【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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さてさて今回より短めですが「新生真庭忍軍真庭鵺組の章」のはじまりです!
あっ、封獣ちゃんではありませんよ?


十八太刀目

 

 

「いらっしゃーい」

 

 八丈島について開口一番がそれだった。背後から濁流の如く押し寄せる津波と競争するように割断してできた海底の道を全力疾走すること半刻、ようやく島の砂浜にまで到達し道が消えていく様を感心しながら見ていた矢先のことだった。どうやら九散の手刀による割断は砂浜まで抉っていたらしく、そのまま着いてすぐ足を止めていれば抉れた溝に海水が流れ込みそうだったので脇に逸れる。すると、

 

「きゃーきゃーきゃーきゃー!?」

「えー。無いわ、それ」

 

 波に巻き込まれた。恐らく九散を待ち構えていたであろう女は流れ込んで来た海水に呑まれて必然、海の方まで流される。泳げないのか演技なのか分からないが、取り敢えず見殺しも後味悪いので海に飛び込む。あめんぼのように海上を走り抜け、溺れかけている女の首根っこを掴みこんで岸へ放り投げた。だが当たり所が悪かったらしくその砂浜にある唯一の岩礁に頭を打ち付けて、女は陸に起き上がった魚の如くびたんびたんと身体を跳ね上げさせていた。因みにわざとである。先手必勝は勝負の世界では大事だ。外道? それは神父様に言って欲しい。

 

「アァァァァ――割れたァ! 私の頭が真っ二つに割れたァー!!」

「大丈夫よ、大きなたんこぶが出来てるだけだから」

「貴女さっきのわざとよねぇ!? しゃーっ、赦さないわ!」

 

 砂浜に降り立った九散を見るなりシャー、フシャーと蛇だか猫だがなんだか分からないような威嚇の声を上げる。だが、こいつは蛇だ。九散は直感でそれを理解していた。いや、知覚でいい。なぜなら露骨に彼女の服装が蛇を意識した格好だからである。背丈は推定五尺―九散より頭一つ分小さいが、青と緑を基調とした半袖の()()()、露骨に再現された蛇の鱗、大蛇の頭をそのまま斬って貼ったような被り物。青みが掛かった長い髪が一本に纏められているのが蛇の尻尾を思わせる。そして全身を締め付けるように巻かれた鎖。

 

「新生真庭忍軍真庭鵺組が一人、真庭海蛇(うみへび)よ」

「………驚いたわ」

「へへん、驚いたでしょ? まさか貴女達鑢一族や否定姫の部下だった右衛門左衛門、そして真庭鳳凰を乗っ取った四季崎記紀によって絶滅し歴史から排除されたと思っていた真庭忍軍が生き残っているなんて、ね!」

 

 えっへん、とさして大きくもない胸を張る海蛇。

 その通り、数十年前に祖父である鑢七花の刀集めの旅において真庭忍軍十二頭領は落命し、乱心した真庭鳳凰――現実では四季崎記紀の意識に乗っ取られた――が真庭の里で真庭忍軍の残党を駆逐した。つまり、文字通り全滅したのである。それは否定姫や現場に居合わせた七花からも聞いている上、鑢一族と錆一族は共通見解として真庭忍軍は絶滅したと結論付けるには充分であった。

 だが、生きていた。

 

「ああ、そのことを言ってるのではないわ」

「じゃあ何?」

「――あなたみたいなちびっ子が真庭忍軍に入っていることに驚いていたのよ」

「なんッ……」

 

 余裕ぶっていた顔が怒りの赤に染まる。

 実際、九散は真庭忍軍の生存に驚いていた。だが狼狽は敵の流れに呑まれる可能性があったし、加えて先程の言葉は九散の本心だ。いまだ頭領と名乗っていないだけマシとも取れるのだが、それでも自分より六つは幼いであろう。そんな彼女が真庭忍軍と名乗り、そして九散を待ち構えていた。それは九散との相対に相違ない。

 

「ふ、 ざ、 け、 ん、 な、 ぁ、 !!」

 

 だから、激昂させた。

 しかし九散は海蛇を慮っている訳ではない。むしろ警戒しているのだ。もはやこの際絶滅したと思われていた真庭忍軍の現存という今明かされる衝撃の真実は置いておいて、幼いながらもこうして九散と相対するということに対して危険性があったのだ。

 かつて、完成系変体刀の蒐集において現役であった真庭忍軍十二頭領の中に、歴代最年少で頭領になった者が居た。その名は真庭人鳥。真庭忍軍十二頭領が一人にして真庭魚組所属。彼は別名『増殖の人鳥』と呼ばれており、真庭忍軍を影で支える情報収集の専門家であった。それは彼が持っていた天賦の才能と忍術を掛け合わせた『忍法・運命崩し』によるものでもあるかもしれない。幸運。彼が生まれ持っていた、天から愛された証とも言えよう。

 つまり、そういう生まれ持っての特殊才能を有している可能性があったと判断した――だからこそ、幼いが故に引っかかりやすい挑発を仕掛けたのだ。子供は扱いやすい。

 

「しゃー! その減らず口すぐ塞いでやるっ!」

 

 不意に、九散と海蛇の周囲の砂が飛び跳ねた。二人を中央にして砂浜から出て来たのは――鎖。即座に確認しただけで十本はあるであろう鎖が天に舞い上がっていた。

 

「真庭忍法・蛇輪縛鎖(じゃりんばくさ)!」

 

 地に手をついた海蛇が吠える。同時に舞い上がった鎖は霰の様に九散へと降り注いだ。即座に迫り来る鎖の霰から逃れようと砂浜に踏み込むが、動けなかった。

 

「な――」

 

 砂浜に埋もれていた足が上がらない。いや、むしろ砂浜に引きずり込まれていると言ってもいい。それは九散の足に巻かれた鎖が原因であった。いつの間に、と思った九散は間違いではない。なぜなら九散の様な猛者は例えいかなる状況であっても足下を疎かにしない。それは九散自身刀であり剣士であり武士なのだ、戦う者として踏み込みに大切な足下の注意を怠る訳がない。それはつまり――海蛇が九散にも気付かずに拘束出来る技術を持っているということだ。だから、

 

不生(いかさず)――生かさぬこと『(びた)』の如し」

 

 最初から、全力で挑む。動けない、腕を振るう時間がないとなればこの状況を乗り越える手段は限られている。

 故に、主に足下を中心に放たれた雷光が視界を白く塗り潰す。あまりの光量に耐えきれず眼を瞑る海蛇。だが光が止んで眼を開けば、拘束していた筈の九散が居ないことに気付いた。

 

「あーくっそぅ、抜けられちゃったかぁー!」

 

 悔しそうに地団駄を踏む。だが手は砂浜に付けたまま。逃してしまったことに憤慨しつつ、宙へ打ち上げた鎖を地中へ戻して考え込む仕草を見せる。そしてその背後に――九散が襲い掛かった。

 

「なんてね」

「ッ!?」

 

 背後から必殺の一撃で屠ろうとした腕が、どこからともなく飛来してきた鎖に捕縛されて封じられる。同時に投網のように組まれた鎖が背中を押し出し、飛び掛かった勢いを更に加速させてそのまま海中に引き摺り込まれた。砂浜から出ていたであろう鎖は海を経由し再び砂浜から出ていたことが、九散の『鐚』による雷撃を無効化したのだ。

 

「(コレは…まずいっ!!)」

 

 海中に入ったと同時に雁字搦めになった鎖が九散の全身を締め付ける。鎖に拘束された手足が速くも青白んでいる。解こうとすればどんどん拘束力が増し、動きが制限されていく。海中に引き摺り込まれた際に目一杯息を吸ったはいいが、鎖による圧迫で速くも息切れを起こしている。

 九散は当然人間だ、戦う環境における得手不得手が存在する。中でも『鐚』が扱えない海中では、水分を多く含んだ着物と水中の浮力など様々な力によって満足に身体を動かすことが出来ない。腕を抜こうと鎖を押し退けようとするが、そこに別の鎖が絡み付き動きを封じた。周囲が次第に昏くなっていくことから海底へと引き摺り込まれていくのがわかる。急いで抜けようと足掻くが―――

 

「ごぼぉっ」

 

 喉に絡み付く鎖が酸素を絞り上げ、息を殺される。更に深度が下がったことにより水圧に圧迫されて全身が悲鳴を上げた。少しでも上へと手を伸ばすが、それは新たな鎖によって叶わない。あれほど当たり前だった太陽の温もりが、もう遠い過去のように感じられた。

 眼球が痛む。骨が軋む。血が逆流したように熱い。感覚というものが麻痺していく。身体が、動けない。

 

 

▼ ▼ ▼

 

 

 海面から気泡が消え、代わりに真っ赤な血で染まっていくのを確認した海蛇は万歳した。

 

「やったぁー死んだ! 死んだ! 死んじゃった!」

 

 指先に繋がれている鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、大道芸のように飛び跳ねては全身で今の気分を体現する。勿論気分は、超絶頂。若干十三歳にして仕草こそ年齢に相応しい振る舞いだが、言動は異常だった。

 

「ぃやったー! これでまた蒐集物が増えるー♪ 焼死体、皮剥ぎ死体、細切り死体ときたらここは水没死体だよねー」

 

 海蛇は――収集家である。主に人間の死体というものの。よく死体は語らず多くのことを遺す、とあるが、海蛇はそれとは関係無く死体を集める。基本的には殺したらそのままにしておくものだが、海蛇本人が個人的に気に入った標的がいた場合は様々な殺し方をし、己の蒐集物として保管する。死んだ人間は死体となって腐ってしまう。だから海蛇は防腐剤として常に塩を持ち歩いている。集めた死体を巨大な箱に詰め、敷き詰めるように塩を撒く。これで死体の腐敗は防げるのだ。

 

「ああ、しかし美人だったあぁ。やっぱり水没死で正解ね! あーんな綺麗なんだもの、水死だったら見た目もそんな変わらないし……あっ、内臓抜く時に傷付けないようにしなくちゃ」

 

 黙々と脳内でこれからの計画を練る。まずあと半刻したら死んでいるのを確認して引き上げる。次に苦無で腹を掻っ捌いて臓器を摘出し瓶に詰める。その後塩を敷き詰めて箱に入れて、保管。一月経ったら箱から出して好きに装飾して出来上がり。

 

「でも…私なんかで死んじゃうなんて案外弱かったなー。ま、これでも鵺組(ちゅう)けっこー強い方なんだけどね!」

「あら、そうなの。小さいのに凄いわね」

「うんうん、私は組の中でも『触覚』を司ってるの! だから指先一つで鎖を操れるし遠くの獲物の状態も把握出来るんだー!」

「へぇ、それはまた凄いわね。因みに組の中でってどういうことなのかしら?」

「えっとね…鵺組は全員で三人構成なんだけどね、それぞれ感覚器官をいくつか支配して………」

 

 あ、駄目だ。と海蛇は口をつぐんだ。海蛇は組の上司から「絶対他人に組のコト教えたらあかんで」と言いつけられている。間違って任務先で口を滑らせてしまい(ちゃんと聞いた連中は殺したが)上司に数日間逆さ吊りと無期断食を命じられてしまったのだ。それほど、情報というものは大事なのである。特に自分たちはこの時代でも特殊な部類であるとかなんとか言われたが、要するに秘密にするに越したことはないのだ。

 ―――と、

 

 今、誰と話していた?

 

「うわ―――っ!!」

「おっと」

 

 手を振りそれに追随するように鎖が海蛇の背後へ振るわれる。だが紙一重、側で聞き耳を立ててあまつさえ会話をしていた犯人――九散には届かなかった。有り得ない、鎖を伝播して伝わる指先からは先程と何ら変わらない。つまり、いま目の前にいる九散は本来いない筈である。

 

「どうやったの……なんでいるの!」

「あらあら、そんな眼をぎらぎらさせて……ご覧の通り、冥界から帰ってきたわ」

「嘘っ、嘘っ、嘘!! どうやって私の鎖から抜け出せたのよッ、だって私の手になんの感触もないのにィ! それに貴女の力はほとんど封じた筈よォ!?」

 

 海蛇は事前に上司から九散の身体技能を聞いている。手を振れば斬撃が飛び、身体から電流を流し、並大抵の攻撃は無効化される。傷を負ったところですぐさま回復し、先日は謎の巨人の虚像を浮かべながら相手を拘束し、腐らせる技能もある。だが真正面からの戦闘ではなく絡め手を得意とする海蛇からすれば付け入る隙があった。まだ試していなかったからなんとも言えないが、動きを封じて電流を抑え、その状態で死に至らしめれば勝てるのではないか。

 実際海蛇の予想通りだった。本来指先に関わる感覚技能に富んだ技術は如何様にも応用できる。中でも今回のは上司が作ってくれた細い鎖だ。細く、頑丈で、それでいて切れにくい。その上締め付けた相手の肌に跡が残りにくいというのだから、満点だ。『すてんれす』という聞いたことの無い単語ではあったが、その性能は保証する。

 しかし、目の前で九散が不敵に微笑んでいる。煌びやかな着物こそずぶ濡れになっており、血を吐いたのか唇が朱に彩られていて背徳的な美しさを表していた。

 

「まったく驚いたものだわ。真庭忍軍が生きていたこともだけれど、こんな子供が私をあと一歩の所まで仕留めるなんてね」

「五月蠅いっ!!」

 

 ぶん、と再び九散の全方位から鎖が飛び交い、全身を拘束する。だがそれは驚く形で破られた。

 

「うっそ………」

 

 絶句した。九散が鎖から抜け出したのは、鎖を斬った訳でも熔解させた訳でも無い。

 純粋に、ただ抜け出した。言葉でその行為を指すなら簡単だ。だがその過程で九散の肉体が大変なことになっている。

 

「あぁん…やっぱりコレは慣れないわね。自分の身体を弄くることには慣れてても、コレばっかりは駄目だわ」

 

 間接が、あらぬ方向に曲がっていた。否、間接だけでない。骨がある部分も、筋肉がある部分も、まるですべて粘土のようにどろどろな軟体になって、鎖から抜け出していたのだ。海蛇にはこの現象を見たことが無い――が、聞いたことはあった。

 かつて刀集めに狩り出された真庭忍軍十二頭領には二人、一時的に目的を達成した人物がいた。一人は『神の鳳凰』と恐れられた真庭狂犬に次ぐ長命にして実質当主、真庭鳳凰。毒刀『鍍』を手に入れるも『鍍』に宿る四季崎記紀の汚染を受けて乱心し、鑢七花の手により命を落とす。そして二人目、『冥土の蝙蝠』と称され()()()()()()()()()に化ける忍法を持ち、その技能故に奇策士とがめより絶刀『鉋』の奪還をするにまで至ったのだ。そう、名を真庭蝙蝠。

 

不折(おれず)――折れぬこと『(かんな)』の如し――上位駆動。別名『忍法・骨肉細工』といったところかしら」

 

 流動的に変異していく九散の肉体が元に戻る。それはさながら氷が水になり、また凍って氷に戻り形を取り戻した様だ。

 上位駆動――それはかつて完成系変体刀を所持した歴代所有者の力の活用である。つまり、九散は絶刀『鉋』の上位駆動によって真庭蝙蝠の忍法を扱えるということだ。流動的な肉体は間接もろとも拘束する鎖の締め付けから抜け出すことが可能――それによって水中の鎖からも抜け出した。

 

「さて、質問があるのだけれど」

「ひぃっ」

「そう怯えないで頂戴」

 

 それはすぐさま接近して両手を拘束し、喉元に親指の爪を食い込ませる人の台詞じゃない。そう言いたいのは山々だが、海蛇に愚痴を言う権利は赦されていないようだ。無駄口をいおうとするとどんどん喉に爪が食い込んでいく。

 この外道め。

 

「一つ目。あなた…いえ、貴女達は『蟲狩』の一味で間違い無いわね」

「そ…そうよ、蟲奉行っていうのを殺す為に」

「じゃ、なぜ蟲奉行様を殺す目的で来た貴女達が私を狙っているわけ?」

「上司からの命令よ」

「その上司の名は?」

「――言うと思う?」

 

 海蛇の目がぎろりと光り、顎に力が籠もる。だがそれを見越していた九散は即座に顎間接に電流を流して麻痺させる。

 

「あがががががががががががががががが!」

 

 ガクガクと痙攣を起こし、バタリと力なく倒れた。気絶してしまったらしい。どうやら力加減を間違えてしまったようだ。

 

「あら…いくら忍といってもまだ幼いから電撃への耐性が無いのね。殺すのも忍びないし、このままにしてあげましょう」

 

 流石に殺害は止めた。確かに舌を噛み切って自害するまでの覚悟はあるのだろうが、それでもまだ若い。それに、立ち向かって来るのであればまた迎え撃てば良いだけの話だ。それに、幼いながらここまで九散自身を追い詰めた点に関しては評価に値する。力無き者の戦い方というものも味がある。

 

「……でも、あの子が刀鍛冶なわけ無いわよねぇ……矢張り彼女が言う上司さんかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一話で退場する海蛇ちゃん素敵!
過去登場した真庭海亀と毒蛇の子孫という裏設定があったりします
ちなみにこの物語ではカタカナを余り使えないので書けませんでしたが、彼女はネクロフィリアです。どっかのチンチクリンを思い出すね!
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