帰還し治療を受けて早々、医務室にゲンがやってきて辞令が下された。
討伐対象はケイたちが会敵したクアドリガ三体、それに撤退した後発生したらしいスサノオに群れるように従う大量の小型・中型アラガミ。
「認可できません」
「命令だ」
「拒否します」
「……ケイ」
「現実的に考えて無理です。神機振ったらすっぽ抜けるんですよ!? 上官として許可できません!」
「タツミお前、マジか……」
「さっ、最近はなってねーから!」
「だが、作戦開始は明朝、時間も準備も人手もない。まさに、猫の手も借りたい状況だ」
「……そこまでですか俺……」
「猫の手なんか言わないでくれます!?」
「姐さん!」
「タツミは良くて猫に小判、豚に真珠兎に祭文ですよ!」
「泣いて良いですか?」
「却下!」
「無慈悲!」
「ともかく! これは命令だ。分かったら各自任務までにすべきことをしておけ」
「あっキョーカン、まだ話は……!」
「くどい」
ばっさりと会話の糸口が切り落とされ撃沈した。ゲンが退室して数拍の後、項垂れたケイに怪我人共がわらわらと群がる。
「まぁまぁ、ケイだって新人なのに大惨事作戦に参加したんですから」
「私の時は遠征任務集中期間まで終わってたじゃん! は~~?? やる気ある新人を使い潰そうとするとか支部長ころす」
「先輩先輩目が恐いでーす!」
「お前……そこまで……」
「エッ、……十分戦力になると思ってはいたんだけどなぁ……」
「はぁ? 私が鍛えたんだから弱い訳ないでしょ。でも教育係も取れてない半分訓練兵を作戦に組み込むなんてできない。まだ他の隊員との連携もまともにさせてないのに、」
「そこは、俺らがフォローしてやればいい話だろ、相棒」
この場にいなかった人物の声に、その場の全員がそちらに顔を向ける。今しがたゲンが出て行った医務室の出入り口、無傷のリンドウが扉に肩を預け立っていた。
「リンドウ! この遅刻魔! 遅いどころか来ないなんて、それでも私の左腕なの!?」
「いや遠すぎたわ無理。つーかお前が俺の左腕だろ。ハルにも辞令が下ったぞ、アオイさんとキンタさんが先輩らしく後輩のことは任せたってよ」
「あの二人ほんとに自由なんだから……ツバキちゃんとシンくんは?」
「最速で戻ってきても昼を過ぎるってよ」
「なるほど、戦力にはカウントしないほうがいいね」
任務開始は明朝日の出とともにだ、昼までに討伐しきれられるとは思っていないが、おいしいところだけ持っていかれる気がしてそれはそれで面白くない。口をへの字に曲げて、きっ、とリンドウを鋭いまなざしで見上げる。
「リンドウ、やるよ」
「へぇへぇ。わかってるぜ、ケイ」
腕輪をガチンと組み合わせるように打ち鳴らしてニヤッと笑う。たまにはリーダーと副リーダーに良いところを見せるのも悪くない。
「タツミ! 怪我治ってるよね」
「あ、はい!」
「今回は第一部隊総出の任務。他の支部との合同任務ほど大規模じゃないけど、準備の仕方を一通り教えるから、行くよ」
「はいっ」
「じゃウィル、そっちも新人ズと支部防衛頑張ってね」
「はい、お気をつけて」
「リンドウは?」
「俺もこれからハルに指導。じゃな」
「ん」
医務室の入り口でそれぞれへ挨拶を終え、別々の方向へ足を向ける。
今回の任務は敵はとびきり強いが任務内容自体はごく普通の討伐任務だ。一部隊丸々投入の任務では基本的に分断が前提なので専用の狭域通信機が配られる。操作法と装着の仕方を説明して、それから携帯品の確認。討伐対象アラガミの資料を読み込み、時にはシュミレーターも使用して調整を仕上げて置く。説明すべきことは話して見せ終え、何か質問はある? と首を傾げると、タツミは説明に対しての質問はないんですが、と言ってケイの右腕に掴まれているものを指さした。
「なんで支部内で神機を持ち歩いてるんですか?」
「ああ、これから自室で整備するから」
「……まさか自分で?」
「そのますかですことよ。シールド直したかったし。ちょっと昔から神機の整備する機会が多くてね、気合入れた任務の時は自分でも調整するようにしてるの。ご機嫌取りみたいなものかな」
「神機の?」
「神機の。最近はサーラのブラッシングも一緒にしてるよ」
「ほのぼのすればいいのか物騒だと思えばいいのかわかんないですね……」
「っていうか、タツミも神機の調整してみれば? 調整っても磨くとか研ぐとかそんなもんだけど。適合率上がるんじゃない?」
「マジすかやります」
「いやあくまで可能性の話だから」
「溺れる者はなんとやらです! 姐さん、よろしくおねがいします!」
「あーはいはい。じゃあ格納庫いこっか」
僅かに希望を見出すタツミに苦笑しつつ格納庫へ足を運んだが、適合率が十数パーセント前後の神機がそう簡単にその身を許してくれるはずもなく、一通りの手順が終わった頃にはタツミは灰になっていた。予想するに容易い結果だったが、それなりに大きな希望を抱いていたらしい。一部始終を見ていたサーラが完全に憐れんだ眼をしてタツミを慰めるようにしゃがみ込んだ背中に絡んだ。
「なんでこんな適合率の悪い神機と適合試験なんかしたの?」
「う……だって早く神機使いになりたかったんですよ!」
「へえ、どうして?」
涙目で睨み上げてきたその顔が、一瞬固まり視線をうろつかせた。気まずそうな、困ったような表情を浮かべるタツミに、ケイは小さく首を傾げた。神機使いになったからには、それなりの覚悟を伴っていたはずだろう。そこに恥ず事や痛みなどは通常ないだろうに。やがて、意を決したように、ある種懺悔でもするような色を浮かべて、タツミは口を開いた。
「……俺、外から来たんです」
「え……よくその性格で生き残っていけたね」
大森タツミはおよそ人を疑うことをしらない性格をしている。頼み事には安易に了承してしまうし、大抵の事は許してしまう。曲者へそ曲がり偏屈揃いの極東において、おそらく現状で最も純粋な性根をしているだろう。言っていて悲しくなってくる。
「はは、よく父さんにも言われました。もっと賢しく生きなさいって」
「そうだね。なんとかも方便って言うし」
「それでも、結構上手くやっていけてたんですよ。元々近くに住んでた人達と共同体になって、あっちこっちを放浪して……そんで、ここに辿り着いて、検査を受けて……」
「で、合格したと」
「……はい。俺の家族は居住区画に入る許可が出て。けど、それ以外の同じ共同体の人たちは」
「………よくある話だよ」
「はい……、そうなんでしょうね。けど、俺はそんな言葉で片付けたくなかった。特別可愛がられたわけじゃない、仲が良い友人がいたでもない、だけど俺は、それでも息が止められたようだったんです」
もう半年前になってしまったあの日は、今尚鮮明に思い出せる。恐いほど夕日が赤くて、フェンリルの支部も家屋も壁も、そして荒廃した大地もを真っ赤に染めていた。閉まっていく壁の向こう、ついさっきまで一緒に今日を生きようともがいていた仲間だった人々が、見たこともない眼差しでこちらを射抜いていた。
それはきっと、憎しみと嫉妬と、諦念だった。
「なにか、何かしなければ。そうじゃなきゃ、俺はおかしくなってしまいそうで」
あの眼差しと背を向けるその姿が、どうしても忘れられない。それはふとした瞬間、それと静かな夜には必ずといって良いほどにやってきては、タツミの喉を締め上げるのだ。
「難儀な性格だね」
「はは……俺もそう思います」
「ま、悪い理由じゃないんじゃない」
ねー、とケイがサーラをわしゃわしゃと撫でる。適性が発現して嫌が応にも神機使いにさせられるゴッドイーターがいる一方で、いっそ恵まれてすらいるかもしれない。無理矢理腕を掴まれて引きずられ背中を蹴りだされるよりも、頭を上げて自ら飛び込む方がよほどマシだ。
「だから俺にとって、姐さんは憧れなんす」
「あこっ……えぇー……自分で言うのもなんだけど、私結構ポンコツだよ?」
本気で困惑して首を傾げるケイに、タツミは思わずといった風に笑った。
「そんな貴方だから、良いんすよ」
とびきり強くてとびきり賢い少女。あの日呆然としていたタツミとはかけ離れた、けれどどう背伸びしたって完璧にはなれないひとなのだ。そんな彼女だから、良いのだ。
「ならこんな序盤で、簡単に死んでなんからんないね」
「はいっ、絶対生き残ってみせます!」
「良い心意気。絶対討伐するって言わないところが特に良いね」
「え、だって姐さんがバシッと決めてくれますし」
「当然!」
大森タツミ(15)
第一部隊所属ケイ・サカキを教育係として極東支部に配属された新人ゴッドイーター。
正義感が強く意志も強いが、そこそこにビビリで無鉄砲だった。ケイに現在進行形で教育されている今では技術は一品あるが神機の適合値が追いついていない。教育係の期間である一ヵ月を越え、ただ今三か月目に突入間近。ビビリは完全に克服したが、未だ少々無鉄砲気味。
フェンリルに居住できるようになった日は軽いトラウマ。彼らを見捨ててしまった自分を嫌悪し、壁の外にいる彼らでさえ守れるように強くならねばという半ば強迫観念に近いものがある。とっても強いけど完璧じゃない、ひとを守ろうと奮闘するケイを尊敬し、憧れている。