【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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 漸くここまで来たかって感じですね。しかし皆さん、まだ襲撃者の身なりさえも書いてないのに「新しい」が誰であるか分かりすぎですよ!? 私はただ「めだかボックスってだいぶ前からタグにあったよね?」って言っただけで……あれ、これだけで充分か(笑)
 そんなわけで、八丈島の変最終話、どうぞ




二十二太刀目

 

 

 

 真庭 剣牙虎(けんがこ)

 代々真庭忍軍は決まって名前が漢字二文字なのに対し、剣牙虎に関しては唯一の例外である。それは真庭忍軍の構成において一組三名という大原則を破った、いわば部外者による助っ人的存在であることが起因する。そもそも新生真庭忍軍は生まれた時から真庭忍軍である旧代真庭忍軍と異なり、生粋の真庭を名乗る者などいない雑種にして寄せ集め、しかし結束力だけは他の忍に引けを取らない集団だ。だがその雑種の中でも剣牙虎だけは別だった。

 元服を迎えて早数年、不知火と呼ばれる誰にも知られていない村の中で最も優秀であった不知火 半壊(はんかい)は不知火の村で代々受け継がれる存在の器として最適であり、歴代でも最高の逸品であったそうだ。そして受け継がれる存在の器となってから数日――『蟲狩』が八丈島へ向かうつい数日前に、新生真庭忍軍頭領である参猿が狙い澄ましたように半壊の身柄の一時的拝借を要求した。知る人ぞ知る真庭忍軍の名声は外界から途絶された不知火の村にも聞き及んでいる上、多額の褒賞を前払いとして差し出され、半壊本人も久々に俗世を見てみたいと愉快そうに嗤い了承した。つまり、一時的な真庭でありながら真庭ではないという()()()忍。それが真庭 剣牙虎である。そして不知火 半壊に受け継がれた存在そのものを知る者は彼をこう揶揄していた。

 人外が初めて勝てなかった人間。

 不可逆の破壊者。

 御伽噺の英雄。

 英雄失格。

 英雄の残滓―――獅子目(ししめ) 言彦(いいひこ)

 

「新しい」

 

 出で立ちは正に修羅。真庭忍軍の一員としてのせめてもの慰め程度に身体に巻かれた一本の鎖、相撲取りよりも大きい注連縄、全身から滲み出る闘志と殺意を纏った巨大な身体。その巨漢に見合った大きな手には振り抜いた衝撃で握り潰された一本の足から流れる血で濡れていた。千切られた足を持った鬼の様に()が生えた男の顔は愉悦の一色に塗り潰されていた。

 

「げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ げ 

 げげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっ!!!!!!

 あ た ら し い !

 新しい…新しいぞこの感触!! 儂も今の今までこれほどまでに新しい感覚を味わったとは滅多に無い!! いつもそこら辺に立っている棒で刀のようにあれこれ叩きのめすことはあるが、まさか叩きのめした相手が本当に刀のようだったとはな!! これは新しい!!」

 

 まるで玩具を与えられた児戯。いままで生まれて一度たりとも味わったことの無い感触に感動を抱く。

 ―――剣牙虎はかつて太古、漸新世後期から更新世にかけて栄えた獰猛な食肉獣のことを指す。最大の特徴は何と言っても独自に発達した上顎犬歯。賊が持つ匕首より大きく頑丈な牙は常に己より大きい獲物を狩るのに適したものだった。確かに成る程、額から生えた鬼の様な角はまるで牙のようである。もっとも剣牙虎と名を一時的に与えられた存在――獅子目 言彦にとって、己より大きい獲物なんてこの世界には存在しないだろうが。

 

「ぬぅ……しかし勢い剰って足が千切れてしまったな。これだから棒は好かんのだ。やはり振るうのは刀や剣、槍が一番なのだがな……いや」

 

 興味を無くしたと言わんばかりに血塗れの足を投げ捨て、剣牙虎は空を眺める。空中に僅かに残る血霧の痕、それは参猿を棒の様に振るわれて飛んでいった九散の方角だ。音速にも近い振り抜きは見事九散という名の球の芯を捕らえ、運動の法則に従い――否、運動の法則を遙に凌駕するような速度と軌道を描いて千切れた参猿と空を跳び、そして落下した。まだ八丈島の外を出ていないことから剣牙虎が己の力を一割どころか一分一厘も出していないだろう。もし一割でも出していれば、振り抜いた衝撃波で九散と参猿の肉体は衝突時に爆散するか、片方が爆散し地球を一周、又は大気圏を飛び越えてまだ見ぬ星が彩る世界へと旅立っていただろう。これも、まだ剣牙虎が半壊の肉体を依り代としてから一度たりとも本気を出したことがないからである。

 

「……あの一瞬で儂の一撃を五体満足で受け切り、更に棒の足を切断し、果てには後ろへ跳んで衝撃を減らすとはなかなかやるではないか! いや実に新しい! それに刀のような肉体…新しいな! 本当に新しい!! よし、儂が直々に相手をしてやろう」

 

 四千五百年前に手合わせした万能な女とは一億回の勝利を収めた。

 三千五百年前に相手取った蛮勇なる少年とは禍根無き終わりを迎えた。

 二千五百年前に競い合った優秀な策略家とは知略謀略の限りを尽くした。

 千五百年前に対峙した老いさばらえた魔女とは誉れ高き聖戦を繰り広げた。

 五百年前に雌雄を決した二刀流の義賊とは死闘を愉しんだ。

 土を踏み、跳躍したかと思えばその巨体は瞬く間に空へ舞い上がる。彼女が、己の記憶の片隅に残る英雄となるか否かを問いながら。

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 それは仁兵衛が蟲奉行を蓋骨の手から救い出し、気絶したその直後だった。空に響く、砲弾が遙か遠方から放たれたような耳鳴りを訴える音がその場の全員の耳に届く。段々近付いていることから全員が身構えて空を仰ぐと、蟲奉行様が咄嗟に仁兵衛を庇い引き寄せた瞬間、その場にそれは落下した。

 

「!?」

「ゲホッガハァッ……!!」

「ウェッ…ゴボォッッッッ!!」

 

 大地に花が咲いた。だがそれは植物の花びらではない。真っ赤な血、血染めの徒花、血染花だ。飛び散った血が蟲奉行の色白の肌を彩り、その感触に身体が震える。花の中心にいるのは二人の人間。一人目は血に濡れて真っ赤に染まった猿のお面を被り、右足が付け根あたりから丸々消失している忍装束を着た女――

 

「おい、まさか…!?」

「参猿!? 大丈夫か!?」

「嘘でしょなんで参猿がこんな…!?」

 

 『蟲狩』の頭を筆頭に至胴、真白達が駆け寄る。

 そして二人目、血で汚れてはいるが見紛う事なき金の髪、左足は見るも無惨に折れ曲がり、右半身に至っては喰い破られたように胸辺りからごっそりと抉られた、豪華絢爛な着物を羽織る女――

 

「な……!?」

「……九、散……殿……?」

「九散君!?」

「マジかよ……!?」

 

 無涯、蟲奉行、小鳥、春菊達が血相を変えて集う。大怪我している二人の距離が圧倒的に近いから自然と争っていた二つの集団は鉢合わせとなるがそれどころではない。皆一同駆け寄りそれぞれを確保すると急いで止血作業に掛かった。

 

「参猿!? 聞こえるか!? オレだ、何があった!?」

「……お…お頭はんか…すまへん、あいつ暴走してるっちゅーかなんちゅーか、好き勝手やっとるみたいですわ…」

「クソッ!! おい血が止まらねぇぞありったけの布寄越せ!!」

「九散…九散殿!? なぜお主のような猛者が……一体誰が…!?」

「駄目だ、右の肺が潰れてる…!! 九散君、喋らないでくれよ!?」

「嘘でしょなんで……なんでこんなっ…!?」

「おいおいこれじゃ血が足りなくて失血死しちまうぞ!? なんとかなんねーのかよ!?」

「あわわわわわわ…止まらない、止まらないよぅ…!!」

 

 天間の目から涙が溢れる。九散は天間の式神によって包まれているが、元から式紙に傷があったからなのかそれとも出血が多いのか、どちらもかもしれないが白の紙からじわじわと赤が溢れてくる。僅かに意識がある参猿と違い、右腕を丸々抉られ肺を潰されたせいで意識を失っている。

 剣牙虎の攻撃の際に『鎧』と『鉋』は当然発動させていた。しかしこの二つの堅剛な防御力も完全ではない。それこそ地に足を着いていて万全な効果を発揮する『鎧』だが、今回は無涯戦や『干城鍬形』戦と異なりしっかり地に足をついていたにも関わらず九散は剣牙虎の攻撃を無効化出来なかった。そもそも『鎧』は無効化というより衝撃の伝播による防御術。茶喰蚕の突進、慚愧の一撃必殺、江戸一番の力を持つ『剛剣』影忠の乾坤一擲、『干城鍬形』の足踏み――それらの全てを防ぎ、凌いで見せた『鎧』であるが、剣牙虎の一撃は訳が違った。

 圧倒的力量。

 『鎧』で受け止めるといっても限界がある。だが九散自身いまだ『鎧』で受け切れない一撃というものを体験したことが無かったこともあり、どのくらいでどの程度のものが受け止められないのかが分かっていなかった。九散がいままで生きてきた中で最も重く、速く、強く、硬い一撃であったのは、剣牙虎――言彦の力が有象無象の人間達の力とは一線を引いて強大で、異なる次元の領域にいることに他ならない。所詮いくら強大といっても常識内の一撃程度ならば『鎧』に防げない衝撃は無い。だが根幹から、次元自体が異なっているのであれば九散の防御は意味を成さない。

 

「あれ…足の出血が止まった…?」

「これは……九散ちゃんがキレーに斬ってれたんよ……ほれ、切れ味えーから塞がりやすいんや……血はさっきアタマ打った時のと、九散ちゃんの血や……な…」

 

 加えて、剣牙虎の連撃から逃れるべく最善の手としてやむなく参猿の足を斬った。あの一瞬にそんな判断ができたとは思えない――勿論、無意識だ。ただ、目から耳から肌から、九散の肉体全神経からそうすることが最善であると本能が判断したのだ。お陰で剣牙虎の二撃目から逃れ、更に振り抜いた際の遠心力によって引き起こされた膨大な力により、剣牙虎との距離がある程度開かれた。『鎧』でなく『針』によって防御――もとい、いなしてみせられればこれまで被害を被らなかっただろうか。それは否、攻撃に乗せられる風圧よりも先に剣牙虎の一撃が九散の肉体を貫いていたであろう。

 

「………っ゛…」

「九散!?」

 

 天間を筆頭に気絶した仁兵衛を除いた六人の手によって、血こそ止まらないものの出血量を格段に減らしたことで九散の体温低下を防ぎ、漸く九散の意識が戻る。目を薄く開いて、己を囲む皆の顔をゆっくりと眺めた。身体を起こそうとするが、右半身無き今となってはそれは叶わず、全身を駆け巡る痛みに目を見開いた。

 

「ぐが…ぁあ……!!」

「ダ、ダメダメ九散君まだ動いちゃだめだよ!!」

「九散殿!? 大丈夫か、まだ動いてはならんぞ!」

 

 聞き慣れない声が痛覚に蹂躙されている九散の脳に響き、声の元を見る。九散は蟲奉行と会ったことはあれど顔合わせをしたことが無かった。白磁の如く美しい肌に己の紅い血が付いているのを見て、苦しそうに溜息を付いた。

 

「…いけ、ないわ……私の血で…貴女を穢して、しまう…なんて……」

「九散殿っそんなことを言っている場合ではない! 口を開いてはならん!!」

「……貴女が…蟲奉行様……ご無事で、何より……」

「っっっっ…!! そうだ…妾が蟲奉行だ、お前達に守られる、顔も知れぬ者だっ…!!」

 

 顔も本名も知らないような人に、命を賭けて守ろうとする人間がいるだろうか。人でなき者である蟲奉行の心は冷え切り、人を信じるという行為を忘れていた。だがついさきほど助けられた仁兵衛の愚かしくも勇ましき武士道を見た蟲奉行は涙を流した。そして目の前にも、己の身よりも名も顔も知らぬ護衛対象である蟲奉行の身を案じる者がいる。それだけで、冷え切っていた蟲奉行の心を解かすには充分過ぎた。

 

「……おい、自己回復は出来ないのか?」

 

 間を割って無表情な、しかしその裏に焦燥が見え隠れしている無涯が言った。その言葉に九散が顔をしかめる。

 

「……さっきから全身の電力を、ありったけ使って『鐚』を行使してる……けど、一向に治りそうに…無いわね……」

「そやろ……剣牙虎の攻撃は、不可逆……自然だろーと超自然だろーと、決して治らんのや……」

「なんだと……?」

「…………そう…」

「だからあんな訳わかんねぇ奴引き入れたくなかったんだよ…!!」

「つうか、なんで猿面の奴もやられてんだよ。仲間じゃねえのか?」

「あんな奴仲間と思ったこともないわよ、っていうかつい最近入った助っ人だし」

「アンタ達の仲間の結束力って、所詮そんなものなのね。だからやられちゃうのよ」

「ンだとこのアマ…串刺しにしてやろうか…!!」

「こらこら君たちこんなところで喧嘩しないで! 一時休戦だよ一時休戦!」

 

 今更ながらに双方が睨み合う。お互い満身創痍で十全に動くことは出来ないがそれでも売られた喧嘩は買う。今にも衝突しそうな雰囲気の中、無涯に肩を借りていた九散の目が全開に見開かれた。

 

「みんな逃げてェ――――!!!!」

 

 その瞬間、星が堕ちた。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

 己が揺さぶられている。突然の衝撃に途切れていた意識が、次第に浮かび上がる。目を開くと、周囲の景色が全て視界の中心から両端へ風のような速さで流れていくのが見える。そして、視界の端を掠める金の髪が肌を擽った。

 駄目だ、また眠くなる。

 目覚めようとしていた意識が再び沈み、深海より深く深くへと堕ちていく。目が、覚めない。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

 

 八丈島麓。数刻前まで『市中見廻り組』七名及び蟲奉行一名、『蟲狩』六名及び真庭忍軍一名(正確には三名)がいたその場所には、二人しか残っていない。まるで火薬庫そのものが爆発したような爆心地。その中心に立っている二人の内の一人、真庭 剣牙虎は向かい合うもう一人を見て感慨深げに頷いた。

 

「げっげっげっげっげっげっげっげっげ、貴様は本当に新しいな。まるで瞬間芸の達人だ、儂が着地するのを察して分身するとは新しい! お陰で振る棒が見当たらん!」

「………お褒め預かり、光栄、ね……」

 

 不断(たたず)――断たぬこと『(つるぎ)』の如し。

 上空から流星の如き風圧、化け物の如き威圧を感じ取った九散は直ぐさま『鎩』でいま出来るだけのありったけの五体満足の分身体合計十四体を形成し、剣牙虎が着地する寸前に全員を確保。背後から伝わる着地の際の衝撃を壁にして蹴り抜き、全員の戦闘領域脱出を成功させた。着地によって生み出された規格外の衝撃は分身体でも負傷し、飛び散った岩石が足腰や背中を破壊し、その場にいた九散を除く全員が怪我を負い瀕死の状態に追い遣られた。だが、死んではいない。

 九散の分身体も怪我はすれど傷口の拡大は無く、徐々に分身体を維持出来なくなるがそれまでには各々が乗ってきた船に届けられるだろう。

 

「しかし貴様も満身創痍だな、まさかこの儂を食い止められると思っているのか?」

「……本来、貴方の相手は私で、しょう……邪魔者を…退席、させただけよ……」

「げっげっげっげっげっげっげっげっげっげげげげげげげげげげげげげげげ! そうかそうか、いやしかしその技その気概その心意気その肉体全てが新しいな! 死なれる前に名前を教えろ、死んでも儂が覚えておいてやる!」

 

 右半身を抉られ、左足を破壊されてもなお、立ち向かい立ち向かい続ける目の前の女。いままで壊れれば逃げ出すかいつのまにか絶命していた軟弱な人間共とは訳が違うと、剣牙虎は胸の中で確かな高揚感を感じていた。今にも崩れ落ちそうな、しかし覚悟と決意を目に宿してしかと剣牙虎を見据え、片足で立つ九散は可笑しそうに嗤った。

 

「あら、あら……私の名前は錆 九散。しがない剣士、よ」

「儂の名前は真庭 剣牙虎――この身体の名は不知火 半壊と言っていたな。儂自身の本名は獅子目 言彦だ。どうだ、新しいだろう」

「……たくさん、名前を持っているよ、うね………いいの? そんなに教えて…」

「貴様を殺す相手は名を知るに相応しく新しい存在であり、儂に殺される貴様は決して語られる事無き名誉ある新しい英雄となるからな」

「……わ、たしに……斃される、とは…思えないかしら…」

「新しい冗談だな!!」

 

 踏み込み一歩で初速段階から九散との間合いを詰める。異常な踏み込み。次元外れな速さ。しかしそれに対応した九散は無事な右足を僅かに後ろに下げつつ腰を捻り、左回転に回して使えなくなった足で剣牙虎の顎目掛けて踵を叩き込む。剣術でも拳術でも何でも無い蹴り。それは剣牙虎の接触と共に破裂した。

 

「ぬぅ!?」

 

 これに驚いたのは意外にも剣牙虎だった。なぜなら既に破壊された左足をまた棒のように振るって己に叩き付けたとしてもまた破壊されるだけで、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()なんてことは無いからだ。

 

「不生――生きぬこと『鐚』の如し」

 

 ――九散が己の足に放った『鐚』の電磁波で、足の中に未だ残留している血液を超振動させて暴発させた。まるで満杯まで水を含んだ革袋に針を刺すが如く破裂した足はしかし、当然剣牙虎からすれば蚊の残骸が降り掛かったとしか感じられないだろう。だが、この時だけは違った。

 

「っぐうううううううううぅぅぅ……! 貴様、儂の目に血を……!!」

 

 血。そう、爆散した足から飛び散った、電熱によって温められた灼熱の如き血が剣牙虎の顔面に降り注いだ。目潰し。稚拙ながら悪くない案である。一時的にではあるが、完全に視界を失ったこの時こそ好機。

 

不折(おれず)不砕(くだかず)不断(たたず)不捕(とらわれず)不効(きかず)不浮(うかず)不生(いきず)――『鉋』から『鐚』まで強制混合接続奥義」

 

 戦闘系技から防御系技、完成系変体刀十二本の内前半の七本を一度に体現した奥義。己を刀化身として、刀そのものとして究極的に追い求めた九散が今放てる全力にして最高の奥義。残された左腕腕一本、右足一本という不釣り合いで全力にはほど遠いが、今ではこれしか無い。どの技よりも速く、どの技よりも強大で強力な一撃。

 『鉋』の如く強固で。

 『鈍』の如く切れ味が良く。

 『鎩』の如く大量で。

 『針』の如く曖昧に。

 『鎧』の如く伝播し。

 『鎚』の如く鈍重で。

 『鐚』の如く凶悪。

 白とも黒とも、赤とも青とも黄色とも見紛う極光の輝きを纏った左腕が、振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

「………見事だった」

 

 土煙の中から、剣牙虎の賞賛する声が聞こえる。目の前では、剣牙虎の鋭利な右腕によって左胸を貫かれている九散の姿があった。重々しくその腕を引き抜くと栓が抜けたように血が溢れ出し、瞬く間に血の水溜まりを形成する。しかし腕を引き抜かれてなお、九散は膝さえ付かずに屹立していた。そう、屹立して――死んでいた。

 

 ――九散が放った一撃は、八丈島を割断した。空前絶後の奥義を放った跡地は言彦の着地点を垂直に走り、九散の()()一直線に大地を抉っている。九散の全力の一撃は剣牙虎の肉体に到達し――到達して、全反射されていた。その一撃は直線上ある全ての物体を消失させるに等しい一撃であり、それでも九散の全身が蹂躙されてなお形を保っていられたのは奇跡に等しかった。そしてその全力の一撃を賞賛した剣牙虎はせめてもの救いとして、普段使うどこにでも有り触れた仮初めの道具ではなく相対者である己の腕で九散を殺し、この戦いに幕を引いた。

 

「……死して尚、倒れんとするその生き様…真に新しき生き様ぞ。この儂が永遠に貴様の勇姿を忘れることはないだろう」

 

 一時的にではあるが視界を殺された剣牙虎は生まれて初めて――否、人と戯れる時において、初めて()()()()()()()()()()。普通、正面にいるならば身体の前部分を防御すれば済む話だった。だが実際、九散の全身全霊の奥義は剣牙虎を全方位から襲っていた。これは『鎩』による全方位からの千の斬撃によるものである。そして、硬く鋭くそれでいて軽くて重い一撃――ではなく千撃は、筋弛緩していた状態であれば皮膚を引き裂いていたかもしれない斬撃の嵐そのものであった。

 

「まるで己の次元を無理矢理引き上げて、儂の次元に追いつこうとした新しい奥義だった。成る程成る程、策を弄し奇を衒った妙技より純粋な力をぶつけることこそ唯一己より上にいる次元の者を打倒する方法という訳か――実に新しい発想だ」

 

 そう言って、剣牙虎は背を向けつつ己の背中に手を伸ばす。その手には、背中に僅かながら刻まれた一太刀の斬撃から流れる血が付いていた。切れ込みは皮膚薄皮一枚程度。だが、今まで剣牙虎が戦ってきた中で()()()()のはこれが初めてだった。久方ぶりに見た己の血を見て満足そうに笑った剣牙虎は何度も感心したように頷き、見納めと言わんばかりに首を捻って九散の最後の勇姿を視界に捕らえ―――

 

「…………何?」

 

 その姿を見て、驚愕する。確かに血塗れだ、左胸には風穴が空き虚ろの空洞を生み出し、爆散した左足はまるでもう一本の足を形成するような一滴の血が流れ続けている。そしていの一番に剣牙虎が抉り取った右半身――なのだが、ここで解説しておけば右半身を失ったと言うことは同時に右腕もろとも消失していることを意味する。抉られた右半身から除く潰れた肺、ひしゃげた肋骨、捻じ曲がった鎖骨――先刻までは、それが見えていた。だが今は。

 

「………げっげっげっげっげっげっげっげっげ、腕が生えるとはこれまた新しくもないものを」

 

 腕が、生えていた。着物の袖こそもう無いが、右胸の乳房の横合いから生えている肩、そしてそこから伸びる腕は紛れもなく右腕である。

 

「―――だが、()()も生やすとは実に新しいぞ!! 九散よ、貴様はどこまで儂を悦ばせてくれるっ!?」

 

 そう、四本生えていた。生えた右腕の脇から二本目に加え、()()()が自生していたのである。それは右のみならず左側も同じであり、破壊されたとはいえ未だに形を保っている左腕の脇から二本、腕が伸びていた。

 

不人(ひとにあらず)――人あらぬこと『(かんざし)』の如し――上位駆動」

 

 まるで絡繰人形が話すような合成音声が九散の口から漏れた。その瞼は塞がれ、心臓も止まったその姿はまるで人形だった。右に二本、左に三本。もし右腕一本が顕在していれば一面六手の人形が完成していたであろう。芸術品と思わせるような、血の朱に塗られつつもその輝きを失う事なき金髪、朱が塗られたことで一際映える白磁の肌。()()()()()()()()()()()九散によって仕込まれた、十二使刀流の中でも通常駆動を持たない二振りの刀の内の一つである微刀『釵』は、死んだ九散を屍人形にする死を前提にした技であった。

 

「げっげっげ、一面五手とはこれはまた新しい身体ではあるが……それだけか? いくら肉体を人形化しようと、その肉体を操る者もしくは操る何かが無ければ――意味が無いだろう」

不律(りっせず)――」

「お……?」

 

 剣牙虎が呆れを口にしたそのとき、意志を持たぬ人形と化した九散の口が再び開く。

 

「――律せぬこと『鍍』の如し――上位駆動」

 

 途端、伽藍堂であった九散の全身から並ならぬ殺気が迸った。そう、空っぽになってしまったのであれば、何かを詰めればいい。それはまるで麻袋に藁を仕込んで膨らませる様に、器に米を盛る様に、杯に酒を注ぎ満たす様に。そして人形に殺意を、詰め込むように。

 完成系変体刀十二本の中でも最も刀を所持する点において基本的な『所有すると人が斬りたくなる』という刀の毒がもっとも閉じ込められた刀。通常駆動が存在しない二振り目のそれは『鋸』とは対照的に殺意を増幅させる結果に至った。並々ならぬその殺意はかつて九散が『鋸』の解除と共に解放された九散自身が持つ殺意と同等である。有象無象、森羅万象へと向けられたこの世全てへ全方位に殺意がばら撒かれた。

 そして、周囲一帯の生命を死滅させんとする溢れ出た殺意に目覚める様に、九散の瞼が開いた。しかし、それは()()。右眼と左眼、そして新たに額に縦一線が走りそれが瞼となってゆっくりと開いていく。

 

 

 

 

 

 

          滅

 

 

          尽

 

 

          滅

 

 

          相

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、刀を司る三眼六手の邪神が降臨した。

 

 その出で立ちは阿修羅か、はたまた印度の破壊神か。

 

 この時、剣牙虎の身が危険を訴えた。かつて戦った万能な女でも、蛮勇な少年でも、優秀な策略家でも、老いさばらえた魔女でも、二刀流の義賊でも感じられなかった危機感。目の前から流れ出る純度の高い高密度の殺意、威圧感から感じる強さ。それら全てを感じ取り、そして剣牙虎は吼えた。

 

「げっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげっげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ!!!!!!!!

 ああああああああああああ新しししししししししいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!

 まさか…まさか人の身でこんな短期間に()()()()()()()()()()()()までに至るとは新し過ぎて感極まったぞ! さぁ続きをしよう、儂はこの戦いを一生忘れることはないであろう!!!!!!」

 

 二人を隔てる空間が砕け散った。魂を罅割る視線を乗り越え、宇宙を砕かんとする呪詛をはね除け、神さえも殺さんとする指を押さえ付け、次元を断つ手刀を受け止める。不可逆の拳をいなし、迫り来る拳圧を砕き、風に乗る爪撃を破り、特大声量の咆吼を弾く。

 英雄と邪神が、衝突した。

 

 

 

 

 

 ――八丈島が消滅したこの日、九散が江戸へ帰還することは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 八丈島の変もとい新生真庭忍軍相対篇、完
 いやー、書いてる時に感想に最強スレがなんだのってあったんで試しに見てみましたが……見なけりゃよかった(汗)なんですか、あれ…あーもうノーコメントで! なんか要らないこと書くとどっかから苦情が来そうで怖い。ですから書くなよ、書くなよ!?
 とまぁ、これにて最終章が幕開けとなります。物語は加速し原作とは多少ズレが生じます
 何故か当初予定していなかったオリジナリーキャラも順次出てくるのでお楽しみに!

追記1、言彦って何気に身体に鎖巻いてるんだよねwww

追記2、真田幸村が諏訪部さんとかマジ止めて。切実に!
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