「踏み込みが甘い!」
ガインッ、と重い金属音が弾かれる音が響く。
畳みかけるように追撃を食らわそうと振りぬくが、彼女はそれは許さずバックステップで回避し、神機を構え直した。その反応速度に内心満足気に思いながら、シンジは神機を下ろし一息吐く。
「今日はここまで」
「っ………はぁー。ありがとうございましたっ」
ぺこり、と黒い頭が下げられるとともに、彼女の下ろした神機が床に当たってごいんと大きな音を立てた。慌てて神機を持ち直しはにかみ笑いを漏らす姿は、年相応の少女そのものだ。
サカキ・ケイという少女は、訓練生としては特殊すぎる事情を背負っている。
彼女の腕には既に赤い輪が嵌っており、身体はゴッドイーターのそれ、腕っぷしも現役ゴッドイーターに引けを取らない、その上『全ての神機に適合できる特殊因子持ち』ときた。そんな事情を全て知っているのは父親ペイラーと彼女自身を除けば片手の指で収まってしまうほどに少ない。
そしてシンジは、その数少ないうちの一人だった。
ケイと訓練するには避けては通れない道であるし、何よりシンジは極東支部第一部隊のリーダーだ、彼女がいつかゴッドイーターになったときに、何かと融通が利いた方が良いだろうから。この第六訓練場にいつも人が来ないのは、ゴッドイーターが過疎っているわけでも、訓練嫌いなわけでもなく、ただケイを守る為だった。
「そら、さっさと神機片付けるぞー」
「はーい。あ、シン君シン君、今日ソーマもお父さんも神機の調整でロスに戻ってるから一緒にご飯食べようよ」
「ああ、博士から聞いてる。とっくにキンタ達にも召集かけてるぞ。ウィリアムはタカさんとゲンさんが引きずってったからいないが」
「わぁ、ウィルご愁傷様。でもやったー! みんなでご飯だ!」
ぱあ、と顔を輝かせて両手を上げる様は本人の容姿もあって大変可愛らしい。
ぐりぐりとその頭を撫でながら格納庫へ足を動かし、ケイが慌ててマントを羽織ってそれに続いた。ケイは右手を隠すために、手が隠れる程の丈の長い袖付きマントを常時身に着けている。
おかげですっかり左手を使うことになれて両利きになり本人は不本意ながらも満足気だ。
「食堂? それとも誰かが作るの?」
「俺が帰ってから作る」
「じゃあ和食だね!」
「ちゃんと手伝えよ」
「うん!」
神機をケイの事情を知る一人である整備班の楠木に預け、格納確認手続きを早々に終わらせて訓練の汗を流すために一旦別れる。ケイは方向音痴の気があるので、後でツバキが迎えにでも行くだろう。そうでなくばメンバー全員でどこぞへ迷っているだろうケイを大捜索しに行かねばならなくなる。
シンジが部屋へ戻れば、既にキンタが中にいて、食材を冷蔵庫に仕舞ってしていた。
「遅かったッスねー。アジが安かったからまとめ買いしてきたッスけど、可?」
「可、むしろ可。煮物にしようと思ってたんだが、魚があるなら煮物は付け合わせ程度でいいな。ゴボウとなすのあく抜きしといてくれ。十分で戻る」
「了解ッス」
下手くそな鼻歌混じりに包丁を取り出すキンタを後目に部屋にシャワールームへ向かう。宣言通り十分で済ませて戻れば、気の利くキンタがアジの下準備を丁度済ませたところだった。
「助かる」
「俺の豊富な生産的特技の一つッスから!」
自分で言うのか、と苦笑を漏らしたとき、シンジの部屋の扉が開かれて上機嫌のアオイが喜色満面で飛び込んで来た。その手にはマイ箸とマイ茶碗がしっかりと握られている。
「シン君とキンちゃんのごはんが食べれると聞いて~!」
「アオイか、よく来た。お前は箸を並べて、そこで、大人しく、座っていてくれよ」
「はぁ~い」
シンジが念を押しながら言うと、アオイは分かってるのか分かってないのか能天気な様子で食器棚へぱたぱた向かった。
アオイは極東でも屈指の料理下手であり、彼女が作った料理で三途の川を見た者は数知れず、壊したキッチンも同様である。どんな食材も可の尾の手にかかれば名状しがたい蛍光色のスライムになるのだからある意味才能だ。
「こうしてシン君の部屋でご飯なんて久しぶりかしらね~」
「最近忙しかったッスもん、仕方ないッス。配給も厳しくなってきたし」
「アラガミの発生率が著しく上昇してるからな」
「ケイちゃん達がゴッドイーターになる頃には、もう殲滅間近!ってくらいになってればいいッスね~。いやもういっそいなくなってくれた方が………」
「無理な相談だな、残念ながら」
ッスよね~、とキンタが大きく項垂れる。
シンジが煮物の仕上げをする頃に、ケイとツバキが揃ってやってきた。
「ケイ・サカキをお届けに上がりました」
「ああ、任務ご苦労だった、ツバキ」
「うう~~~今日も全然道が違った~~~」
クソ真面目に敬礼するツバキに、シンジも厳かに頷いて敬礼を返す。
ケイは二人がいぢめるー!とキンタに突撃し、グリルで真剣に魚を焼いていたキンタは驚いてびゃっと飛び上がった。
「危ないッスよ!」
「ちゃんと手加減したもん!」
「そういう問題じゃ――」
「あ、その右から三番目のやつひっくりかえした方がいいよ」
「えっ、マジッスか。せーのっ……おぉ、良い焼き色。なんでわかるんスかねぇー」
「勘! 大根おろし作っとこうか?」
「いや俺がやるッスから、ケイちゃんがひっくり返しといてくださいッスー」
「はぁい」
「ケイちゃんケイちゃん、私はー」
「アオイちゃんは座ってて」
「…………はい」
十歳近く年下の少女に真剣な声で言われ、アオイはがっくりと項垂れて撃沈。
戦力が加わったことで夕飯作りのスピードは上がり、暗い茶色の机の上を料理が彩るのにそう時間は掛からなかった。全員そろっていただきます、と手を合わせて箸を手に取る。
「にしても、シンジとケイちゃんは仲良いッスよねー。今日も訓練昨日も訓練、明日もどうせ訓練でしょ?」
「明日は流石に休みだ。もう一週間ぶっ続けだからな」
「えぇっ、そんなぁー。ソーマもお父さんもいないから暇になっちゃうよー」
「三日よね? 一人で留守番になっちゃうのね~。シン君明日からしばらく非番でしょう、一緒にいて上げたら?」
「勿論だ。サカキ博士も俺にそう言伝して行った」
「ああ、リーダーが非番なんて珍しいと思いました。申請してたんですね」
「まぁな」
「わーい! シン君大好き!!」
「食事中に立ち上がるな、行儀悪い」
シンジに注意されたケイは、すとんと椅子に腰を下ろしてからうん!と元気に頷きニコニコと笑顔を浮かべる。
ケイ・サカキという少女は、よく笑う子だ。
殺伐とした日々の中、彼女の柔らかな笑みに癒されたことは少なくない。そのケイが目を輝かせてあのね、と話すものだから、自然と笑みが浮かぶと言うものだった。
「あのね、この前お父さんがくれたパズルゲームが全然解けなくてね」
「分かった、後で持って来い」
「うん!」
「うう、私も明日非番だったら…………」
「ツバキは明日から遠征ッスもんねー。俺は明日通常任務なんで、途中まで参加するッスよ!」
「え~? キンちゃんパズル系苦手じゃなぁい」
「戦力外通告!?」
「IQを百以上にしてから出直してくるのね~」
「あのゲーム難しすぎるんスよ! もう一人隅っこで携帯ゲームピコピコやるの寂しいッスー!」
「大丈夫、積みゲーは一本じゃないから!」
「どんだけ溜まってるんだ?」
「えと………ソーマの部屋にあるのも含めれば、二十本はありそう」
「お前な………」
「いいの! こういうときのために積まれたゲームだもん! 誰かと楽しんでこそだよー」
一同の呆れたような、微笑ましいような視線を一身に受けて、ケイは晴れやかに笑った。
「で、結局こうなるワケッスね………」
「お姫様はまだお子ちゃまだものね~」
すよすよと心地よさげな寝息を立てる幼子の髪を、アオイが丁寧に丁寧に額や頬から払っていく。からかうようなそのセリフは、笑ってしまうほど柔らかくて優しくて、ほんの少しだけ寂しそうだった。
こうしてみんなで集まるゲーム大会でケイが寝落ちするのは、一度や二度じゃ効かない。だって彼女は未だ十二歳の少女で、その身体は年齢に見合った睡眠を当然必要とする。けれどケイはいつも年齢相当にあどけなく笑うのに、奮う技術は大人びすぎているから、いつもつい彼女の年齢を見誤ってしまう。そしてそれを思い出すと同時に、もう少しだけ子供でいてくれ、と願ってしまうのだ。
「あーあ、私も明日から有給申請しちゃおうかしら」
「ッスねー、シンジだけとか、ズルイッス」
「働きづめだったんだから偶にはいいだろ」
「その貴重な休みをケイちゃんに使っちゃうんだから、ほーんと可愛がってるわよねー」
「お前らに言われたくない」
ここで第一章はとりあえず終了。
設定集を挟んで始める二章からはケイが正式なゴッドイーターに雇用されるところから話が始まります。