まだ原作の方々と会ってないのでそこまではちゃんと続ける予定です
江戸。
鎖国していても日ノ本の国の港は栄えている。特に『将軍のお膝元』と呼ばれるほど栄えている江戸の町とくれば至極当然のことと言えよう。
多摩、隅田、江戸、養老、小櫃、小糸など多くの河川が流入した江戸湊では、1657年に遭った明暦の大火後に大きく整備され築地から高輪に至る外港部と、隅田沿いの内港部が整備された。お陰で日ノ本の国のほぼ全域から船によって物資が届けられ集まっている。現在日ノ本の国の西全域が機能停止してしまっている為、『天下の台所』たる大阪湾が使えないことも起因しているのだろう。
そして全国の船が物資の運送や航海に備えての補給所として使われている広い江戸湊に一隻、新たな船が港に着いた。
緻密に木板で組まれた船体。帆に描かれた将棋盤模様。極めつけは船首に彫られた王将の駒。それらを見て江戸湊にいた男の衆は感嘆の声を上げた。
出羽の天童将棋村。将棋の棋士達が一度は必ず訪れるという聖地の一つだ。無論、訪れる者は棋士に限らず武士を志す者も多い。心王一鞘流と呼ばれる、現在はそこそこ門下生がいる木刀による剣術は将棋村の名と共に有名で、心王一鞘流の教えを受けた者は心が洗われるようだと晴れやかな人柄になるという。一時期門下生が0という事態に陥ってしまったようだが、最近は人殺しの大罪人を門下生として受け入れ更正させたことで有名になりなんとか道場を維持しているとかなんとか。
その将棋村からの船。いったいどんな人が乗っているのかと湊にいる全員が注目する。もしかしたら心王一鞘流の師範でも乗っているのかもしれない。期待が集まる中、群衆は船から降りてきた人物に目を丸くした。
一人は、切りそろえられたおかっぱに近い黒髪の、ちょっと軽薄そうな男性。彼が汽口 慚愧だ。
そもそも汽口 慚愧とはその代の心王一鞘流を継ぐ者が名乗る名であって時代によって人となりは異なる。
だが群衆が目を丸くしたのは、その汽口 慚愧であろう男が綱によって飼い犬のように異国風の女の手によって繋がれていることであった。
「あらあらご到着ね」
「九散さん人使い荒いっすよマジで」
「黙りなさいな変態さん?」
異国風の女性の迫力に慚愧は怯えたように肩を竦めてみせる。もうこの時点で驚いていたのだが、その異国風の女性の美しさへの驚嘆と日本人離れした金の髪の色という西洋かぶれの外見に対する驚愕の二つが渦巻いていた。
――異人だ。誰かがそう口走った。
江戸は徳川幕府によって外来の貿易を拒否し、鎖国状態となっている。つまりこの日ノ本の国に外来の者が来るはずがない。となれば―――
「密入国者か!?」
「まさか日ノ本の国に名高い出羽の船を用いて密入国するとは、なんたる無礼!! 恥を知れぃ!!」
「であえであえぃー!! 直ちに密入国者二人を取り押さえろー!!」
「女はおそらく亜米利加の者だ!! 言葉など通じん!!」
驚愕と疑念が一気に殺意へと変貌し、湊にいた者達は手頃な武器を掴むと一斉に異国風の女性へと襲い掛かる。首を綱で繋がれた男は情けなさげにひぃっ、と悲鳴を漏らし、対して女はあらあら、と金襴緞子の着物の裾で口を押さえながら笑っていた。
「あらあら、なんだか勘違いされてしまったわね」
「どうするんすか!! ああぁ…どうせ僕らはこれで捕まって幕府の牢屋で拉致監禁され拷問された挙げ句惨たらしい死を……拷問!? ということは九散さんがあーんなことやこーんなことをされて喘いでる悲鳴が聞こえるってコトっすね!?」
「あら、ここに名も無き変態さんがいるわ。あの迫り来る市井共に投げつけてしまおうかしら?」
「マジすんませんお礼なんて要りませんので助けて下さい!!」
「いいわよ」
はい、と女性は握っていた綱を投げた。男と一緒に。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁあぁぁぁああぁあぁああぁぁぁあぁ!!!!!!」
「うわっ、なんだ!?」
「先程の汽口 慚愧っぽい男!?」
「犬のような扱いを受けていた汽口 慚愧みたいな人!?」
「君たち随分具体的な名前出して僕を遠回しに貶してるよねぇ!?」
女性に投げ飛ばされて宙を舞った汽口 慚愧だと思いたい男はさっき乗っていた船の看板に叩き付けられながら湊の者達に毒を吐いた。酷い扱いである。これでも心王一鞘流の現当主なのに。
「あらあら、でもお陰で抜け出せたわ」
「!?」
「どこから声が…!?」
「あっ、あそこだ!!」
皆が汽口 慚愧っぽい男に気を取られてる隙に、女性は着物をはためかせて湊に立てられた船員休憩用の家屋の上に立っていた。豪華そうな下駄でどうやってあそこまで登れたのだろうか。
「変態さん、一応出羽から江戸まで送ってくれたことは感謝しておくわ。ありがとう」
「ぃやっほうツンデレキター!! 九散さんのツンデレマジツンデレ!! あ、さっきお礼はいいって言ったけどやっぱそのオパーイ揉ませて!!」
「あらあら………調子に乗らないほうがいいわよ。また尻穴撃たれたいの?」
女性がにっこりと見惚れるくらい美しく、純粋な笑みを浮かべながら右手で貫手二本の構えを見せる。それを見た男はひやぁああぁっ!! と悲鳴染みた嬌声を上げて両手で尻を押さえる。恐らくやられたときの痛みを思い出したのだろう。
「滅相もございませんお礼なんて結構です命があるだけで自分、幸せ者です!!」
「あらあら、いつになく謙虚でよろしいこと」
「(デュフフ、後で見てろよぉ…俺のソハヤ丸で泣かしてやらぁ)」
「あらあらあらあら、邪念を感じ取ってしまったわ。去勢が必要かしら?」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃいいぃぃぃいぃぃぃ!!!!????」
棒を模した指に手刀を喰らわせて斬り落とす仕草を見せられ、男のみならず湊にいた男の衆全員が股間を押さえた。笑顔で仕草をするという残酷さのあまり、まるであたかも自分が味合わされたような悪寒と激痛が走る。
この女、容赦無ぇ。全員の思考は満場一致した。
「さて、と」
異国風の女性はとん、と手のひらを船に向けて押し出す。するとどうだろうか、帆が張られ陸からの風を受けて船が江戸湊を離れていく。首を縄で縛られた情けない男を乗せて。
「えっ!? 船が勝手に出て行くぞ!?」
「何だと!? 追え、追えーっ」
「無茶だ! こんな風も無いのにどうやって……!」
「おかしい…風も吹いていないのに何故……」
「あっ、お頭!! 女が消えました!!」
「んだとぉ!?」
気付いた一人の男の叫びに反応して皆が家屋の上を注目するが、いない。してやられた。
するとからんころんとあの高級そうな下駄の鳴る音と楽しそうな女性の声が聞こえる。町の方からだ。
「いかん、あちらは吉宗公のいる江戸城!!」
「まさか暗殺を企てていたのか!? すぐにあの女を捕まえねば!!」
「早急に連絡しなければ吉宗公が危ない!! すぐに応援の手配を!!」
江戸湊にいた男の衆は大慌てで異国風の女を追い始めた。かくして、異国風の女――九散は知らない内に追われることとなる。日本語を話していたということは、誰一人気付くことなく。
二話追記
汽口 慚愧
王刀『鋸』所有者であった者の孫。蟲が蔓延る前に薩摩の海賊がこちらに住み込み造船技術が出羽で発達。船は特注品
先々代の誠実さ、生真面目さの欠片もなく若干どこぞの全裸バカと似て無くもない
門下生を増やすべく大罪人の矯正という博打を張った張本人。意外と柔軟な発想を持っているようだ
色目目的で九散に近付くも一蹴。以来完全に隷属されている。もう出番はないと思う