ネメシスの慟哭   作:緑雲

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ギリギリギリギリギリギリ丸。
夏休みが暇とかそんなわけないし休みもない。くたばれ12連勤。


チャリオット・ロンド

 

「おはよー」

「はよ。調子はどうだ?」

「絶好調。昨日さんざ煮え湯飲まされたからね、あいつ絶対ぶった切ってやるわ」

「殺意高すぎだろ」

 

 霧がうっすらと出る初夏の早朝、清々しい朝陽とは裏腹に、支部の中はピリピリとした緊張感が満ちていた。〇四三〇、第一部隊がアナグラを出発するまであと十五分だった。神機を担ぎ、車庫へ向かう途中ばったり会った相棒と軽く挨拶を交わす。ケイの足元にいるサーラが自分もいるぞと言わんばかりにひとつ吠えた。

 

「やっぱサーラも来んのか」

「アラガミ探知もできて回避能力と持久力は現役ゴッドイーターにも勝る。連れて行かない道はないでしょ」

「本音は?」

「チョー心配! 安全な後方にいてほしい!」

 

 こぶしを握り締め力説するが如く言葉を絞り出すと、リンドウは違いないとけらけら笑ったが、サーラは抗議するようにケイの膝裏に頭突きをかました。ケイと同じ、真夏の森の鮮やかな新緑が責めるような視線を投げて来る。わかってる、信じてないからこわいんだ。

 

「まぁ、それよりも心配なのは……」

「姐さーん! おっはようございまーーす!」

「あーやっぱ昨日のうちに腕でも叩き折っといた方が良かったかなー……」

「過保護がバイオレンス方向にカッ飛んでんぞ……」

 

 長く伸びる廊下の後方から、朝陽もまだ半分しか地平線から見えていないというのに元気いっぱいな声が響いてケイは軽く額を抑えた。道行く寝不足の研究員と張り詰めた神機使い達が眉を顰めているのが見えていないのだろうか。ぶんぶんと尻尾よろしく手を振るタツミの横、大欠伸をしてからやる気なさそうに小さく会釈するハルオミの姿もあった。会釈してからにへらと笑うその顔が、ぎょっ、と強張らせた。

 

「リンドウ先輩が……遅刻してない……!」

「……リンドウ」

「流石に第一部隊出撃の任務に遅刻するような命知らずじゃねーわ」

「いやそっちじゃねーわよ。どんだけいつも遅刻してるの」

「間に合ってはいるぞ」

「それは任務に? 集合時間に?」

「黙秘する」

「任務にでーす」

「なるほど。サーラ、GO!」

「わん!」

「ステイ! ってコラァ! 命令聞かねぇじゃねぇか!」

「命令権は私が上だもーん」

「なーにがだもーんだカマトトぶってんじゃ、いってぇぇえ!!」

「朝から元気ッスねー」

「おはよう、ケイちゃん」

「おはよー二人とも!」

 

 ケツをがぶりと噛みつかれてびょんびょん跳ねまわるリンドウを他所に、ケイがやってきた先輩二人に元気ないいこの挨拶をする。にこにこと無邪気な笑顔を浮かべるケイに、タツミが若干困惑しながら口を尖らせた。

 

「姐さんって俺と先輩たちへの態度に違いありすぎだと思います」

「えー、そうかな?」

「新人が入ってきて尚まだ末の妹ポジションッスからね!」

「もうとっくに身長も伸びて、強くなったのにね~」

 

 わしゃわしゃと頭を思い思いにかき回す手を甘んじて受け入れながら、ケイは猫のように目を細めた。けれど確かに、思えばシンジとアオイキンタ、それにキヨタカと父たるペイラーには年よりも幼い反応をしてしまうことが多い気がした。多分、甘えている。そろそろ兄離れ姉離れすべきなのだろう、けれど。

 

「ま、甘やかせるだけ甘やかしちゃう俺らのせいッスけどね!」

「ほんとにねぇ」

 

 けれど、こんなにしあわせそうに二人が笑うのなら、まだそんなことはしなくていいのかもしれないと、何度でも思うのだ。

 もう少し、そう、このままで。

 

「……っ……………?」

 

 気が付けば、アオイとキンタの手が離れていた。不思議そうに首を傾げる二人になんでもないよと首を横に振る。

 

「そろそろ行きましょうか、運転はキンちゃんがお願いねぇ」

「はいはい。アオイになんか危なっかしくて任せらんないッスよ」

「あらあら、生意気」

「アオイ先輩の運転ってそんな粗っぽいんすか?」

「粗っぽいというか、あれッス、一種の臨死体験みたいなもんッスよ」

「かなりやばめですねそれ!」

 

 ハルオミの素朴な疑問に、キンタがホームラン並みにカッ飛んだ返答を返して、タツミが青い顔でアオイから散歩距離を取る。そんな彼らの後ろ姿を、ケイは何を言うでもなく僅かな時間眺めた。突如、バシッと背中が叩かれる。

 

「何があった」

「……わからない。けど、痛かった気がする」

 

 身体の、どこもかしこもが痛かった。それは本当に僅かな、ひと刹那にも満たない時間。まるで一瞬にして南極の永久凍土に閉じ込められて直後に解放されたような。

 

「しっかりしろ」

「うん」

 

 腕輪を額に打ち付ける。ゴッ、と低く重い音が瞼の上に響き、そっと目を開けると心配そうにこちらを見上げるサーラの顔があった。その顔の側面をやわく撫で、ひとつ息を深く吐く。痛みと違和感がすうっと消えていくのを感じ取った。サーラは、ただじっとケイを見つめ続けていた。

 

 

「今回の作戦は、まずタカさんの超遠距離射撃から入ります。混乱したところでサーラを投入、先導して囮を引き受けてもらい、後列二体の内一体を私とキンちゃん、もう一体をケイちゃんたちが全員で叩く。その一体を殲滅し終わったらサーラが引き受けてる一体へ、最後に全員で私とキンちゃんが引き受けていたのを叩きます。私とキンちゃんはとにかく他二体と遠ざかるのを優先するから攻撃は殆どできないし、応援にも行けません。できれば一番どでかいのを持っていくので。各自の奮闘を期待します。以上、質問は?」

 

 装甲付きジープの前で、アオイがボードを片手に仁王立ちして作戦概要を説明する。シンジとツバキが不在の状況では、年功序列というわけでもなくアオイが代理リーダーの役目を負っている。暴走のきらいはあるが、キンタよりはリーダーシップに優れているし、リンドウとケイでは若すぎる上まだまだ未熟だ。

 はーいっ、とケイが挙手して良い子の声を上げる。

 

「別に倒してしまっても構わんのだよ?」

「フラグ建築はやめましょうね。夜戦ならともかく、昼間の戦闘じゃあねぇ……極力、善処はするけど~」

「アオイさんって普通に喋れたんですね」

「部隊長を引き受けるときは比較的キリッとしてるッスよぉ」

「屋上」

「小粋なジョークッスよーやっだなー!!」

「タツミくんとハルくんはケイちゃんとリンドウくんについてればまず死ぬことはないから、肩の力抜いて、存分に力を発揮してねぇー」

「だってよリンドウ」

「おめーだろ」

「二人ともしっかりシンジに教育されたッスからねぇ。良いリーダーになるッスよ」

「シンくんがいるもの、私たちにお鉢が回ってくるわけないよ」

 

 リンドウの教育係はツバキだったはずだが、シンジが悪ノリしてケイと合わせて二人とも、仲間を守る立ち振る舞いは徹底して仕込まれた。あれでなかなか、部下の死亡率が極東で一番低い男なのだ。超絶強くてとにかく凄くてとびきりカッコいい上守るのもお手の物とかシンくん神機使いとして完成されすぎではと思うが、忘れてはいけない、ヤツは平日に平気で徹ゲーするし酔っぱらって神機をぶんまわして周辺のアラガミを殲滅したりする男である。シンくんってどうやったら死ぬんだろうか、会ったときからまったく容姿が変わらないこともあいまって、イマイチ死ぬヴィジョンが思い浮かばなかった。

 

 

 作戦は、途中までは上手くいっていた。キヨタカは見事クアドリガ三体をスナイプしたし、三体は完膚なきまでに混乱していた。サーラが飛び出してって、そのうちの一体をおびき寄せたのも成功。ただ、悲しきは神機使いのポンコツさか、二体の分断はいっそ笑うしかないほど上手くいかず、これ以上は時間のロスになるだけだと判断して二体を同時に相手取ることになった。

 

「帰ったら全員サーラに土下座だな」

「犬でも分断できるのに私たちときたら……」

「それ以上は悲しくなるからやめて下さい!!」

 

 暴れまわるクアドリガをシールドの内側で耐えながら、しみじみと呟くケイとリンドウにタツミが半泣きで叫んだ。何を隠そう分断が上手くいかなかったのは、ことごとくクアドリガがタツミを狙ったからである。アラガミごときにも人の強弱がわかるんだなとケイは乾いた笑い声を上げた。

 

「そろそろ止ま、っとぉ! くそ、ミサイルほんと厄介だな!」

「無駄な追尾性能が特にね。タツミ、出るよ!」

「はいっ!」

 

 オフェンスの役割を担うケイ、リンドウ、タツミ、ハルオミの四人で二体のうち一体へ攻勢をかける。チャリオットめいた体躯が動くたびに土煙をまき上げ、火花が後方に散る。確実にダメージが入るミサイルポッドだが、間近にいるとゼロ距離射撃されるリスクが高まるため迂闊に攻撃できない。

 不意に、足元が青く点滅した。荒れ地が人工物の安っぽいネオンのような青に色づき、顔を顰めて困惑した。なんだか分からないが嫌な予感がする、と全員が回避行動を取った。直後、波紋のように燐光が広がるその中心全てにミサイルが直撃した。爆炎轟くその向こうに、クアドリガが悠然と嘶いている。

 

「――これヤバいんじゃないですか!?」

「タツミ、うるさい」

「黙れタツミ」

「辛辣!!」

「いやでも実際問題、どうするんすか。正面突破は無理っぽいし、攻撃もあんまり効いてるように見えねぇし」

「効いてはいる、と思う。けど耐久力、体力があるんだ、多分」

「そんな曖昧な、」

「曖昧? 上等よぉ」

 

 飛来するミサイルにシールドを開こうとするタツミの三歩前に、ひらりと紫の影が舞う。はるか後方にいたはずの彼女は、最も小回りが利き素早く動けるその剣で、鉄と火薬の塊を両断した。真っ二つに割れたそれは勢いを殺さぬまま綺麗に二人を避けて誰もいない場所で小規模に爆発した。見もせずに針に糸を通すような所業。ペンでも回すかのように神機をくるくると指先で弄び、ぴょんと一つ跳ねて構えた神機の刃に左手を添える。

 

「やってやれないことはない。―――あなたたち、ゴッドイーターでしょぉ? それ以前に男でしょぉ? 何をこの程度で弱音なんて吐いているの」

 

 ぎらり、と妖艶に菫色の瞳が光る。目の前でミサイルが斬られたことを怒ったのかそうでないのかは定かではないが、怒号を上げて突っ込んでくるクアドリガ。その車輪を、アオイが上へ思いきり弾き飛ばさせた。チャリオットはひっくり返り、少し離れた地面へ頭から落下する。土煙る荒野を背に、アオイは目元をそのままに口角を吊り上げた。

 

「『相手がアラガミならなんであろうとぶっ飛ばす』……キョーカンの言葉教えなかったのかしら、二人とも?」

「後輩まで脳筋に洗脳しないでくださいよ」

「そうそう。タツミとハルは私たちと違って心臓と冷奴を間違えて生まれてきたレベルのチキンハートボーイズなんだから!」

「せめて鳥なのか豆腐なのかどっちかにしてください!」

 

 突如、クアドリガが嘶く馬のように上体を反らし、叫び声としても冒涜的な悲鳴をあげる。そのまま縦横無尽に突進し始めるチャリオットから全員散り散りに回避し、その爆炎が先ほどよりも二回りも広範囲かつ高威力になっていることを確認して顔を引き攣らせた。その視線を撒いて、全員建物の陰の一か所に隠れる。

 

「ほら~、アオイちゃんが煽るからクアドリガ怒っちゃったじゃ~~ん」

「煽り耐性が低いアイツが悪いんです~、私悪くなぁい」

「見たところ、斬撃はあんまり通らないですね」

「そうッスね。俺のバレッドも貫通系より破砕系のがダメージ通ってる気がするッス」

「つまり頑張れリンドウ、それゆけぼくらのバスターゴリラ」

「腕相撲大会三位がなんか言ってまーす」

「表彰台の横で棒立ちしてたひと黙って」

「仲良いわねぇ」

「ともかく! 主火力は俺とリンドウくんハルくん、他はサポート!」

「はーいママ」

「了解ママ」

「ホンット仲良いッスねぇ!?」

 

 つい先程まで喧嘩腰だった二人が瞬時に結託して先輩いじりに移行する様を特等席で見させられたキンタが渾身の力で叫んだ。くつくつと喉で笑いながらまったく別の方向に飛び出していく二人に続き、キンタアオイ、タツミハルオミも神機を携えて足を動かした。

 

 




次回こそ早く投降したい……(怨嗟)

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