それではどうぞ
八丈島にて最初の刺客、真庭海蛇を打破した九散は浜の向こう側――つまり、森の方へ足を運んでいた。索敵を行った結果、隠れている真庭忍軍は見つからなかったが今回の護衛対象である蟲奉行様の居場所は把握できた。どうやら九散がいる場所とは反対側の本島中枢、旧火山口の家屋に一人でいるらしい。他にも『蟲狩』らしき人影も見つかった。目測で戦力換算してみたところ、全員無涯と実力伯仲といったところだ。つまり、現段階で『市中見廻り組』の者の中で対抗できる者はいない。
「(…仮に無涯さんを十点とすれば、現『蟲狩』頭領と思われる無涯くんと体格そっくりな人が十点。お面を被ってる男が六点、線の細い男も同じく六点、眼鏡の女性は脚力に優れてそうだから八点、大きい槍を持ってる大柄な大男は膂力あるから七点、鎚を持ってる人は…これは凄いわね九点、小さい子は三点だけど武器も合わせれば五点ってところね)」
そして、
「(対する私達『市中見廻り組』は…春菊さんが六点、火鉢ちゃんが五点、天間くんが三点…ジリ貧ねぇ。どう組み合わせたところで全滅は免れないじゃない)」
辛口採点だが、九散の人を視る眼はいい。各個人の筋力、体力、戦闘技術はもちろんのこと、咄嗟の機転を生かした上での余剰分も籠めての採点だ。それは短期間ではあるが同じ部署で働く同志として蟲の討伐に励んでいるのだ、その測定は目測で測った『蟲狩』よりも寸分違わずと言ったところだ。ただ、
「(……で、小鳥さんが十点相当。仁兵衛くんが
これが驚くことに、普段皆の後ろで指揮している小鳥が無涯とほぼ同等の戦力を有しているのだ。未だに小鳥が刀を抜き戦った所を見たことが無いのだが分かる。彼は強者という器でありながら指揮に委ねているのだと。九散の戦力測定は戦ってこそわかるものだがそれはあくまでも成長ありげな格下の者のみだ。だがその点小鳥とは会ったときから強者の資質を持っていた。居合わせただけで分かる、強者としての風格。そしてそれは普段の生活でも見受けられた。
「(最低限負担を掛けない足運び、常に刀を抜けるように…そして相手に見せない袖の中の手、居合いの達人決定ね)」
かつて七花が相対した斬刀『鈍』の所持者である宇練銀閣、宇練金閣と良い勝負かもしれない。そう判断を下せるほど彼の実力は高かった。だから思う。なぜ『市中見廻り組』如きの頭で収まっているのだろうか、と。
「(そういう時代の流れなのかしらね…無能な上司を部下が諫める……)」
腐った世の中だ。実力ある者が下で腐って、家系に恵まれた始めから腐っている無能な上司が民衆の税を貪りのうのうと生きている。近代では有り触れた情景だ。
「(さて、それで仁兵衛くんのことだけど―――)」
と、ふと周囲に異変を感じた。それにより九散の思考回路を一気に洗浄し穢れを払い、臨戦態勢に追い込む。微かに匂う燃焼系液体、空気中に散布された微細な燃え滓。火事だ。そして火の手が上がり周辺の木々が一気に燃え上がるのと同時に茂みから人影が飛び出した。
「――新生真庭忍軍真庭鵺組が一人ぃ、真庭ああああぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁああぁぁぁぁあ!!」
白く染め上げた忍装束。三角に尖らせた耳を頭に付け、白い体毛を至る所に付着させている。全身に巻かれた鎖は勿論真庭忍軍であることを明白にさせているが、名乗ってしまった時点で色々台無しである。
襲撃者に対してそんな駄目出しをしながら、九散は刀身に見立てた腕を振り上げて襲い掛かる大太刀に対抗した。
「
突如、その太刀から炎が爆ぜた。その勢いで腕を跳ね上げられ、空中で巧みに操られた大太刀の柄尻が九散の胸元に突き刺さる。さきほど水圧で痛められたものの『鐚』で回復した肺を突かれ、息が詰まると共に少量の血が吐き出された。同時に、柄尻から火が立ち上り胸を焦がす。当然、比喩ではない。
「
すかさず九散の距離度外視の斬撃が縦一直線に襲い掛かる。向かいの山、天上の雲、水平線の海までも両断する不可視の斬撃が貒狸を斬り裂こうとするが、読めていたと言わんばかりにほんの少し身体をずらすことで回避された。
「チッ」
「おっとぉ、乙女が吐くとは思えない舌打ちじゃねぇか」
「
ぱんぱんぱんぱん。指先から放たれる法力の塊が至近距離から貒狸を射貫く。音こそ火薬の発砲音より小さいものの、籠められた銃弾は片手だけでも十を超えて結界のように逃げ場を無くした。
刀剣の『線』で駄目なら銃弾の『面』。初撃は単純な一撃だっだために避けられたのだと判断して即刻、面制圧で対象を排除する。
「――斬らぬこと『銃』の如し」
「甘ぇ!」
必殺必中の銃弾はしかし、貒狸が操る炎を纏った大太刀によって弾かれることにより失敗する。すべて、こちらの技を見抜かれている証拠だ。なるほど、海蛇の執拗なまでの搦め手から予測はしていたが真庭忍軍は九散の技を看破しているらしい。
これはマズイと上半身を後ろに反らして追撃の手から逃れつつ、跳ね上げた両足で貒狸の顎を蹴り上げて牽制しながら爆転を繰り返して距離を取る。しかし、十分な距離はとれなかった。
「熱っ…!」
背中に火の気を感じて即座に下がる足を止める。貒狸から眼を離すこと無く周囲を伺えば、自分たちを中心に半径三丈辺りを円を描くように炎が広がっていた。両手で仰いで袖と胸元、背中の着物に付いた火を払う。
「忍法・延々炎円」
「すっごいツッこみたい忍法名ね。でも…炎か……」
「苦手だろぉ? 特にお前みたいな玄人さんにはよぉ」
――いや、そういうわけでは無いのだが。
別段九散はともかくとして、他の(何の玄人を指してるかは分からないが)玄人が炎に弱いとか、苦手かどうかは不明だ。だが有利か不利かと言われれば、九散からすれば不利かも知れない。何故ならば九散が放つ斬撃も銃弾も、炎を周囲に巡らせれば
風の如く走り抜ける馬も、風を斬って突き進む矢も避けることも容易ではない。それは飛んで来るものが速いからに他ならない。どんな生き物だって己より速いものを避けることはできないだろう。だがそれは前提条件の違いで覆される。高速で飛来してくる物体が事前に来ることが分かっていたら? 速く飛ぶものほどその動きは極めて直線的であり、読み易い。鳥のように予め高速で動く環境下で自由に方向転換できるのは太古から脈々と受け継がれ、進化していった生物の肉体によるものだ。それこそ特別な機構や構造でも無い限り高速で動く物体は方向転換出来ず、直線的になる。だから直線的になって読みやすいからこそ、より速くしなければならないのだ。
しかし、その理論は貒狸を目の前にしては功を奏さないようだ。
「俺に小細工は通用しないぜぇ? あぁ俺は小細工披露しまくり使いまくりだけどなぁ!」
「あら、別にあなたを斃すことなんて簡単よ」
「はっ、何を言うかと思えばこのアホンダラがぁ!」
ぶん、と力任せの横凪が振るわれる。大太刀は振り抜く際に刀身に強烈な風圧が掛かる筈だが、貒狸はそれをものともせずに悠々に扱う。細身の割には存外力があるようだ。名前に貒狸とあるが、狸の文字が入っているからといって狸というわけではない。どちらかと言えば貒狸はイタチに近い。そして、
「(火が消えないということは、刀身に燃料材でも撒いているのね)」
振り抜いても刀身に宿る炎が消えることはない。その様は空間という空間を浸蝕し喰らっていくごとに勢いが増しているようだ。これでは無闇に刀を避けても、
「くっ…!」
「ひゃは!」
斬り刻まれていく。大太刀の長さを避けるのは容易だが、振り方によって間合いを変化させる炎から逃れるのは難しい。間合いを計って避けて迎撃しようとしても、空間を喰らって成長していく炎の刀が九散の肉体に届く。剣士ゆえのギリギリの間合い詰めがかえって九散の枷となった。致命傷こそ避けてはいるものの、発火すれば着物は焼けてしまい火の手が伸びる前に仕方なく切り落とすしかない。
「ひゃっはぁ! オラオラ乙女の柔肌が見えてきたぜオイィ!」
「あらあらこんなので興奮しちゃうの? 意外と純情なのね、器の小ささが計れるわ」
「んじゃこんなのはどうよ!」
炎と共に袈裟斬りが繰り出される。頸動脈を狙うような一閃を逃れるべくさきほどより長めに目測して避ける。が、
「ばぁん」
「!?」
目の前の空気が爆散した。強制的に収縮されていた空間がばねの様に弾け、それが炎の拡散となって九散を襲った。太刀筋に沿うように繰り返された爆散の連鎖は初撃の段階で九散の足下を吹き飛ばしていたからか『鎧』による衝撃から逃れられず、面白いように吹き飛ばされた。爆散により上半身は全焼し、炎の結界を突き進んで飛ばされたことにより全身が炎に包まれた。身を投げ出され落下した場所も既に火の海であり、程なくして九散の全身は灰に同化するように消失した。悲鳴も上げることなく。
「忍法・
ぶんぶんと玩具で遊ぶように大太刀を振るう。すると空気中に漂っていた燃え滓――否、半透明な小粒が着火して爆発を産んだ。
――粉塵爆発。
後の世でそう語られる爆発だ。空気中に漂う微細粒子の集団が火気に触れることで着火し、強烈な爆発を生み出す。即席にして高破壊力の爆弾と言える。空気中に漂う微細粒子は一つが爆発すれば密集している同物質に着火し連鎖的に燃え上がる。急激な酸素の消費と瞬発的速度での着火が強烈な爆発力に変わるのだ。
「しっかしなんかこう…そう、悲鳴が欲しかった! もっと火力を弱めた方がよかったなぁ…こんなんじゃ火の海に入ってすぐ灰になっちまうもんなぁ!」
日本最強の座を持つ虚刀流の現当主である九散を殺したとて、貒狸は満足しなかった。真庭忍軍の使命こそ錆 九散の殺害だが貒狸の中では殺意がまだまだ収まらない。これも持っている刀のせいだろうか。
「ああそうだ、蟲奉行とやらでも殺すかぁ。正直『蟲狩』の連中じゃぁアテにならねぇんだよなぁ」
そう言って刀を納めて火を鎮める。忍法・延々炎円は貒狸の刀の抜刀と同時に現出し全てを焼き焦がす。別に刀自体が特別というわけではなく、要は意識の問題で抜刀と納刀を忍法の引き金にしているのだ。忍法・延々炎円で生み出された炎は自由自在。だがそれには制約があり、貒狸には一定量の炎しか操れないのだ。操れないし収容出来ない。これは純粋に彼の実力である。
「……あぁ?」
だがそこで、貒狸は妙なものを眼にした。炎の回収をしているにも関わらず、未だに草葉を焼いている火が残っているのだ。生み出して消火した分の差はあるが、基本的に収容出来ないという事態は吸収容量が多い意外有り得ない。そしてまだ己の中では火が吸収できる筈である。それは何故か―――
【BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者】
「かれその神避りたまひし伊耶那美は
出雲の国と伯伎の国 その堺なる比婆の山に葬めまつりき
ここに伊耶那岐 御佩せる十拳剣を抜きて
その子迦具土の頚を斬りたまひき」
猛る。強く、強く燃え上がる。業火の奥底から脳まで響くその詠唱が火を炎に、火炎に変えていった。広がり続ける炎は触れない限り熱いとも冷たいとも感じられない。ここで貒狸はようやく火種がある場所が九散が焦土と化した場所だと気付いた。同時に、悟った。まだ九散は生きていると。不思議な炎の海に円が生まれ、その中から炎を纏った九散の姿が現れる。
同時に、陽炎のように頭上に女神の巨人が姿を現す。炎を司りし邪神、九散似の金髪に忍びのような口当て、額の鉢鉄。鎧武者のような姿の随神相だ。焔火を纏った太刀が握られており、九散同様全身が炎に包まれている。そして、続けた。
「私が犯した罪は
心からの信頼において あなたの命に反したこと
私は愚かで あなたのお役に立てなかった
だからあなたの炎で包んでほしい」
二重詠唱。
これがどんな意味を持っているかは分からない。それは唱えている九散も同様だ。だが真庭忍軍に入ってから幾千もの戦場を渡り歩き修羅場を潜り抜けてきた貒狸には分かる。これは危険だと、危険すぎると、全身が脳に警鐘を送っている。九散の外見の変貌と巨大な人の出現は話に聞いていたが、いざ貒狸も目の前にしては畏怖と恐怖に身が竦む。見つめられただけで全身が燃え上がりそうな幻覚さえした。でも、だからこそ。
「燃えるぜああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
大太刀を抜き放ち炎を全力で解放する。炎が喰い、喰われ合い鬩ぎ合う。それは炎のみに限らず九散も背後の随神相から繰り出される焔火の太刀と貒狸の大太刀が鎬を削った。愉しい、愉しい。その感情が炎から伝わってくるのか、愉悦に顔を歪める貒狸に伝染するように九散も笑った。そして、幕を引く。
「さらば 輝かしき我が子よ
ならば如何なる花嫁にも劣らぬよう
最愛の炎を汝に贈ろう
我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ」
女神の随神相の腕が増えた。その手にはもう一振りの刀が握られており、バチバチと空間が爆ぜるような音と共に雷鳴が迸った。九散の全身にも焔に重ねるように紫電が走る。雷光を纏った刀と獄炎を纏った刀が炎の大太刀を押し退け、浸蝕されかけた炎を雷が焼き焦がす。
「 神咒神威・
九散の手刀の軌道と共に二本の太刀が振り下ろされ、貒狸の大太刀を真っ二つに切断する。炎さえも断ち切った雷光と獄炎の斬撃は貒狸の胸元に
「ひゃ…は……は………!」
雷と炎を浴びた貒狸はゆっくりと地面に倒れて、笑いながら気絶した。それを見届けた九散は元の状態に戻り巨人を霧散させてから驚くように後退った。
「すごいわね…手加減したとはいえ生きてるなんて」
無論、九散はまだ『鋸』を解除していないため殺意がなかったから殺す気は無かった。だから随神相を解放したあとでも気絶しないだけの体力はあるし、随神相の規模も小さかった。以前までは『鋸』を解放しなければ随神相を出せなかっただろうが、先日夢を見てからなんとなく感覚が掴めてきたのだ。そうでなければまた死滅の狂気が全身を支配し、下手すれば八丈島が蒸発していたかもしれない。随神相が持つ二振りの太刀はそれほどの威力を秘めていた。
それに敵の構成人数が推定三人だというのだから、あと一人残っているはずなのだ。ここで全力を出し切ってしまっては元も子もない。とはいえ、
「理解できたかしら? これが本当の灼熱地獄よ。……いえ、焦熱地獄、だったかしら」
ぼろぼろになった服を見ながらげしげしと貒狸の頭を踏んづけてやった。服の恨みは恐ろしいのである。
ルサルカちゃん張りの辛口採点。でもマイナスが無いだけいいよねっ
さてさて実は何故か予定にない無間焦熱地獄をだしちゃったよあわわわわどうしよう(汗)
……まいっか! 本領発揮したら都どころか次元を焼き焦がしちゃうもんね! 因みに最後のシーンでは九散ちゃんほぼ全裸で(殴)