しかしどうやら一日でこの御前試合を書ききるには無理があった…か?
【BGM:唯我変生魔羅之理】
―――駆ける。掛ける。賭ける。
足早に、迅速に、一瞬に。その全てを
「(フン…確かにそうだ、此処が戦場である以上女子供に容赦はしない)」
なかなか衝撃的な第一陣ではあったが、夢久の眼を覚ますには十分だった。
「(妖しき妖術か、それとも法術か? いずれにせよ―――)」
走りにはおおよそ適していないように見える着物を、舞うように扱うことで駆ける速度を昇華させる。これが夢久が対蟲戦において鍛え上げられた夢久の技能だ。その速度はこの場で誰よりも速く、そして鋭かった。初期動作から全速力への移行においては随一と言えるだろう、それは退治する蟲の急所に銃弾を当てやすくするため。そして今回は、
「我が愛銃『
人間に放つ。銃を人に向けるなんて久方ぶりではあるが、生態系の特定が初見では難しい蟲より人体急所は把握している。主に体の中央に沿い、頭・鼻・顎・頚椎・心臓・水月など。そして致命傷には至らなくとも急所と言えるのはこめかみ・左脇・膝頭など。当然、定めるは胸の中央。中央に狙いを定めれば、反動が掛かり銃身が跳ね上がったところで頭部へ直撃する。九散がどの方向へ逃げようとも、胸を中心とした体の何処かには必ず当たる。つまり、この時点では絶対不可避の攻撃ということに他ならない。そして、引き金を引く。
どん、どん、どん。
三連続発射。それがこの時代における銃においていかに特殊であるか知れよう。全てが全て、まるで吸い込まれるように放たれた銃弾は妖しく笑う九散へと向かった。だがしかし、
「――他愛無いわ」
鎧袖一触。袖の一払いに終わった。
その光景は正に鎧の袖とも言えよう、人間の眼では捉えることすら敵わない速度で吐き出された銃弾はしかし、九散が気まぐれと言わんばかりに振った袖によって搦め捕られ、薙ぎ払われた。風によって凪いだ袖からは、ぽろぽろと放たれた筈の銃弾が溢れ、地に落ちる。
「その程度、この我が予想せんと思うてか!!」
「!」
突如、九散の視界が何かによって遮られた。
扇子だ。駆け込んだと同時に銃を構えて見せて注目させ、夢久は豪華な着物によって隠れた左手を後ろ手に構え扇子を前方上空へ投擲した。九散の視線が迫り来る夢久を捉えていたが為に、己の上空からはらりはらりと落ちてくる扇子の存在に気付かなかった。
落ちた扇子が九散の視界を遮るのは一瞬。だがその一瞬が命取りであり、同時に十分過ぎた。
「覚悟はいいな」
「!」
「容赦はせんぞ」
目の前。まさかの目の前に無精髭を生やした大男が上段に鉈を構えていた。そして背後から鋭利な斬撃の気配を感じる。尾上
時同じく、扇子によって視界を防ぐことを見据えた夢久は旋回し九散の背後へ至近距離に回り込む。至近距離では遠距離戦術の要である銃は役に立たない。故に、九散も夢久は遠距離からじわじわと攻める戦法に走るのかと思っていた。そう思うだろうと既に予測していた夢久は、嘲るように至近距離で九散の背後を取り、そして銃刀を槍の様に突き付ける。
そう、銃
前方と後方からの挟撃。普通であれば左右へ逃げられるがオチなのだろうが、不幸にも九散は構えを取っていないがこちらへと歩んでいたが為に、足が前後に開いていたのだ。故に左右への移動はこの時、この一瞬だけ不可能である。
「乾 坤 一 擲 ――一握の 剣」
「優 美 華 麗 ――
『斬る』ことではなく『潰す』ことに特化した大鉈と、的確に脊椎急所を狙う太刀の突きが九散に炸裂する。たとえ相手が強固な殻に覆われた蟲であろうとも一撃で瀕死に至る衝撃が九散の体を駆け抜け、特に上方から掛かる重力の何倍もの圧力が九散の足場の石畳を
「―――お見事、と褒め称えるには少々足りないかしら」
「なんッ…!?」
「馬鹿な――!?」
だが、九散は斃れなかった。凡夫であれば確実に死に瀕しているであろう一撃を、前後に伸ばした腕で受け止めていた。
大鉈は真綿で包み込むように、親指と人差し指の間に刃を滑り込ませて。
銃刀の先は壁のように、手のひらで銃刀に対して完璧なる垂直面を維持して。
たかだかそれだけで受け止めたことに二人は驚愕を禁じ得ない。それは観客も同じくあんぐりと口を開けていた。唯一、無涯は九散の一挙一投足を見逃さぬよう眼を細め、御簾にいた蟲奉行様はほう、と感嘆の息を漏らした。
「
瞬間、夢久と影忠は目の前で巨漢の鎧武者が刀を抑えている様を幻視した。
完成系変体刀十二本が一振り、賊刀『鎧』。完成系変体刀の中で最も防御面において突出した刀だ。当時その様は刀というよりも西洋甲冑のそれと酷似しており、かつて薩摩にいた海賊頭領・校倉 必が所持していた。旧将軍――この日ノ本における天下統一を初めて行った雑兵関白――が賊刀『鎧』の蒐集に挙兵したが、乱世を乗り越えた屈強な軍隊は敗残の一途を辿り、三年間のうちに十二回連続で奪取に失敗した。つまり、文字通り一騎当千の力を持つ。その刀を体現した九散に、やれ大鉈だの銃刀だの奇をてらった戦力が通ずるだろうか。
「もう終わり? なら、こちらからも行こうかしら」
くすりと見惚れるような微笑みを浮かべ、大鉈を抑えていた手を離し影忠の前に差し出すと、手刀を高々と掲げる。それは先程影忠が九散へと構えた上段の構え。
そして、振り下ろす。
「
「ぐ――うううぅぅっ!!!!」
得体の知れない危険信号が影忠の全身を走り、全身全霊を以て大鉈で防御に入った。避ける隙はなく、かといって受け止められる子遊びの手刀とは訳が違う。受け止め切れるものではない、そうは分かってても刀を持っているならば己の力を信じて応戦しないわけにはいかない。
「ッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
腕が軋む。大鉈を掴む手が悲鳴を上げる。それに応えるように吼える。
押し返してもぴくりとも動かない。迫り来るは乙女の細腕なのに、影忠には落下してくる大岩のように感じられた。みしみしと大鉈に罅が入るのが見える。それは恐らく影忠にとっては何十分もの力比べだっただろう、しかし現実では数秒にも下らない
「っく、お前の思い通りにはさせんぞォォォォッォォ!!」
だが九散の手刀が影忠の頭蓋を砕き、脳漿をぶちまけるという惨状に至るよりも速く、夢久の愛銃『叢雲』が火を噴いた。九散が影忠へ仕掛けた時で既に『叢雲』の拘束は解かれ、影忠が持ちこたえたほんの数秒間は九散に狙いを定めるには十分だった。
『叢雲』。その名が冠するは、三種の神器が一つ『天叢雲剣』に他ならない。だが、
「
所詮は名を借りただけの贋作。振り下ろしていた手刀は解かれ、瞬時に薬指・小指の二指を丸め込んで人差し指・中指を突き出してはばん、ばん、ばんと銃声を鳴らし、『叢雲』の銃弾を全て撃ち落とした。
完成系変体刀十二本が一振り、炎刀『銃』。もはや完成系変体刀内に刀ってあるのに刀じゃないという理論は存在しない。中でも刀のように『斬る』という特性を失いかつ殺傷性のある刀に仕立て上げたのがこの炎刀『銃』だ。それは回転式連発拳銃と自動式連発拳銃という二対一組の刀であるが、九散が体現した炎刀『銃』はわざわざそんな区別なんかしない。曰く、
「回転式連発…と、自動式連発? なぁにそれ、銃ってわざわざそんな区別をしなくちゃいけないの? 連射性? 速射性? 正確性? そんなの全部あればそれでいいじゃない」
後の世で銃を開発し発展に切磋琢磨する連中に謝れと言いたくなる一言だが、まさにそうだ。銃は金属という固定化した器によって銃撃による衝撃からなる破損を防止する。速射性の高い銃、連射性の高い銃、戦場によって適した銃を持てば問題無いだろうが、不足の事態が起こる場こそ戦場なのである。故に、九散は連射性、速射性、正確性の向上を指三本で為し得た。いや、親指は完全に飾りでしかないのだが。
九散の『銃』は実弾がない。だが常人の目にも映らぬ速度で指を前後させることによって指先に漂う空気を弾いている。これにより、気弾を形成した弾はもはや銃弾と遜色のない威力を持つ―――と九散は思っている。だが実際には少々異なり、空気云々もあるのだがそれ以前に、九散は指先から無自覚に放出された法力を籠めているのだ。法力とは仏教用語であり神道では神通力とも呼ばれているが、西洋で言い換えれば『魔法』に近しいものだろう。
九散の父、錆
法力を纏った不可視の銃弾が相殺する。だがもう何が起きても驚かないと腹をくくっていた夢久は取り乱すことなく『叢雲』によって牽制を入れつつ銃刀で突く。九散も斬らずに撃ち抜く『銃』で応戦しながら、ひらりひらりと銃刀によって繰り出される突きを躱す。そして、
「ぐっ…!!」
「これで、もう抜けないわね」
複雑に、幾重にも重なった九散の衣が銃刀を搦め捕る。余した右の振り袖によって搦め捕られた『叢雲』は引き抜くことも押し切ることも出来ない。夢久は肩で息をしながら奥歯を噛み締めた。
「くっ――このままで終わって…たまるかあああああああぁぁ!!」
「――あら」
夢久は『叢雲』に施された拘束を解く。その拘束は改良型と名付けた
「優 美 華 麗 ――
総弾数八発を一気に放つ。くしくもその銃弾は九散へと命中する線であり、これは決まったかと観客達も手に汗握り歓声をあげた。が、
「
――斃れたのは、夢久だった。
致命傷にこそ至っていないものの、豪華な夢久の着物を血が濡らし怪我を負っているのは誰が見ても明らかだった。
「くぅ……貴様…手加減したな」
穿たれた弾の数は夢久が放った八発。九散は夢久の銃口から放たれた銃弾の全てを捉え、その
「……なる、ほどな…貴様は我の一発に対し、二発撃っていたのか……」
「花丸」
もはやこの時点で生身で銃を撃てるなんて突っ込みはしない。九散は己の行動を看破して見せた夢久に花丸を送った。純粋に凄い、と思えたのだ。当然九散の『銃』の体現は弾切れが無いことと見えないこと。それは銃弾そのものでもあるが同時に九散の発射態勢、構えを見抜かれないということでもある。
確かに九散は過去、ここまで銃撃戦を繰り広げた益荒男はいない。同時に、九散の『鎚』の力に数秒でも耐え抜いた益荒男もいなかった。夢久と影忠、彼等は市井百姓の凡夫としての域を踏み越えた益荒男達なのだ。その実力に嘘偽りが無いことは戦いを通して伝わった。
同時に、
だが、
「あらあら、それでは最後と致しましょうか」
「……ああ、そうだな」
戦いが終わった訳ではない。
既に三人の戦闘によって荒れた大盆には二人しかない。審判役を務める顔を隠した男が負傷した二人を担いで大盆の外へ運んでおり治療も受けている。いままで手を出していなかった無涯はいつもと変わらず、冷めた眼差しで九散を見据えながら、しかし己の内に込み上げてくる闘志の炎を燻らせていた。戦闘を行った張本人である九散は無傷、そして夢久と影忠によって事前に手を出すなと忠告されずっと三人の戦闘を避けていた無涯も流れ弾を喰らうことなく無傷。つまり、事実上万全の状態で九散と無涯の一騎討ちが為されるのだ。それが自然と読み取れた観客は静まり返り、あの仁兵衛でさえも固唾を呑んで食い入るように見ている。
「虚刀流九代目当主、十二使刀流が開祖……いいえ」
九散は口上を述べるのを止めて祭壇を見る、上座には蟲奉行様、下座には上司である小鳥と、そして治療を終えた夢久と影忠がいた。視線を投げかけると、御簾の向こうで蟲奉行様が小さく頷き、小鳥が微笑み、夢久と影忠が肩を揺らして苦笑しているのが見て取れた。無涯に向き直るとはやくしろ、と眼が催促を語っていた。九散は満足げに息をつき、口を開く。
「―――蟲奉行所市中見廻り組が同心・錆 九散、参る!!」
「同じく、蟲奉行所市中見廻り組が同心・無涯、行くぞ!!」
そして、最後の神楽が幕を開けた。
さてさていよいよ神楽も大詰め
九散対無涯、勝利の栄光は、蟲奉行所最強の頂は誰の手に―――ということで、いつになく本気の戦闘シーン如何でしたか?
個人的には割と短くて呆気ない…(ごめんなさい)感が漂ってます。こんなんで次回の撃剣の神楽描けるかなぁ
因みにこの流れだと「これ最終回じゃね」って思う方もいるでしょう。自分もその内の一人です
しかし!! 残念でした、まだまだ終わりません!! まだまだ短編の癖に連載しますので、どうぞよろしくお願いします