ネメシスの慟哭   作:緑雲

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今度こそ早めに投稿とは(哲学)


チャリオット・ロンド2

 

「タツミ右! ハルは左!」

「了解!」

「アイサー」

 

 手近にいた方のクアドリガが現れた神機使いたちを踏みつぶさんと上体を反らし四輪ウィリー状態になる。上がった車輪の右をタツミが、左をハルオミが押し返すべく力づくで、あるいは技術で跳ね飛ばした。重い金属を弾く音が響いて、その音よりも先にロングブレードの神機が地から天へ一直線に閃光を残して振るわれた。斬るのが通じないなら、叩けば良いだけの話だ。ブレードの平が打ち付けた場所から、バキン、と鉄が砕ける音、次いで肉が千切れる音がぶちぶちとくぐもってその中だけで響いた。今まで蓄積したダメージも相まってだろうが、ともかくこれで前面装甲は砕けた。治る様子が見えないことから、おそらく結合崩壊箇所だったのだろう。

 

「やー私ってばやればできる子!」

「姐さ、姐さん姐さん! 神機神機!」

「え? ……うん、まあこうなるよね」

 

 昨日の次点で既に心許なかったシールドが完璧にひしゃげ、無惨に取れかかって黒煙が僅かに漂っていた。柄の部分が『もっと大事に扱ってよ!!!!』と抗議でも上げるかのようにガタガタと大袈裟に震える。今まで幾度も無理をさせてきた事も纏めて怒られている気がして、ケイは気まずげに引き攣った笑みを浮かべ3メートルほど後退した。追って来る怒り狂ったそれから逃れるように走り、目的の人物の仁王立ちしたその股下をスライディングで滑り通って、彼の背後に迫っていたミサイルをかっ飛ばした。

 

「選手交代! リンドウ!」

「オーライ!」

 

 上段に構えたその神機が、ありったけの力で振り下ろされ―――結合崩壊箇所に直撃した。

 クアドリガは今まで聞いた中で一番ひどく一番大きな悲鳴を上げ、身体ごと意識を他所に逸らした。誰もいない方向へ車輪を動かすその様は、敗走する兵士のようにも尻尾を撒いて逃げ出す負け犬のようにも見えた。

 

「キンちゃん、逃げた!」

「新人共連れて追撃! リンドウくんもおまけであげるッス!」

「さんきゅー! 第一部隊新人組、行くよ!」

「はい!」

「りょーかい!」

「はいはい」

 

 クアドリガはあれで耳が良いので、分断しても足止めする役がいないなら合流されるのは容易い。それなら、時間をかけても各個撃破する方がまだ有意義だ。良い子のお返事をする二人とイマイチ真剣みに欠ける一人を伴って、その区画から離脱する。そこで一発のミサイルどころか爆炎すらこちらへ邪魔が来ないのだから恐れ入る。

 百メートルも走らない地点で、捕食中のクアドリガの姿が見えた。剣先が鳴らす僅かな金属音で、それは顔の部分に相当する箇所をこちらへ向けた。その禍々しさ、奇妙さにこみあげて来る嫌悪感を飲み込んで、その排熱器官らしき箇所をぶん殴る要領でブレードを叩きつけた。ごいん、と鐘をついたような空虚な音に次いで、じん、と反動で腕が痺れる感覚が骨身に響いた。

 

「ダメージが! 足りない!」

「じゃあダメージを与えるまで、ですねえ」

 

 すぐさま、ケイが叩きつけたその場所に違う神機が叩き込まれる。流石にバスターブレード、ぴし、と装甲から僅かな切れ込みが入った。嫌がるようにクアドリガが地団駄を踏む。

 

「ナイスハルー!」

「ありがとうごぜーまーす、退きますよって……」

 

 シールドを構えたハルオミの視線が、ケイの後方、数十メートル先を捉える。吊られて振り向いたケイの眼にも、それは視認できた。

 

「壁外民間人!?」

「こんな時に……! 先輩!」

「わかってる、けど……」

 

 基本的に、作戦中、遍く民間人は須らく守るべき存在であり、その命は尊いものとされる。

 けれどそれは、神機使いの命が脅かされない範囲内でだ。ただの任務中ならば良かった。その所業は関係者の中だけでとばっちりなり幸運なりになるだろうから。けれど、今は作戦行動中、どんな行動が他の隊員を危険にさらすか分からない。ましてや今は発展途上の新人が二人もいる。

 これが、ゴッドイーターになるということだ。

 命に優先順位をつける、神をも恐れぬ罪業。アラガミを全て殺し終えた先に待つ罰は、きっとこれに起因するものだろう。

 ―――それでも、彼女はケイ・サカキなのだ。

 

「リンドウ!」

「オーライ、任せな!」

 

 一瞥で全てを悟ったリンドウがケイの呼び声に噛み付く様に返答する。避難誘導はリンドウの方が得意だ。その間、このクアドリガをこれ以上一歩でも前に進ませてはならない。リンドウの神機で支えていた車輪を弾き飛ばしてポジション交代を済ませる。

 シールドはおしゃかになったので刀身で爆炎を切り裂いて無理矢理ダメージを軽減させた。それでも肌を炙る熱を振り払い、タツミとハルオミがきちんとガードできていることを横目で確認する。真正面に聳えるクアドリガが、フシューッ、と蒸気のようなものを空だから噴出させた。ここぞとばかりに斬りかかりながら、二人へ向かって声を張り上げる。

 

「二人とも、ちょっと軽く向こうへ走らせてからこっちに誘導してくれるー!?」

「何をするおつもりで?」

「ぶった斬る。以上!」

「正気ですか!?」

「ダメージは多分、そこそこ入ってるはずだから、それじゃよろしくー!」

 

 咆哮と共に再びその場を焦土に染め上げようとする前兆たるその黒い煙を避けて後方へ跳びながら、一方的に命令を叩きつけた。

 無茶ではあるが、無理ではないはずだ。

 悲鳴を上げる野郎二人を他所に、ケイは神機を構えて呼吸を整えた。暴れ馬のように見境なく突進しては疾駆する戦車が、やがて標的を先程から全く動かないケイへ向けた。

 乾いた唇を舌で濡らし、浅く息を吐く。神機を振り被り、下段から上段へ素早く手を持ち換える。

 一閃。

 太陽の光を反射した刃が眩い光の筋を描いた。

 クアドリガの芯を捉えた、その感覚と共に、ケイの頭と体感温度が急速に冷めていく。

 

 ―――しくった!

 

 バキリ、とクアドリガの前部装甲から砕ける音がした。――だが、それだけだった。

 ケイの渾身の一撃を喰らい、大きなダメージを蓄積したものの、仕留めるほどのダメージではなかった。それだけの話だ。

 殆ど死に体のくせして、クアドリガがノータイムでケイ目掛けて車輪を振り下ろす。

 こちらへ駆け寄らんとする可愛い後輩たちの姿が、嫌にスローモーションに見えた。リンドウはどうしただろうか、上手く逃がしてくれてると、良いんだけど。

 せめて相討ちにしてやると振り下ろした神機を頭上へと掲げたその時。

 

 真っ赤なコートが砂ぼこり舞う中翻り、その頼もしい背中が現れる。

 

 鈍い銀色輝くブレードが、左下を起点にして斜めに空を目指して一筋の光を走らせる。剣先はしっかりとクアドリガの腹を捉え、そのまま力だけで吹っ飛ばした。大型アラガミってあんなに飛ぶんだってくらい飛んだ。しかし、当の飛ばした本人は不愉快そうに顔を顰めるだけだった。

 

「は? 斬るつもりだったんだが。なんで斬れないんだよキレそう。俺の人生において斬れなかったアラガミなんぞあってはならない。あいつ絶対殺すわ」

「落ち着いてくださいもう死んでます見て下さいピクリとも動きませんよ」

「おおタツミ、無事だったか。なんで早口なんだ?」

「リーダーが98割殺意でできてることに気付いたからじゃないスかねぇ」

「殺意じゃない感情が2割もあるなら余裕だな」

「ホントにジョークが一切通じないじゃないですかこわ」

「それで、無事か? ケイ」

「………………………………えして」

「ん?」

「うわーん! 返して返して! 私のさっきの相討ちの覚悟を返して! 来るなら来るってゆっていい加減にして」

「おお? かつてないほど幼児退行してるぞ大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……あと幼児は相討ちとか言わない……で、なんでこんなに早くに? 期間予定時刻12時だったよね?」

「昨日の夜に連絡を受けてな。搬送用ヘリに飛び乗った。今頃ツバキがキンタとアオイのところに斬り込んでるところだろう」

「乱入者の為にその部分の荷物下ろさざるを得なかった運送部ちゃんがかわいそう」

「泣いて喜んでたぞ」

「一般人を泣かせないで、いい大人でしょ」

 

 両手で顔を覆いながらもシンジの暴走を窘めるが、効いている様子は全くない。ツバキの怒涛の説教もあんなんでも偉い支部長の小言も涼しい顔で聞き流すくらいなのだから当然かもしれなかった。

 深い溜息を吐いた直後、背筋に僅かな冷気が走る。臀部から首元へ一直線に駆け上がったそれにはっとして先ほど壁外民間人のいた方向を見れば、僅かに土煙がけぶっているのが見えた。ケイの突然の行動に、つられてその視線を追った三人も感づく。

 

「俺は裏から回ろう」

「了解、タツミ、ハルは私と正面から突っ込むよ」

「了解!」

「了解です」

「それじゃ……ええっと……今回はいつも通り、頼むね」

 

 まさかこの台詞を自分が言う羽目になるとはな、とケイは気を抜けば自己嫌悪に陥る思考を叱咤して歪な笑みを浮かべた。シンジは、こういうとき、易しくはしてくれない。




次こそ……次こそ早めに……なんでこんなに忙しいんだよ三連休なら三連勤だったわふはは!
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