女王様と犬   作:DICEK

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雪ノ下雪乃は、過去に思いを馳せる

 

 

 人の集まる場所というのが、雪乃は好きではなかった。

 

 単純に、他人というものが好きではないのだろう。学生時代は自分の性質について色々な理由を考えてみたものだが、結局はそういう結論に落ち着いた。

 

 仲良くしている人々を否定する気はないが、何が何でもという思いはなくなった。自分のそういう部分を受け入れられるようになったのは、この人たちさえいれば、と思える程の親友ができたからだろう。高校生の時に出会った彼女らとは、今でも連絡を取り合い、たまにではあるが顔を合わせている。鬱屈していた中学時代に比べれば、よほど充実した人生を送れていると断言できるようになったことを、高校の恩師はきっと成長と言うのだろう。

 

 ただ、成長した身にも煩わしく思うことがない訳ではない。

 

 こういうパーティも、その一つだった。

 

 とかく、政治家というのはパーティというものを開きたがる。資金集めをするのが主な理由ではあるが、コネクションの維持、拡大にも利用されている。雪乃にとっては最も参加したくない催し物の一つである。自分では絶対に参加しないイベントに参加しているのは、実家からの要望があったからだった。両親主催のイベントであれば雪乃も断っただろう。昔ほどに、彼らのことは怖くなくなった。精神的に自由になった雪乃が参加しても良いという気分になったのは、これが両親主催ではなく、姉の主催だったからである。

 

 昔から何でもできた姉は、議員になった。

 

 ただ、県議会議員を経て県知事になった父とは異なり、彼女は最初から国会議員の道を選んだ。25歳の年に立候補し、初当選。それから二度の選挙があったが、その度に得票を伸ばし、当選を果たしている。地元の顔で、若手議員の筆頭と目されている人物だ。入閣も近いと噂され、日本初の女性総理大臣の最有力とも囁かれている。彼女の周囲には人が集まり、関係を築こうと必死になっている。

 

 姉は今でも、選ぶ立場だ。役に立つ人間を取捨選択し、そうでない人間でも思うように利用する。他人を何とも思っていない人間が政治をするなど世も末だと思わないでもないが、陰謀渦巻く政治の世界は水があっていたのか、今、彼女は活き活きとしていた。精力的にあちこちに顔を出しては、コネクションを広げることに精を出している。

 

 それを支えるのは、学生時代から付き従う一人の男性だった。辣腕で鳴らす姉を支える、有能な秘書。

 

 名前は比企谷八幡と言う。現在は比企谷となった、旧姓雪ノ下陽乃の夫だ。

 

 陽乃が家を出たのは、雪ノ下の人間にとっては青天の霹靂だった。

 

 雪ノ下の家は陽乃が婿養子を貰って継ぐものだと誰もが思っていたし、特に雪乃の両親は強くそう思っていた。特に陽乃が議員となり、親元を離れ独り立ちをしようかという頃になって、その思いは強くなっていった。

 

 その当時も、陽乃は後に夫となる八幡と交際を続けていたのだが、学生時代はともかくとして、陽乃が八幡と付き合うことに陽乃の両親はあまり良い顔をしなくなった。もっと他に相手がいるだろうと、何度も縁談を企画してはみたものの、それらは陽乃自身の手によって握りつぶされてしまう。社会に出て、自身で立場をもぎ取り、才能に見合った権力を持つようになった陽乃は両親に対しても遠慮なく反抗するようになったのだ。

 

 その当時の権力を数値化できたとするならば、当然ではあるが両親の方が大分強かった。その時点で陽乃が勝てる相手ではないのは間違いなかったが、権力の拡大よりも維持に努める両親に対し、陽乃は若さに見合った野心を持ち、その権力を急速に拡大させている最中だった。勝ち馬に乗って一稼ぎしようという人間にとって、雪ノ下陽乃というのは非常に魅力的な存在だったと言えるだろう。

 

 叩き潰すのは容易いが、そうなることを望まない人間が陽乃の周囲には多くいたのだ。その中には当然、両親が懇意にしていた人間も多くいた。陽乃は両親のコネクションを少しずつ自分の物にしていたのである。

 

 いずれ彼我の立場は逆転する。

 

 それが遠くない未来だと悟った両親は、攻める方向性を変えた。性急にではなく、じわじわと包囲を狭めることにしたのである。敵対する人間として陽乃は最上級の強敵だったが、両親も長年曲者を相手に戦ってきた古狸である。全力でかかれば陽乃とて抵抗する手段はない。彼らはそう本気で信じていたし、事実、離れて見ていた雪乃の目から見ても、陽乃は追い詰められているように見えた。

 

 それが錯覚であったと当時から察せられたのは、陽乃の他には、最大の理解者である八幡くらいのものだったろう。

 

 陽乃が電撃的な反撃に出たのは、両親が本腰を入れた僅か一月後のことだった。

 

 突然、雪ノ下陽乃のスキャンダルが報じられたのである。秘書の男性といかがわしいホテルに入る光景が、週刊誌にすっぱ抜かれたのだ。これが清廉なイメージで売っていた議員ならば大問題だったろうが、清廉というのは陽乃から最も遠い言葉だった。無論、無傷とはいかないだろうが、大したダメージにはならないはずだった。

 

 だが、この時ちょうど世間は退屈に飽いており、そんな中飛び込んできた陽乃のスキャンダルは、世間を大いに沸かせることになった。深夜に伝えられたそのスキャンダルは、早朝、各局のニュース番組で伝えられ、その昼には全国に広まった。陽乃が記者会見を開いたのは、その晩のことである。この時、雪ノ下の家にもその情報は伝えられていたが、彼らも多くの国民と同様に、テレビによって陽乃の居場所と今後の方針を知ることになった。フラッシュの中に立つ陽乃を画面の向こうに見て、両親が激怒したのは言うまでもない。

 

 主だったメディアが全て集まった会場で、陽乃はただ『事実』を伝える。

 

 秘書の男性は高校生の時から交際している恋人で、結婚を約束した仲である。お互い大人なのだから、そういうことをするのも当然のことだと。ついでに他人の性生活に首を突っ込むのはいかがなものかと、マスコミ相手に持論を説いた。

 

 居並んだマスコミは皆、一様に苦笑を浮かべた。事実、その通りだったからだ。しかし彼らも仕事でそこにいるのだ。性生活に首を突っ込むなと正論を言われ、はい解りましたと帰る訳にはいかなかった。相手はどういう人物で、現在どの程度の関係なのか。マスコミの中には当然、陽乃に通じた人間もいた。陽乃の意図に沿った方向で話題は進んで行き、秘書の男性の人間像を掘り下げ、浸透させていった。

 

 そうして、『現在交際している人間がいて、その人物と結婚する』という情報は、陽乃の手によって事実とされていく。

 

 トドメを刺したのは、記者会見の最後、当のお相手も会見に応じると陽乃から発表されたことである。話すのは陽乃だけと思っていたマスコミは、思わぬゲストに沸きに沸いた。

 

 陽乃の紹介で登壇したのは、スーツを着込んだ細身の男だった。

 

 美形と言って良いだろう。顔立ちはそれで売り出せる程度には整っており、身長もそれなりにある。周囲の目をひきつけたのは、その目だった。かつて陽乃が『死んだ魚のような目』と評した目には、学生時代とは比べ物にならないほどの活力が宿っていたが、斜に構えた雰囲気はその目に、まだ色濃く残っていた。

 

 言葉を発する前から彼は『この人間は一筋縄ではいかない』ということを見た人間全てに悟らせていた。目は口ほどに物を言うを体現した男は、壇上に立つと困ったように頭をかいた。緊張しているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 彼――比企谷八幡は議員ではなく秘書である。会議でプレゼンするのはともかくとして、こういう場で言葉を発する機会は少ない。緊張するのは当然のことだ。俗人離れした陽乃の秘書の、俗人らしい反応にマスコミは引き込まれていく。

 

 これでこの態度が計算であれば大したものだが、いざという時は別にして比企谷八幡という人間は人前に出たがる性格ではなかった。この時の態度は普通に大勢の人間を前に緊張し、挙動不審になっていただけである。

 

 そんな八幡から聞かれたのは、陽乃が話していたのとはほとんど変わらない内容だった。高校を卒業して、陽乃と同じ大学に進学。学部が違ったが順調に交際を続け、大学を卒業してからは陽乃を補佐することを仕事とするようになった。高校生の時から関係が続いているのだから、十年近い付き合いとなる。そんなカップルが結婚を考えていると言うのだから、浮っついた遊びの話ではなく本気に違いない。

 

 それは記者の間に浸透していき、そして世間に伝わる。陽乃が欲していたのは、外堀の更に外からの援護射撃だった。こんな会見を開いたにも関わらず親が強引に相手を決めて、その人間と結婚するなどという話になれば、非難は避けられない。両親は自分達主導の結婚を諦めざるを得ない。勝手なことをしたことで、両親との仲は更に冷えるだろうが、目的を達成できるのならば、その他は陽乃にとっては些細なことだった。

 

 陽乃の計画の通り、話はとんとん拍子に進んでいく。彼女にとって計算外のことがあったとすれば、この直後の話だろう。

 

 一通りの説明を終えた後、八幡は陽乃に目をやった。事前に打ち合わせをしていた通りのことを八幡は記者を相手に語った。仕事はこれで十分である。陽乃が記者会見を切り上げようと壇上の中央に戻ってきた時、八幡はそっと陽乃の肩を押さえた。行動を邪魔された陽乃は、反射的に八幡に視線を送る。

 

 その陽乃の前に、八幡は膝をついた。眼前にいるのは結婚を考えている間柄の男女であり、そして膝を着いたのは男の方。そこから考えられることは一つしかなく、普段からゴシップに慣れ親しんでいる彼らにとって、『その結論』に行き着くのは当然のことだった。

 

 おそらくその場で、最も状況を理解していなかったのは陽乃だったろう。聡い彼女が集団の中で一人置いていかれているなんて状況は、彼女の人生を振り返っても数えるほどしかなかったに違いない。

 

 そしてそれは『雪ノ下陽乃の最初にして最後の敗北』として多くの人間の記憶に残ることになった。後に世界にも名を馳せることになる彼女に明確に土をつけた人間は、後にも先にも比企谷八幡しかいない。

 

 陽乃が固まっているのをおかしそうに眺めながら、八幡は懐からビロードの箱を取り出し、それを開けて陽乃の前に差し出した。

 

 

 

「ここで歯の浮いたことでも言えれば良いんでしょうが、俺にはこの辺が限界でした。だから単刀直入に言います。俺と結婚してください」

 

 

 

 全ての人間の視線が、陽乃の方に向く。状況を漸く理解した陽乃は目に涙を浮かべながら、不敵に笑って見せた。

 

 犬が飼い主を出し抜いたことに対する怒りがある。満座の人間の前で、醜態を晒してしまった恥辱の感情がある。本音を言えば今すぐにでも、力の限り拳を振り下ろし、殴り飛ばしてやりたかった。

 

 想定外のことをやってのけた眼前の男に、陽乃の視線が釘付けになる。

 

 学生の頃からぶつぶつ文句を言いながらも、ついてきてくれた。大学を選ぶ時も当然のように同じ大学を選んだその男は、そこが自分のいるべき場所だとでも言うように、秘書として仕事を始めていた。

 

 昔から陽乃の周囲には多くの人間がいた。隣に立とうとした人間もいたし、ついてこようとした人間もいる。

 

 だが、本当に追従してこれたのは比企谷八幡ただ一人だった。自らを犬と言う人間にして、最大の理解者が心のどこかで欲していた言葉を、予想外のタイミングで言ってきた。久しく感じていなかった明るい感情が、胸に満ちていく。

 

 そこで衝動に任せて行動できたら、どんなに楽だっただろう。

 

 しかしそれでは、雪ノ下陽乃ではいられない。理性を総動員した陽乃は、震える手で箱を受け取り、指輪を左手の薬指にはめた。誂えたようにぴったりと収まった指輪を眺めながら、陽乃は滑るようにして踏み込んだ。

 

 反撃がきた。八幡の理解は早かったが、緊張した上に片膝をついた状態では満足に動くこともできない。

 

 結果、衆人環視の前で強引に唇を奪われた。陽乃が比企谷になると決意したのは、この時のことである。

 

 後にこの出来事は多くの人間に『比企谷八幡の唯一の勝利』として、記憶に残ることになる。この話をすると彼はいつも苦虫を噛み潰したような顔をするが、彼をやりこめることのできる数少ない話題のため、いつまでたっても、彼の関係者はこの話をすることをやめない。

 

 

 

 そんな衝撃的な記者会見をしたものだから、両親はもう何も言えなくなってしまった。こそこそと進めていた縁談は即日破談となり、勝手に事を進めた陽乃との間には深い溝ができた。これから売り出していこうという人間に、権力者の両親との溝は決して軽いダメージではなかったが、自分の力を確信していた陽乃には、そんなものは何処吹く風だった。

 

 陽乃は八幡と二人で道を切り開き、色々なものを勝ち取った。今、二人の周囲にはこの世における幸せの全てがある。きらきらと輝いて見える二人を、雪乃はいつも眩しそうに眺めるのだった。その視線に、寂しさが含まれていることに気づけるのは、彼女をよく知る人間だけだろう。この場に親友たちがいれば雪乃もそこまで油断しなかったのだろうが、この会場にいるのは雪乃一人だ。パーティの主役は今、多くの招待客に囲まれて忙しそうにしている。彼らを眺めながら飲む酒も悪いものではない。

 

 

「雪乃さん」

 

 

 鈴の転がるような声と共に、ドレスの裾が引かれる。慌てて視線を降ろすと――そこには天使がいた。

 

「お久しぶり。会えて嬉しいわ」

「私もよ、陽華さん。また大きくなったみたいね」

 

 黒いドレスを着た天使は、裾を摘んでお辞儀をしてみせた。雪乃にとって姪に当たる少女とは、良好な関係を築けている。

 

「この間、学校で劇をやったそうね。私も行きたかったのだけれど、どうしても外せない仕事があって。行けなくてごめんなさい」

「八幡くんが録画していたみたいだから、声をかけると良いわ。きっと喜んでダビングしてくれると思うから」

 

 苦笑しながら、陽華は八幡の方を見た。彼女の父親は、陽乃の影として今日も付き従っている。秘書の鑑と名高いあの男が大層な子煩悩であると知ったら、多くの人間が驚くことだろう。辣腕秘書と名高い彼が愛娘には相好を崩して接するのである。その落差に笑いを堪えるのに苦労したものだが、その娘が眼前の少女であるならばそれも仕方のないことだと思えた。

 

 あの人格破綻者二人からどうしてこんな天使が生まれたのか。雪乃が知る中で、最も奥深い謎である。

 

 比企谷陽華――八幡と陽乃を両親に持つ少女は、叔母を前に天使のように微笑んだ。 

 

「そう言えば雪乃さん。お見合いをするって陽乃さんから聞いたんだけれど、本当?」

「今日、してきたわ。お断りすることになると思うけれど」

 

 取るに足らない男だった。少なくとも雪乃の目にはそう映った。どうするかは自分で判断して良いと言われている。おそらく両親もそれほど乗り気ではなかったのだろう。陽乃が外に出て行った時点で、あの二人は雪ノ下という家についてほとんどを諦めた。自分には何も期待していないと言われているようで、当時は相当気分を害したものだが、今は自由を謳歌することにしている。姉夫婦には負けるだろうが、今雪乃は十分幸せだった。

 

「そうなの? お金持ちで、ハンサムな人だったと聞いたけど」

「深くは知らないけど、多分それだけよ」

 

 知った風な口をきく雪乃に、陽華は知った風な顔で頷いた。

 

「つまり、雪乃さんはまだ、八幡くんのことが好きなのね?」

「…………どういう理屈でそういう結論に至ったのか、教えてほしいのだけど?」

「別に隠さなくても良いわ。陽乃さんは知ってるし、八幡くんも察してる。娘の私としても、大好きな雪乃さんがより近しい関係になるのは好ましいことなのだけれど――」

「私が言えた義理ではないけど、貴女はもう少し倫理というものを考えた方が良いと思うわ」

「そう? 皆が幸せになれるなら、それに越したことはないと思うのだけれど」

 

 それが当然、というように陽華は微笑む。

 

 あの二人から生まれたこの少女は信じられないほどに聡明だが、あの二人の娘だけあってどこか破綻していた。

 

「私、今幸せよ? 八幡くんも陽乃さんも忙しくてあまりお家にいないけど、八幡くんなんて一日に何度も電話もメールもしてくるし、陽乃さんの声を聞かない日はないわ。どんなに忙しくても幼稚園や小学校の行事には来てくれるもの。私、二人に愛されてるんだなって感じてるわ」

「その中に私が入って良いってことはないはずよ」

「雪乃さんならって思うの。結衣さんでも小町さんでもいろはさんでもダメ。八幡くんも陽乃さんも大事に思ってる雪乃さんなら、私、協力しても良いわ」

「陽華さん――」

 

 彼女の提案は、非常に魅力的なものに思えた。今なら、その提案を承諾してもワインに酔ったせいだと言い訳にできる。所詮は子供の言葉である。彼女にそんな力があるはずがない。

 

 だが、比企谷陽華ならば。あの二人の血を受けたこの少女ならば、それくらいは可能なのではないか。全く心が動かなかったと言えば嘘になるだろう。それだけ陽華の提案は、雪乃にとって魅力的だったが……それだけだった。

 

 陽華はとてつもない才能を持った少女ではあるが、雪乃もまだ、それに負けるつもりはない。波立った心を落ち着かせ理性を取り戻すと、優しく姪の頭に拳骨を落とした。

 

「――姉さんからいくらで雇われたの?」

「失礼ね。私、お金で雪乃さんを売ったりしないわ」

「質問の仕方が悪かったわね。何で、私を売り渡したの?」

「一晩八幡くんを貸してくれるの。腕枕をしてもらって、ご本を読んでもらうのよ?」

 

 いいでしょー、と微笑む陽華に悪びれた様子はない。聡明で愛らしい少女は、しかし年相応に両親を愛しており、特に父親のことが大好きだった。

 

 雪乃は胡乱な目つきで、年端も行かない少女に叔母を売らせた、諸悪の根源を見た。愛する娘が叔母と一緒にいることで、何の話をしているのか察したのだろう。雪乃の視線を受けて陽乃は小さくウィンクをしてみせた。様になっているその仕草が、心の底から憎らしい。

 

「その内家族が増えるでしょうから、その好意は妹か弟に向けてあげなさい」

「今三ヶ月目だって。私、妹が欲しいわ」

 

 無邪気に微笑む陽華に、雪乃は在りし日の姉の姿を見た。全く根拠のない断定であるが、生まれるのは妹だろう。生まれてくる少女は才能のある姉を見て、何を思うのだろうか。自分のような思いは抱いてほしくないと思いながら、雪乃は姉を見て、そして八幡を見た。

 

 在りし日に抱き、今もなお風化していない思いが胸にこみ上げてくる。

 

 あの日軽井沢で初めて見た時から、お互いに風貌も立場も随分と変わった。

 

 内面はどうだろうか。考えて、雪乃は自分も彼も、それほど変わっていないと結論づけた。

 

 彼の不変は美徳だろう。人間として劇薬である陽乃の近くにあって、彼は自分を見失わずに高めていき、今もまだ姉の隣に立っている。

 

 対して自分のこれは欠点だろう。雪ノ下雪乃は今も足踏みをしたままだ。

 

 八幡に向ける視線に込められているのは羨望であり嫉妬であり、そしてわずかばかりの恋慕だった。

 

 

 

 

 そうして、ゆっくりと――

 

 

 

 

 




元々、記者会見とパーティは別パターンのエンディングとし用意していたものでしたが、いっそ統合しようということで一緒になりました。

ゆきのん編に続く形で、はるのん編は終了となります。
ゆきのん編は現在構想中ですので気長にお待ちください。

ここまでお付き合いありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。
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