「本日付けでハンブルク支部に配属になりました、ケイ・サカキ曹長です!」
「右に同じく雨宮リンドウ曹長です」
「若輩者ですがよろしくお願いしまーすっ!」
「わふっ!」
元気のよい少女の良い子の挨拶に、少女と並び立つ少年を含めたその他全員が、半笑いを浮かべて目を逸らした。
こうなった経緯は、二時間前に遡る―――
「ムッ」
「うおっ、急にどうした」
移動中のヘリコプターの中、端末をいじっていたリンドウ少年の隣で身体を丸めて横になり眠っていた少女、ケイが突然起き上がる。到着まではあと十五分ほど時間がある。起きるには丁度いいとも言えるかもしれないが、やはり中途半端だ。目をしょぼしょぼさせながら右へ左へ首を回し、目当てのものを見つけたらしく手を伸ばす。彼女の武器、神機が入っているケースに。
「…………………進行方向に……アラガミの………………気配がする………」
「まず起きろ」
「あだっ」
すぱーんっ、といい音を立てて頭がはたかれ、びよんとケイの頭上に生えたアホ毛がたゆむ。一度引き絞るように目を強く閉じ、ぱっと開いたそこにはしゃんといつものケイが立っていた。
「おはよう! 出撃するよ!」
「唐突だなぁオイ!」
「あのー、どうしますか?」
「通信で支部に連絡! 大型・中型アラガミ接近中! 五……いや七体!」
「わーサカキ上等兵さっすがー入電します!!!」
「よろしく! サーラはお留守番!」
ヤケクソで応える操縦士に笑いかけ、ヘリコプターの扉を開け放つ。仮眠中に羽織っていた毛布を脱ぎ置いて、神機入りのケースだけを持って縁から躊躇なく飛び出す。上空九百メートルからのダイブ。ふつうの人間なら即死だが、生憎彼らはゴッドイーター。吸い込まれそうなほど青い空に背を向けて、ケースのロックをパチンパチンと外して投げ捨てる。神機を頭上に掲げ、渾身の力を籠めて―――眼下のコンゴウを頭上へと変え、一体をふたつに分けた。
「一体撃破」
立ち上がるケイの後ろを、一閃赤が駆ける。
次いで、土埃と赤黒い液体が散った。
「二体目。他は? ヤベ、インカム忘れた」
「私が持ってまーす。おっはようございますこちら本日一二○○配属予定のサカキ上等兵です、支部へ大型・中型アラガミ五体が接近中なのでどうにかした方が良いと思いまーーす」
『はいこちらミュンヘン支部ですすみませんもう少し詳しい状況説明してもらってもよろしいですかねぇ!?』
「さすが新設支部、活気は充分だな」
インカムから音割れと共に響いてきた声に、のんきにナナメ上のコメントをするリンドウの一方、直撃したケイは耳を抑えて眉根を寄せた。頭痛を堪えつつインカムを嵌め直して口をひらく。
「詳細って言われても、配属されたばっかでどこかもわからないですよ」
「お前は配属されてもわからないけどな」
「うるさい。なのでそっちで位置特定してください。ここは、えっと、どこらへん!?」
「ローテン、ローテンブルクなんとか」
「えっなんでわかったの?」
「標識にそう書いてある」
「有能。ローテンブルクなんとかから、南にえーと、五キロに一体、北西二キロに二体、西に二体!」
『ローテンブルクソルトですね! 観測班に至急確認させます!』
「お願いしまーす。私たちはとりあえず南を狩りますね」
『お願いします!』
「よし行こう」
「オーライ」
*
『観測班が大型・中型アラガミを補足! ――ヴァジュラ二体と、グボログボロ一体にシユウ一体です! 第一部隊はそのままそこで待機、第二部隊はそのまま北東にすこし行ったところで接敵します!』
「新人はカンが良いみたいだな」
「いやこれカンが良いとか鼻が利くとかいうレベルじゃないわよ!? なにこの正確さ! 地図持たせて常時待機してるだけでお金貰えるわよこれ!」
本日付で配属されるはずの新人から届いた通信は、耳を疑うものだった。いくら上空にいるとは言えど機材の揃わないヘリコプターの中。マサイ族レベルの視力でも持ってるのかといえば、勿論そうではない。配属される片割れ、ケイ・サカキは生化学企業フェンリルの間で実しやかにささやかれている噂があり――曰く、アラガミがどこにいるか把握する能力を持っているとのことだ。眉唾ものの話だが、無視できない事例が幾度も上がっているのだから仕方あるまい。つまり神機使いの間では、殆ど黙認された事象だった。
そうは言っても実際に目にするまでは半信半疑だったのだが、前方に見える土煙に口元を引き攣らせた。
「来たぞ」
「なんか大きくない、いや明らかに大きいわよね?」
「ははあ、強くなったって聞いてはいましたけど、ここまでとは。腕が鳴りますな! 私が一匹引き受けましょうか!」
「そう言っていられると良いんだが、なッ」
放たれた雷撃をひらりと避け、先陣切って走り出す。長い黒髪が、はらりと風に翻った。
*
ブツリ、と通信が切れる音を他所に、ケイが先行して走り出す。五キロは結構遠い、相手のアラガミの種類によっては支部までは五分五分だろう。風を切って景色を置き去りにしていくさまを横目で流し見しながらケイは、ゴッドイーターとはかくも便利な身体であるが、そうでなければ務まらないのが悲しいところだとぼんやり思った。
十数分ほど走ったところで、ケイのセンサーにビンビン反応していた個体が見えてきた。後方を走るリンドウに目配せし、真っすぐ進んできた道を曲がる。建築物の日陰を移動しながら、二人は徐々に隣接しつつ声を潜めてアラガミを見やった。
「ボルグ・カムランか。まあ、一体ならマシか」
「あんなに紙装甲だったのが今ではこんなに全身ガチ鎧に……くたばれ」
「これから俺らがくたばらせるんだろーが。ジャンケン、」
「ぽんっ。あっ、絶対グー出すと思ったのに」
「負け惜しみお疲れさん。じゃ、前行ってドーゾ」
ちぇ、と唇を尖らせながら、足の動きをより俊敏にしてぐんぐんと速度を上げていく。爪先で一歩ごとに跳躍するように駆け、同じく地を駆けるボルグ・カムランの尾の先に着いたところでその巨体を飛び越えた。丁度その顔面の文字通り目と鼻の先に舞い降り、下段に構えた神機を思いきり振り上げる。咄嗟にガードされたハサミの装甲を滑り、金属音と火花が散った。ボルグ・カムランは一つ甲高い鳴き声を発したあと、剣をケイめがけて突き刺す。風を切る音がすぐ横を掠め、ケイの頬に煤をつけた。乾いた唇を舐め上げ、神機を上段から下段へ持ち替える。
「どっせーーーい!」
ガキンッ! と鋼が弾ける音。真正面から寸分たがわず同程度の衝撃を剣に叩き入れれば、ボルグ・カムランは反動で上体を仰け反らせた。その後ろ脚を、相棒が力強く砕き折る。
ダウンしてペタリと座り込んだその体躯目掛けて、疾駆の後に跳躍。神機を両手に持って振り上げ―――その切っ先が、中心に刺し貫く。すぐさま捕食形態へ変態させてコアを抜き取った。絶叫する隙さえ与えず、ボルグ・カムランはそのまま黒い灰塵となって、風に消えた。
「手間取ったね」
「ほんと硬くなったよな……次は?」
「北上してればいつかはぶつかるでしょ、ってことで、レッツゴー!」
「こっちでも激務は変わんねぇな」
「どこも忙しいよねぇ」
神機を担いで、ケイが先行し再度走り出す。方向感覚は壊滅的だが、アラガミの位置を把握しているならばそちらに向かって走れば良いだけの話だ。
「お!」
「なんだ?」
「あっちから来てくれそうな予感」
「おっしゃ迎え撃つぞ」
踵でブレーキをかけ、急停止の後に神機で素振りをする。完全に撃ち飛ばす動作だが、ホームランなど面倒なので論外だ。土煙を巻き上げて前方から疾駆してくる巨体を目視した。乾いた唇を舌で湿らせ、口端を持ち上げる。
「いっくよー!」
「オーライ!」
異国の地だろうが強化されたアラガミ相手だろうが、二人であれば恐怖はない。いつであろうとどこであろうと、いつも通りではあるのだから。
それぞれの右足と左足が同時に踏み切られ、固く柄を握られた神機が振りかざされる。捕食せんと二人に喰らいかかる赤と黒の肉ダルマに、その鋼が突き刺さる。確実に急所を捉えたその切っ先をより深く穿ち、次いで包丁で魚を捌くがごとく神機をスライドさせた。その尾までを切り裂いて、振り返ってその巨躯が地に沈むのを見送る。
「三枚おろし……になんなかったか、残念」
「長さが足りないよな、やっぱ」
「でもバスターにすると刃通りが悪くなるじゃん」
「神機の持ち替えが出来る前提で話すんのやめろ。俺はできねぇから」
「ちぇ。って……あれ? なんだお仲間が追ってたんだ、任せても良かったんだねー」
「………なんか、呆然としてね?」
「ね。なんでだろう……」
「それ本気で言ってんのか?」
「………………………………ああ、そういえば、ヴァジュラって大型アラガミだったっけ」
―――そして、冒頭に戻る。
できるだけコンパクトに纏めたい(切実)