ネメシスの慟哭   作:緑雲

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 お ひ さ し ブ リ ー フ (土下座)


湾の城3

 

 裏切り者、と背中に誹りを受けつつも、ケイは本日研究室を訪れていた。失礼な、列記とした招集命令だと言うのに。まあ気持ちは分からんでもないが。

 三回のノックの後間を置いて「ドーゾ」と返答を聞く。

 

「失礼します。極東支部から参りましたケイ・サカキでー、す………」

 

 うわあ。思わずといった風に声が漏れる。

 室内は散乱しているなんてものではなかった。本の塔に次ぐ本の塔。紙くずを避けて足を置こうとした先に紙屑。部屋と言う概念を崩壊させんばかりの雑然としたその空間は、最早どんな汚い言葉で以ってもその言葉に失礼に当たるレベルの汚部屋であった。

 これ以上一歩も進みたくないオーラ全開のケイに、山の向こうから笑い声が響く。

 

「ヤーハハハ! ごみんごみん! つい昨日まで納期で修羅場っててさー!」

「帰っても?」

「ダメでーす。足場なら確保するからほらほら」

 

 特徴的な高い笑い声の跡に、億からごみ山が盛り上がってくる。思わず廊下に出て扉を閉めたケイはサーラと顔を見合わせた。無言で首を振る彼女に、犬にすら見放されている……とケイの心は更に離れた。十秒ほど経過して、扉向こうから「どーぞー!」と元気のよい声が聞こえた。再びサーラと顔を見合わせ、ケイはかなりの決意を持ってから取っ手に手をかけた。

 部屋の中の様子は一変していた。

 道ができていた、つまり足の踏み場が、ある!

 モーゼのようにゴミの海を割ったその一本の道の奥に、金色の髪を左右で束ねてお団子にした少女とも呼べそうな年齢の少女が、白衣を羽織って腕組みをし仁王立ちしていた。

 

「私はニコル・リ・ベレッタ。ようこそ私の研究室へ、ケイ・サカキ。大いに歓迎するよ!」

 

 

 ニコル・リ・ベレッタ。生化学企業フェンリルが抱える研究施設の種類は多岐に渡るが、その中でも彼女はセンサーの開発者として最近頭角を現している天才科学者だ。齢十六歳という若さでありながらも腕輪に組み込まれたバイタルセンサーは彼女の発明だ。これによりゴッドイーターの致死率が格段に下がったのは言うまでもない。

 そんな偉大でありがたーーい開発者と聞いていたのだが、ちょっと聞き違いだったかもしれないとケイは目を逸らした。今年十四になるケイよりもタッパのない少女がニヤニヤと悪代官のような笑みでケイをじろじろ上から下まで舐めるように見つめている。率直に言ってこわい。

 

「お嬢ちゃん良いカラダしてるね~いくつ?」

「十四デス……」

「わっか~~! あらやだ~~~! ちょっとスリーサイズ測って良い?」

「パッティとおんなじタイプだったかーー!」

「失敬な。あんなヘンタイ女と同じにしないでよね~ちゃぁんと検査っていう建前は用意してます~~」

「建前なんじゃん建前なんじゃん!」

「チッ。……んじゃ、そこ座って。……えっちなことしないから」

「逆に不安を煽ることばやめてくれます?」

 

 かなり本気で恐怖を覚えつつ、キャスターの付いた医務室の丸椅子にソックリなそれに腰かける。座る前に手探りで何もないか確認してしまったのは当然の対応であった。ブーブークッションくらいならありそうだったので。

 

「呼んだのは他でもない。ケイのその能力!」

 

 ビシィッ、と音が付きそうなほどにシッカリとアホ毛を指差され、ケイは困惑するやら混乱するやらで眉根を寄せて瞠目した。一瞬すわ毛髪かと思ってしまったが、当然違うだろう。ぴこぴこっと本日もケイの意志と関わらず元気に跳ねている頭頂から飛び出た一房の毛――ではなく、昨日も大活躍だったアラガミセンサーの事だ。

 

「それを利用するために、アタシが選ばれたってわけ。不本意なんだけどネ!」

「解明じゃないんですか?」

「ウム。そういう辞令だからしゃーない。ホラコレ」

 

 ぺらりと一枚突き出された仰々しい紙っぺらには確かに、そのような旨が綴られている。最期の署名蘭には、見覚えのありすぎる字面が並んでいた。

 

「父さんに売られた……」

「『トシゴロの可愛い娘を引ん剥くなんてボクにはできないなァ』っつーメッセージが届きましたーさり気にクソどーでもいい娘自慢の請求書送ってもよろしいッスかー」

「やめてあげてくださいなんでもするんで……」

「ハイ言質アザーッス。んじゃ手始めにそこ寝そべってー」

「………お手柔らかにね?」

「いやジョーダンよ?」

 

 棒付きの某カラフルな飴玉が刺さったキャンディを口へ同時に二つ放り込んで、少女が勝気な笑みを浮かべた。

 

「大体解明なんてクソみみっちいことできるかっての。ハイこれ被って」

「あ、はい」

「要は、パターン解析ネ。ヨッシじゃあ行くよ!」

「………あの、何処に?」

「言わないとわかんない?」

「了解、神機取ってきます」

「わかればよろしい」

 

「というわけでただいまリンドウ」

「は?おうおかえり」

「仕事を二倍にして帰ってきたよ」

「帰れ」

 

 ブォン、と音を斬って振られた神機を身動ぎ一つで避ける。

 一時合流した先のスパルタレッスン中のハンブルク支部所属神機使いズは一人を除いて死屍累々の様子であった。もちろんその除かれた一人はリンドウであり、少々の擦過傷以外は無傷でしゃんと仁王立ちしている。問題はその他、スパルタレッスンを受けている側であるのだが、胸部が上気しているのと指先が時たまぴくぴく動いているくらいで目立った動きをできないレベルであった。仮にも常軌を逸した体力を持つゴッドイーターがこんなになるまで何したんだこいつ、とケイが胡乱な眼で見つめると、冤罪だとでも言うように嘆息した。

 

「ちょっと模擬戦闘手して移動手段を徒歩限定にしただけだっつの」

「あー。ん? それだけ?」

「ああそれだけ。つまり、足腰から鍛え直しだなこりゃ」

「あらら、ランニングサボってたのかな?悪い子だ」

 

 注記しておくが、基本的にゴッドイーターの移動手段はヘリコプター、ジープ、輸送車が推奨されている。ゴッドイーターは生化学企業フェンリルの商品なので、商品が勝手に用途外の何某かで擦り減ってもらっては困るからだ。現場への移動手段は乗り物を利用するのが最適解であることに疑いようはない。

 ないが、ゴッドイーターは人間である。

 つまり戦っているうちに戦場が移動することはままあるし、戦闘が長引く事は当然ある。それは当ゴッドイーターが優秀であれば優秀であるほど日常になるし、つまるところ、ゴッドイーターにとって体力は何よりも必要な事項と言えた。

 そういう理由で、ゴッドイーターは体力づくりのために日々トレーニングや訓練を欠かさず、ケイやリンドウに限らず極東支部のゴッドイーターは急を要さない場合は屡々徒歩で現場へ向かったりもするのだが。しかし悲しい哉、経験の差がそこは物を言ってしまう。

 

「言っとくけど、ここのアラガミ襲来数は週平均2、3回がせいぜい。毎日毎日ほぼ孤島で気張ってるアンタたちと比べるのは酷なんじゃあないのー」

「そっか。それもそうだったね」

 

 極東は支部が一つしかなく、海に隔たれているので救援要請も難しい。その上アラガミの襲来も天井知らずかと思うほど増えていく我らがホームとは違って、ここら一帯は支部も点在し連携行動が多くアラガミの出現率も安定している。

 改めて考えるとなんなんだろうこの差は。神様リアルラックの割り振り間違ってますよ。

 

「しっかし、本気でアラガミがいねぇな。へいケイ、一番近くのアラガミは?」

「Siriみたいに使うのやめて。…………………東方、40キロくらい? にいる? っぽい」

「遠い」

 

 いるからには出撃した方が良いのは重々承知だが、そもそもがこの少人数だ。支部に残す人員を割くのは当然としてもそうなるともうほぼマンツーマンだし何よりも効率が悪い。遠くのアラガミは放置して支部付近をうろちょろした方がまだマシだろう。会敵数はともかくとして。

 

「いや40キロとかいう遥か彼方のアラガミ検知するって……」

「いやいやいや、こんなアラガミいなかったらそうなっちゃうんだって。密林の中で一本の木を見つけるのと湖に浮かぶ赤い傘を見つけるのとじゃ難易度が違うでしょ?」

「そんなもんか?」

「そんなもんなんだよ多分私にもイマイチわかんないけど」

 

 このスッカリ鋭敏になってしまったアラガミの居所がわかる能力も、そもそも最初は『なんとなくこっちケイセンサー』と揶揄われていた程度のものだったのだ。アラガミを完全に感知するなど夢のまた夢、のはずだった。しかしながらケイの能力はメキメキ頭角を現し、今では本日のお天気予報代わりに出立前にケイにわざわざ聞いてくる者もいるほどだ。みんな横着しないでちゃんと常時警戒していてほしい。

 

「アタシとしてはとりま脳波のチェックができたからまあ成果は上がったから良いよ。クッソ微かだけど、まあ許容範囲内」

「じゃあ問題はボルトさんたちだね」

「やたらと体力を消費するパトロールと思うしかありませんね」

「それってつまり、ム、ムムム」

「無駄足ですな!」

 

 エリザベスがプライドが邪魔して言えなかったらしい言葉を、エレナが一言で切って捨てた。うああああ!とガックリ項垂れて発狂するエリザベスの一方、へばりながらもエレナはなんだか愉快そうに笑っているし、ボルトとジェームズの顔色はそこそこ安定している。ベルナールはこれはちゃんと生きているのだろうか。先ほどから胸が上下していない気がするのだが。

 

「じゃ、今日のところは撤収だな」

「帰って模擬戦闘訓練だねー。ベルナールとジェームズは私の担当なので後で出頭するよーに」

「教官殿」

「ケイで構わないよ。どうかした?」

「ベルの体力が尽きたらしい」

「それは見ればわかる」

 

 そんな綺麗な姿勢でうつ伏せになってる人初めて見たわ、とケイは乾いた笑い声を上げた。見た目通り弱々しいらしい少年は両腕をぴったり身体の側面に揃えてぶっ倒れている。え生きてるよね。いやそんな、仮にもゴッドイーターが体力を使い果たして死亡なんてあるわけない。ないよね?

 

「先ほどから息をしていないのだが、良いのか?」

「良いわけないよ!?え、ちょ人工呼吸!蘇生蘇生ーーーッ!」

 

 




これからはほんと毎月投降するんで。できれば今月中にハンブルク支部編は終わらせたいマン
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