくない。撤退なんて日常茶飯事だし、毎日のように死人が出る支部も、アラガミの侵攻がひどいところは多いのだ。
「新人育成も大事な仕事だ」
「……めんどくさいって言ってるの。あーあ、誰かに押し付けられ……」
「おうい姉上にケイ。暇だからゲームでもしようぜ……って、飲んでんのかよ、姉上」
「リンドウ! じゃーんけーん、」
「はっ? ぽんっ」
「…………神はいない。」
「ある意味当然の既決だな」
諦めろ、と崩れ落ちたケイの肩を叩く。
ぷるぷると放り投げられた手が象るはパー。対するリンドウはチョキを片手に困惑している。
「成程なぁ、新人育成」
事情を聞いたリンドウが納得したようでうんうんと頷く。ちなみにケイは不貞腐れて体育座りしてジュースをちびちび飲みつつも、二人の方に体躯を向けていた。
「へー、コイツが……ん? 防衛班行きのじゃねぇか。なんでケイに?」
「防衛班の手が溢れてる」
「そりゃご愁傷さま」
「うう、薄情者」
履歴書をケイに放るリンドウを恨めしげに見つめ、右手でがすがすとリンドウの腹を軽く殴る。地味な痛みに眉を顰めて逃げようと体を引かれたので、ケイはあっさりとその手を引いた。今はリンドウなんてどうでも良いのである。
目下の問題は、この新人だ。
「だが、確かにケイだけというのも不公平だ。というわけでリンドウにはこっちだ」
「俺にもあんのかーい」
「さっきの茶番が更に意味のないものに……お、おっとこまえじゃーん」
「そうかぁ? 俺の方が顔がイイだろ」
「そうかもしれないけど自分で言う?」
リンドウに手渡された方の履歴書を横から覗くと、そこには甘いタレ眼からどことなく色気の感じられる青年の写真があった。大真面目にキメ顔をするリンドウに、ケイはジュース片手にけらけらと笑う。
「なんだ、じゃあ私はあまりものか。ま、そっちの方が気楽で―――」
「残念ながら、そうもいかない。そいつの適合値を見てみろ」
「適合値? ………な、なにこれ!?」
「………はぁ? 15%!?」
「うっそだー! この適合値じゃ神機テストは受けられないはずだよ!」
「それが、前例があるとごり押しされ、本人の強い希望により受けさせることにしたらしい」
「シン君!! バカ!!!」
その前例が紛れもなくシンジのことであると知っていたケイは、八つ当たりではあるもののそう叫ばずにはいられなかった。彼はフェンリル史上最低値の適合値で神機と適合したゴッドイーターである。その適合値は、驚異の3%。驚異というか狂気の域だ。
「で、適合しちゃった、と……」
「そうだ。しかも適合値が安全域に達してないからか、神機を上手く制御できず、戦闘訓練を積ませたものの成果は微弱。だが戦えないわけでもないゴッドイーターを遊ばせておくほどの余裕を、今のフェンリルは持っていない」
「それで、私にお鉢が回ってきたってことね」
要は問題児を押し付けられたという訳だ。お前の上司と同類なんだろなんとかしろ、と。本当にシンジと同類だったら手に負えないにもほどがあるので切実にやめてほしい。ツバキは悶々と頭を抱えるケイを一笑に付して口を開いた。
「安心しろ、リーダーとは真逆だ」
「…………それって、つまり」
「―――――――――とてつもなく弱い。使える程度には引き上げろ」
翌日の二時十五分前。
ケイはエントランス行きのエレベーターに乗り込んだ。片手にはバインダーと、それに留められた顔写真付きの履歴書。
取り合えず顔合わせだけは全員とするので気負う必要はないが、いかんせん自分がちゃんと新人育成が出来るかが不安だ。
時間十分前にエントランスに付けば、既に何人かのメンバーがそこにいた。シンジにアオイ、キンタの極東信号機組だ。
「あ! 教育係のお出ましッスね!」
「頑張ってねぇ、ケイちゃん」
「他人事だと思って……」
「いやいや、俺を一緒にするな。教育係の苦労は分かるぞ」
「シン君に言われるとそれはそれですごーくフクザツなんだけども!」
ケイの教育係だったシンジに深く頷かれながら共感されると、ケイの立つ瀬がない。
私ってばそんなに苦労掛けてたかな、と記憶を掘り返していると、背中をばんっ、と強く叩かれて肩が跳ねた。
「よお、ケイ」
「びっくりしたぁ、リンドウか」
片手挙げてからりと笑うリンドウに、ケイは脱力して肩を落とした。リンドウの向こうにはツバキの姿もある。時間にルーズな彼にしてみれば随分とお早く来たものだ。
「俺らの初めての後輩だからな、楽しみにもなるさ」
「嘘こけ、どーせ厄介な子だったら精々からかってやろー、とでも思ってたんでしょ」
「ま、そうとも言う」
軽口を叩きつつも、定時五分前なので全員いつもの並びで列を作る。右からアオイ、キンタ、シンジ、ツバキ、ケイ、リンドウの順だ。
するとエレベーターの扉が開き、ゲンと、その後ろに少年が二人現れた。
「よし、全員揃ってるな。では紹介しよう、前に出てくれ」
二人のうちの一人が、緊張しながら一歩前に出る。
茶髪に、明るいブラウンの眼、赤いジャケット。緊張しているのか、その顔はやや強ばっているが、変に尖っていない純朴そうな少年だ。
「大森タツミです! よろしくお願いします!」
よく通る声が体育会系のノリで発せられ、新人、タツミは大きく頭を下げる。固そーな子ねぇ、とひょいと後ろに身体を反らせたアオイに目配せされてケイも肩を竦めた。
続いて、軟派そうな雰囲気の少年が進み出てにこやかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「真壁ハルオミです。よろしくお願いしまーす」
あー、こういうタイプね、と一瞬で察した新人の片割れの性格に、こっちはこっちで案外難儀しそうだな、と相棒を見やれば、いつもより幾分固いその表情が目に入った。けどおそらく、ケイも殆ど同じような顔をしているだろう。
リーダーであるシンジから簡単な自己紹介が進み、リンドウとハルオミのファーストインプレッションは概ね好意的に進んだ。そしてとうとうケイ以外の全員が自己紹介を終える。生暖かい視線を鬱陶しそうに睨み返して、ケイはタツミを真っ直ぐ見つめた。
「私が今回貴方の教育係に任命されたケイ・サカキです。分からないこと、困ったことがあったら私に言うこと」
「はい! ………って、ええ!?」
ぎょっと目を見開き驚愕を隠そうともしないタツミに、アオイ以外が同時に吹き出す。
タツミが驚くのも無理はない、何せケイはタツミと同い年か、ともすれば年下に見えるほどだし、どっからどう見ても可愛らしい少女だ。
「よかったじゃないかタツミ、お相手が可愛らしいお嬢ちゃんでさ!」
「うるっせえよハル! お、同い年、ですよね?」
「ケイちゃんは今年で十五歳よねぇ~、確か。可愛いわよねぇ」
「お前たちのそれが年少者に対する真っ当な感情なのは分かるが止めとけ、ケイがキレる」
「キレないよ大人げない!」
ケイはシャー、と威嚇する猫のようにシンジに毛を逆立てて噛みつく。すると、リンドウがケイの頭に腕を置き、笑いを噛み殺しながら口を開いた。
「コイツはこんなナリだが、強さだけなら極東でもトップレベルだぜ。おつむはちょおっと弱いがな」
「ケイに着いていくのは大変だと思うが、頑張れ」
リンドウとツバキによる援護射撃という名の故意的誤射に、ケイはうがーっ、と腕を払いのけた。
「ちょっと! シン君もアオイちゃんもキンちゃんもツバキちゃんもリンドウも失礼すぎ!」
「俺まだ何も言ってないッスよ!?」
「まだってことは言う気はあったと言うことだろう」
「自白同然よね~」
「無実ッスーー!」
「キンタ、五月蝿い。じゃあケイ、リンドウ、タツミとハルオミは任せたからな。解散」
ゲンの言葉で、各々列を乱し通常業務に戻る。若干一名「なんで俺だけなんスか……」と落ち込んで両隣に背中を叩かれていた者がいたが、割愛。
ケイはリンドウの肩甲骨あたりを一発殴ってから、タツミに近寄って声をかける。いっで! と背後で悲鳴が聞こえたが、当然スルーだ。
「さて、じゃあ手始めに軽い任務にでも行こっか」
「はい!」
どうにも堅くて肩が凝りそうだ、とケイは心中で深く息を吐いた。
今回の任務はオウガテイル三体の殲滅。
場所は勿論『贖罪の街』、新人にはお決まりの場所である。
ケイが神機を片手に欠伸を噛み殺しながら合流地点へ行くと、既にタツミが銀色に鈍く光るショートブレードを両手に持って立ち尽くしていた。サーラを新人相手に鉢合わせるのは流石に未だ早いだろうという事で、今回はすぐ付近までの送迎で帰還にさせた。
「タツミー」
「ケイさん! 時間丁度ですね」
軽い足取りでタツミの横に並ぶと、彼はがっちがちに緊張して強張っている表情をほんの少しだけ和らげた。
「さてタツミ君、任務内容は確認してきたかな?」
「はい! オウガテイル三体の殲滅です!」
「うんうん、優秀な部下を持って私は嬉しいよ。って、冗談はここまでにして。歩きながら話そうか、地理も覚えておいて欲しいし」
リンドウが聞いたらお前が言うなと突っ込まれそうないかにも教育係らしいセリフを吐きながら、階段を二段スキップするかのように軽く高台から飛び降りる。タツミは数秒固まったが、すぐに慌てて飛び降りてきた。まだゴッドイーターの体に慣れていないのだろう、危うげに着地する姿に、ケイは小さく笑った。
「最初は慣れないよね、やっぱり」
「ケイさんもそうだったんですか?」
「あー……うん、まぁね。ツバキちゃん、あの眼光鋭いおねーさんね、あの子もすごーく苦労してたんだよ」
今じゃ鬼神やら何やらと言われているツバキだが、入隊したてはそんな時期もあったのだ。想像できないのだろう、タツミのぽかんとした顔に、ケイは自分への質問をさらりと流してまた笑った。
指定されたポイントその場所で、オウガテイルは壁やら資財やらを貪っていた。数えるまでもなく、散らばってはいれどきちんと三体が確認出来る。こちらに気付く素振りは見えない。タツミを振り返れば。
「………………大丈夫?」
「だ、だだだだ大丈夫ですよ!!?」
「声が大きい」
ごいん、と十分に力加減して神機の腹で殴る。頭を押さえて押し黙るタツミはしかし、未だその顔は青白く、体のあちこちに震えが見えた。予想以上に重症だ、リンドウより酷い。
「実戦投入は初めてだっけ」
「そう、です」
「うーん、簡単な動作確認がしたかったんだけど」
ちらり、とタツミを見やるが、その体は可哀想なほど震えている。ケイは気付かれないよう溜め息を吐いて言った。
「今回は見学でいいや。けど、いつ不測の事態が起こるかは分からないんだから、周囲の警戒は頼むね」
「はっ、はい!」
今日は使う予定のなかった神機を肩に担ぎ、建物の影から足を踏み出し、未だ震える新人に向かってにやりと笑う。
「見てて、ゴッドイーターの戦い」
*
タツミは、ゆったりとした足取りの少女をじっと見つめる。
正直に言って、少女の戦闘能力に、タツミは懐疑的だった。
自分と同い年の少女。男尊女卑を擁護するわけではないが、仲間と軽口を叩き合う様はひどく子供で、可愛らしくあどけない。そんな少女が、神機をまるで自分の身体の一部みたいに自然と持っている事実に、一瞬くらりと目眩がしたが、同時に不思議な頼もしさを覚えた。それと同じ感情を、今感じている。
オウガテイルが少女に気付いた、ケイはそれを楽しげなまでに眺め、攻撃を誘因するようにゆらゆらと左右に揺れる。堪えかねたオウガテイルが遂に牙を剥き、ケイに向かって大口を開けて飛び掛かった。ケイの細く華奢な身体に牙が食い込む―――
「あはは、おっそいなぁ。」
がちり、と牙は宙を噛んだ。
ケイはその目の前で、嗤う。その目に驚きと困惑を宿したオウガテイルを、嗤っている。
ブン、と軽く神機が振られたように見えた。直後に倒れ伏すは、白と灰色が朱に彩られた無骨な体。
オウガテイルが滂沱の血を垂れ流し、口を無様に開いて絶命していた。
何が起こったのか、オウガテイルには分からなかっただろう、見ていたタツミすらその一瞬を見逃しかけた。ケイはその一振りで、絶命せしめるだけの深い傷を、オウガテイルに負わせたのだ。
ケイには掠り傷どころか返り血すらなく、神機の先端部分だけが赤く染まっていた。
ケイは鼻歌でも歌いそうな様子で軽く屈伸し、しゃがみから勢いよく地を蹴って跳び出す。ロケットスタートの向かう先は、二体目のオウガテイル。二体目のオウガテイルはケイの接近にすら気付かず、その背中を撫でるように肉を削がれ、絶命。三体目のオウガテイルは、二体を殺される所を見ていたのだろう、存分にケイを警戒している。しかし、その警戒も虚しく、振り上げた尻尾から出るであろう針が出される暇はなかった。
ケイはきゅうりでも切るかのように軽い斬撃で、オウガテイルの尻尾を切り飛ばす。血がどぱりと出たが、それすら計算通りのように、避けずともケイは血を被っていない。そして、その絶叫が溢れる口に直接神機を深々と突き刺した。ずるり、と神機を抜き、神機に付いた血を振り払うようにぶん、と一つ振る。
一瞬で、その場が血に染まったのにも関わらず、それを作った当人には、赤い染みはどこにもない。
ただ、彼女の腕を占領する腕輪だけが、赤々と存在を叫んでいる。
場違いだ、こんな感想は。
そう頭では理解していえど、それでもタツミはこう思った。
なんて、残酷で非情で冷たく―――美しいのだろう。
その姿に、完璧に魅せられていた。
それが、いけなかった。
背後から気配。
そう、警戒を怠った。
一気に噴き出す脂汗、体は動かないくせして、目だけはぎょろりとそれを捉えた。
黒い獣がそこにいた。
赤い鬣をはためかせ、兜のような灰色の下から金目をぎらぎら光らせ、タツミを見つめている。見つめているなんて生易しい様子ではない、獲物を見つけた獅子の目、空から、憐れに地を這いずる足のない兎を見つけた鷹の目だ。
動け、動け! 動け!!!
しかしタツミの願いは届かず、体は一ミリだって動かない。
黒い獣がタツミ目掛けて飛び掛かる。
その牙が、雷が、爪が、タツミを貫く―――いいや、そんなことにはならなかった。
「――ウチの新人君に、余計なちょっかいかけないでくれる?」
両断された獣が、血を噴き出してずしんと地に沈む。だくだくと血が地面に広がり続け、獣からは黒い靄がうっすらと巻き上がった。ケイはそれをちらりとも見ず、タツミに駆け寄る。
「タツミ! 怪我ない?」
心底心配そうなあどけない少女の表情。こちらの顔色を窺う彼女の肩を、タツミはがばり、と掴んだ。突然のことに、ケイは目を白黒させて、首をかしげる。
タツミはそんなことお構い無しに口を開いた。
「―――すげえ、すげえよ!」
出てきたのは、そんなありふれた言葉だった。何か的確な言葉があるのかもしれない、彼女の強さを表す言葉が。
けれど、そんなもの今のタツミには無用だった。
自分の求めているものはこれだ、と直感したのだ。
その時のタツミの心情はただそれひとつに占められていた。例えるならそれは、地を這う獣が空に憧れるような、空を飛ぶ鳥が海に焦がれるような、真逆の存在に目を奪われるそれだった。
「姐さんと呼ばせて下さい!!!」
「普通に嫌だよ同い年! ちょっと待って正気に戻ろう!?」
前途、多難である。
若かりしタツミ隊長とチャラ男ハルオミさん