第一部隊は通称、殲滅部隊と呼ばれ、名の通りアラガミの殲滅が主な任務である。偵察班からの任務があれば受理し、なければ各自担当のエリアを見回りして戻り、異常が無ければアナグラで待機。その他にも防衛班から要請があればかけつけ、偵察班や技術部などに呼びつけられることもしばしばだ。個々が違う方向に秀でているので、度々便利屋のように扱われているのである。
そしてそんな第一部隊に、こんにちある任務が舞い込んだ。
「調査任務じゃんッスかこれ」
「ああ。偵察班と調査班と捜索班が匙を投げたいわくつき。暇なら行ってこい、と」
「暇じゃないなら行かなくても良いのでは?」
「支部長に直談判できるやつだけ石を投げろ」
「岩まで投げれるやついますけど」
「支部長に行かせようか?」
「泣いちゃうからやめろ。あの人最近本気でお前からの信頼がないことに嘆いてるぞ」
「カルネアデスの絵を時間さえあれば遠い眼で眺めてるわよぉ」
シンジ、キンタ、アオイ、ツバキ、リンドウ、ケイ、と第一部隊揃い踏みの真昼のミーティング。本日は任務もなければアラガミもおらず、ケイのセンサーも平和ボケしそうなほどおだやかだ。各エリアを回って全員戻ってきたところでの会合だった。そこに現れたシンジの手に収められた書類、そこには、本来調査班が行うはずの調査任務。裾上病院跡調査任務。任務内容もごくありふれたものだ。ハイヴ建設時に取り壊すにはどのくらいかかりそうか、地下の有無、人の住んでいる形跡、諸々。調査班そんなに忙しかったっけ、と首を捻るが、まぁ、彼らは基本忙しいのは事実だ。
「とうとう過労死者でも出たの?」
「そろそろ出そうだが、違う。文字通り匙を投げたんだ。調査に行った隊員が一人残らず泣きながら帰ってきた」
「泣きながらって、なんですかそれ」
「もしかしてッスけどー……あの、おばけとか、そういう?」
「行ったやつらの証言的には」
「棄権します!!!!!!」
「却下。じゃ、集合は現地。時間はゼロゼロサンマルな」
「えっ、本気で?」
「指令書を見ろ。そういうことだ」
にっこりと笑って、シンジは最後にそれだけを言った。そう、つまり、そういうことだ。
「というわけでよく来たなお前ら。裾上病院凸開始するぞ」
「無理………本気で無理………」
「シンくんせんせーキンちゃんが泣いてまーす」
「しんどい……………」
「シンジせんせえ、姉上が聞いた事ないか細い声出してまーす」
「お前ら情けない。見ろアオイを」
「見て見てこのライト、技術部から借りた最新型なんだけど、一キロ先まで明るくなりそぉ!」
「なんでアオイちゃんは遠足に来たこどもみたいなテンションなの?」
半泣きのツバキと、既に若干泣いてるキンタの一方で、アオイが真昼並みの明るさになるライトをぶんぶかぶんぶか振り回している。それを冷静な眼で見ているシンジと、困惑しながらも平静を保つケイとリンドウ。カオスの塊のような集団だった。パリピ集団のほうがマシかもしれないというレベルである。
「ホントに行くんスか……? このド深夜に……? このなにもなくても出そうなところに??」
涙目のキンタが指さす先、裾上病院跡地は、異様な空気を醸し出していた。限りなく粘度の高い闇に少量の濃紺を混ぜたような夜闇に、朽ちかけて錆びていて尚くっきりと白い病棟が目が覚めるほど浮かんで見える。周囲をぐるりと鉄線とコンクリ壁に囲われ、出入りで来たであろう出口は今や厳重に封鎖されて、何が何でも入るなという強い意志を感じる。
「意外だな、ツバキは幽霊怖いのか」
「物理攻撃効かないものは無理です」
「ああ……ケイとリンドウは怖くないか?」
「おばけとか常識的に考えて恐いに決まってるでしょ?」
「右に同じ。フツーに怖いしフツーに早く成仏してほしい。リーダーは?」
「まあ怖くはないな。調査はそういうものだろ?」
「いや……まあ……そうなんですけど……」
「心を失いし者かなんかなの?」
「ともかく行くぞ、もう作戦開始時刻を五分も過ぎてる。本気で無理ってやつはここに置いてくから待ってろ」
「十秒待って……今進みたくないけど留まりたくもないみたいな啓蒙ソングがリアル状況になってるッスから……」
中に入るのは嫌だけれどここで取り残されるのも嫌らしい二人による脳内会議は宣言通り十秒で終わったが、その代わりにこれから屠殺場へ行く牛のような眼になった。自撮りまでしているアオイとは雲泥の差である。
「ライト持ってるアオイが先頭、次がケイ、リンドウ、殿は俺がするからお前ら二人は真ん中にいろ」
「了解よぉー!」
「ねえこれ私とリンドウで抑えなきゃいけないの? おばけより厄介なんですけど」
「そう言うな、あのビビリ二人を相手にするよりよほどマシだろ」
夜間任務のテンションがピークになりつつあるアオイに顔を引き攣らせるが、身を寄せ合ってどこもかしこもにビクビクする二人を見てスッと真顔になった。開始の合図もなく、流れるように一列、または二列になって病院の外壁をなぞるように歩き出す。
「アラガミセンサーは?」
「無反応。中にアラガミはいないみたい」
「足場悪いから、みんな気を付けて歩いてねぇ~」
「なんでこんなに歩きにくいんだ……嫌がらせか……?」
「フェンスに掴まって歩け、転ぶぞ」
「フェンスの向こう側から冷たい手が重ねてきたらどうするんスかそんなんになるくらいだったら俺は転ぶッス」
決意固いキンタに、完全に呆れ返ったらしいシンジの軽い乾いた笑い声が空気に溶けた。
「素朴な疑問なんだけど、この何人たりとも通さない鋼の意思の壁のどこから入るの?」
「もう少し先に調査班が開けた……ああ、ほらそれだ」
ここまでヒビ一つなかったコンクリ壁にぽっかり、入ってこいと言わんばかりに穴が開いていた。おそらく調査班が爆弾かなんかで開けてくれたのだろうが、キンタとツバキはその親切を神機で斬り倒したいくらいの表情で見つめていた。
「本気で無理…………」
「ツバキちゃん歩きにくい」
躊躇なく潜ったアオイに、最早陣形もクソもない一行が続く。キンタはシンジに、ツバキはケイにべったりと張り付き、両者の顔色は恋の始まらなさそうなゲレンデのように白かった。ツバキがケイに抱き着くのは絵面的にセーフだろうが、キンタとシンジコンビは割かしアウト味に溢れている。
草木さえも息を潜める夜闇が、建物内に入るとより一層濃度を増した。隅に行くほどじわりと光は消え、廊下の奥では暗澹が口を開けている。蝶番が錆びつき、何もしていなくとも隙間風でキィキィ不快な音を立てる中、全員が締め切った室内に収まった。
「全員で動くには無駄が多い、人員を分けるぞ」
「待ってくださいどの組み合わせでも遺恨が残る気が!」
「問答無用。平等、もとい公平にくじ引きで決める」
「ケイとリーダーは一番最後で」
「ひどない?(´・ω・`)」
「ひどいな(`・ω・´)」
「そのアホみたいな勝負運をなくしてくれたら考えるッスよ……」
抗議の声を上げるだけで了承した二人をよそに、シンジの用意したくじを一本ずつ引き抜く。赤い印がついている組とついていない組に分かれ、最後にシンジが引き抜いて、チーム分けが終了した。
「………作為的な物を感じるんだが」
「やったーー!! 心労が! 減る!」
「あらあら~。キンちゃん、さっきまでの自分の姿がわかってなかったのかしらぁ~?」
「あー、うん、まあ。順当っちゃあ順当だよね」
「こっちのリーダーはケイだな」
「姉上じゃないのかよそこは……」
見ての通り年長組と年少組に分断されはしたが、精神的安定さはなかなかに悪くない組み合わせである。
「俺達は一階から、お前たちは三階から攻めろ。二階のナースステーションで合流。異変があったらすぐに報告・連絡・相談」
「うわっ、ほんとに私がリーダーなんだ……」
「私がリーダーになったらこの場では撤退しか下さないぞ」
非常にイイ笑顔を浮かべるツバキに苦笑いを浮かべながら、シンジに放り投げられたインカムを耳に装着する。間違いなくきちんと動いていることを確認して、階段で二手に分かれた。
ここ裾上病院は三階建てだが、その分横幅が大きく、真ん中が長方形の吹き抜けになっていて、一階部分のそこは庭園だったのか灰色の草木が僅かに茂っていた。
「普通、これだけしっかり残ってる建物があるなら、人の一人もいそうなものだけど……人の気配が全然ないね」
「ついでにアラガミ関連の雰囲気も破壊音もなし。こりゃ確かに不気味だわ」
「あと音反響しすぎじゃない? 聞いちゃいけないものまで聞こえてきそ……なんか、変な気配するし……」
「なんでお前たちはそうやって恐怖を補填するんだやめろ」
「ツバキちゃんが勝手に怖がってるだけでしょ。手始めに、いちばん近い部屋からいこっか」
「病室だな。全部回るのか?」
「まっさかー、パッと見で隠れてる人とかいないことを確認したら、壁の分厚そうなところの固さを確かめて終わりだよ。後は有用そうな物資があったら持って帰るくらいかな」
「了解。ま、気配ないしどうせ誰もいないだろ」
先行して扉に手をかけたリンドウが、ぱっと後ろのケイを振り返る。どうかしたか、と首を傾げるも、彼自身も不思議そうな顔をして何も言わず扉を今度こそ開け放った。
301号室と白いネームプレートが掛けられた部屋の中は白いベッドとサイドテーブル、それに衣文掛けがある程度の質素なもので、個室だったらしく隠れられそうな場所もない。
「あ、そうだ写真撮らなきゃ。資料用に」
「一室一室か?」
「たぶん?」
「めんどくせー。ほいパシャッ、と。ベッドの下にも何もな、……」
「リンドウ?」
「あー、いや。ティッシュ箱だったわ。びびったー……」
「ティッシュ箱? あー、あれはまあ、別に回収しなくていっか。ツバキちゃん邪魔、ちょ、ツバキちゃん?」
「………………………………」
「へんじがない、ただのしかばねのようだ。……っておいおいツッコミもなしかよ、姉上ー?」
先ほどよりもさらに青褪めた顔を強張らせ、ひくつく口元をなんとか動かそうとするツバキに、ケイとリンドウは訝し気に首を捻りながら様子を窺う。ツバキが双眸を向ける先には、入る際に僅かに開かれていた扉の隙間と、そこから見える人っ子一人いない廊下だけが広がっている。
「……………………………………………あし」
「葦?」
「白い脚が、部屋の前を横切って行った……………」
「げ。人いるの? 説明するのも出てってもらうのもめんどくさいな……」
「こどものあしだった」
「は? このド深夜に??」
「くつ、片方しか履いていなかった」
病室内の空気が氷点下にまで落ちた。念のため言っておくが今は初夏で気候は温かく、ここに来るまでだって全員半そででも少し汗ばむレベルだったはずだ。それが、いつのまにか肌に差すほどの冷気がどこからか漂っている気さえする。冷蔵庫の扉を開けっぱなしにしても恐らくここまで冷えないだろう。
「……………言って良いか?」
「だめに決まってるだろ」
「ここの病院入ってからずっと、足音が一人分多い。最初は人数多いから数え間違えてるのかと思ってたんだけどよ………」
「足音はあれでしょツバキちゃんが珍しく音立てて歩いてるんでしょ」
「私なら怖すぎて気配すら消してるんだが」
「だよね知ってた」
「つまりどういうことだってばよ」
「誰かがついてきてるんじゃない?」
「だめだって姉上が言っただろなんで言葉にしちゃうんだよお前ほんと馬鹿」
「ゴッドイーターの動体視力から逃れる一般人がいると思ってるのか常識で物を言え」
要約して率直に結論を出しただけなのにこの言い様。恐怖でどうにかなっている雨宮姉弟を頼りなく思いつつ、病室の扉を躊躇も遠慮もゼロで勢いよく開ける。「??????」みたいな顔をした二人を他所に、左右と天井も確認するが、当然のように人影も人の気配も見当たらない。
「誰もいないよ」
「いやお前何してんの????」
「不用意な行動を今後絶対にとらないと約束しろ今すぐしろ」
「えー、気配、しなかったよ?」
「そんなの今までずっとしてなかっただろうが!」
「そもそもお化けに気配とかあんのか?」
「もーいいからさっさと行ってさっさと終わらせようよ」
「お前ほんとは怖いとか嘘だろ?」
「得体のしれないものはフツーに怖いよ。二人がビビリすぎなだけだと思う」
胡乱な眼差しを向けると流石に堪えたのか、ウッと短く呻いて精悍な顔つきに戻った。よくよく考えればアラガミよりやべー化物なんていないし、それらと日々戦っているのだし。
「大体、確かにおばけも恐いけど。私がもっと怖いのは、この建物そのものだよ」
「ああ、まあ、暗いからな……」
険しい顔で思案するケイに、ツバキが同意するようにうんうんと頷く。意外に怖いものが多いのがツバキなのである。けれど、そんなツバキの肯定に、ケイは緩やかに首を横に振った。
「そうじゃなくて、ここ、きれいすぎる」
「そうか? ナースステーションなんか結構散乱してたじゃねぇか、この部屋がたまたま綺麗なだけじゃね?」
「いやだからさ、おかしいよね。この病院入るのだって、調査班があの壁ぶっ壊してくれたからでしょ?」
「……なるほどな、確かに」
「待ってくれ、更にここが怖くなってきたこれ以上考えるのはやめよう」
「『アラガミが侵入した形跡がない』。あの、どこにでも現れて何もかもを喰らう化物が、この建物にだけノータッチ。どころか、アラガミと軍部との戦闘で多少なりとも傷ついてもおかしくないのに、窓は全部きれいなそのままにあってその上はめ殺し。老朽化の痕や、傷やヒビはあるのに、火薬系統の形跡はない。………ここ、絶対おかしいよ」
「ぎゃああああああああ!!!」
「うるさい」
「わあああああああああ!!!」
「静かにしろ」
「あああああああああ無理いいいいいいいいい!!!」
キンタの絶叫をBGMに、シンジとアオイが一階の探索を淡々と終わらせていく。その過程で真新しい、片方しかない子供用の靴だとか、遊ぶ子どもたちの笑い声だとか、革靴の足音や無人で動く車椅子に遭遇したけれど、シンジにとっては、まあまあ些事なのでカットする。
「意味わかんないッス……なんでこんなド深夜に子どもの声するんスか……良い子は寝る時間ッスよ……」
「悪い子だから起きてるんでしょぉ?」
「なるほどな」
「何もなるほどなじゃないッス」
べそべそ鼻水を啜りながらアオイの上着の端っこを握りしめて覚束なく後ろを歩く。迷子の引率だってもっとマシだろうなとシンジは心中で深く溜息を吐いた。偵察班が全員泣いて帰ってきたので、キンタの感性は一般的とも考えられるのだが、シンジはそれについてはスルーすることにした。
「いっそここを拠点にしたらどぉかしらぁ? アラガミも入ってこないし、子ども達もにぎやかになって一石二鳥」
「一日一人単位で行方不明者が出そうだから却下」
「えっ」
「なんだ」
「そんなやばいんスかここ……?」
「こういうことは詳しくないが、おそらくな。入ってからずっと、視線を感じる。こっちについてきてくれて助かった、あっちに行かれてはケイがかわいそうだ」
「可哀想なほど震えてたツバキちゃんの方が可哀想ッスけど」
「相変わらず妹贔屓ねぇ。で、どんな視線なの?」
「憎悪」
「わあ~~~簡潔ッスね~~~~よしケイちゃんたち呼び戻してダッシュで帰るッスよ今すぐ帰るッス」
「それが、少し難しそうだ」
シンジがそう言った直後、三人がいる廊下の一番奥、一般病室の扉がキィ、と開かれた。もちろん、誰も触ってなどいないし、風もない。
開かれた扉が閉まりきらない内に、その向かいにある病室の扉がキィ、と開かれる。耳障りな蝶番の高音を響かせ。ひとつ、ひとつ。まるで確かめるように、一つずつ、順番に扉を開いていく。
キィ、キィ、パタン、キィ、キィ、パタン。
確実に近づいてくるそれから、三人は足音を消して逃げた。幸いこの建物はロの字型で、行き止まりの概念がない。扉がひとりでに開いたその瞬間から口を片手で塞いで存在を無にしたキンタは全く頼りにならないが、幸いシンジとアオイは怪異に負けるメンタルはしていない。明かりを落とした懐中電灯を徐に壁に打ち付けるが、扉を開けるスピードは速まることも遅くなることもない。
「音に鈍感で視界が良いタイプか? 厄介だな」
「どっちも悪いタイプがないでもないわよぉ」
「ともかく、今は逃げよう。実体がないものは対処し辛い。手始めに鏡にでも写してみるか」
「いいわねぇ採用、じゃあ向かう先はトイレ……袋小路ねぇ?」
「誰か囮になるか」
「絶対嫌ッス」
「まだ何も言ってないだろ……アオイ、ライト貸せ」
「あらぁ、シンくんが行ってくれるの?」
「生物学上は一応女性だからな」
「絞めるわよぉ?」
「冗談だ(三割な)。鏡を回収次第北階段で合流、行け」
「「了解(ッス)」」
両脇を走り去る二人を横目に、片手に持った懐中電灯のスイッチを入れて正反対へ足を向ける。聞こえる笑い声の合間に、微かに無垢な声が挟まれた。
「もーいーかい」
それは、耳元で聞こえた気がした。
「どうした、ケイ」
「嫌な予感がする! とっても!」
「さっきから階下から響いてるキンタさんの声以外にか?」
「まああれは……一種の生存確認みたいなもんじゃん……BGMみたいな……」
「ああ………」
ぴこぴことアホ毛がいているにも関わらず残念な返答をするケイに、リンドウは不憫に思いながらも同意してしまって深く頷く。そんな暢気なバディ同士を呆れた目で見やって、ツバキがケイの耳元を指差した。
「お前たちな……ならば連絡を入れたらどうだ?」
「それだ。ハローハロー、もしもーし。こちらケイ! シンくん、とぉっても嫌な予感がするんだけど」
『今すぐ逃げろ!』
あまりにも大きな声に、インカムのイヤホンを飛び出して周囲にも声が響く。どこからともなく突風が吹きすさぶ廊下にシンジの声とハウリングの音、続いて三人から困惑した声が僅かに上がった。優秀なケイセンサーにアラガミは察知されていないのでその危険はない、ならば他にどんな危険があるのか、と言えば―――。真っ先にピンときたツバキが叫ぶ。
「帰る!!!」
「どこから?」
「現実を突きつけるのは止めろ! 窓ははめ殺しだし玄関も120%鍵が掛けられているだろうがそれでも帰る!!」
「まあ最悪ぶっ壊せばいいだろ。……で? アレが敵ってわけか?」
リンドウが親指で指す先には、電源を落とした画面のように黒く、無機質な廊下の奥に、ぽつりと浮かぶこどもの影。ゴッドイーターの優秀な眼球は、その子どもの姿をはっきりと捉えた。髪は放置され放題だったのか長く、ぱさついていて、前衛的な赤い模様の白いTシャツと、青いスカート。マジックテープタイプの、片方を靴を裸足で履く少女、その暗い眼球の下の口元は、にんまりと笑みが浮かんでいた。
「あーそーぼう」
かくり、と少女の首が傾く。無邪気に無垢に。傾く。傾く。その頭頂部が床に向くその直前に、硬直していたツバキの身体が後ろ向きに引っ張られてそのまま廊下を滑った。
「苦しいんだが……」
「ツバキちゃんしっかりして年長者でしょ!!」
「姉上ーそのまま壁とか窓とか撃ちぬいてくれ。離脱すんぞ」
「いや離せ!!! 追いかけて来るの見える!!! こわい!!!!」
「はいはい」
パッとカウントなしで手を離すが流石の身体能力で一瞬で態勢を整えて走りながら外側の壁へ銃口を向ける。その銃口から放たれた燃える弾丸が、壁を突き抜け―――
「あッッッぶな!」
「っぶねぇ!」
「跳ね返るだと!?」
「おいおいおいもうこれやばいんじゃねぇのかこれ終わってんじゃねぇのかこれ!」
「どっかに隠れるのがセオリーだけど同時に死亡フラグ感満載でもあるし……! って、え?」
後ろを振り向いたケイの足が止まる。
そこには、先ほどと変わらない、廊下の暗がりだけが広がっていた。少女も、怖気が走るほどの闇も見当たらない。
「諦めた?」
「はええな。部屋変えもしてねぇのに」
「ブルベリ鬼やめて」
「今のうちに探索してさっさと帰るぞ最速で出るぞ。得意だろう二人とも」
「私ホラーゲームはちょっと、ソーマ呼んで」
「通信、外に通じるのか?」
「どうだろ、やってみる価値はありそ、」
ぬっ、と腕が後方から伸ばされる。白く、包帯だらけの、細くて短い腕が――
次の瞬間、空中にぶっとばされた。
「びっくりしたー」
「は?????」
「いや、驚いてつい……」
「いや今一人脱落の流れだっただろ。間違っても二行で片付けられる流れじゃなかっただろ」
「お前……相手はお化けとは言え子どもだぞ……」
「……子ども?」
何言ってんだこいつ、という感じにケイが訝し気に顔を顰めるが、リンドウとツバキ的にはむしろお前が何言ってんだこいつである。
「じゃあお前には何が見えたんだよ」
「んー? 元は子どもだった、ような感じはしたかな?」
気温が零度以下にまで下がったような心地がした二人の後ろに、ケイが再び神機を振るう。
「………いたのか?」
「うん。うーん、キリがないね? あ、こちらケイ。撃退成功、三人ともに無事」
『そうか。こちらも全員無事に合流した。ここは立ち入らないほうがよさそうだ、あと三百年くらい』
「なんでそんなのが分かるのかは聞かないでおくね……前者は同感。合流地点は?」
『一階。俺たちは時計回りに走る。いつかは合流できるだろう、一か所に留まらないほうがよさそうだ』
「了解。よし、二人とも、多分一点突破で帰ると思うから、神機の用意よろしくね」
「オーライ」
「…………了解」
「……で、本当に一点突破で帰ってきたのか」
愚痴まじりの報告に、ソーマが呆れた顔を浮かべる。ケイはそれに頬を膨らませながら不満の声を惜しみなく上げた。
「大変だっただよ、ほんと! 一階の廊下で合流した途端ぜんぶの扉が一斉にぱかぱか光速開閉したり、車椅子が突然目の前に現れたり、長い髪の毛が足に巻き付いてきたり、大量の血が追いかけてきたり……」
「行ったのがお前らで良かったな。他の、ガチめのホラーゲームできる探索者だったら死亡通知だけが届くみたいなことになっているところだった」
「私がシリアスできないみたいな言い方やめてくれる???」
「シリアスできたらそんなやばい心霊現象を十秒で説明できない」
ちなみに撮った写真には何がとは言わないけどバッチリ映ってました
3は女主人公でやってると「あれ?主人公ちゃんとユウゴって夫婦だったっけ???」ってなりますねコレ。あかんわ。男主人公でやってたらこれ完全にオ〇ガとミ〇なんじゃ……運営ちゃん狙った???