「――それじゃあ浅木くん、放課後よろしくねー? 放送室に行けば、先生が教えてくれると思うからさー」
「あいよ。そっちも頑張れよな?」
その子は嬉しそうに、食堂から出て行った。
やっぱ、いい様に使われてるなぁ、俺。
(最初の頃に安請け合いしすぎたかねえ)
「なに? よっちゃんまた誰かの仕事引き受けたの?」
自分の身の振り方に後悔していると、右手に割り箸を握ったまま俺へ歩み寄った金髪のショタ美少年、新垣彗がそんな事を言ってくる。
「あぁ、放送委員のな。今日は抜けられない大事な用事があるんだと」
その事を話していると、バーアイスの棒をくわえたままスマホをいじる茶髪の女子、白石留美がやってくる。
「放送委員って、確か新田じゃなかったか? それ多分騙されてるだろー。新田って合コンの主催じゃんか。用事って絶対合コンだぞ? ソースはあたし。食堂でセッティングの話してたから」
「あぁ、合コンね……なるほどな」
「もしかして、気付いてたのか?」
「まぁ薄々はな。大分前だけど、放課後遅く帰ったら近所のファミレスでそう言う事してたから」
「よっちゃん、それはまずいよ。分かってるならちゃんと断りなよ」
「そうなんだけどさ。用事があるなら仕方ないだろう?」
「傭司、お前なぁ……」
留美は頭を掻き毟った。
「そのなんでも引き受けちまう癖、なんとかしたほうがいいぞー、
「んーいや、自分でもそう思ってるんだけどな」
「あたしが言って来てやろうか?」
「いやいやここは僕でしょ。なんといっても、この新垣彗、よっちゃんのマブダチだからね!」
「そう言ってくれるのはきっとお前だけだ、彗。あと留美、気持ちはありがたいけど子供じゃあるまいし。本気でまずい時は自分で言えるからな? 一応は」
「……そう言って、断ってるトコをあたしは見たことがないんだが?」
「ま、会議のない日の放課後は基本暇だしな。毎度毎度頼まれてるわけじゃないさ」
「だからって遊びに行くやつのために、お前が仕事する必要はないだろー。いくら執行部といっても、そこまでする事ない……って、このやりとりも何度したことか。もう言い飽きたぞ、あたしはー」
「ナハハ、毎度毎度悪いな」
俺も別にお人好しってわけじゃない。
けど俺には癖がある。本心よりも場の雰囲気を重視しすぎて、人の頼みを断れない、という癖が。
「よっちゃんがそこまで頑なに断らないのって、もしかして理由があるんじゃないの?」
「別に、特に理由があるってわけじゃないんだが。こういう事しとけば、印象も好くなるんじゃないかと淡い期待を抱いてる……」
「そんなこっちゃお前、キャトられるぞーエイリアンに」
「流石の俺も、金銭関係まで緩いわけじゃないぞ。ただ、断られた後のがっかりされたような雰囲気が苦手なだけさ。用事があったら別だけど、暇だったら別に良いとしか」
「……マジで将来詐欺に遭って大変な目にあうぞ、お前」
「簡単に想像できちゃうなぁ、その姿。確かに怖い」
うんうんと留美の言葉に同調する彗。
「だろ? 彗もそう思うだろー?」
「うん、よっちゃんが人の頼みを断らないのって、普通じゃないと思う。昔になにかあったとか?」
「……うーん、特に思い当たる所はないな」
確かに俺には秘密がある。友人である二人に対しても言っていない……友人だからこそ言いたくない秘密が。
「もしかしたらアレなんじゃない? よっちゃんってドMなんじゃない!?」
嬉々として俺を見上げる彗。なにこの子可愛い。でも……。
「ちょっと待て……発想が極端すぎるぞ!?」
『ドMだとぅ!? なるほどっ、学内で興奮するために、他人の仕事を引きうけていたのかっ!』
『まさか浅木くんがMだったなんて……!!』
『なんだ同志じゃないですかー!』
『ウホッ、いい男……やらないか?』
「ちょっ、待つんだ落ち着けお前らッ!? 勝手に言いふらすのやめろ! あと誰だ自分の性癖暴露した奴はっ!? それでいいのか!?」
的確すぎてビックリしちゃうだろっ!
「あれ? 人にこき使われて興奮してしまう特殊な性的嗜好を持ってるんじゃないの?」
「彗、そんなキョトンとした目でみないでくれ。凄く傷つくから」
弱冠胸のあたりがパリパリとした冷たい感覚に苛まれる。
「というかそもそも、真昼間からそういう事話すのってどうよ……?」
「おっ、男女差別かー? 女子だって性的な話ぐらいするだろー」
「それにしてもその相手は同性だろ普通。それともなんだよ、留美は俺に気でもあるのか?」
「はっはっはっ、またまたご冗談を~」
「だからって本気で俺に肩パンするのやめてくれませんかねぇ!」
「……抉り込むように打つべし、打つべし」
「ぶへらっ、ぶへらっ! ……でも確かに女の子って、男の子が勘違いするような事をさらって言っちゃったりするもんな」
「意識してないからこそ、サラリとしてるんだろー。ただの話題提供でしかないと思ってるんじゃないか?」
「とにかく、人にこき使われても嬉しくもなんともないぞー俺は」
そんな所で、俺のケータイのバイブが鳴った。
「嘘つけ、こき使われまくりじゃんか」
留美の言葉に苦笑しつつ、ケータイを見れば、ラインに着信があった。
「ん、誰だ?」
「うわっわりい、菜桜だ。ちょいと音楽室行って来る」
「なんだ、そっちだったかぁ」
「これは邪魔したら刺されかねないね」
行ってらっしゃい、と微笑む彗達に、俺は軽く頬が緩みながらも、食堂を後にして音楽室へと向かう。
「んふふ~歌せんぱぁ~い♪」
「菜桜。ちゃんと昼ごはん食べないと放課後まで持たないよ」
「わたしは歌先輩で栄養補給できるので大丈夫です!」
……なんだ、この胃に悪そうなイチャイチャ空間は。
音楽室の扉を開くと、そこにいたのは朝見、に抱きついているマロンペースト色の髪をサイドテールにまとめた美少女ロリこと
「……相も変わらず、フリーの身には目の毒な光景だなぁ」
「オッス。目の保養と言え」
「いつもながら、浅木くんも大変ね……」
入り口で苦笑いを浮かべたまま入室した俺は、焦げ茶色の髪をした男子生徒の隣に椅子を置いて腰掛ける。
四人は昼ごはんである弁当を広げていた。
「菜桜に呼ばれたから来たけど、これはタイミングが悪かったか……」
「まっ、こいつらは中学ん頃からだしなぁ。諦めろ、傭司」
そうでなきゃオレの身が持たねえぜ、と肩を竦めるのは、三年の大須賀銀一郎先輩。
「野郎一人は、確かに大変そうッスね……」
「そうかー? 今じゃ星亜のが大変そうだけどなぁ」
「それは銀にいの後任だからでしょう。まったく、あま姉と二人して好き放題しちゃうんだから」
「へへ、反省はしていないぜ?!」
むふーっと胸を張る銀先輩。
先ほど星亜が『あま姉』と言った人物。銀先輩と同学年かつ、前生徒会長の橘天音先輩。
去年はこの生徒会長、副会長コンビが色々な行事を立案し、実行。予算をきれいさっぱり使い切ったやりくり上手の二人でもある。
そしてその後任である星亜は、二人の幼馴染とあってか生徒たちからの期待を背負わされている、という状況だ。
星亜の周りには朝見、銀先輩、橘先輩という幼馴染で固められているため、四人の集まるところには必ずなにかがある! という声もあがっている。
一方で、朝見にべったりなのは菜桜。彼女は俺達の後輩。つまり一つ下だ。
二年生三年生が数人とあって、一年生が一人だけという状況下だが、それでもなんだか妹属性っぽいのを持ち併せているため、どこかかまってしまう節がある。
ちなみになんかイケイケギャルに見える容姿だけど、案外
しかし百合好き。BLなど以ての外。俺と彗の絡みを邪魔する一人でもある。
「ふぅ……。ねぇ菜桜? 傭司来たよ? 用事があったんじゃないの?」
「あっ、ごめんなさい! センパイ居たんですね」
「サラッと酷い事言うなよ! ショックのあまり死んじゃうよ? 俺」
「てへぺろ☆」
そう言って軽く舌を出してウィンクするあたり、いつもながらあざとかわいい。
「……で、用事は?」
「あ、はい。えーっとですねえ……実はセンパイに相談に乗って欲しい子がいまして」
「相談? なぁ、それって星亜じゃダメなのか?」
「はい……。その、男性からの意見が欲しいって言ってたんですよー」
「うーん、なんだろう。相手が男子とか?」
「女子です~!」
「そんな『わたしが男子と話すわけないじゃないですか』みたいな顔やめろ」
男としての自信無くなっちゃうよ俺。
「女子かぁ。となると恋愛絡みか……?」
「結構真剣に悩んでるみたいなんで、おなしゃすっ!」
「……分かった。今日の放課後でよさそうか? そういう事なら早い方が良いと思うぞ?」
「あ~……それが、今日はお家の用事があるそうなので、ちょっと」
「そうか……。どのみち俺も放送委員の仕事を任せられちゃったからな、あまり長くは相談できなかったと思うし……。わかった、明日の昼休みにでも」
「そうですね。お昼休みなら大丈夫だと思います」
「んじゃ、それで決まりな。なにかあったら連絡くれ」
「ラジャーです!」
それでこの話は終わり――
「「ちょっと待った」」
「ん?」
というわけにはいかなかったようだ。
朝見と星亜がそこに待ったをかける。
「ところで傭司、今朝の話忘れてないよね?」
「蛇足だけれど、明日は午前授業でお昼休みはないわよ」
「……あッ」
すっかり忘れていた。
明日は半日授業。留美の提案でみんなでプールへ行く約束をしていたんだった。
その枠には、菜桜も含まれている。
「まったく。息をするように安請け合いして……。白石さんにも言われただろうから言わないでおくけれど、流石にもうちょっと自分のスケジュールくらい管理して欲しいわ」
「ほんとそれ。傭司は自分の楽しみ削って嬉しいの?」
「いや嬉しくないし楽しくも無いけども……ゴメンナサイ」
俺は目を伏せて反省の意を示すと、銀先輩がフォローに入ってくれる。
「まぁまぁ、そりゃ仕方ないだろ。どうしても執行部っつったら雑用が入ってくるわけだし、なっ?」
「……まあ、銀にいが言うなら仕方ないとは思うけど……」
「前副会長からの言葉なら、まあ信用せざるを得ないわね……」
どこか煮え切らない朝見と、嘆息して俺を見る星亜に、俺はもう一度謝罪した。
「すまん。できるだけ早く済ませるから、先にみんなで行ってくれよ」
「それじゃあ意味がないでしょうが。みんなで行って帰るまでが遠足って小学校で習わなかった?」
「そりゃあそうだけど……」
流石に俺一人の用事だけでみんなの時間を削るって言うのは、少し抵抗がある。
これを言ってしまいたい気もするけど、言ったら言ったで余計怒らせる事は目に見えている。
俺は銀先輩へヘルプアイを向けると、銀先輩は小さく笑った。
「なら、土曜でどうだ? そっちの方が傭司も空いてるだろうし、丸一日遊べるだろ?」
「その事は元より視野に入れて話してたけど、わたしとしては納得がいかないと言うか」
「……すいません」
朝見から向けられた視線に、俺は思わず平謝り。
「でもでも、センパイだけが悪いってわけじゃないですよね? わたしもこの件を持って来ちゃった、ていうのもありますし……」
流石に可哀想になってきたのか、菜桜もフォローに回ってくれた。
「菜桜……。俺、お前みたいな優しい後輩に慕われて幸せだぞっ」
「前言撤回。死んでくださいマジエロセンパイ」
「……えぇー……?」
なにこの、持ち上げて落とされる感じ。新感覚。
「ああっ、傭司の目が死んでいく……」
「浅木くん、日に日に病んでるキャラが定着していくわね」
「おーっとその話はそこまでだ。それじゃあ本当に悪いんだけど、プールは土曜日でいいか……?」
「あんたにはそれしかないんでしょうが……」
「まったくよ、もう」
二人もそれで許してくれたようだった。朝見は肩でため息をつき、星亜は髪を軽くいじりながら了承してくれた。
「決まり、ですね!」
「おーっし、お前らちゃんと水着は用意しておけよー。恥かくぞー」
「もちろん銀先輩はブーメランなんだよな。俺フンドシで行くからさ!」
「ちょっ傭司お前、時々オレ以上にトンデモナイ事要求するよな!?」
まぁ行ってやるけどよ、と銀先輩は俺の肩に手を置いて頷く。
「うわあ……」
そんな会話を繰り広げる俺と銀先輩を、菜桜はさも気持ち悪い