緑色の幻影と、青色の情熱。   作:ブループロセスチーズ

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三章 空色の渇望

十月、ではなく九月後半。

文化祭に向けての準備を始めるクラスもすこしづつだが出てきた。

奈緒のクラスでも、劇の成功に向けて少しずつ準備を始めていた。

まず、大元の脚本も、何故かクラスでそういうことを趣味にしている連中がたった三日で書き上げ、それに沿った衣装だりなんだりの作成に既に取り掛かっている。

そして奈緒はと言うと、

 

「ああ神様、わたしはいつまでこんな暮らしをしないといけないのでしょう?」

 

放課後、教室の仮設ステージで演技の練習に励んでいた。

ステージ、と言っても前方の机をちょっと寄せて場所を開けただけだが。

 

「ちがーう!棒読みすぎ!もうちょっと感情込めてよー!」

 

わざとらしくふんぞり返って椅子で足を組むのは、あたしを主役にした張本人、本田未央。あまりにも縁遠いグループだったので、この頃になってようやっとフルネームを覚えられるようになった。

 

「ちょ、ただの女子高生に何を求めてんだよ!?あたしはそこまで芸達者じゃねーよ!」

「うーん、」

 

いやでもさ、と未央が呟く。

 

「あのレベルに見合うのとなると、ね?」

 

と申し訳無さそうにチラリと教室の隅を見る。

そこで静かに本を読んでいるのは、速水奏。鮮やかな黒髪が似合い過ぎる美女だ。基本的に物静かだし、友達も少ないせいで、彼女の私生活は謎に包まれている。ただ、時折見せる年相応な笑顔に魅せられて突貫して行く男子も少なからずいるが、大抵軽くあしらわれている。因みに、何回か恋人が出来たとか出来てないとか、そんな噂もある。

彼女が演じるのは、シンデレラをイジメ倒す、継母役である。少し前に彼女の演技を見せて貰ったことがあるが、本気で何か悪いことをした気になる位には血気迫っていた。なのに演技が終わった途端、「こんなところかしら?」と妖しく微笑んでいたので、ほんとにオンナって怖いな、と思った。あたしも女だけど。

 

「うぐぐ、」

 

元来、負けん気が強いのは自分でも幾らか自覚していた。未央に不満は垂れているものの、彼女は奈緒の負けん気に火に着けてしまった。

と言っても、

 

「どーすりゃいーんだよこんなん・・・」

「だよねぇ・・・」

 

一番最初の、「継母にいじめられる娘」という状況に今ひとつ実感が湧かないのだ。そうなると、感情を籠められないのも致し方ないことだと、二人ともうすうす気づいていた。この練習も、ある意味惰性でやっているようなものだった。

 

「はーぁ、今日のとこは取り敢えず解散ね、わざわざありがとね、かみやん。じゃあ、おっつー☆」

「はいはい、未央もお疲れ様」

 

未央がちらり、と時計を見てから足早に教室から退散する。そういや、晩飯の時間が決まってるとか言ってたっけな。

はーあ、と深いため息をはいて、あ、と気づく。こう言うのの、スペシャリストがいるじゃん。

 

 

 

 

、、、、、、、、、、

 

 

 

 

「おつかれさまでーす」

 

がちゃり、と事務所のドアを開ける。

最初の方は緊張もしていたが、八月中レッスンの帰りによく寄っていたせいで、今では慣れたものだ。

 

「おつかれ、様です」

 

ソファで物置のように本を読んでいた彼女が顔を上げる。

彼女は、鷺沢文香。彼女もアイドルの一人として活動しているが、事務所にいる時は八割方本を読んでいる。それは文庫だったり、ハードカバーだってり、偶に漫画だったりもするが、奈緒が読むものは基本漫画ばかりなので、よくわからない申し訳なくさを感じて少しだけ話しかけにくかったりする。

 

「お疲れ様です、鷺沢さん」

「奈緒ちゃんは、学校上がりですか?」

「うん、それが、北条さんがまだ仕事取ってきてくれないんですよ」

 

今日は、事務所には鷺沢さん一人しかいないようだった。

 

「あの、鷺沢さん、相談なんですけど」

「はい、なんでしょう。私にわかる範囲のことなら、答えさせていただきます」

 

また彼女が本に集中してしまう前に声をかける。

 

「あの、鷺沢さんは、なんか劇とかで演技の仕事とかもありますよね?」

「はい、そのようなお仕事も、させていただく機会があります」

「じゃ、じゃあさ、そういう時のコツと言うか、心得みたいなの教えてくれません?」

「はぁ・・・それはまた、どういったきっかけで?」

「それは、」

 

と、これまでの経緯を話す。

 

「成る程、そのような事情がおありで」

 

うんうん、と二、三度頷く。

 

「で、で、なんかある?」

 

奈緒が子犬のようにせっつく。その様を見てふふ、と微笑みながら、

 

「奈緒ちゃんは、真面目なのですね」

「んなっ、ちょ、いきなりそんな恥ずかしいこと言わないでくれよ!」

 

奈緒がわたわたと慌てる様子をふふっ、と笑ってから姿勢を正す。自然と、奈緒も姿勢を正す。

 

「私の方法なのでいくらか人とは違うかもしれませんが、そう言う時、先ずは書を読むようにしています」

「書?」

「はい、その物語が書かれた、若しくは近しい書を探して、よく読み、それでも実感が湧かなければ、人の話を聞くようにしています」

「えーと、それって台本じゃダメなのか?」

「駄目、と言うわけではありませんが、それのみだと今ひとつ描写の足りないことがあります。なので、情景の描写の詳しく書かれている物語を読ませて貰っています。奈緒ちゃんの演じるのは、シンデレラの、主役、シンデレラと言うことでしたね?」

「へっ、あっ、はい」

「そう言うことでしたら、」

 

いきなり話が飛んで困惑する奈緒を尻目に文香はすっ、と立ち上がり、色んな書類が入っているアルミ製の棚に向かう。そんなところで何をするのだろう?と不思議に思っていたが、彼女が棚をぐっ、と力を込めてスライドさせるのを見て、驚愕と納得が同時に湧いてきた。

そのアルミの書類棚の向こうに、今度は木製の本棚があり、ぎっちりと本が詰まっていたのだ。その中から何冊か殆ど迷いなく本を抜き取り、一旦机の上に置いてからアルミの棚を元の位置に戻す。驚愕で目を見開いてる奈緒に文香は恥ずかしげに笑い、

 

「お恥ずかしながら、事務所を少しだけ改造させて頂きました」

 

棚の向こうに本棚を設置することを果たして「少し」と言うのか、今の奈緒には察しが付かなかった。それで、と文香が姿勢を正す。

 

「何冊か、シンデレラについて読みやすいものを選んで見ました。この物語は有名過ぎるあまり、どこから手を付けていいかわからないこともあるので、この本たちをお貸ししようかと思います」

 

ご迷惑、でしたでしょうか、と突然申し訳無さそうにする文香に、

 

「いやいや、ありがとう鷺沢さん。でも、ほんとに借りていいんですか?」

「はい、書は読まれてこそ、だと思いますので」

 

奈緒は、嬉しそうに微笑む文香に「ありがとうございました」と丁寧にお礼を述べ、立ち上がりながらそれらの本を学校のカバンに入れる。

 

「お役に立てて、光栄です。それではまた、いつか」

「ありがとう、鷺沢さん、ありがたく読ませて頂きます!」

 

帰り道、幾らか重たくなったカバンと、鷺沢さんの笑顔で少しの元気が湧いてきたような気がした。

 

 

 

、、、、、、、、、、

 

 

 

帰って宿題やなんやかんや、諸々を済ませて、早速文香から借りてきた本を手に取る。

大量に本を読んでる彼女が選んでくれただけあって、それらは確かに読みやすかった。そこで初めて、シンデレラを物語とし読むのが初めてな事に気付く。

あらすじとしてはご存知の通り、両親を早くに亡くし、親戚の継母に引き取られたはいいものの、継母とその娘たちにいじめ抜かれるところから物語は始まる。

たまに聞く「灰被り姫」という呼び名は、どうやらシンデレラが灰だらけの暖炉で寝させられているというあたりから来ているらしかった。

そして、彼女の住む国の城で舞踏会が開かれる。そこで、継母達はシンデレラを置いてさっさと舞踏会に行ってしまう。

そして、その様を哀れに思った魔女が、彼女のために舞踏会へ向かうための特別なドレスや、馬車などを用意する。この時に、魔法は十二時の鐘が鳴ると解けてしまうと告げられる。

そしてシンデレラが舞踏会に向かうと、その国の王子に一目で見初められ、一夜を共に過ごす。

時を忘れて楽しむ内に、十二時の鐘が鳴ってしまい、慌てて帰る内に彼女は靴の片方を落としてしまう。

彼女のことが忘れられなかった王子はその靴を手掛かりに国中を探し回り、最終的にシンデレラの足にぴったりということが判明し、二人は結ばれめでたしめでたし、と、こんなところである。

因みに、かぼちゃの馬車も魔法使いも登場せず、舞踏会の準備を不思議な白い鳩が手伝ったり、王子がやたら狡猾な手を使ったり、細々とした違いがあって、そこが文香が何冊か貸した理由らしかった。

ん〜〜〜、と伸びをしながら、慣れない読書で疲れた目をほぐす。

集中してたら、いつの間にか深夜の二時になってしまっていた。喉が渇いているのに気づき、台所まで向かいながら考える。

両親を早くに亡くし、その上引き取られた先でもいじめられていた彼女のことを。

奈緒は元々作品に対し感情移入しやすいと思っていたが、いざ本気でシンクロさせるとなると、あまりにも状況がかけ離れ過ぎていた。

奈緒の両親は健在だし、何より今まで虐められたこともない。シンデレラの様な劇的な恋を望む事も少しはあるが、それも今ひとつ現実味に欠けていた。

うすらぼんやりと疲れた脳と体で行動していたせいか、奈緒はコップを取り落としてしまう。特にお気に入りでもなかったそれががしゃん、と音を立てて割れる。

割れてしまったコップのカケラを、深夜なので掃除機を使わず掃除しながら、「もしこれが理不尽に散らかされたモノだったらどう感じるだろう?」と考えては見たものの、疲れて眠い頭は回らず「明日コップを買いに行こう」という結論を出した。

 

 

、、、、、

 

 

「ふ、はあ、んん、こずえおはよう!」

「ふぁ〜、奈緒、おはよ〜」

 

翌日、教室でいろんな奴に挨拶した後、朝から既に眠ってしまいそうなこずえに声をかける。

朝礼までは時間があるので、少し昨日の事を話すことにする。彼女の意見は、たまに予想外の方から答えを出すので、今回も少しそれに期待していたりする。

 

「なー、こずえってシンデレラの事ってどう思う?」

「んー?シンデレラー、あの子はねー、もうちょっと

がんばっても、よかったんじゃ、ないかなーって、おもうのー」

「へ?がんば・・・る?」

「うんー、がんばるのー。だってー、ドレスも、馬車も、全部、他の人が用意してくれたんだよー?」

 

言われてみれば、それもそうだが。

 

「いや、でも、それは虐められてて自分で用意できなかったから、」

「でもー、ほんとうに舞踏会に行きたいなら、もっと、方法があったような気がするのー。例えば、ひっそりとドレスを自作するとかー」

 

もしくは、奪うとかー、とこずえが本格的にうつらうつらしながら言う。時計を見ると、そろそろ朝礼が始まる時間だ。「こずえー寝るなよー!」と肩を軽く叩いてから自分の席に戻りながら考える。

まさか、あんな意見が出るとは思わなかった。というか、相変わらず見かけによらず大胆な意見だな、と思う。

確かに、実際にその状況に立ち会ったわけじゃないからよくわからないけど、言われてみるとそんな選択肢もあったような気もする。

でも、それをどう演技に繋げるといいか、まだ今ひとつわからなかった。

 

、、、、、

 

その日の放課後は未央が部活の助っ人に呼ばれていたため、特に練習も無く帰れることになった。実際、こんなに早く本格的な準備を始めてるクラスも珍しいので、ある意味これが普通なのではあった。

 

「おつかれさまでーす」

 

ガチャ、と眠い目をこすりながら事務所の扉を開ける。眠いなら帰って寝れば良いのに、と頭の中でささやく声が聞こえるが、あえて無視する。この件に関して、彼女は少なからず意地で行動してる面があった。

 

「お、奈緒おつかれー」

「奈緒ちゃんお疲れ様です」

 

今日いるのは、ちひろさんと北条さん、あと、誰だ?よくわからないけどおっさんが一人。

 

「えーと、こちらのかたは?」

 

謎のおっさんを控えめに指で指す。

 

「ん、こちらのかたは、あんたを紹介してもらう事になった雑誌記者の、ケンさん。初仕事の相手なんだから、キチンと挨拶しやさいね!」

「へ!?あたし、そんなこと聞いてないぞ!?」

「うん、今決まったとこだもん」

 

イタズラに成功した子供の様に笑う。

驚きながらも一呼吸し、

 

「え、えー、おほん、あの、お世話になります、神谷奈緒と言います!十七歳です!宜しくお願い致します!」

 

奈緒が慣れない敬語と、「仕事」という単語の緊張感にガッチガチになりながら挨拶をすると野中さんは「はは、どうもこちらこそ」と苦笑いしながら軽く挨拶してくる。どうやら、彼女の無茶振りにも慣れているらしい

「じゃ、座って座って」と北条が軽くソファの隣をぽんと叩く。

 

「じゃあ、そう言うことなんで、始めさせてもらいますね?」

 

、、、、、

 

「あ〜〜〜、つっかれたあああ!!!」

 

取材が終わり、奈緒は大きく伸びをする。

 

「おつかれ、奈緒」

 

はい、と事務所に備え付けの冷蔵庫からお茶を渡される。ありがと、と受け取り一息つき、

 

「もー北条さん、こんなおどかすような真似やめてくれよ!」

「あははーごめんごめん、でも、驚いた奈緒も可愛かったような☆」

「そーいう問題じゃなくてだな!」

 

奈緒は腹を立てているが、視界の隅でちひろさんが苦笑いしてるのに気づいてあきらめる。きっと彼女はいつもこんな調子だったのだろう。

 

「ところでさー、奈緒はどうして今日ここに来たの?それこそ、何の予定も伝えてなかったのに」

「ん。あー、それがさー」

 

いきなりのことで忘れていた本題を思い出す。ゴソゴソ、とかばんから数冊の本を取り出す。

 

「これ、昨日鷺沢さんに借りたんだけど、読み終わったし、よくわからなかったから返そうと思って」

「これは・・・シンデレラ?」

「そう、シンデレラ」

 

今度の文化祭で劇をやることになってさー、と少し上機嫌に話す奈緒に、北条はふーん、と今ひとつ上の空な返事を返す。

 

「それでさ、北条さん。本貸してくれた鷺沢さんには悪いけど、なんか今ひとつよくわかんないからさ、北条さんの意見も聞きたいんだ」

「んー、じゃあまずはさ、奈緒はどう思ってるの?」

「あたし?あたしは、普通にかわいそうだなーって思ってたんだけど、こずえが、あ、学校の友達なんだけど、あいつが『もうちょっと頑張ったらいいのに』って言ってたから、確かにそうかもな、て」

 

彼女は、自分の考えをまとめるように虚空を見つめながら言葉を吐き出す。

 

「だって、本当に舞踏会に行きたいならさ、自分で衣装を作れたかもしれないし、継母にとか、他の人に頼ることもできたかもしれないじゃん?」

 

北条さんはどう思う?と視線を、向けて異変に気づく。いつもは見えない、彼女のどろどろの底を覗き込んだような気がした。

 

「努力だけじゃどうにもならないことなんて、いくらでも、、、!」

 

北条は体の底から絞り出すような声を出し、そのことに気づいたのかハッとした表情になる。

 

「・・・ごめん、今日は頭痛いから帰る」

 

おつかれ、と手短に言い残しさっと立ち去る。

 

「ちょ、北条さん!?」

 

慌ててかばんをひっ掴み追いかけようとする奈緒の手をちひろが掴む。

 

「ちょっと、話してくれよ!!プロデューサーさんがどっか行っちまうだろ!?」

「奈緒ちゃん、少し、落ち着いてください」

「これが、落ち着いてっ、、、」

 

そこでやっと、ちひろの顔にも苦渋の色が浮かんでいることに気づく。

 

「・・・わたしに、この話をする権利はありません」

「・・・へ?」

 

目を白黒させる奈緒をよそに、ちひろはポットから熱いお茶を入れ始める。

どうしようもなく走り出た時には加蓮の姿は見つからず、煮え切らないものを胃の中に抱えたまま家に帰った。

ふと、今日は学校の帰りに割れたコップの代わりを買おうとしていたことを思い出した。

 

 

続々々

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