およそ十五分くらいしただろうか。
散々格闘してようやく作動したエアコンに俺達三人は安堵して、第二会議室の鍵を閉めて戻る。
「ありがとう傭くん。助かったわ」
「これくらいどうってこと。星亜、配線代は後で領収書渡すって事でいいか?」
「ええ構わないわ。備品として処理しておくから」
「ああ、悪いな」
ふぅ、と額の汗を腕で拭った俺は、取り変えた配線を工具箱へ入れると、上着を手にゆっきゅんと別れて星亜と共に生徒会室の施錠を行いに向かう。
「本当、いつもありがとう」
「気にすんなって。俺も朝は特に何もすることないしな」
「けど浅木くん、一人暮らしなんでしょう? 大丈夫なの、生活の方は」
「もう一年になるし大丈夫だ。一人暮らしだからこそ自由性があるってもんさ」
へへっと笑った俺は工具箱を手にした腕を肩に担ぎながら言うと、星亜はくすりと微笑む。
「私、一人暮らしをしたことがないからあまりよく分からないわ。寮生活とは別の楽しさがあるのね」
「そういうことさ。寮は門限とかがあるからな」
実家は長野にあるが、生まれはこの県。丁度伯母が経営を始めたマンションに単身で引っ越し、たまに支えて貰いながら高校生活を満喫しているのである。
一方で星亜は実家通い。毎朝出勤するゆっきゅんと一緒に登校してくるので、どうしても始業には時間が余る。
それに、一年の頃からちょっとした付き合いでこうして協力関係にあるわけだ。
俺としては数少ない友人。それもかなりの美少女ときている。後ろから刺されるのではないかと毎日気が気じゃない。
「星亜の家は門限とかあるのか?」
星亜の家はかなりの金持ちであり、この学院の理事も務めている大企業グループの御曹司の孫でもある。それ故に人々からの期待に応え続けている少女だ。
「ないわね。ただ、無断外泊は禁止されているかしら」
「そりゃ当り前だろっ。お前みたいな生娘が無断で外泊なんかしたらそれこそ心配で堪らない!」
「あなた、いい年したおじさまじゃないんだから……」
星亜は苦笑を浮かべ、俺は本心だと告げる。
まったく、最近の子供はこれだから困る。いや、かくいう俺もその枠組みに入っているんだが。
「どうしたって親としては可愛いもんなんだよ、娘ってのは」
「まるで経験したかのような物言いね。ちょっとおかしい」
冗談めかして言う星亜に、自分も苦笑を浮かべながらそういやそうだな、と頷く。
二階へさしかかったところで、どこからかエレキギターの音が響いてきた。
「ギター音……。
「朝見か……。ちょっと見てくか?」
「そうね、私も今日は一足早く出てしまったし」
朝見歌唄。星亜の幼馴染で同級生。尚且つ俺のクラスメイトだ。
彼女の幼馴染は男子一人に、女子が一人によって占められている。
そんな中に、俺を含めた残り四人がくっついて、八人。これがいつものメンバーとなっていた。
俺らは二階でとまり、音楽室のある方へと足を向ける。
吹奏楽部や軽音楽部、マーチングバンド部などがローテーションで練習をしている音楽室だが、基本的に軽音楽部に所属している朝見に朝連などは存在せず、放課後に近所のスタジオを借りてセッションをしていたりする。
「……聞いたことのないフレーズね。新曲かしら?」
「さてどうだか。アイツは気分で弾くことが多いしな」
そんなこんなで音楽室へ到着すると、扉を開けるなりギター音が止んだ。
「――誰? って、なんだ星亜か」
「なんだとは御挨拶ね。おはよう、歌唄」
「おはよ」
サイドアップにしたストロベリーブロンドの髪にアイスブルーの瞳。それでいてかなり出るとこ出た美少女が、一本のギターを提げているストラップを肩にかけながらも、アンプのスイッチを切った。
「朝から頑張るなぁ。お疲れ」
「うん、お疲れ。傭司は野暮用終わった?」
「野暮用ってわけじゃないんだが……。まぁな、
朝見は近くにある机に乗っていたミネラルウォーターの入っているであろうラベルが剥がされたペットボトルを軽く煽る。
「そっか」
ちょっとサバサバしているように見える朝見。こういう性格だからか、女子受けもかなりよく、容姿含めて男女双方からも熱狂的なファンが多い。
「新曲か?」
朝見の荷物が置かれた所に俺は工具箱を置いてから、彼女の譜面立てへと近づき、楽譜をペラペラとめくり始める。
「そんなんじゃないよ。わたしは色んな曲のフレーズをランダムで弾いてただけ。気の向くまま、音の往くまま、ってやつ」
「相変わらず中二くさい台詞しやがって」
苦笑した俺は茶化しながら元あったページへと戻すと、星亜が寄って来る。
「そういえば浅木くん、歌唄のバンドにも参加してたのよね」
「ああ。たまの助っ人程度だったけどな。あんま俺がバンドの中に居ると変に気を遣われるし」
最初は何の曲弾いてたんだと楽譜を見つめている俺に、朝見の爪先が俺のくるぶしを軽く蹴った。
ちら、と俺が彼女を見ると、朝見はムスっとした顔で顎で星亜の方をさした。
俺は星亜の方を振り向くと、どこかバツの悪そうな顔をしている。
「っと、変な言い方したな、すまん。あまり気にするなよ。執行部を一人で受け持たせてもらえるようにお前へ言ったのは俺だろ? だからそういう顔すんなって、困るからさ」
それは誰の為のフォローなのか。星亜のためなのか。それとも隣に居る彼女のためなのか。
もしくは――俺のためなのか。
それは正直良く分からないし、今の俺が置かれている立ち場……生徒会執行部と呼ばれる“雑用係”としては、物凄く微妙だ。
監査系の仕事やこうして部活動などへの助っ人で飛び入りで入ったりすることも多い。
それでいてなんでもソツなくこなしてしまう上に、本来役目が分担されている執行部をすべて一人でやってしまう程度には要領の良い俺は、一般生徒からは信頼の目で置かれることなく、ただただ、《
「……ねぇ浅木くん、目が死んでる」
「えっ、まじか!? 朝見、ちょっとピンポイントでザオ○ルしてくれよ」
「しかしようじのめはいきかえらなかった!」
「くっ……」
星亜の深刻気な指摘に、俺は朝見を巻き込んで笑わせ様とするが失敗。
流石だぜ俺。コミュ力の低さには定評がある。
「(いや……これコミュ力って言うのか? 信頼っていうんジャナイノ? あれ?)」
「なにをぶつぶつ言ってるのよ……」
一瞬真剣に考えてしまった俺に、星亜は苦笑を投げかけて来た。
「とにかく気にすんな。アイムファインっ、さんきゅー!」
「………。まぁいいわ。そう言う事にしておいてあげる」
「不自然な場面での上から目線、ありがとうございまーすっ」
この話は終わり。そんな空気が流れだした所で、朝見が「そうだ」と言ってギターケースにあるポケットの中からなにかを取り出す。
「留美からもらったんだけどね、これ。明日半日じゃない? みんなで遊びに行かないかって」
それはなんと、市営プールの入場券だった。
しかもなんと五枚。俺達が行くには充分すぎるほどの枚数。
星亜はそれを見ると、キョトンとした目で朝見へ聞き返す。
「白石さんから?」
「うん。菜桜と彗はもう持ってるから、傭司もよければ一緒にって」
「おー。流石留美だな。こういうサービス精神に乾杯」
俺は楽しげな声をあげながら、朝見からそのチケットを受け取る。
白石留美。生徒会副会長。それでいて俺のクラスメイトであり親友だ。
朝見以上の男勝りで、男女間の友情は成立するという事を教えてくれた女子でもある。
ちなみに就任した理由は学園内の生徒からの人気投票からだ。
「それなら行こうかねぇ。俺、あんまり泳げないから誰かに教えて貰いたかったんだよな」
なにも用事が入らない事を祈りつつ、期待を胸に仕舞うだけではおさまらず口に出す。
「まぁ急に用事が出来たりする事もあるだろうし、週末に改めてって事でも平気でしょ。ね、星亜?」
「そうね。確かに浅木くんとしてはその方がありがたいかも」
「誰が傭司のためって言ったのよ? 星亜のために決まってるでしょ」
「えっ、ちょっと待てなにそれひどい!?」
「ぶっちゃけ傭司の必要性は皆無だから。あんまり泳げないんでしょ?」
「ええ~っ………」
朝見さん、流石の俺も言葉の刃の前には無力なんですよっ? それは分かってますよねっ?
胸に鋭利なものが突き刺さった様な冷たい感覚を肌身で感じながらも、俺は苦笑いで返す。
「――よし、そう言う事なら俺だって考えがあるぞー。ブーメラン、フンドシ、スク水どれがいい!?」
「どれも際どすぎ……。全部勘弁して欲しい。というか、傭司こそそれでいいの?」
「うーん……………ネタとしては一向に構わないけど、男子高校生としてはよくないチョイスだと思う」
「随分熟考したわよね、今」
「というかお前らスク水ってどっちの事連想してるんだよ? 俺、男子用の水着だよ?」
「むしろ女子用を着ようと考える人は少ないんじゃないかしら……」
星亜の苦笑いを浮かべた返答に、サッと朝見が視線を逸らす。
「……まさか、歌唄?」
「っ!? えっ、いやそんなことないから!? べつにわたし傭司が女子用のスク水着たとしてパツパツだなんて想像はこれっぽっちもしてないから!!」
「生々しい言い方すんなよ、ぶつぞ? いやもうぶつわ」
「――ぁたっ……」
朝見に軽いチョップをしてやると、真っ赤になった彼女の顔が徐々にいつも通りの色に戻っていく。
この子、耳年増というか……。ちょっと妄想癖あるんじゃないの? ちょっとお兄さん心配だよ?
それにこんな体形だ。俺も巨乳好きだったら割と本気で所構わずおそっちゃうレベル。
「うぅ~~~っ……」
「これだから……」
低く唸った朝見を見て星亜はやれやれといった風に肩を竦める。
「おい、そういうお前も軽く想像してんじゃねーよ。頬赤いぞ」
「まあ、あれだけ混乱気味に言われたら……ねえ?」
「………。おっと、なんか寒気が」
「あらやだ熱中症かしら? 保健室行く?」
「原因明らかにこれだろ! 察して!?」
ったく、と俺は苦笑を浮かべ溜息ひとつを吐きながら、工具箱を手に音楽室を後にしようとする。
「あら、行くの?」
「あぁ。朝見の邪魔になっちまうだろうし」
「そう。なら私も。またね、歌唄」
「あ、うん……」
俺達が丁度音楽室から出掛けた所で、
「――傭司!」
「ん?」
朝見が俺へ飲みかけのペットボトルを投げてきた。
「ちょっおい!?」
俺はそれをなんとかキャッチすると、朝見は軽く頬を赤く染めながら、
「ナイスキャッチ!」
軽く手を振った。
俺は苦笑いでそれを手に前へ進む。
星亜は朝見へ軽く手を振り返してから俺の後を追う。
歩きながらキャップを捻り、俺は一口。
「(……スポドリじゃんか、これ)」
みかんのような、かんきつ系の甘みとさっぱりとした後味。
「(ったく。ズルイよ、おまえ)」
眉間の溝を深くして軽く笑いながら呟いた俺は星亜に気付かれない様に、そっと右手の人差指を自分の唇にあてた。