ネメシスの慟哭   作:緑雲

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たまに、「あれ?これリン主だったっけ???」と思うことがありますが私はリンサク激推しマンなので例え何を言われようがこれは友情()です


ロンド・エンドロール

 気絶から二人が回復したのはほぼ半日後の深夜だった。起きるや否や検査を受け、状態に異常がないとわかればすぐ支部長室に追いやられた。支部長室には、椅子に腰かける支部長と、机の前で二人に向かって仁王立ちする男の姿。

 

「こンの、大馬鹿者共がぁぁぁああ!!」

 

 司令室を破裂させんばかりの怒号に、殆どゼロ距離で直撃した二人は身体全体が縮み上がった。言わずもがなケイとハルオミの両名であるが、説教しているのは世に珍しく、黒田キヨタカであった。ゲンと出身は違うにせよ、本場仕込みの年季の入ったその一声に、まだ十五かそこらの二人はじっと堪え忍ぶしかない。

 

「大型砲の射線上に飛び込むやつがあるか!訓練学校で習わなかったか? ア?」

「習いました……」

「俺のスコープには支部の監視が入ってることも知ってるよなァ?」

「ハイ……」

「テメェでテメェの命令違反してちゃ世話ねぇぞこのアホ。訓練生からやりなおすか?」

「おっしゃる通りで……」

 

 「存分に怒られてこい」「今回ばかりは庇えないなぁ~」とは途中すれ違ったゲンとヨシノの言葉である。ありがたくて涙が出そうだ。十割自業自得なので誰に助けも求められないところが更に辛い。タカさんってそんなに大きな声出せたんだとかいう軽口すら叩けない。ハルオミに至っては顔色が紙より白い蒼白だ、可哀想に。それから続く永遠に等しい説教にいつのまにかすっかり正座になってしまった頃、はぁーっ、とキヨタカが長い息を吐いて、二人はそろりと顔を上げる。

 

「民間人の保護は、確かに大事だ。だがお前らの命には代えらんねぇだろうがよ」

「……………」

「そうだな、お前らはそんなことはねぇと思ってるだろう。こんなクソッタレな世の中でよくもまあそんな真っ直ぐに育ったもんだ。だが、いいか、この部屋から自室に戻るまでに、よく周り見ていけ。頼むからよ、もうちょっと自分を大切にしてやってくれ」

「…………はい」

「はい……」

「俺からの話は終いだ、後は支部長からだ、そら立った立った」

「タカさん」

「ん?」

「……ごめんなさい」

「…………いーよ。このドラ娘。また遊びに来いよ」

「わ、う、うんっ」

 

 ハルオミ共々わしゃわしゃと髪をかき回され、ケイはぎこちなくへらりと笑った。なんで俺まで、とハルオミの目がケイに向いたが、そ知らぬふりした。この年で頭を撫でられるのは、結構恥ずかしい。

 

「さて、今回の二人の処遇についてだが」

「ハイ………」

 

 長時間の正座に若干ふらつきつつも、しゃんと直立の姿勢を取る。僅かに傾くハルオミを肘で突いて、支部長の言葉の続きを待った。

 

「真壁ハルオミはグラスゴー支部へ移転。ケイ・サカキはドイツハンブルク支部へ半年のみ移転。以上だ」

「………………えっ?」

 

 やっとこさ内容を咀嚼した直後に思わず声を上げたケイは、混乱しつつ隣のハルオミと顔を合わせる。リアルに「????」みたいな顔をしているハルオミに彼の混乱っぷりを察してそっと支部長へ顔を戻した。

 

「不満かね?」

「不満というか、一般的に、上官のほうが刑が重いものじゃないのでしょうか、っていうかぶっちゃけ私軽すぎですよね??」

「無論、理由がある。一つ目に、君たちが保護した子どもは因子保持者だったこと。つまり君たちの行いは正当化される余地があるということだ」

「えっ、因子保持者だったんですか」

「ああ。二つ目、ケイ・サカキが発した命令を通信上のシステムでは記録していない。通信技術が低くて幸いだったな」

 

 状況的に、そして規定的に壁外民間人をスルーする命令を出しているのは当然だが、肝心の司令部ではその瞬間の会話を傍受していないので発したも聞き入れたも不明だった、ということだろう。インカム起動していなくてよかった、とケイは内心で深く安堵の息を吐いた。

 

「そして三つ目に、――単純にサカキの戦力が惜しい」

「ああ………」

「えぇー」

「雨宮くんも何故か着いていくことになったしな」

「えっ、な、なんでですか?リンドウ関係ない……」

「はは、黒田君の説教が余程効いてないらしい」

「いや骨身に染みましたけど!?」

「真壁君、グラスゴーはまだ支部としては発展途上でやりにくいことはあるだろうが、ここ極東最高の第一部隊で三ヶ月鍛え上げられたんだ、きっと君の力をよく発揮できるだろう。話は以上だ、辞令は追って通達する。出ていってよろしい」

 

 半ば強制的に追い出され、今度こそ二人とも顔を見合わせて頭を抱えた。

 

「てっきり軍法会議に掛けられるかと……」

「むしろそっちのほうが受け入れられたまであるよ、こんなの体の良い言い訳じゃん……」

「その通りだ」

 

 思考をぐるぐると土坪の中で回転させる二人に降ってきた声に顔を上げれば、赤髪の我らがリーダーがボード片手に立っていた。まさか知ってたの、と口元をひきつらせると、彼は肩をすくめてリーダーだからな、と応えた。

 

「グラスゴーへの移転の話は前から出ていたんだ。アラガミは少ないが神機使いが二人しかいないのは問題が過ぎる。誰が行くかでどこも揉めてたのが一発解決だ」

「二人、ってことは俺が行っても三人!? 冗談ですよね??」

「事実だ。ただアラガミの出現率はここの十分の一にも満たないから、業務の忙しさはこことそう変わらん。一週間いた俺が言うのだから間違いはない。ハンブルク支部は新設でな、ドイツ二つ目の支部だし人手はいるんだが、いかんせん新人教育に手が回らないらしい。新人教育課程を最近終えたやつらがいたな、つまりそういうことだ」

 

 元々計画されていたことに都合よく駒が揃ったので処理ついでに放り込んでみた、と言わんばかりの話だ。減俸や降格なんてこの支部を離れることに比べれば屁でもないのに。

 

「内々の処理だから今回は始末書ナシだ、良かったな」

「なんっっっにも良くないし、っていうかそう、なんでリンドウまで来るの?」

「あれは諦めろ。俺でもキレる」

「うぇっ、な、なんで?」

「目の前で相棒がバレッドに突っ込んでいくのを止められなかったんだぞ? トラウマモノだろう、普通」

 

 さらりと言っているが、言葉は重い。ケイはそれ以上の言葉を封じられて、自然視線を下げる。わかっている、わかっているけれど、わかんないよ。

 

「さっさと相方に会いに行ってこい。場所は、」

「それぐらいはわかるよっ、半分なんだから」

 

 どこにいるのかくらいはわかる。そんなことは些細で簡単なことだ。何を考えてるかもわかる。たまに外れるけれど、その差異が二人の凹凸だから、それは良い。けれど今どんなに相手が苦しんでいるのかはわからない。わからないから、走るのだ。

 

 

 非常階段。

 基本的に、ここアナグラで生活する人々は上下に移動する際エレベーターを使用する。備え付けられた階段は昼間でも薄暗く、足元に非常灯が常時灯されている程度で、天井に蛍光灯はない。幅も狭いし、段差は高い。慣れた神機使いらは余裕で屋上まで駆け上がれるが、慣れない新人なんかは躓いたりしているし、研究者なんて一階分上がるだけで息絶え絶えだ。そんなわけで訪れたそこには、人影はぽつんとひとつ落ちるのみだった。三階と四階の狭間、その階段に、黄昏れるように座り込む隣にそっとしゃがむ。この中間フロアは、非常階段の中で唯一僅かに外の様子が見える場所だ。といっても、横に細長い長方形の窓が床ギリギリの箇所に嵌め込まれているだけなのだが。そこから見える外は僅かに明るく、空が白んでいるだろうことが伺えた。

 

「ごめんね、リンドウ」

「あーーーーやだやだやだほんとにお前やだ」

 

 濁音がつきそうなほど枯れた声を上げながら、リンドウは階段に背中を倒れ込むように預けた。ごりごりと背中を階段に擦りながら、天井というより、最早後ろを仰ぎ見るレベルでのけ反る。半目の下には、うっすら隈が浮かんで見えた。

 

「ほんとお前ほんとさぁ、いい加減にしろよ……」

「うん、ごめんね、ごめんなさい」

「ほんっっと肝が冷えた、今回ばかりは殺そうかと思った」

「あはは……熱烈だー……」

 

 ケイは約束を破った。

 一番最初に会って、その場で決めて、それからずっと守っていたはずのものだ。人間として遵守すべき貴い願い、当然の本能。ケイがケイ・サカキになる前から持っていたたったひとつのやるべきこと。

 膝を抱えて爪先に視線を落とすケイの隣で、リンドウも仰いだまま片腕を顔に乗せて目元を覆った。階段の下に窓からオレンジの光が射し込む。朝日が顔を出したらしい。朝っぱらから自分達は何をやっているんだと素面に戻る。今は早朝も良いところでひと気はあっても人影はないのでどこも静まり返っているし、今気付いたけれど報告書も書いていないし、そもそも病み上がりだし。

 

「お前最近、やっぱどっかおかしいぞ」

「あはは……そうかも」

「身体と心が一致しねぇっつーか、理性と本能が乖離してるっつーか……上手い言い方がわからん」

「ん……最近お父さんの診察サボってるからかなー」

「それ関係あんのか?」

「どうだろ。でも、なんだか、そう……」

 

 あの一瞬、気付けば身体は宙に浮いていた。咄嗟の判断とか反射に近いことには近いのだが、問題はそのひと刹那のケイの頭の中である。

 あのときケイの頭は、―――空っぽだった。

 まさかそんなところに人が隠れていたとは思わず、困惑していたと言っても過言ではない。何もできないはずだった。そのはずだった、なのに―――身体は動いていた。

 あのときケイは、まるで、

 考えすぎだ、と頭を振って思考と頭痛を振り払った。それがあんまりにもありえない妄想だったから。

 一息吐いてふと隣を見れば、右手をぷらぷらさせ折り曲げたり直したりするリンドウの姿があった。ひくり、と頬を引き攣らせる。

 

「……よしケイ、歯ァ食い縛れ」

 

 

 

「……それで、二人とも再入院、ねぇ」

 

 完全に呆れ返った顔を向ける父に、娘は何一つ弁解の言葉を口に出来なかった。何せケイの身体のメンテナンスは例外を除いて昔からペイラーの男手ひとつでされてきたことなので、今回も迷惑をかけるのは自明の理である。

 

「ボディーにしてくれたことだけは感謝するよ……」

「顔だったら目も当てられないことになってただろうからね……」

 

 リンドウはそこそこやんちゃな少年だったらしいので、それなりに喧嘩もしてきた。それ故、殴る蹴るがかなり上手い。音だけするビンタとか超上手い。そのスキルを全てぶん投げて、一心に打撃力のみを優先にして、相手のの腹部を打ち据えたらどうなるか。

 結果、力を入れすぎたリンドウの左手は複雑骨折、完璧にボディブローが入ったケイも肋骨が二本折れる大惨事になった。そしてそのあと遭遇したツバキにも脳天に一発入れられ、頭頂には立派なたんこぶが乗っかっている。

 

「青春だね!」

「こんな血なまぐさい青春いやだぁ……」

 

 前屈よろしく身体を倒そうとして、腹部の痛みを思い出して仰け反る。ぺらりと服を捲れば、若干茶色に変色した青痣がくっきり。丁度古傷の真上に我が物顔で鎮座していた。

 拳一発。ゲロ吐くほどに甘い一撃だった。

 

「お父さん、私に隠してることあるでしょ」

「……断定系でこられては、逃げる道がないなぁ」

 

 じろりと睨み上げるようにペイラーを見上げると、困ったような微笑みが返ってきて目線を下げる。困らせたいわけではない、ケイだって叶うなら父に笑って日々を過ごしてもらいたい。けれど、これはケイ自身のことだ。ケイがまだケイ・サカキになる前、得体のしれない少女だったころからのこと。ならば、ケイは退くわけにはいかない。

 

「まあ、話せないんだけどね」

「…………え? なんで? 今話す流れだったよね??」

「君の知識欲に、私はいつだって応えられて来たと思う。けれど、今回ばかりは、難しい」

「お父さんでもわからないってこと?」

「ニュアンスは少し違うけれど、大まかに言えばそう。そしてできるなら私は。……あるかもしれないその事実を、君が知らないままでいることを願っている。それが最善だと何があっても思うだろう」

 

 事実。ケイは頭の中でそう繰り返した。真実ではなく、事実。真実よりもっと残酷で、無慈悲で、忌憚のないもの。

 

「じゃあ、私がそれを探すことは、反対?」

「私としてはね。けれど、君にとっての正義がそれを探すことなら、止めはしないよ。手助けもしないけど」

「よくわかんないな」

「はは。ああ、そうそう。ソーマはそれを探そうとして研究者もどきをしているんだよ」

「今明かされる衝撃の事実! なんでそうなっちゃったの!?」

「うっかりケイの身体に関する書類を見られちゃって。子どもだと思って油断したな~あはは」

「笑い事じゃないよね!?」

 

 ペイラーの胸元を掴んでがっくんがっくんと前後に激しく揺らすが、乾いた笑い声をばかりでそれ以上の弁解はないらしい。

 

「今ちょっと迷走してて見てて面白いよ」

「ああそういえば最近神機の開発の方に……って性格わるいよっ!」

「あははは、ごめんごめん。……まぁ、一緒に突き止めるのも良いんじゃないかな」

「……ヒント?」

「さて、ね。ドイツの方でも元気で、大きい怪我はしないようにね」

「はーい」

 

 にっ、と屈託なく笑うケイに、ペイラーはどこか困ったような笑顔を返した。病室の扉が開く音がして、次いでケイの寝そべるベッドを囲うカーテンが揺れる。

 

「姐さん、俺です」

「タツミ? 入っていいよ」

「失礼します、ってうわ、大怪我じゃないですか!?」

「おなかと頭は身内からのものだから実質半分だよ」

「実質二倍の間違いじゃないですかねそれ……あ、サカキ博士こんにちは」

「こんにちは。診察は終わったから、私は仕事に戻るよ。くれぐれも、無理は、しないように」

「わかってまーす。お仕事がんばってね」

 

 ひらひらと手を振って見送り、今までペイラーが座っていた椅子をタツミに勧める。

 

「それで、自分の命令も守れない上官に小言でも言いにきたのかな?」

「なんかやさぐれてません? そうじゃなくて、これ、見て下さいっ」

 

 差し出された書類一枚をぺらっ、と指でつまんで受け取る。神機の適合率検査の結果らしい、日付は本日五時のもの。つまり最新も最新、今朝イチの結果だった。

 

「適合率二十二パーセント……って、すごいじゃん! 安定領域ギリギリだけど」

 

 あの時、ケイとハルオミがまったくもって無謀の極みだったその時、タツミは焦燥一色になった。光の柱のその向こう、影を朝陽が焼き消すように姿が見えなくなったそのひとを、タツミはただ見ていた。真昼の空に突き刺さったその光一閃を、切り裂いたのは我らが紅いリーダーだった。

 こどもを抱えたまま気絶したハルオミと、壊れかけたシールドを展開したまま気を失うケイがそこにはいて。安堵と恐怖が一息に脳に流れ込んできたことを覚えている。そのときタツミが真っ先に思ったのは、「どうして」というその疑問それだけだった。壁の外の人を守った尊敬する先輩に対して浮かんだのが真っ先にそれだった。

 ――大森タツミは結局、自分本位な人間だったのだと、突き付けられた。

 動けないタツミを他所に、意識のない二人とこどもを、シンジとリンドウが確認していく。傍目にも苛立っているのがわかるリンドウが、ハルオミの頬を八つ当たり気味にべしべしと叩く。

 

 生きてるなら、それだけでいいさ

 

 気絶するケイを抱き上げるシンジは、それだけ言って小さく笑みを浮かべた。そのことばの前には、「仲間が」、もとい「ケイが」が入るのだろう。

 こうはあれない、と思った。

 ならば、どうなろうというのか。民間人を庇うべく身体を張ったひとの方が大事だと理解してしまった自分に。何を守れると言うのだろうか。

 そう思ったその時、神機ごと身体が脈打った気がした。握るだけで痛みが差す手のひらを労わるように、じんわりと熱が伝わる。

 受け入れられた、と理解した。

 ほんの一歩程度、角砂糖一個分くらいかもしれないけれど、それでも、受け入れられたのだと。他人を、相手を、神機を。――自分を。

 

「おめでとう、タツミ。教育係も卒業だし、お祝い事ばかりだね」

「はい! ほんとに……ん? 教育係卒業?」

「うん。もうタツミは第一部隊に配属しても充分動けてるもの。それに半年、遠征みたいなものに行くからその間面倒みれないし」

「半年遠征、ですか」

「今回のペナルティと人手不足を兼ねてね」

「えぇー……姐さんいないとか……こっちが人手不足になりかねないですか??」

「私とリンドウ以外の第一部隊員がいるからヘーキヘーキ。アナグラをよろしくね、防衛班!」

「あ………はいっ!」

 

 ケイとリンドウに代わって、までとは言わないが、まだまだ微力ではあるが、それでもタツミはもう立派にアナグラの一員だ。アナグラを任せるに足ると判断した、ポンコツな師で申し訳ないが、それだけは本当だ。 

 

 




ヨハネスブルクじゃねぇよハンブルクだよドイツの地理ェ
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