蝦夷。
日ノ本の国の本州から遠く離れた蝦夷地では年中雪が吹き荒れる『壱級災害指定地域』である踊山と呼ばれる山が存在する。かつて、唯一集落を作っていた凍空一族が棲んでいた筈だが、今となっては遠い昔のこと。存在するはずの無い一族として、どの文献に記されることはなかった。
集落は豪雪に埋もれ、なだらかな新雪の山肌を吹雪が滑る。
そんな、平らな新雪に足跡を残す者がいる。
大の男でも踏ん張らなければ吹き飛ばされるか、足を止めて埋もれてしまうような吹雪をものともせず、おおよそ雪山登山に臨むとは思えないような絢爛豪華な着物を羽織り、舞子が履くようなきらびやかな下駄で降り積もった雪の上をからんころんと鳴らしながら歩いている。
被った編み笠にしんしんと雪が舞い降りていくが、積もることなく右へ左へと揺れ落ちてははたはたと雪の大地の一部と化した。
吹雪がいっそう強く吹き荒れると、被った編み笠からこぼれ落ちた異国人のような輝かしい金髪が雪風に掬われるのをおっと、とほっそりとした片手で押さえた。
「あらあらあら、これではまた鬢が乱れてしまうわね。下山したらすぐに櫛で梳かさないと」
手櫛は用いない。髪を傷めてしまうから。
少女はそう、祖母から教えて貰った。もう随分前に祖父と旅立ってしまったけれど、祖母と過ごした日々は昨日のことのように思い出せる。高飛車で高慢、やたら人の事を否定する-まるで自分が世界の中心であるとでも言うような、一度出逢ってしまったら忘れられそうにないような人だった。対して祖父は、そんな祖母と噛み合っているのかいないのかわからない、でも何か大事なものを無くしてしまったような伽藍堂な人だった。
凸凹ではあったけれど、まるで水と油のように混じることは無かったように思える。
そんな凸凹の、どちらかというと凹にあたる祖父から見様見真似で剣術を習ったーーー否、倣ったのだが大層驚かされた。「まるで姉ちゃんみたいで怖え」と言われたが正直微妙なところだ。一通り祖父が継いでいたという剣術は修得したが、いまいち私の体には合わなかった。ということで父方の方の祖母が継いでいたという剣術を習おうかと思ったのだが、もう既に床に伏していたのだという。実に残念だ。かつては日ノ本の国最強の剣士と言われてたらしいが、その最強の座は祖父の姉ーーつまり、先ほど供述した件の私似の姉に取られたらしい。奇妙な因果である。
母方の祖父の剣術は体に合わない。父方の祖母の剣術は既に途絶えてしまっている。母は祖父の性格とそっくりではあるが運動音痴なので論外。父の剣術は、あれは大陸の妖術の類かと疑うほど奇異なもので修得できそうもない。とくればーーー
「…あらあら、こんな雪山に生き物? 珍しいわね」
視界の端で何かが蠢いた。針葉樹林の根元の影にいて全容は伺えないが、兎の類だろう。冷えた土地での兎の肉は美味しい。捕まえて食べよう、そう思っていたところで背後からぼふん、と物音が鳴った。
下駄を走らせ前方へ身を投げる。倒れたところで雪の絨毯なので怪我は無いが、これからのことを考えるとそうはいかない。祖父から教えてもらった剣術の足運びで姿勢を保ちながら距離を取る。
先ほどまでいたところには深々と化け物の首が雪に埋もれていた。後少し遅ければ今頃噛み砕かれていたかもしれない。突然襲いかかってきた化け物に後退りながら木陰に蠢いていたであろうものを確認すると、純白の雪原を血染花のごとく染め上げて横たわる兎の死骸がそこにあった。あの化け物にでも喰われていたのであろう。
そして今度はこちらが化け物の餌になってしまった。
改めて化け物と対峙する。埋もれた雪から這い出た化け物は、六本足。その内一際発達している後ろ足の腿節が印象的だ。恐らく跳躍に適しているのであろう。後ろでの物音は着地音だ。吹雪いていたせいで上空を確認出来なかった。
この化け物には見覚えがある。
『ジ……ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!』
飛蝗が低音の大音量を発する。警戒音だ。また飛んで襲うのだろう、後ろ足が力むのが見える。
殺られる前に、殺る。
母方の祖父が継いでいる流派の開祖が編み出した奥義がそれだ。だが今回は使わない。代わりに私の剣術を披露しよう。
左足を半歩下げ、右手を二本貫手で構える。
そして、放つ。
「
ぱすっ。
空気が抜けたような音。それは飛蝗の体に大穴が空いたことを意味する。
「ーー斬らぬこと『銃』の如し」
『■■■■■■■■ーー!?』
飛蝗が声に成らない苦しみの鳴き声をあげる。それはすぐに吹雪にさらわれてしまった。だが致命傷ではない。
「あらあらあら、これで御自慢の脚で飛べませんわね。蟲は蟲らしく、這い蹲るのがお似合いよ」
両後ろ足を撃った。関節三ヶ所が二本、合計六ヶ所に大穴が空いている。穢らしい体液が零れ落ちるのも束の間、踊山特有の氷点下の気候によって瞬間冷凍された。とても痛そうだ。
だから、すぐに楽にしよう。
今度は左手を構える。五指を並べてぴんと伸ばし、平手にして刀のように見立てて上段へ。
そのまま、振り下ろす。
「
縦に、一閃。
不快な鳴き声は止み、吹雪の音さえも消えた。
「ーー砕かぬこと『鈍』の如し、見えぬこと『針』の如し」
飛蝗、そしてその背後にあった針葉樹林の数々と踊山の内の一つの小山。それらが、母方の祖母に見せて貰った『かすていら』のように綺麗に斬れた。真っ二つに斬れた飛蝗その他諸々がぱっくりと二分されて左右に転がった。
「あらあら、つまらぬものまで斬ってしまったわーーあら、この台詞良いわね。決め台詞にしようかしら、決め顔で言うのも悪くない」
ーーー十二使刀流。
これが、私こと錆
十二使刀ーー九散の母方の祖父がかつて対峙した十二本の幻の剣のことを指すらしい。なぜ見たこともないような刀を知ってるのかは九散本人も不明ではあるが、九散と容姿がそっくりな母方の祖母は、祖父がかつてその身に刻まれた経験が九散に伝わったのではないかと仮説を立てた。
実際のところは不明である。だが知っているのならば仕方ない。
かつて、この日ノ本の国でも伝説とされていたというある刀匠が生み出したとされる十二本の刀。
千本作った中でも習作と言わしめた、誤りの歴史に生まれそして忘却の彼方に散った十二本の刀。
絶刀『鉋』。
斬刀『鈍』。
千刀『鎩』。
薄刀『針』。
賊刀『鎧』。
双刀『鎚』。
悪刀『鐚』。
微刀『釵』。
王刀『鋸』。
誠刀『銓』。
毒刀『鍍』。
炎刀『銃』。
それらの全てを体現させる流派が、十二使刀流である。
「あらあら、御先祖様のお墓参りも済んだことですしそろそろ向かいましょう」
九散の手元には文が握られている。それは松ノ原 小鳥という人からの江戸への招待だった。
『江戸の蟲奉行所に勤めて欲しい』と。
現将軍徳川吉宗公の署名と徳川家の家紋。母方の祖父が以前大変幕府に迷惑をしたことから行きにくかったが、こう呼ばれては仕方ない。
「穢土ーーいいえ、江戸に参りましょう」
はい、これは昨日のTwitterでも設定暴露してたやつです
なんとこれ初のスマホ投稿。電池がやばい
最近アニメやってたので短編書いてみました
……続かないよ! これ続かないからね振りじゃないから続かないよっ!
「七花の嫁が否定姫なんて認めない!」って人にはあまりオススメてきません。現時点では主人公含め四名のオリジナルキャラクターが出てきてますが、九散以外は名前しか出てきません
鑢
七花と否定姫の子供。大ざっぱな性格は七花譲りだが運動神経の無さは否定姫譲り。ここで一度虚刀流が途絶える
凍空 淡雪
昔蝦夷から抜け出して途方に暮れていた凍空一族の男。錆 黒鍵の婿となる
錆
黒鍵と淡雪の子供。気体や液体を刀のように扱う不刀流の使い手
錆
八穂と灰徒の子供。虚刀流限定の見稽古を持ち、記憶に無いはずの変体刀十二本を知る。変体刀十二本を元に十二使刀流を編み出す
こんな感じですね
……感想とかくれて「続きがみたい!」って方がいましたら短編で書くかもしれません