なんでだろうねっ!
あ、ヒントがデリケートだなんてことは無いからね?(チラッチラッ)
着物は遁甲の内に仕舞っていたもので代用した。気絶した
……ならば何故、今の真庭忍軍は『蟲狩』にいるのだろうか。
考えられることは三つ。一つ目は単純にお金。先代のお金好きもとい拝金主義が醜くも継承されて『蟲狩』から多額の報酬を得ていること。流浪の民といえば定住地が存在しなことだ。今のご時世、定住していれば御上や地主から税を請求される。その枷が無い分安定した収入がないこともまた事実ではあるが、組織的自由度が高いことも事実。
二つ目は戦闘狂。戦の中でしか生きられず必要とされないのが忍だ。惰性にも似たこの比較的太平の世では忍は生きていけない。ましてや貒狸のような血の気の多い連中ばかりだとすれば身内殺しが起きたっておかしくない。つまり、『蟲狩』と共に蟲をひと狩り行けば精神的衝動は解消されるということだ。一番単純で助かるのがこれ。
三つ目、これはあまり考えにくい上に非常に読みにくいことではあるのだが――四季崎 記紀の意思。自分自身も含め、四季崎 記紀の手によって螺子曲げられた歴史の狭間に生み出された虚刀流や全刀流が残留している時点で、なんらかの方法で未だに四季崎 記紀の意思がこの日ノ本の国に根付いている。鑢家、錆家、心王一鞘流当主、鎧海賊団、三途神社含め絶滅したと考えられていた四季崎 記紀の遺産の中に四季崎 記紀の意思を受け継ぐ者、あるいは継承する者はいなかった。だがこの世の過去未来全てを予知し予期していた彼に、己の道標や意思の代替品を遺さないだろうか。もし遺していたとすれば、それを継いでいるのは九散達が確認していない―――
「こんにちわー」
「……あら」
唐突。実に唐突。オマケに声こそ聞こえたものの姿は現さない。声が聞こえた方角も前なのか後ろなのか、右か左か見当も付かない。これは純粋に相手の技量だと褒め称えるべきだ。癖のある、いまはあまり聞かなくなった関西訛りではあるが。漸く幾分はまともな忍に出会えたと九散は心の底で安堵していた。
だいたいお前達、忍ばなすぎなんだと。
「あらあら、やっとまともな忍に出会えたわね。最近堂々と姿を現したり、奇襲にしては派手だったり忍らしい忍に会えなくてうんざりしていたところなのよ」
「あららー…っちゅーことは海蛇ちゃんに貒狸くんはやられちゃったんやね。お姉ちゃん強いわぁ」
「お褒め預かり光栄ね、姿も現さないビビリに褒められたところで嬉しくなんかないけれど」
「まぁまぁそうカッカせんなや、な? ハイハイこうすればいいんでしょっと」
とん、と小さな木の葉を舞わせて目の前に降り立った。木の上にいたらしい忍は上空からの落下による衝撃を綺麗に納めるべく柔らかく膝を曲げることで解決させた。動物を思わせるような身軽さに若干驚きを隠せない九散であったが顔を上げた忍を見るなりその驚愕は頂点に達する。
まず、全身を茶色い薄地の肌着で着込み、間接部の稼働領域を阻害しない程度の具合で全身に鎖が巻かれているが、ここまではどの真庭忍軍とも変わらない。問題なのは、顔だった。
「………とても直球ね、突っ込む気力さえないわ」
「おっ、気に入っとくれたか? このお面」
猿のお面を被っていたのだ。そう、お面。お猿さんのお面。それも矢鱈目鱈彫刻に凝った木彫りのお面なんかではなく、目と鼻をただ木に穴を開けることで見せ、申し訳程度に猿らしく二重の弧を描いた口元が彫られている。ぶっちゃけ即席で作ったようなお面だ。
「でもな九散ちゃん、このお面は蟲と戦ったとて傷一つ付いこと無いんやで? そらすごいやろー」
「……ああ、うん。よく分かったからもういいわ。何故か貴女を見ているとすごく違和感を感じるのよ」
そう――違和感。こんな面妖で奇抜な格好をする存在なんてそう居ない。それはこんなはきはきした流暢な関西弁を宣う活発な子では無くて、もっとおどおどしててぎこちないしゃべり方をする人格なはず。そんな人格とあまりにも掛け離れた性格に頭を悩ませて――悩ませ、て?
「ウチの存在に違和感感じんのな」
「……え?」
「本当はもっとおどおどしてんもんなぁ、ちーっこくて可愛くて、そんでようわからん実力持ってそうな。あ、最後んはウチ合っとるわな」
「……!?」
頭を覗かれたような――いいや違う、もっと根本的なことに驚かされた。何故ならば九散の趣味は誰にも知覚出来ないし記憶にも残らないよく分からない産物の蒐集だ。祖母や祖父の冒険譚のような到底有り得ないような荒唐無稽で破天荒にして支離滅裂、それでいてでもどこかであってもおかしくないと断言出来るような――そんな歴史。語られざる歴史。それを――その一部を、目の前の人間が話している?
「貴女……!!」
「おっとっとお、イカン、いらんコトに口滑らしてしもたわ。反省反省。今回ウチが九散はんを訪ねた――いや、暗殺しに来たんはそないなようわからん話をしに来たわけやないんや」
「…貴女、何者?」
「おぉ、せやせや名乗っとかんかったなぁ」
お猿のお面を被った忍は実に忍らしくない態度で恭しく頭を下げた。
「新生真庭忍軍
▼ ▼ ▼
実質頭領。
その言葉は九散の警戒心を煽るに充分であった。
元来――というか、通常の世間一般の忍びではない真庭忍軍の最大の特徴は多数頭領による単独任務制である。忍とは常に少なくとも
今現在新生真庭忍軍の規模がどれほどのものであるかは鵺組しか出て来ていないため不明だが、これが真庭忍軍全盛期の様に四つの組に十二人の頭領がいたとして、その中でも最も強い忍が――いま目の前で実質頭領と名乗った真庭 参猿らしい。
「すまへんなぁ、ウチ個人としては九散ちゃんになーんの恨みも無いんやけど、黙って暗殺されてくれや」
「暗殺――ねぇ。どちら様からの依頼かしら?」
「錆 灰徒。九散ちゃんの父さんやね」
「………へぇ」
父の夢を見たのが先日――これは、未来で父の刺客によって死ぬことでも意味していたのだろうか。妖術の詠唱以外に言葉を口にしない上に、人との相互理解というものを露とも考えていないあの父が、ましてや真庭忍軍に暗殺を依頼するなんて。
だが、考えられない訳ではなかった。語られざる歴史の中では鑢一族も同族殺し、家族殺しは認められていた。一子相伝の流派だからこそ試し切りが出来る最初の相手が家族であり、最初に越えるべき相手であるからこそ、だ。子は親を越え、親になった子がまた親を越える。そうして脈々と受け継がれ、血に血を重ねて鍛え上げ、強化されていくことで虚刀流は強くなり完了したのだ。
「あまり驚かんのやね」
「あの人が考えていることなんて誰にも分からないわ。必要なことさえも語らない自閉症の塊みたいな人だから」
「アハハ、そらエライ言われようですわなぁ」
愉快そうに身を震わせて笑う。鈴のような声でからからと笑っているが、そこまでツボにはまることだったのだろうか。
「ま、ウチらでも灰徒はんの考えとることはわからへん。せやけど――予想はできる」
「あらあら、それは凄いわね」
「そうおだてるんやないで。そうやなぁ――九散ちゃん、いまなんでウチが攻めてこないのか考えとるやろ」
「どうしてかしら、根拠は?」
「九散ちゃんの戦闘能力を見て、真庭忍軍のみんなに伝えたんはウチや。せねんけど――ウチが見る限り、九散ちゃんは相手の初撃をほとんど許しとるんよな。そして攻め込まない限り反撃もしないし先手必勝というものもそう無い。これは――アレか? 反撃を狙うとかそういうこと以前に、相手の心を揺さぶる為なんやないか? 先手必勝、己が信じる乾坤一擲の一撃に耐えることで『そんなものでは私は殺せない』みたいな。『鎧』ちゅう衝撃伝播の技や『鉋』ゆー身体硬化の技もあるようやし、防御には困らんちゅうことか」
それは、自分自身もわからなかった。合理的に相手の出方や攻め方を伺うべく初撃は受けるようにと思ってはいたが、まさか己の行動をそこまで考察されるとは思いもしなかった。己の知らない部分を勝手に覗かれたようで、あまり気分は良くない。
「せやから、この状況でも手を出さないんやなぁー納得納得。オマケに『鐚』っちゅう自己再生技なんてエライもんもあるようやしな。鬼畜やわぁ~」
「そう言われても、元々そういう奥義だから仕方ないじゃない」
「自己再生、か。なぁ九散ちゃん。九散ちゃんは『鐚』の力を……具体的にどんなもんやと思うとるん?」
「どんなもの……それは当然、肉体の細胞を活発化させて怪我の治療を高速化させるものなのはなくて?」
悪刀『鐚』の正統な所持者であった九散の叔母、鑢 七実は歴代最悪の使い手だった。生まれた時から蝕まれていた持病で激しい運動ができず戦闘に不向きであったが、『鐚』の恩恵により永遠に戦える肉体を手に入れたのだ。『見稽古』と呼ばれる驚異的観察眼によって相手の技を全て盗み見て、奪い、使う力を持っていたこともあり一時期は無双状態だったらしい。しかし結局のところ、他人の技を盗むことは己の強大過ぎる力を節制させる為の末端でしかなく、そして刀を使わないからこその虚刀流が『鐚』を使ったことによって概念的に弱体化し、最終的には七花によって討たれたのだ。七実は最後の最後まで虚刀流だったのだ。
このことから解る様に――というより、七実の観察眼によって『鐚』の性質は活性化と判断された。それは決して間違いではないし、現に十二使刀流によって体現している『鐚』の力も電力による細胞の活性化だ。
「せやな…そう、語られざる歴史の中での『鐚』の定義はそうやった。けどな、もうこの時代は語られざる歴史やないんや。永遠に変化をしない存在なんて無ければ変わらなくて良いもんも無い。そして、九散ちゃんの『鐚』の定義も変わっていかなあかんのや」
「定義?」
「九散ちゃん…いまのままやったら九散ちゃんは一生思い出せへん。ウチとて自分が何言うとるんかようわからへんけど、このままやったらあかんのや。下手したら――この日ノ本の国が滅ぶ。いや、この世界全てが滅んでまう」
「…なんですって?」
「九散ちゃんもウチの正体は薄々勘付いとるんやろ? おんなじ、四季崎 記紀の血を継ぐものやと」
「……さて、どうなのかしらね。でもまぁ――貴女が、『蟲狩』が言っていた刀鍛冶でしょう?」
「ご明察の通りや」
九散は早い段階で参猿が刀鍛冶であることに気付いてた。肩の筋肉の付き方、手に出来た小槌タコ、時折におう焼いた鉄の香り。忍として臭いを残しておくのはどうかと思うが。
そして、四季崎の血についてはあまり共感覚を感じ取れなかったが、なるほど四季崎が遺した道標は参猿だったのか。確かに外国との交渉をし易いように金の髪を持つ者を子孫として受け継がせてきただけが四季崎の目論見ではないだろう。ただ一人が子孫である必要は無いのだ、血筋というものは木の枝のように幾重にも枝分かれし、それぞれ別々に花を咲かせる。その内の一人が参猿であったわけだ。
「海蛇さんの鎖や貒狸さんの刀、そして無涯さんの塵外刀を拵えたのも貴女ね」
「その通り、どれもこれも未来の技術の逆輸入によって作り上げたもんや。すごいやろ、この時代でも材料あるから大抵のもんは作れるんやで。それで本日の目玉はコレ」
そう言って、参猿は手を握ると指と指の間から複数の釘のような物が飛び出してきた。その数、八。
「現代版完成系
「千刀?」
「ちゃうで、音を引っかけてはいんねんけど『穿つ』の穿刀や」
そう言って、参猿は見せつけつつ牽制するように指との間から飛び出た『釘』を振り翳す。形状は忍がよく使う棒手裏剣のそれと似ている。見るからに斬りつけるというより投擲に適した形状だ。特にこれといって目立ったものは見受けられないが――気になることはあった。
「完成系番外刀? 変体刀ではなくて?」
「せやな…完成系変体刀は全部で十二本。せやけど、四季崎 記紀の頭ン中にあった設計図はその十二を遙に上回る量やったんや。四季崎 記紀はその設計図の中からいかに刀らしく、そして同時に刀という概念から外れて、己の真の到達点に至るまでの最短距離の道筋を描いた軌跡が完成系変体刀十二本や」
「つまり、その変体刀十二本から外れた未開発の刀、というわけね」
四季崎 記紀は完成系変体刀の制作過程を経て完了形変体刀への足掛かりにしたと言われている。刀としての完成に一歩踏み出したのは『鉋』からだが、完了への道筋が見え始めたのは『釵』辺りかららしい。その辺りの定義は否定姫にも九散にも分からなかったが。
「――音が千刀『鎩』と同じと言ったわね。そもそもその刀は一本ではないのかしら?」
「当たらずとも遠からず――やなっ!」
そして、その八本が投擲された。海老反り体勢から腕を大きく振って放たれた八本の釘は空中で一直線を描いて迫る。速度は『銃』以下、重さは『針』以上『鎚』以下、殺傷能力は――未知数。ここで全弾とまでは言わずとも、一、二本は受けておくことも一つの手かもしれない。握られてから投げるまで何も無いということは、恐らく四季崎 記紀の刀としての特性を発揮するのは的中時もしくは的中後だと判断した。
だがここで、一抹の疑問が脳裏を過ぎった。
参猿は九散が初撃を受ける性格であることを知っている。九散でさえも理解無いし自覚さえもしていない癖を見抜いているのだ――ならば、わざわざ受けると分かっていて無闇に刀を投げるだろうか。もし『釘』が避けることで特性を発揮する刀であったならば――参猿の行動は理に敵っている。
しかし、ここまでの予想が出来ないと参猿が思っているだろうか。
先程の会話でもあったように、参猿は四季崎 記紀の子孫だ。そして四季崎 記紀のように完成系変体刀ならぬ完成系番外刀を作り上げられるということは、四季崎 記紀並の未来予知能力を保持していることに他ならない。であるならば、九散が参猿の予知能力を考慮して避けないだろうか。
「ッッッッ…!!」
嵌められた。卑怯だとは言わない。だが普段本能のままに、思うがままに戦ってきただけに思考が挟むと身体が己の意思に逆らっているのか従っているのかさえ分からず硬直してしまった。
避けるか、受けるか。
たった二択の選択なのに、様々な思惑と推測が交錯しているせいで答えが出せない。参猿は九散がどうすることを予測しているのか、どうすることが最善の手なのか―――。
だがそれは、九散の判断に構うことなく結果として表れることになる。
「ぇ――」
ふと、視界が揺らいだ。
頭からしきりに痛みが響き、平衡感覚が保てない。視界が定まらず、喉も渇きを訴えて満足に呼吸と発声が出来ない。耳に響く音が急に乱れ始め、動悸がしっかりしない。動こうにも足がもつれてしまい、その隙に八本の釘が九散の全身に命中する。途端、全身が痙攣を起こした。
「っつがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
渇いた喉が潰れんばかりに絶叫を発した。
激痛――というわけでもない。刺されたとて骨に到達したものはないし致命傷を負った訳でも無い。だが、刺された釘から発せられる何かが九散の体内に溜まっている電力を強引に引き出し、その身を焼き焦がしている。
「忍法・
投擲し終えて新たな『釘』を取り出しながら、参猿は言う。
「仲間からは『三感の参猿』と言われとってな。将軍家康公が奉られとる日光東照宮っちゅーとこにある
三猿――全世界でも有名な三つの叡智『見ざる』『聞かざる』『言わざる』を意匠とした彫刻である。日光東照宮に彫られた木彫りの三匹の猿はそれぞれ目を、耳を、口を塞いでいる。三感というのは、この場合視覚、聴覚、味覚を指すのだろう。
口留め。目眩み。耳塞ぎ。この三つを続け字にした忍法こそ――参猿の忍法。三感を、奪う。
「『釘』もな、現代じゃよーわからんけどそいつん中には電気を熱に変える機構が備わっとんのや。傷口を塞ぐなり『釘』を焼き切ろうと本能が動くやろうけど――それが、己を死へ追い込むんやで」
膝を付いた九散の身体の至る所に煙が立ち上り、それは瞬く間に人体発火の火種となった。三感を失われてままならぬ九散の身体に、無慈悲にも再び『釘』が突き刺さる。
「そもそも穿刀っちゅーんわな、他ならぬ千刀『鎩』の千と掛けとるんや。それ即ち千刀にして穿刀、『鎩』の如く千本の『釘』があるっちゅうことやで」
途端、参猿の全身の至る所から『釘』が生えてきた。否――間接部を避けるように巻き付いている全身の鎖から隆起するように、総数九百八十四本の『釘』が生え出した。そしてその全てが九散へと向けられる。
「魅せてみぃ、■の■よ」
九百八十四本の『釘』が、九散の肉体に突き刺さった。
まさか対参猿戦が一話で終わらなかった……コイツ…強い…!!