歌姫さんと傭兵くん   作:早乙女 涼

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生徒会執行部長の放課後

 ちりん、と。

 生徒会準備室に鳴り響いた小さな鈴の音の元は、俺の目の前にある応接用のテーブル上にある。

「えっと……それじゃあ先輩、この子のことお願いします……っ」

「ああ。しっかり世話させてもらうよ」

 まるで今生の別れのような哀愁を漂わせる、俺と対峙して反対側のソファへと座っている女子生徒は、茶トラ柄の仔猫と抱き合い、ケージへ入れて俺へ差し出してくる。

「ただし、この土日までだからな? 月曜日にまた連れて来るから、親御さんとしっかり和解しないと俺がこの子もらっちゃうぞ?」

「うにゃ?」

「そ、そんなぁ……」

 涙目で声を上げる女子生徒。

「ははっ、冗談だって。まぁ、大事な親なんだし早めに解決しておくのが一番だぞ?」

 ――翌日。俺は菜桜の要望を受け、彼女の知人の相談に乗っていた。

 聞いてみると、親御さんと喧嘩してしまったようで、可愛がっていた猫を連れて家出してしまったそうな。

 友人の家へ転がり込めたそうだが、どうやらその友人のマンションはペットが禁止となっていたそうで、どうしようか迷っていたところで、俺に白羽の矢が立ったらしい。

 で、この土日の間で親御さんと和解してこいという条件と共に、俺はこの仔猫を一時的に引き受けることになったわけだ。

「まぁ、そこはお前の頑張り様だな。相談にはいくらでも乗ってやるからさ、いつでも来いよ。ただし、コイツを引き受けるのは今回だけだからな?」

「はい……」

 その女子生徒はしぶしぶと頷き立ち上がると、準備室の入り口まで歩いていく。俺は仔猫の入ったケージを抱えて彼女へとついていく。

「それじゃあ、この子のことよろしくお願いします」

「ああ。しっかりな。何かあったら連絡してこいよ。俺に出来る事なら手伝うしな」

「はいっ」

 そうして女子生徒は帰宅するのか、階段を下りて行った。

「……どうでした?」

「えっと、何やってんのアンタら」

 すると、俺達のやりとりを聞いていたのだろう、隣の生徒会室のドアから、菜桜、朝見、銀先輩の三人がヌッと顔を出している。俺は苦笑いで応じた。

「いやー、振っておいてなんですがわたしも内心恐々でしてね? どんな相談するんだろうって」

「まぁ傭司だから大丈夫だとは思っていたけど、保険としてね」

「オレは止めとけって言ったんだぜー?」

 それぞれが苦笑いを浮かべて誤魔化したところで、ドアが完全に開き、星亜の姿が見えた。

「三人とも苦し紛れな言い訳しない。心配だったって素直に言えばいいじゃない」

「おもにわたしの友達が、ですけどね」

「下に同じく」

「オ、オレは傭司の方が大事だからな!? そこ勘違いするなよ!?」

「菜桜と朝見はともかく銀先輩の物言いは若干ガチホモ臭が漂うからやめてほしい」

 俺はため息をついてケージを手に準備室のドアを閉め施錠すると、そのまま生徒会室へと入った。

 生徒会室にはエアコンやら炬燵やら冷蔵庫、ティーセットだの生活必需品がそろっている。

 生徒会室で生活ができてしまうレベルだ。実際俺も泊りがけの日はここで寝泊まりする事が多い。

 しかし、その席の奥――生徒会長の座る席には、星亜ではなく、ピンク色のハーフアップという髪をした女の子がティーカップを手に座っていた。

「あら傭くん、ごきげんよう」

「…………天先輩さ、この投稿サイトで初登場だからと言って、無理にキャラ作ろうとしなくてもいいんスよ?」

「ちょっとぉ! せっかく人がお姉さまみたいな雰囲気出してたのにぃ~っ!」

「あま姉……」

「不憫だな」

 星亜は額に手を当てて呆れたようにため息をつき、銀先輩は苦笑いを浮かべる。

 そして生徒会長の席で足を上げながらじたばたする少女……前生徒会長、橘天音さん通称『あま姉』。しかし俺は天先輩と呼んでいる。

 性格は……まぁ、見ての通り子供っぽい人だ。どこぞのハーレム生徒会の会長みたいなカンジだ。ただ彼女ほどロリじゃない。微妙だが、どちらかというとロリと言えば……。

「………」

「……なんですか、センパイ? その挑戦的な視線は?」

「あんた何あま姉に喧嘩売ってんのよ? わたしの殺撃舞荒拳をご所望?」

「いえ滅相もないです、ハイ!」

 俺の隣にいる、ギリッと拳を握り締めた守護神(ガーディアン)朝見……の隣にいる菜桜がダントツだろう。この学園で彼女ほど小柄な女の子はそういない。男子でちっこいといえば彗あたりか。可愛いし天使だし仕方ないな。

 俺はふぅ、とひとつ息を吐いて、気持ちを入れ替える様にパチンと手をたたいた。

「――おっし、生徒会の仕事始めんぞー。星亜、今日なんか議題あったっけ?」

「あまりないわよ。というより、浅木くんが相談に乗っている間に終わらせちゃったわ」

「……えっ?」

「これ議事録。といっても三件くらいしかなかったから。あなたも負担になっちゃうと思って先にやってしまったのよ」

 ぱさりと乾いた音を立てて俺の席へ置かれたのは、議事録にファイリングする必要のある議題内容がまとめられたものだった。

 そして後ろからぽんぽん、と俺の肩をたたいた銀先輩は、なぜかサムズアップしながら、

「ちなみに帳簿記入はオレがやっといたぜ。恩に着ろよ」とウィンクして言ってくる。

「はあ……ありがとうございます。だから留美がいなかったのか」

「そうね。投書箱の処理中にどこかへすっ飛んで行っちゃったけれど」

「どこへ行っちまったんだよ……」

 俺は後ろ頭を掻きながらため息をつく。

「んー……円環の理に導かれて?」

「だったらあの、あれ。白い奴連れてこいよ。オレがその幻想をぶち殺してやんぜ?」

「良い顔してるだろうけど先輩達はそろそろ黙った方がいい。元ネタが人気なうえ権的に危ない」

 そしてこの顔(ミッフィー)である。それも色々とやばい。

「まぁ留美の事だからそのうち戻ってくるだろ。……で、その投書箱は?」

「そこにあるわよ」

 星亜に指差されたそこは、留美の席。投書箱に入れられた用紙が散乱しており、俺はため息をついて、ポケットから指サックを取り出して装着。その後それらをまとめにかかる。

 ばらばらとめくりながら目を通していく俺。

「……購買部と食堂のメニューを追加して欲しいってのが十数件くらいか。あとは部費が云々だし、そこらは気にしなくていいだろー」

「流石浅木くん。仕事が早いわ」

 四十件ほどの内容をものの一分で処理すると、星亜は嬉しそうにほほ笑む。

「……って、お前らは何人様のペットと戯れてんだよ」

 菜桜がケージから仔猫を取り出し、一人と一匹を中心に全員が周りを囲っていた。

「はぁ~。にゃんにゃん可愛い……」

 うりゅうりゅと仔猫に顔をこすりつける菜桜。さながら彼女の表情は朝見へすり寄っているようで――

「……なに?」

 ジト目で睨んでくる朝見さん。守護神継続中であらせられたか。無意識のうちに視線が行っていた事に気付いた俺はなんとか取り繕う。

「――いやっなんでもない。星亜ー。これシュレッダーかけとくぞー?」

「あっ。え、ええ。分かったわ」

 自分に順番が回ってきたのか、星亜は仔猫を抱き上げながら俺へ返事をする。

「というか、傭司の住んでる所ってペットオーケーなんだ?」

「まぁな。おばさんに聞いた話だと、フローリングとかもそういう傷修復効果のある奴使ってるんだとさ」

 ゴーッという機械音を立てながらシュレッダーをかけていると、朝見がつかつかと歩み寄りながら話しかけてきた。

「んっ、なんだよ?」

 そんな彼女の手には、綺麗に束ねられた用紙が。

「追加書類。持ってあげようと思って」

「あー……」

 俺はちら、と菜桜を見たが、今は猫にご執心の様だった。これなら突っ込まれる事はないだろ。

「悪いな、助かる」

「なに、いまの間は?」

「なんでもねーよ」

 俺は朝見から追加の紙を束で貰うと、その作業に没頭する。

 ……すると。

「……なんていうか」

 くすっと、朝見の笑う声が聞こえた。

「?」

「わたしね、傭司が一人で作業してるとき……凄く寂しそうに見えるんだ」

 その笑いがどこか寂しそうだったから。心配に思って朝見の方を向くと、彼女は微笑みながらも、案の定少し悲しげな目をしていた。

 俺の方も、両肩が少し冷える感じがして、口内では軽い酸味を覚える。これは……寂しさ、か。

 空いた左手で、俺は自然と彼女の頭をポンポンと軽く撫でる。

「んっ……傭司?」

「でも、こうしてお前が手伝ってくれてるじゃんか。誰にもそんな風には見られてないぞ、な?」

「……うん……そうだね」

 みんなを振り返った朝見は嬉しそうにふふっと小さく笑うと、俺も目を伏せて笑みを浮かべてから、ゆっくりと頷いたのだった。

 

            †

 

 ――生徒会の活動も終わり、生徒会室の施錠をして、いつものメンバーで帰路へ立つ。

 昇降口を出たところで、――ほら、きた。

 途端にどこからともなく、部活連中から嫉妬の籠った視線が向けられる。

 ちなみにこれは、決して自意識過剰などの勘違いではない。しっかりと体感しているのだから。

 俺にとって他人の視線は、本当に突き刺さる(・・・・・)んだ。

 現に今も針でつつかれているかの様なチクチクと鋭い痛みが俺の全身を襲っている。

「(……地味に痛いんだよな。嫉妬の視線ってのは)」

 主に刺さっている腕や肩の部分を、痒くなったかの様に誤魔化しながら、引っ掻く。これで少しは痛みが和らぐんだ。

 朝見から感じた酸味やこの視線、胸の冷たさ……。

 これらは総じて、比喩表現じゃない。

 俺は人の感情を、一部を除いて五感で感じる事が出来る。

 目の前に嫌な気分の人間が居たり、場の雰囲気が重苦しいテストの時などは、酷い苦みと頭痛。あとは吐き気を催す。

 怒っている人なら、全身をバーナーで炙られているかのような痛みと、コクなんてものは存在しない、ハバネロを大量に口の中へぶち込まれる様な、無機質な辛味。

 ほかにも()や匂いが伴う事もある。

 これが、俺が人に言えない秘密ってやつだ。

 この秘密を抱えているから、俺は人頼みを断る事ができない。

 もし断って逆恨みでもされたら、苦みと頭痛、殺意にはゾッとするほどの寒気と口渇感に悩まされ続ける。

 だから、雰囲気や空気を必要以上に気にするようになってしまった。

 ちなみに病院でも検査したことはある。

 それでも結局、子供の言う話なので、感受性が強すぎるの一点張り。

 担任の教師も半分話は聞いてもらえたが、それからはほとんど疑いの眼差しを向けていた。

 その時は……味が濃い癖に、ぬるいコンソメスープを飲まされる様な……なんとも形容し難い気持ち悪さを味わったもんだ。

 ――なので、この事を口にしないことを、俺は幼いながら心に決めた。

 だからきっと、留美や彗もみんな、他愛ない会話をする程度で、クラスメイトで……卒業すれば会わなくなる。それぐらいの、軽い関係。

 決して、交わる事のない人生。

 あの時の俺は、そう思っていたんだ。

 ……彼女達(・・・)と逢うまでは。

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