民間人を守ることは、軍隊としての性質を半分継いだゴッドイーターにも当然適応される。けれど軍人は民間人を守ることも仕事だが、殺すことだって仕事だ。
ゴッドイーターは当然軍隊ではないのでこれは適応されない。故に民間人を殺すことはない。ない、が。
「我らが生化学企業フェンリルにとって、必要なのは神機を扱える因子を持った人間。ゴッドイーターの仕事は、蔓延るアラガミの一切を殲滅すること。それから拠点の防衛。――私たちの仕事の管轄内に、壁外民間人は含まれていない」
指示棒を両手でつー、と伸ばしながら、ホワイトボードの前に立ったケイがタツミを振り返る。ホワイトボードはホワイトのまま、何も描かれてはいない。いちいち軍法なぞ書いていられるわけはない、こんなのは気分だ。
「えっ。で、でも、この前任務帰りに遭遇したアラガミに襲われてる壁外民間人は助けたじゃないですか! しかもそのあと安全な場所まで送りましたし……」
「書類上、私たちはあの日任務帰りに見かけたアラガミをついでに倒して、それを深追いして、キッチリ殲滅して帰ってきたことになってる。つまり、壁外民間人については未報告でーす。タツミのも改竄しておいたから安心して?」
「全然安心できませんよ!? 無断で共犯者にしないで下さい! そもそもなんでそんな、壁外に生きている人々を助けたって救急したって、規則を破るわけじゃないでしょう?」
バララララ、と軍法一冊を捲るタツミの手元に、ずい、と指示棒の先端を差し出す。
「そう、それが問題なの。民間人に関する規則はウチでは普通の軍法でも考えられないたった三条。一つ目は四十二条。ハイヴ、及びフェンリルに属する関係者各位、及び民間人を保護すべし。二つ目は続けて四十三条、防衛壁内部にアラガミが侵入した際、人命救急が優先。殲滅は状況次第、上官の判断にゆだねること。そして三つ目、防衛部規範の第二十三条防護壁内の人間を須らく忌憚なく貧富の差別なくその命を守る事。以上、壁外民間人についての記載は一切なし」
「………はあ」
「フェンリルにとって壁外民間人はいないもの同然。だから助ける助けないもない。救助のために人員は割けないし、作戦遂行中に『いもしない誰か』を助けるために殲滅対象を放逐するわけにはいかない」
「な―――んですかそれッ!?」
腑抜けた返事をするタツミに追撃を仕掛けると、いとも容易く顔が真っ赤に染まった。下げていた指示棒の先でぺしりとその額をはじく。ケイに激高されても困る、完全にお門違いだ。多少は冷静になったのか眉間にしわを寄せて額をさするその顔には不満一色である。
「人命は須らく忌憚なく貧富の差別なく守らなければならないでしょう!?」
「わお、防衛部の規範ど真ん中直球そのまま。さすが私の後輩」
「あーねーさーんー!?」
「はいはい。そうね、何処の誰だろうと、そこにある命を無視なんてできるわけない。私も、そう思う。けど任務中、切羽詰まったその時、もしアナグラも同様に襲われているとしたら、優先すべきはどちらだと思う?」
「そういう、聞き方はッ! ……狡いですよ……」
「うん、ごめん。私もこの聞かれ方はきつかったな」
『ゴッドイーターとして生きる、お前もその重さをいつか知るだろう』
「……一ヵ月かかんなかったよ、知るまでに」
「姐さん、じゃあ作戦遂行中に壁外民間人に遭遇したらどうすれば良いんでしょうか」
「話聞いてた? つまり―――」
―――放置
*
「姐さんッ……本気ですか?」
「本気も本気だけど? 君たちを守りながらアレと対峙する余裕なんてないよ」
「なら、俺達のことなんて、」
「捨て置いても良いなんて言わないでね。私にとってゴッドイーターはひとを守るためになった生業だけど、優先順位くらいある。そのときになっても、私は絶対迷ったりしない」
ただ前を向いて走り続けながら言葉を吐き出すケイに、追いすがるように並走していたタツミが悔しそうに顔を歪める。反論するには容易な意見かもしれないが、その言葉にはある種の真理があった。誰も彼もを守り切ることはできない。
「まあでも見てなよ。腐ってもあいつは私の左腕だからさ」
「ああそういう……」
「えっ、なんのことだよ、ハル」
「ケイちゃん先輩とリンドウさんは謎テレパシーが使えるってこった」
「……姐さんって、やっぱりエスパーだったんですね」
「だからやっぱりって何???」
煙が立ち上る場所へ辿り着いたそこには、地にむわりと臭い立つほど広がる量の血だまりと、悲鳴や怒号、逃げ回る人々の姿が――――
「ありませんでしたー」
「いやなんでですか!?」
「ははは教えてやろうか。『普通に頑張った』んだよ。壁外民間人には作戦範囲を教えてその外へ遠足へ行ってもらった、以上」
「ご愁傷様でした」
代わりと言わんばかりに大暴れするクアドリガとリンドウ、サーラはいたが、そこには血痕ひとつなく、蹴り上げられて漂う土煙と瓦礫のみだ。ケイを見るや否や脇目も降らず猛然と駆け寄ってきた白いもふもふの塊を抱きとめる。
「サーラ、よくがんばりました! グッボーイグッボーイ!!」
「わん! わんわん!」
あおーん、と最後に遠吠えを一つしてぺろぺろとケイの顔を涎塗れにすべく腐心する。わしゃわしゃと撫でた体毛は砂と埃と泥にまみれ、爪はすっかりすり減っていた。彼がとてもたくさん頑張った証である、鼻が高い。
「いちゃこらしてないで働けゴラァ!!」
「はいはい。サーラ、建物の影で待機、警戒よろしくー」
「ワン!」
「よし、じゃあタカさんの援護射撃も頼めることだし、シン君と合流して一気に畳みかけるよー!」
「えっ頼めるんですか」
「タカさんの遠望スコープは支部カメラにも繋がってんだよ。色々バレちまうだろー」
通信手段はインカムか、ジープに備え付け、もしくは持ち運び用の無線しかなく、辛うじて腕輪のバイタルセンサーが稼働しているのをチェックしているくらいだ。GPS機能すらついていない。しかし、こちらを観測する方法はないではないのだ。それが、キヨタカの超長距離砲型神機に備えられた機能のひとつで、彼がいつも屋上にいる理由だった。
クアドリガを挑発するように斬りつけながら、徐々に後退する。
「合流地点は?」
「この吹き抜け抜けたとこにある公園」
「了解」
おそらく元はどこかのデパートだっただろう場所を疾駆し、瓦礫とガラスを越えて進み片手間にインカムを起動させてキヨタカへ直結する番号に合わせる。
「支部、支部ー。こちらケイ・サカキ。二体目のアラガミちゃちゃっと倒すので援護射撃許可ください」
『支部オペレーターユウナ了解、受理します。タカさんに通信繋げます、がんばってね!』
飛んでくるミサイルや砂礫をひょいひょい避けつつ、出入口から転がるように建物を脱出する。直後、追いかけてきたクアドリガによって出入り口の壁が無惨に破壊された。やはり強度が前の彼らとは段違いのようで、クアドリガは腹立たしいほどピンピンしている。後方を確認しながら引き攣り笑って、ブツ、と低音を耳に確かめて声を張り上げる。
「こちらケイ・サカキ! タカ―さーん、起きてますかー? タカさーーん!」
『へぇへぇ起きてまっせー、合わせていいのか?』
「オッケー!」
一旦通話は切り上げ、タツミに向けて目的地を顎で小さく指す。死んだ魚のような目でそれでも了承した彼を確認して、リンドウの首根っこを掴んですぐ脇の建築物の影に引っ込んだ。反対側でハルも離脱したのを目視し、一旦ブレーキを効かせた後またタツミを攻撃対象と再認識したらしいクアドリガが車輪を回すのを確認して肩を下ろす。離された距離は僅かだが、その僅かがタツミの生命線だ。
「タカさん!」
『おう、狙い撃つぜ!』
キヨタカの神機から放たれるバレッドが飛来する、その気配を感じた間際、タツミとクアドリガの進行方向、そのすぐ脇にある公園内のごくありふれた茂みの陰に、潜むような小さな影が、揺れた。
思考はノータイム、判断は理性を持たず、気付けば足は動いていた。後方で誰か呼ぶ声がした気がするが、脳までは届かない。
光が線を描いて空を切る。無我夢中で、手を伸ばして――その先の小さな影を、見慣れた緑がかった金色が抱き込むのを、見た。
なんだ、やればできるじゃないかこいつ。安心――――じゃないなんでこいつ神機持ってないの!!!???
このとき幸いだったのは、人体というのは頭より身体のほうがよほど有能だったということ。
不幸だったことは、それがスコープにばっちり映っていたと言う事だ。