おかしい。自分たちは教育係の仕事を最近ようやっと終わったはずだ、とケイとリンドウは揃ってハンブルク支部所属神機使いのパーソナルデータを頭に叩き込みながら死んだ目で唸った。
ハンブルク支部の第一部隊相手に自己紹介を終えた後に、二人は支部長室に通された。
「来たり奉りて畏み畏み難き申さびらん。わしはユーフェミア・ティファである、よろしゅう頼みますえ」
なんとも言えない空気が漂うが、この目の前の支部長(推定)はにこにこと笑顔を浮かべ続けている。どうやら彼女にとって空気は読むものではなく吸うものらしい。壊滅的な迂闊さが露呈したように思えるが、一応、支部長にまで上り詰めているのだからそれなりに腹芸ができるのだろう、おそらく。
「あの……支部長?」
「支部長にゃーて他人様な、ゆふぃと呼んでつかーさい」
数秒の沈黙の後、ケイが口元を引き攣らせながらも支部長に丁寧にも挙手してから口を開いた。間の抜けた支部長の発言をスルーして、おずおずと選びながら言葉を紡ぐ。
「その口調、おそらく日本語だと思うのですけど」
「せや! そちら様が来るゆーてお教え貰ったのでござんす!」
「完膚なきまでに使い方を間違えています」
「…………なんですってーーーッ!?」
荒れた声とは正反対のクイーンズイングリッシュは滑らかで、それが彼女の母国語であることは明らかだ。ようやく理解できる言葉遣いになったことにほっとした両人の一方で、支部長は怒髪天を突かんばかりに両サイドにくくった髪を振り回している。
「ニ、ニコルにきちんとニホンの由緒正しい言葉遣いとお聞き致しましたのに……そういえばニコルの顔がどことなく笑っていらしたような……」
「確実におちょくられましたね」
「そ、そんな……」
打ちひしがれてよよよと泣き崩れて机に突っ伏す。部下に謀られたばかりかその醜態を晒したのが新たに部下となるこどもの前だったのだから、その屈辱は想像を絶するものだろう。まだまだお子様な二人にはその心労は計り知れないが、まるで世界の終りのような雰囲気を醸し出す背中からそれなりの心中は察せた。かわいそうに。
支部長はやがてゆらりと立ち上がり、服装をそそくさと整えた後、キリッと眦を吊り上げて腰に手を当て胸を張った。
「遠いところからご足労お疲れ様でした。わたくしはユーフェミア・ティファ。どうぞよろしく頼みます。ここにいる間は我がハンブルク支部をホームだと思って寛いで頂いて構いません。私のことも、お気軽にユフィ、とお呼び下さいな」
「今更無理があると思います」
「私は過去を振り返らない主義ですので」
「ござんす」
「振り返らない主義ですのでッ!!」
余計に追い詰める半笑いのリンドウをケイが肘で突くが、腹筋が僅かに痙攣している様を見てこれは面白いおもちゃを見つけたらしいと早々に放棄したらしい。最早涙目のユーフェミアをケイは労わりの色を浮かべた上目で窺い、年上の女性を三秒で落とすポーズでそっと手を差し出した。
「ケイ・サカキです。ケイって呼んでくださいね、ユフィ支部長」
頬を少しだけ赤らめてにっこり笑うケイの背後には、ユーフェミアの知るもっとも美しい花々が咲き誇って見えたと後に語る。飛びつくように机越しに彼女の手を両手で包んだ。
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「よろしくお願いするでござんす」
「裏切られましたーーーっ!!」
わっと顔を覆う彼女は何処からどう見ても十代の少女にしか見えない。花のようなかんばせは幼く、薄桃色のハーフツインテールは腰元まで波打ち、琥珀色の眼はシャンパンのようにゆらゆら輝いている。プロフィールを信じるならば今年で三十になるはずだ。最早童顔等というレベルでなく妖精さんとかそういう感じだった。
ユフィは一通りわんわん涙を流した後、こほんと取り繕うように咳ばらいを一つした。
「それでは我が支部の精鋭諸君をご紹介いたしますわ。皆様、そのようなところでこそこそしていないで入っていらっしゃい」
ユフィが手元の端末の画面を指先でスライドした直後、扉が前触れもなく開かれ、次いでドサドサドサと騒々しい衝突音が響いた。咄嗟に振り向けば、折り重なるように倒れている五人の少年少女がそれぞれ目を回していたり気まずそうな表情を浮かべてから、慌てて立ち上がり居住まいを正した。ずらりと並んだ一番左に立っていた長い黒髪のこどもが一歩踏み出して綺麗にお辞儀してみせる。
「見苦しいところをお見せした。先の自己紹介では固まってしまったが、皆貴方たち二人のことが気になって仕方なかったのだ。僕はボルト・ワグナー。それで、僕の隣にいるのがエリザベス・ベルナドッテ」
「よろしく新人ちゃん!」
「入って一年目のド新人だ、ツンデレちょろ少女」
「ちょろ!!?」
「その隣にいるのがエレナ・トワネット、戦闘中にスイッチが入るとバーサーカーになる」
「どーもどーも! で、私の隣にいるのが防衛班のベルナール・ホフマン。こんなナリですが男の子ですぞ」
「よ、よろしくおねがいします!」
「最後尾にいるのがジェームズ・ジルベール。一言少ないが悪い奴ではない」
「ジェームズ・ジルベールだ、よろしく頼む」
平均して14~17歳といったところだろうか、並ぶ少年少女たちはみんな若く、まだまだ若造のケイやリンドウとほぼ変わらないくらいの歳ごろと背丈だ。極東支部に劣らない個性が強そうな面々の自己紹介を聞き終え、自然ユフィの方へ視線を向けると、彼女の顔つきは先ほどとはうってかわって真剣そのものとなっていて背筋が伸びる。
「お二人をお呼びしたのは他でもなく、このハンブルク支部の戦力増強のためです。我が支部は人手こそないわけではありませんが、新人ばかりが寄せ集まった未熟なもの。コペンハーゲン支部とベルリン支部を繋ぐ重要な拠点が、そのような脆弱性を抱えていてはないも同じですわ」
故に、とユフィは一呼吸おいてケイとリンドウを順に見つめる。甘えを一切許さない表情で、彼女は立つ。凛と背筋を伸ばし、カードキー、おそらくマスターキーを二枚差し出した。
「お二人には我がハンブルク支部の神機使い達を一人残らず叩き上げて鍛えて頂きたいのです。容赦はしなくて構いません。貴方がたが納得する程度に、徹底的に。思うように埒を開けるのです」
*
「まあ……個性的な支部って良いよな」
「褒め方がざっつい。はーこんなん無理多い。タツミ一人で精一杯だった私には不可能だよ……リンドウ、後は頼んだ……」
「起きろ。死ぬな」
ゴンッと脳天を腕輪で打撃され、反動で顎を床に強打した。頭も顎も痛い。のそのそと起き上がりながらデータベースにカードキーを差し込む。どうやらカードはこの支部についての全ての情報を開放するためのものだったらしく、今やハンブルク支部は二人の手によって成立年から配属人員の一人まで丸裸だった。ユフィ支部長バスト81もあるのか、結構あるな。それな、ツバキちゃんと良い勝負では?なんて阿呆らしい会話をしながら白けた目で玉石混交のそれらを整理していく。
簡潔にハンブルク支部の神機使いたちを説明するならば、ここは大きく三つの班に分けて作業を分担している。偵察班、殲滅班、防衛班、という具合らしいが、調査班もいなければ哨戒班も、その他諸々極東にある支部がいくつかない。アラガミの襲撃がさほど多いわけではないから、人員も区切りも少なくてもなんとかなっているのだろう。神機使いが三人しかいないとかいうグラスゴー支部はどうなっているのやら、ハルオミの苦労が推測できる。一方ハンブルク支部はと言えば五人の神機使いがいるのだから人員豊富だ、誰が何と言おうと豊富だ。
「……防衛班と殲滅班はともかく、偵察班どうしようか。私たち偵察班は手伝った事ない……よね?」
「ねーーよ。ほんとなら防衛班ですらねーよ」
「詰んでるじゃん」
「そこはほら、お前には優秀なセンサーがあるだろ。そういうことだ」
「どーいうことよ。全員アホ毛装備しろってか」
「こう……すぽっと抜いて、ぐさっと」
「着脱不可能なんだーこれ!!ハハハーー!!」
「……………真剣に考えるか」
「………そうだね。真面目に考えるなら、うちの偵察班……コースケくんあたりを呼ぶか、通信を繋いでもらって講座開くとかすれば……」
「金取れるやつだろそれ」
「それ~~~~!」
そんなわけで湾の城編、それなりに長くなる予定です。つら。。。。