「シン君! ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「気合だ」
「まだ何も言ってないよ……」
振り返りもせずににべもなく言い放つシンジに、ケイはがっくりと項垂れた。
大森タツミの教育係を引き受けて二週間。タツミのへっぴり腰は若干の矯正はできたものの、適合率は未だ十数パーセントを低迷していた。
「そんなに手強いのか、噂の新人くんは」
「手強いっていうか、弱いっていうか……普通、適合値なんて戦ってたら勝手に上がるもんでしょ? で、適当なところで止まる」
「ああ、だが関連性は未解明、つまり上がらない場合もあるということだ」
「それにしたってひどいよ!」
タツミとタツミの神機は致命的に相性が悪いのかなんなのか、一向に適合率が上がる兆しはなく、むしろ下がってるんじゃないかなこれといったあり様だった。何せ、彼が神機を持てば神機は沈黙し、彼が神機を振れば神機がすぽーんと手から滑り落ち、彼が捕食形態を取れば黒い獣は柄の部分でうごうご蠢くのみ。率直に言ってポンコツである。
「シン君は最初、どんなだったの?」
「物理で解決した」
「あぁ……なるほど把握」
力尽くだったか。非力なタツミには無理な話だ。先週催された極東ゴッドイーター腕相撲大会ではタツミはアオイに惨敗で下から二番目だったのだから。ちなみに一位は言わずもがなケイの目の前のこの兄貴分である、さもありなん。
「……最終手段として私があの神機相手に交渉するしか……」
「神機相手に交渉か、電波だな」
「ちゃっ、ちゃんと誰も見てないとこでやるもん! 暗いところでこっそりやるもん!」
「それはそれで結構恐いからやめような」
やんわり制止されて口を尖らせる。ケイなりに気を使った結果なのだが、悲しいかな、常人には分かりづらい心遣いだった。
「姐さーん! 任務いーきまーしょーっ」
「はいはーいっ! シン君、相談乗って―――くれたっけ? うん、まぁ乗ってくれたってことで。またね!」
とっとと行けと言わんばかりに手で追い払われ、ケイはけらけら笑い声を上げながら呼び声の方へ足を早めた。赤いジャケットはアナグラ内でもよく目立ち、見つけるのに苦にならないのが利点だ。
「姐さん! ちっす! 今日もお願いしまっす!」
「おはよー。タツミ、今日の神機の調子はどう?」
「いつも通り微妙です!」
「う~~ん、微妙か~~~!」
絶対にないだろうと思いつつも抱いてしまう淡い期待を早々に打ち砕かれ、思わず能天気とも言えるレベルの頭の悪い返しをしてしまう。だって微妙だよ、良くなっても悪くなってもないんだよ、せめて変化があれば救われるのに。
「やっぱピンチにならないと覚醒しない主人公体質系かな」
「多分ですけど違うと思います」
「だよねぇ。タツミは違う部署だけど面倒見の良い先輩って感じする」
「姐さんが先輩ですけど……?」
「冗談にマジレスしなくていいから。じゃ、今日も地道にお仕事始めよっか」
「はいっ」
だいぶへっぴり腰は直ってきて、剣筋も中々様になってきた。剣とは腰で振るうもの、及び腰に力が入るはずもなかっただろう。
今日も元気に大量発生してくれたオウガテイルを斬り倒しながら、横でタツミにレクチャーを続ける。
「もっと速く、鋭く! ショートブレイドから俊敏さを取ったら何が残るの!」
「はい!」
疲れが出て鈍間になった剣筋を叱責し、彼の足を払って後方から吐き出された針を避けさせて打ち払う。
「後方をこそ注意しなさい! あなたがするのは防衛で殲滅じゃないでしょ! 目の前に掛かりきりになってどうするの!」
「すみません!」
立ち上がるまでのタイムラグを確保するくらいはしてやろうと、神機を思いきり振りかぶって周りのオウガテイルを一掃した。警戒するように、飛び掛からず唸りながらこちらを遠巻きに構えている。目測であと百ほどといったところだ、そろそろ終わるだろう。牽制のつもりか飛ばしてきた針を神機の甲で弾く。
「もう平気です!」
「ん、じゃあタツミは前、私は後ろね」
「はい!」
良い返事と共に前方へ駆け出して行ったタツミの背中を流し見た後、後方へ十歩ほど飛び退いた。二人を囲む大勢いるアラガミを飛び越えて意図的にタツミを孤立させる。外灯の上に高みの見物を決め込むが、そう問題なさそうなのでそのまま観察することにした。
神機は依然として沈黙を守り、本来あるはずの捕食形態はその仕事を完全に放棄している。唯一の救いは今日は手からすっぽ抜けるなどという珍事を引き起こすほどにご機嫌斜めではなさそうということくらいだ。その一方で、彼の技量はゆっくりではあるが着実に積み重なっている。致命的なほど弱いわけではない、と思う。状況把握力は悪くないし、何より背後を守ろうという意識がある。その意識が途切れてしまうときやまだまだ手先で神機を扱ってしまう節があるが、それはこれからの成長に期待、ということにしても良いだろう。
だが、まだ足りない。タツミはゴッドイーターで、一時的とはいえ第一部隊の末席にいるのだから、こんなものではまだ足りないのだ。
四方八方から攻撃を繰り出され防戦一方のタツミとオウガテイルとをじっと観察する。さて、どこまで耐えられるか。
「づ、づがれだ……」
「ま、こんなもんか。そろそろ防衛線張っての訓練にでも移行しようかな」
「う、うわあ、嫌な予感しかしない……」
「じゃあ甘やかしてほしい?」
「絶対嫌です」
「いいね、私タツミのそういうとこ大好きよ」
マゾでもないのに自分を苛め抜くのが好きというか軍人気質というか。こういうのは徹底的にやらねば意味がないのだ、中途半端に甘やかしても相手の死亡率を上げるだけだ。それにケイとリンドウがあれだけ死地に追いやられたんだから後輩だってそうなるべきである。最後だけ私怨? これは伝統です、決してしたくてしてるわけではありません。
「じゃ、明日までに拠点防衛についての私見を述べられるようにしておいてね」
「明日ッ!? 鬼か……?」
「何か言った?」
「そ、そういえばさっきなんで俺を前衛にしたんですかね~俺気になるな~!」
「露骨か。前衛にした理由って、あなたを孤立させてどこまで耐久できるか見ようと思っただけだけど?」
「わあ、ここに正真正銘の鬼がいる。知ってましたけど」
生意気なことを言う後輩の額をおざなりにデコピンし、エントランスについたエレベーターから降りる。階段を下ろうとしたところで未だエレベーター内で跪いているのに気づいて軽い溜息を吐いた。
「デコピンくらいで大袈裟な」
「ッ姐さんのデコピンは殺傷能力ありますからぁ! 人死ねますからそれ!!」
「はいはい行くよ」
「無理無理無理俺のデコ絶対裂けてますって二つに割れてますよぉ!」
こんだけ元気なら明日の防衛線訓練はアラガミの数を増しましにしても大丈夫そうだなと心中で頷きながら首根っこを掴んでずるずると引きずり出す。適合率が十数パーセントの神機使いなどケイの前では子犬の抵抗と変わらない。
「姐さんの馬鹿力!」
「馬と鹿に失礼だろー。あ、お疲れ様です、ケイちゃん先輩」
「ゲッ、ハル。ってあれ、リンドウは?」
「遅刻っす」
「また?」
リンドウはキヨタカにでも触発されたのかイエローな感じの遅刻魔である。どこらへんがイエローなのかと言えば、大規模反抗作戦には絶対にしないが、平時の通常任務では八割の確率で遅刻し、しかもそれが微妙に任務に支障がないラインを守っているので、厳重注意できないとツバキが怨嗟の声を漏らしている感じだ。
「ところでハル、先週の任務の報告書が二枚出てないけど?」
「…………………ケイちゃん先輩ってイイ脚してますよね~!」
「それで見逃してくれると思ったならあなたの知能はハト以下ね」
お望み通りその脚で軽めに大腿骨めがけてキックを横から入れると、ガクンと膝から崩れ落ちた。
「今日中ね」
「ウッス……」
太腿を抑えてぷるぷる悶えるハルオミを見下ろし、第一部隊の後輩にはバカしかいないのかと呆れかえる。報告書くらい出そうね、給金にも直結する上抜けがあると月末大変なのは先週でわかっただろうに。
「ユウナ! 任務終了したよー」
「はい、報告お願いします」
「旧足立区に発生したオウガテイル223体の撃破。ついでに道中出てきたザイゴートも14体撃破しました。こっち周辺に大きなアラガミ反応はもうあんまりないと思う」
「はい、了解しました。任務お疲れさまでした。午後は……任務入ってないみたいね、ゆっくり休んで!」
「はーい。お先に失礼しまーす」
支部内待機ではあるが、アラガミが侵入でもしてこない限りはほぼ非番と同扱いである。戦力も中々補充されたので、そうそう駆り出されもしないだろう。資料室行ってきます、と悲壮感溢れる背中を見送り、ケイは苦笑を零して自室へ向かった。
十四になると同時にケイの自室はペイラーの研究室の奥の部屋を離れ、神機使いの居住区に移動した。さんざ駄々を捏ね却下された上での渋々ではあったが、ケイもいつまでも甘えているわけにはいかないことは分かっていたので、最後には了承した。それにつけてソーマとも部屋が離れてしまったが、彼からケイへの遠慮や心の壁的なものがごっそりなくなった今となってはあまり大きく意味のあることではなかった。
「あれ、ソーマ! 訓練は?」
「午後は休みにした。来年入隊だからと、親父が調整にうるさい」
「心配してるんだよきっと。じゃあ久しぶりにゆっくりできるね」
「非番なのか?」
「支部待機。神機のメンテでもしようかなーって思ってたけど今やめた」
廊下を行くちょうど自室に帰ろうとしていたらしいソーマに声をかけると、意外なほっこりエピソード(当社比)に頬を緩ませる。
「あとで部屋行くね!」
「昼ご飯は?」
「まだ」
「なら俺がそっちへ行く。作ってくれ」
「良いよー。けどまさか部屋片づけてないのを隠そうとか思ってないでしょーね」
「それは俺のセリフだ。ここのところ忙しかったんじゃないのか」
「…………………………」
「前みたいに下着落ちてたら怒るぞ」
「30秒待って!!」
「了解」
神妙な顔で先週の部屋の中の惨状を思い返して額を覆う。ほんとごめんねソーマ、説教は全部書類の提出を忘れてたハルオミにお願いしたい。顔を引き攣らせるソーマから逃げるように脱兎のごとく部屋へ身体を滑り込ませ、床に散乱した衣服類をかき集める。資料や報告書を踏まないように爪先でぴょんぴょん跳ね、部屋に備え付けの洗濯機の中に放り込んだ。これでひとまずソーマの純心は守られた。過去何度もケイがそれを踏み抜いてきたことは都合よく忘れ、額の汗を拭った。扉が開く音の後に、半笑いのような微苦笑のような声が耳に届く。
「これはまた……切羽詰まってるな」
「適合率低い神機使いのデータをヴェルトに送ってもらったはいいんだけど、結構膨大でね。照合したり検証結果見比べたりしてるうちに防衛系統の戦術理論にあんまり精通してないことに気付いちゃって。シュリーフェンプランの論文に行き当たったとき朝日が眩しい事に気付いた」
「なんで防衛戦から電撃戦にまで話が飛ぶんだ……片しておく」
「ほんっとすいません。ご飯気合入れて作ります」
「いや昼飯だからな」
「チャーハンでいい?」
「気合どこ行った」
呆れたような言葉にへらりと笑う。米はこのご時世貴重品なんだぞうと脳内で反論するが、そういうこっちゃないと分かってもいるので言葉にするのはやめにした。昔はこういう片付けはケイの仕事で、ペイラーの部屋をよくくるくる舞っていたものだが、やはり蛙の子は蛙ということだろうか、ちょっと忙しくなるとすぐこうなってしまう。教育係とは大変な役目なのだ、シンジやツバキはこれを幾度も捌いてきたのだから恐れ入る。
鼻歌を歌いながら冷凍しておいたご飯をレンジで解凍し、材料の野菜を刻む。にんにく、人参、ピーマン、玉ねぎ、やばいグリーンピースない。
「ソーマー、グリーンピースないや」
「……なくても別に構わないが?」
「マジでか」
チャーハンにグリーンピースは欠かせない存在だと思っていたのはケイのみだったらしい、地味にショックだった。小さい子どもは嫌うらしいが、ケイはあの独特の僅かな苦みと風味が割と好きなのだ。好き嫌いしない良い子なケイなのでピーマンなんかも苦手になったことはない。ないったらない。
「机の上に置いておく」
「ありがとう! ソーマがやると後で見返すときすごい楽だから助かる~」
実は人生二回目なのではないかとしばしば疑うほど有能なソーマがファイリングしてくれた資料は、すごい、すごいなんか見やすい。思考回路がぶっとびやすいと遺憾ながら認めざるを得ないケイが、これの反対の事例あったんだけどどこだったかな~と探す前に付箋が張られているのだ。無差別に自慢して回りたいほど超気が利く子なのである。
「ん」
「ありがと」
底の浅くて広い皿を差し出され、ぱらぱらないい塩梅のチャーハンを手早く盛り付ける。付け合わせを作ろうかと迷ったけれど、あんまり豪勢に使うと後々後悔するのでやめておいた。
「いただきまーす」
「いただきます」
向かい合って食卓を囲み、二人手を合わせていただきますの後にスプーンを握る。忙しいときでもケイは首根っこ掴まれてソーマに食堂に引きずられ一緒に食事を摂ることも少なくないが、やはりこうして部屋で一緒に食べる時間には代えがたいものがあると思う。こういうときケイは、足のつかない椅子に座っているような心地になる。ふわふわして心許ないような、安らかにリラックスしているような。
「そういえばキョーカン元気?」
「元気すぎるくらいにな。今日もさんざ俺と打ち合ったはずが休憩も挟まずに一般訓練生のとこへ梯子していった」
「わあ、流石。ヨシノちゃんといい、初期世代はやっぱ人間卒業してるよねー。キョーカンなんて神機使いの定年まであと十年くらいなのに」
「ゴッドイーター初の定年退職になるかもな」
「ね~! 民の良い希望になるよ」
「それにしては広報誌に使われないがな」
「顔が恐いからね!」
あの目つきに相まって写真写りの悪さから、ゲンはめっぽう特に子どもたちに恐れられていて、居住区では「ゲンさんのところに連れてくよ!」は悪さした子どもたちへの常套句らしい。極東でも北の方出身の神機使いからなまはげの行事引き継ぎますかなどと何度も打診されている。けれど第一部隊ではあの面構えで子どもを袋詰めにしたら完全に人身売買のバイヤーの犯行現場にしか見えないと満場一致で阻止の構えを取っている。無論バレたら殺される理由なのでこっそりとだ。
「新人はどうなんだ」
「適合値はアレだけど、中々見どころはあるよ。体力もあるから耐久戦に向いてるし、防衛班はかなり強化されるだろうね。ウィルと組ませたらアナグラ防衛は安泰だよ、適合値はアレだけど」
「……そこまでか」
「そこまでなんですよー。捕食形態に移行できないんだよ?」
「…………控えめに言って鉄くず持ってるのと変わらないな」
「でしょ? やっと斬りつけられるまでこぎつけたけど、それまではただの鈍器だったからね? あんまりだったから私ハンマー形態の神機作成を検討しちゃったよ」
「見せろ」
「うわ眼こわ。ほんとに構想だけだよ、ほら」
「……………………………」
「はい没収」
「おい」
「お忘れかもしれませんが食事中です」
「……了解」
真剣に読み始めようとするソーマから端末を取り上げる。というかやけくそになって死んだ目で構想したそれを真面目に取り合わないでほしい、後で少しだけ修正しようと端末を後ろに追いやった。自分で与えておいて、とソーマの眼が雄弁に語っていたがケイの言い分にも一理あると思ったのか短く頷いた。
「私は研究者じゃないんだからそういう期待されても困るの」
「だがおっさんの書庫を読み荒らしたんだろう」
「あのときは知識に飢えてたから。ほんとになんであんなに本を読めたのか、今ではちっとも分からないよ」
「その机の上を見てから言え」
「……あれは、ほら、仕事みたいなもんだし」
「隊長職でもない限り戦略理論はいらないと思うが」
「だってタツミがいつか隊長になるかもしれないじゃん! そんなとき使えないアホにさせるわけにはいかないよ!」
「そこは自己責任だと思うんだが」
「私はそうは思わない」
一度ケイの部下になったからには、そう簡単に死なせるものか。増して教育係ともなれば、どこに出しても恥ずかしくない程度の神機使いにはさせてみせる。
「ただでさえバディシステムが廃止になるかもしれないんだから」
「その噂本気なのか?」
「バディが死んだときの相方のメンタルを鑑みてとか、特定の一人と組むんじゃなく広く誰とでも組めるようすべきだとか、まぁ正論だしね」
「良いのか?」
「いや私は今更バディ解散とか言われても嫌だけどっていうか実際無理。あれ私の左腕だから、誰にもあげらんないし。現行のバディはそのままだよ、来年以降の神機使い対象の話」
今組んでいるバディたち全員が解消されたとしたって、仕事を組むときのパターンが確立してあるのだから元鞘だ。無理矢理そのパターンを変えて組まないようにしたところで死亡率が跳ね上がるだけである。ケイなら未だに突発的に発動する方向オンチで死ぬし、リンドウはレーダー代わりに使ってるケイがいなくて死ぬだろう、あいつは結構警戒行為が苦手と言うか、臥薪嘗胆がおよそ性に合わないのだ。特にアオイを放逐でもしたときは、夜戦で楽しくなりすぎて仲間を置いていくのが目に見えている。キンタには絶対にアオイの手綱を持っていてもらわねばならない、仲間に死人が出る。
「チッ」
「うわ舌打ち。ま、でもそうだね。私もソーマのバディに興味あったのになー」
「………一応聞くが、なんでだ」
「え、だって絶対優秀じゃん」
ケイが答えると、ソーマは何とも言えなさそうに口先を閉じたまま動かした。未来の可愛い後輩の姿が気にならない先輩はいない、当然だろうに。首を傾げるケイに、ソーマは悟ったような表情を浮かべた後に深い溜息を吐いた。どういう意味か分からないが、呆れられたことだけはわかった。
「問題ない、元から長期戦覚悟だ」
「えっ何が?」
「まずは身長を抜かす、話はそれからだ」
「えー……全然話が読めないけど、ソーマはそれぐらいのサイズがちょうどいいと思う」
「黙れ」