【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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前回は家重君ブーイング炸裂!
さてさて今回は…?


十五太刀目

 

 背後で喚く次期将軍の首根っこを掴んで投げ飛ばす。涙と鼻水で濡れて台無しになったイケメン仮面は空中にいた分身体であるもう一人の九散によって見事確保。そしてまた投げ飛ばす。扱い酷いと言われそうだが緊急事態という大義名分で誤魔化せそうだ。

 ()()()()()()()()かのように襲撃してきた『干城鍬形(かんじょうくわがた)』だが、既に避難は再実行されている。避難場所で治療に専念していた分身体二百人に加え、負傷者や女子供を抱えてきた六百人の内半分の三百人ほどが、避難場所にいた全員を抱えて避難させている。『全は一 一は全』という言葉があるが、九散の分身体は思考が全てと同調されており、一人の五感はすべて伝播される。いわば『(つるぎ)』によって増殖した千人の九散は全てが全て生物としての触覚でありながら本体、手足でありながら心臓なのである。故に、千人いる中で最も速く『干城鍬形』を発見した時点で既に避難行動は開始されていた。九散の全力疾走は押し寄せる土砂に勝る―――が、避難場所にいた者達の数は江戸の下町のほとんどの人数だ。つまり、人手が足りない。最高でも一人あたり四人運ぶのが限界である。だが九散は人を見捨てたりはしない。故に、

 

「はいはいはいはいはいっ五人投げたわよォー!」

「よぉーし中継三つー!」

「あ、そこのおじさま助平だから脳味噌グラグラに振っといて!」

 

 投げる。もう容赦無い。だが九散とて鬼畜ではない、妊婦や怪我人は運ぶことにしているし投げるのはあくまでも五体満足な男ばかりだ。地上から投げられた人を空中に飛び上がった九散の分身体が捕らえ、そのまま振り抜いてまた投げる。その繰り返しをすることで『干城鍬形』襲来による被害者を出さないようにした。

 

「あらあら、避難具合は上々ね………さて」

 

 眼を僅かに閉じて千人の動向を確認する。幸い怪我人は出なかったようだ。九散と『干城鍬形』との戦闘領域からの避難が完了したことを確認し、眼を開いた九散は金の髪を梳いて『干城鍬形』を見上げた。

 

「正直、無涯さん一人で全部終わらせちゃうっていうのも物足りなかったのよね。私としても手合わせしたかったのよ」

 

 『干城鍬形』が唸る。九散の軽口を挑発と受け取ってくれたのかは不明だが、視線の交差から九散を敵と見なしたようだ。心の中で歓喜と闘争心が膨れ上がる。全身を巡る血が沸騰しそうな高揚感が支配する。己の数百倍の大きさはあろう蟲との対峙なんて滅多に無いだろう。かつてない強敵を前に胸が躍った。

 

 

▼ ▼ ▼

 

 

 江戸下町・新中町奉行所――又の名を、蟲奉行所。

 蟲奉行所の象徴である蝶の意匠を拵えた武家屋敷の中枢。御簾(みすだれ)の奥で、現江戸幕府従二位別格老中である少女・蟲奉行様は家臣からの報告を聞き溜息をついていた。

 

「(……今年は、異例づくしだな)」

 

 月島 仁兵衛及び錆 九散の就任。御前試合という名の神楽。早い時期での『益荒王兜(ますらおおかぶと)』の襲来。そして、その対である『干城鍬形』の襲来。

 

「(……過去、『益荒王兜』と『干城鍬形』の喧嘩は江戸を中心に行われておった。だが四十年ほど前から『干城鍬形』は姿を消し、我が蟲奉行所の夏の陣は『益荒王兜』一体の討伐となってしまった……)」

 

 幸い、『市中見廻り組』新戦力である九散の手によって被害者は出なかったらしい。だが、

 

「(……城塞級巨大蟲の討伐が現状可能なのは無涯のみ。しかしいくら無涯と言えど、『益荒王兜』の討伐で体力はほとんど無い……それに塵外刀変化)は刀そのものが痛んでしまっている……)」

 

 無涯が動けない。それはつまりこの江戸に城塞級巨大蟲を討伐出来ないことを意味する。そうとなれば『干城鍬形』の進撃、江戸の崩壊は避けられない。

 

「……頼むぞ」

 

 からんころん。

 昔聞いた下駄の音が、蟲奉行様の記憶に蘇った。かつて尾張幕府と言われていた時代の終わりに聞いた音色、そして出会った大柄の男と金髪碧眼の少女。その少女と瓜二つの容姿の少女に、望みを託した。

 

 

▼ ▼ ▼

 

 

 動かない。啖呵切って挑発したにも関わらず、九散は動かなかった。不敵な笑みは絶やさぬまま、お供どころか分身一人たりとも傍らに寄せず、ただ不動を維持して『干城鍬形』を見上げる。見上げられている――筈なのに、『干城鍬形』にはそれが見下している、舐めているようにしか見えなかった。九散は――己が天下最強絶対無敵不撓不屈の剣士だと驕っているわけではない。だが、九散はあえて仕掛けられる立場でありながら何もせずただそこに立っているだけなのだ。そう、『干城鍬形』は直感で九散の意思を読み取った。

 

 ― 掛かってらっしゃい  一撃目は、受けてあげるわ ―

 

 それは己を慮り、侮っていることに他ならない。それを即座に理解した『干城鍬形』は怒りに燃え、米粒如きの小さな九散を踏みつぶす。ぐしゃあぁ、と全てを押しつぶすような音が夕日の江戸に響いた。現実、振り下ろされた足の周囲は風圧で広範囲にわたり家屋が吹き飛び倒壊している。だがここで『干城鍬形』は異変を感じた。己が足で踏みつぶした足裏の感触は、ごく表面積の小さいものだった。

 

不効(きかず)不浮(うかず)――効かぬこと『(よろい)』の如し、浮かぬこと『(かなづち)』の如し――上位駆動」

 

 受け止めた。ただ空を仰ぐように掲げられた右手は『干城鍬形』の足裏に的確に貼り付き、そのまま受け止めていた。それはさながら巨大岩石を受け止める一本の樹木のように、巨体に見合う多大な重量を受け止めた。これはかつて賊刀『鎧』を手にした校倉 必と未熟ながらも双刀『鎚』を使いこなした凍空 こなゆきの剛力に他ならない。九散の十二使刀流はなにも刀そのものの特性を体現するのみではない。通常駆動として完成系変体刀十二本の各性質を、比較的広い定義で体現させている。だが上位駆動の場合、その刀をかつて所持していた()()()()()の技術、技能、才能を体現できる。顔も名前も知らない、だがうろ覚えながら『刀』と、その刀を扱うために必須であろう『技能』『性質』は読み取れる。

 九散を覆うように、『鎧』を纏った男と『鎚』を危なげに持つ少女の姿が一瞬姿を見せる。

 

「この程度? 存外たいしたこと無いわね、巨大蟲さん?」

 

 『干城鍬形』自身の自重もあって足に九散の指先が食い込んでいる。九散は凍空一族特有の怪力を駆使して『干城鍬形』を()()()()()。たかだか足の一部だというのに蟲全体を浮かせるという難行は、歴代賊刀『鎧』所有者に不可欠な技術、指向性と均衡性が取れた力の制御という点で可能になった。宙に浮いた身体を、一気に叩き付ける。勿論、町の被害が既に手遅れな地へ。

 背中から派手に倒れた『干城鍬形』はあまりの事実に身動いだ。自分の目にも見えないところで何が起こっているのだろう、と。四十年前に兜に負けて力を溜めた筈の己に何が起こっているのか、と。だがそんな時間を九散は与えない。

 

不生(いかさず)――生かさぬこと『鐚』の如し」

 

 『干城鍬形』の腹――つまり、足の根の全てが集約されている場に、閃光が走った。翳した手から放たれた電撃は視界を光で埋め尽くし、触れた物はたちまち熱によって焼かれ、蒸発していく。だが九散は『鎩』による分身体が治療に電気を使ったことによって電力が減少している。自己再生用の電力は残っているものの、これほどの巨大質量ともなれば掛かる時間は勿論のこと、電力不足が否めない。

 

「(……コイツ硬いわね。全ての電気を叩き込んだほうがいいかしら)」

 

 皮膚外装が他の蟲の比ではない。九散には知らない事実だが、四十年もの時を経て上塗りを何度も繰り返し鍛え上げられた『干城鍬形』の皮膚は硬い。あの『益荒王兜』の一撃を受けてもへこまないほどと想定した強度だ。兎に角硬い、それを理解した九散は全身の電力を駆使して焼き払う作戦に決行。

 普段九散の『鐚』としての電力は効率の悪い体内自家発電と空気中の静電気を無意識に集めることで賄われている。この時代の者には分からないが、よほど電力が枯渇していた場合は空気中で起こっている化学反応から検出される電力も採取しているほどである。一番効率がいいのは雷を実際に浴びることなのだが、ここ最近雷は江戸に落ちていない。

 『鐚』の使用用途は様々だ。『鐚』本来の傷を癒し続ける力から身体能力を飛躍的に上昇させる、敵を電熱で焼き殺すなど多種多様。多様性があるが故に重要であり、この場での九散の決断はあまりに安易過ぎた。

 

「な、!?」

 

 全身の電力を全て手に集約させ、放とうとした瞬間に六本の足が閉じた。九散が立っていた場所は蟲の腹のほぼ中心部――つまり、六本の足先が集う場所だ。

 

「っぐあああああああ!!」

 

 巨大にして鋭利な六つの足先が九散の全身を六方から蹂躙する。それは御前試合で影忠が振り下ろした大鉈の倍はあるであろう大きさと、力。巨大な断頭台を錯覚させる六つの足が九散を斬り裂き、致命傷を与えた。

 

「くっ―――!!」

 

 苦し紛れに迫り来る六つの凶刃の内一本を『鐚』で焼き切る。一節分が跡形も無く消えた痛みが『干城鍬形』に伝わり、その巨大な全身の身をもって暴れ出す。

 

「う、わっ」

 

 『干城鍬形』に乗っていた九散は暴れた拍子に宙へ投げ出された。いや、正確には怪我を負った身体で中途半端に『針』を使い風圧に乗っただけだ。全身を走る痛みで集中出来ず、持続性は持たずにすぐその効力は失ってしまう。そして、暴れたことで身体を起こした『干城鍬形』の目に止まった。獲物が目と鼻の先に文字通り止まって、動かない捕食者はいない。四十年間鍛えに鍛え上げ、一本の刀の如く研ぎ澄まされた二振りの鋏が絶好の機会を逃すこと無く九散に襲い掛かる。

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!」

 

 幸運なのか不運なのか、鋏の一番先に挟まれた九散は両の手を目一杯広げてつっかえ棒のように鋏が閉じるのを防ぐ。だが今は『鎧』と『鎚』の力しか使えない。否、無意識に『(かんな)』も使っているのだろうが、何分空中である。『鎧』の防御力は半減したと言ってもいいだろう。

 

「(…こ…このまま手を離して落ちれば助かるようには全く思えないわね! 落ちる前に首キーリされるのがオチよ!)」

 

 かといってこのまま状態を維持し続けるのも難しい。折れず曲がらず錆びることの無い『鉋』は最早命綱に等しいが、悪く言ってしまえば少しでも重心がずれた場合つっかえとしての役割は無くなり、九散の胴体は切断されてしまうだろう。これは持久戦か、と思ったがそれは全身を襲う下からの風によって裏切られた。

 鍬形蟲は戦闘において、相手を挟んでから二通りの戦い方が存在する。一つは、力任せに鋏で相手を切断すること。もう一つは、挟んだ相手を地面に叩き付けること。

 

「がはぁっ……!!」

 

 力任せに振り下ろされ、本領発揮できる筈の地面に叩き付けられた衝撃が九散を絶命にまで追い込む。振り下ろされた鋏は地面に叩き付けただけでは飽き足らず、地中にまで深く突き刺してからまた持ち上げ、叩き付けることを繰り返した。二回、三回とそれは繰り返され、往復が八を越えた時には九散の意識がほとんど飛んでいた。頭もぼんやり虚ろになり、全身から力が落ちる。九回目の振り下ろしから振り上げの時に九散の『鉋』が解け、僅かに空いた隙間から勢いに乗って投げ出される。美しかった金髪は血と泥に穢され、絢爛豪華な着物はぼろぼろな布切れに化していた。見る者すべてが目を覆いたくなるような惨状だった。その姿はまるで川辺にうち捨てられた人形のよう。

 激痛で意識が途切れ、地に落下した衝撃で再び覚醒する。しかし全身の致命傷は治ること無く痛みとして残る。僅かに残された電力はすべて意識をつなぎ止める為の信号としてしか使えない。久しく己の治らない怪我を見て軽く自嘲した。

 

「…まだ…、まだ…ね……」

 

 力の入らない腕を支えに起き上がり、再び『干城鍬形』と対峙する。震える腕は恐怖心からくるものではない。世界は広いんだと、改めて自覚させられたことへの歓喜だ。完全に己の勝利を信じて疑わない瞳を見た『干城鍬形』が、哀れみも慈悲も無く最後の突進を仕掛ける。僅かに開いた羽根を振動させて加速力を加算し、最速にして最大の威力で九散をねじ伏せる。それは本来『益荒王兜』に喰らわせる必殺の一撃。己と同じ大きさの巨大蟲を相手に想定した攻撃、凡夫ならばその肉体は砕け散るだろう。だがそれを分かって、九散は真正面から挑む。

 

 ― 来なさい、自慢の鋏もへし折ってあげる ―

 

 そんな挑発で狂う『干城鍬形』ではない。怒りに冷静を注いで己を制御する。鋏の先と先を擦り合わせる様に閉じ、全身の強靱な筋肉と羽根を使って突っ込む。衝突と共に鋏を開き、縦ではなく横に相手を斬り裂く奥義とも言えよう。駆けだした『干城鍬形』を止める者は無く、九散の身体に鋏の先端が突き刺さった。

 

 だが。

 

 

【BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者】

 

 

 死ね。死んでしまえ。

 死なぬなら殺す。何度でも殺す。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して―――殺す。

 殺す。何度でも殺す。生きても殺す。死んでも殺す。殺す為に殺す。

 

 ――『干城鍬形』を襲ったのは、圧倒的殺意。純粋にして純朴、単純にして愚直な殺意。億万の民の怨念を集めても到底追いつく事のない猟奇的領域。目の当たりにする生命を枯渇し、見るだけでも死に耐えてしまいそうな殺意。本来方向関係無く放たれ周囲一帯を死の大地と化す筈の殺意は『干城鍬形』にのみ注がれた。だが『干城鍬形』を()()()に止めてみせたのは何も殺意だけではない。

 巨人だ。

 『鎧』ではない。殺意、敵意、害意――そのすべてを優に上回る化外(げがい)。否、あれは人なのか。人という存在の形をしているのかどうか――蛸や烏賊の様な足が触手の如く『干城鍬形』の影に潜り込み、動きを封じている。九散の背後を、九丈ほどの背丈の巨大な巫女が姿を現していた。

 

「 神咒(かじり)神威(かむい)無間黒縄(むげんこくじょう) 」

 

 殺意は『干城鍬形』の動きを制限する鎖へと、影から浸蝕しその自由を奪う。何十、何百、何千と枝分かれした触手は『干城鍬形』の動きを一切許さない。巫女は静かに笑みを浮かべた。

 随神相(かむながら)

 ある特殊な人種が一定の領域に至った際に発現する使い手の本性が具現化した姿だ。それはかつて『東征』と呼ばれた出来事が行われていた時代に現れた『夜都賀波岐(やつかはぎ)』と呼ばれし化外が顕現させていたものである。

 九散の外見も変貌した。金髪は血に紅く染まり、眼の色相は逆転して白き眼は黒く、黒き瞳は真っ赤に輝き、肌は浅黒くなっている。それは御前試合の最中に垣間見た九散のもう一つの姿だった。

 

不狂(くるわず)――狂わぬこと『(のこぎり)』の如し――解除」

 

 九散の殺意は故意に発生させたものではない。むしろこれこそが九散の本質であり、本物と言えるだろう。完成系変体刀の中でも唯一毒を――殺意を持たない刀、王刀『鋸』。その作用は所持者が持ちし殺意の浄化と抑制という刀という武器を握ることにおいて対極に位置する刀だ。九散は本来膨大な殺意をため込んだ化け物だった。だが生まれてすぐ『鋸』の性質を理解し己に暗示を掛けていた。そうすることで、殺人衝動を無くし合理的に蟲のみを調伏し討伐することが可能となった。

 それを、解除した。

 

「全て腐れ。(ごみ)となれ」

 

 頭足類のような巨人の影が薄れる。続いて現れたのは背中に大剣を背負い壮絶な腐の気配を散布した巨人だった。醜悪さを比べればまだ蟲の方がマシだと言われるかもしれない。巨人は凄絶な笑みを浮かべて『干城鍬形』の鋏を根本から両手で鷲掴みにした。殺意は殺意を重ねて膨れ上がり、背後の随神相が膨れ上がる。随神相から放たれる殺意の風に煽られ、同時に九散の祝詞が流れた。

 

畔放(あなはち) 溝埋(みぞうめ) 樋放(しきまき) 頻播(ひはなち) 串刺(くしさし) 生剥(いきはぎ) 逆剥(さかはぎ) 屎戸(くそへ)

 許多(そこは)ノ罪ト(のっと)リ別ケテ 生膚断(いきはだたち) 死膚断(しにはだたち)

 白人(しらひと)胡久美(こくみ)トハ国津罪(くにつつみ)

 

 かつてどこかで誰かが叫び、忘却の彼方に散った言語が響く。日本語(ひのもとことば)だからこそ復声音混じりにかろうじて聞こえるが、その言葉の真意は誰一人として理解できない。殺気は殺意へ、殺意は猛毒へと変貌し始める。膨れ上がった殺意は周囲一帯の生命を犯し、死へと至らせる。それはもはや毒の伝染。崩れた家屋は汚泥と化し、地が腐の沼に埋め尽くされる。

 

(おの)ガ母犯セル罪 己ガ子犯ス罪

 母ト子犯セル罪 子ト母犯セル罪

 (けもの)犯セル罪 ()フ虫ノ(わざわい) 高津神(たかつかみ)ノ災

 高津鳥(たかつのとり)ノ災 蓄仆(たお)シ 蠱物(まじもの)セシ罪

 種種(くさぐさ)ノ罪事ハ天津罪(あまつつみ) 国津罪(くにつつみ)

 許許太久(ここたふつ)ノ罪出デム 此ク出デバ」

 

 随神相の両の手に力が籠もる。同時に九散の腐毒の瘴気を纏った『銃』の弾丸が鋏の根本に炸裂し、腐敗して折れた。逃げようにも影からの触手が掴んで離さない。そして更にその触手から腐毒の浸食が始まった。五本に減っていた足は先からじっくりと腐毒が進行していき、じわじわと己の一部が欠損していく様が見えた。

 

「 神咒神威・無間叫喚(むげんきょうかん) 」

 

 随神相の背中から大剣が抜き放たれる。同時に九散の手刀に腐毒が纏わり付く。藻掻き苦しみ恐怖に逃げようとする『干城鍬形』だが足は既に腐敗し、触手と腐毒による浸食は飛翔する羽根まで届いていた。すでに強固であった皮膚外装は見るも無惨に腐り落ち、四十年掛けて鍛え上げられた肉体は崩壊を始めていた。そして、巨人の大剣と九散の手刀が『干城鍬形』を一刀両断した。太刀筋の先から零れる腐毒はあらゆる障害を腐滅させ死へと導く。真っ二つに別れた斬り口から腐毒が急速な浸蝕を始め、次の瞬間には大質量の泥に成り果てた。

 

「くっ………不狂――狂わぬこと『鋸』の如し…」

 

 全身から力が抜け、随神相が霧の如く消える。髪の色が元に戻り声が戻ったことを確認できたのは、意識を失いかけている九散からすれば僥倖と言えよう。視界が真っ暗に埋め尽くされ倒れる直前にすべてを封印する祝詞を唱えて、九散は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 




家重は開始4行くらいで消えましたwww
今回は割とガチな戦闘パート。やりきった感があるぜ…!!

※6/19訂正
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