【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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 大変遅くなりましたー(実際あと二組書くつもりだったけどそんな事実は無かったぜ!)
 ↑(意訳:書くスピードが遅かったつまり「速さが足りない!」から書けなかった)

 それでは一話っきり修行篇どうぞ





二十五太刀目《後半》

 

 

 

 ひぅんひぅん。風鳴りが耳に届く。それは強風が吹き荒れているかではなく己が風に向かい疾走しているからである。

 

「くっ…!」

 

 逆風へ向かうという苦痛に耐えながら、『市中見廻り組』唯一の忍にして最も機動力に優れた火薬使いこと火鉢は江戸郊外の森の中で疾走していた。木々から木々へ、人が踏んでしまえば容易に折れてしまいそうな小枝さえも足場にして背後から追って来る存在から全力で逃げ出す。汗水流し肩を上下させながら、火鉢はつい最近生えたという新品同然の腕で額から視界を邪魔する汗を拭って悪態を付く。

 

「し つ こ い ってのよっ!!」

 

 背後の状況を確認するべく振り向くのと同時に、懐に隠し持っていた爆薬を放ち弾幕を張る。最初に炸裂した爆薬によって舞い上がった木々の粉塵を更に引火させて広範囲に爆撃を繰り出す――いままで火鉢にはそんな発想は無かったが、自分が怪我で気絶している間にも頭の中では火薬のことでいっぱいだったのだ、新たなる発想を生み出す時間はいくらでもあった。

 だが、そんな火鉢の新たなる爆撃技術を嘲笑うように爆炎の影から無傷の人影が飛び出す。総数、二人。

 

「アッハッハッハッハ、まるであたし等には湯気でも当てられたような温かさだ。風呂焚きに転職することを勧めるよ!」

 

 黒い爆炎を手の内に集めては散らすという異行を見せながら、額に二本の角を生やした鬼面を被った、袖の無い忍装束を着込んだ小柄な女は言った。

 

「随分と軟い弾幕だねぇ、こりゃ酒呑みながら疲れるのを待つのもいいかもしれないけど案外殴ればさくっと片が付きそうだ」

 

 拳一つ爆炎に風穴が開く。そこから額に一角獣の如く一本の角を生やした鬼面を被った、同じく袖の無い忍装束を着込んだ大柄の女は懐にある大きな朱塗りの杯と火鉢を交互に見ながら言った。二人とも余裕の表情で火鉢をじわじわと追い詰めている。

 ――ことの発端は、火鉢が奉行所特設の診療所の一室で目覚めてから一刻、枕元に届いた手紙を開いたことが始まりだった。八丈島消失の日より姿を見せない行方不明現在目下捜索中の九散名義で送られてきた封書であり、すぐさま周囲を確認したがそれらしき人影は見つけられず意気消沈。一週間も動かしていない体を無理に動かしてしまったことが祟って全身あちこちが痛みながらやむなく個室の布団に這いずるように戻り、一眠りしてから改めて読もう――読もうと、思ったのだが。

 さぁ疲れも取れたし覚悟を決めて読むとするか、と気合を入れて手紙を手に取った瞬間――治療室が、吹っ飛んだ。

 それは比喩でも大げさに言ったわけでもなく文字通り吹っ飛んだのである。そして、大鋸屑舞う屋根壁すべて吹き飛んだ個室の入り口に当たる場所に、見覚えのある服装を纏う二人を見つけた。袖の無い忍装束、己が所属する組と名を意匠に拵えた模様――八丈島で九散と交戦していた真庭忍軍である。

 あとは容易に想像できるだろう、一目見て襲撃者の獲物が己であることを悟った火鉢は一瞬で装束を着込んで封書を仕舞い、〝紫陽花〟玉を至近距離で撃ち込んで全力で逃げ出したのである。

 

「ホラホラホラホラ、可愛げに尻振ってないでお得意の火薬でもぶつけてみなよ!」

「あんまり手応えないと、一瞬でケリつけちゃうぞーっと」

「(だからアンタ等には全然爆薬とか効かないんだっての!)」

 

 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、懐に仕舞っていた手紙の文面にもう何度目になるかわからないほど目を走らせた。そこにはおそらく九散が書いたであろう血文字で書かれた火鉢宛の文章が書かれていた。

 ――『派手さが足りない』――

 

「ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 火鉢の怒りをそのまま表したような爆発が二人を襲う。だが当然人より丈夫な部類に入る彼女達にそれが効かないのは先ほどから証明済みである。

 

「おぉ、なんかあの子怒ってるみたいだよ。えーっと、真庭 赤鬼(あかおに)だっけ?」

「最近の子は短気っつーか沸点が低いっつーか。えーっと、真庭 青鬼(あおおに)だよな?」

「最近名前をもらったばっかだから慣れないねぇ」

「ははははは、違いない」

 

 彼女達は新生真庭忍軍――の結成よりも後、九散の『西征』宣言を受けて参猿が急いで声を掛けたつい最近入った新しい真庭忍軍である。新生真庭忍軍になってから一族ぐるみで形成されていた忍集団ではなく、適性さえあれば誰にでもなれる募集形の忍軍に変わっていたのである。しかも秘密を守るならばいつ抜けようがいつ入ろうが自由とのこと。大変自由度が高い忍軍である。だがそのおかげで最後まで揃わなかった真庭忍軍真庭(おに)組三人全員が揃い、真庭忍軍全盛期の一組三人制四組十二頭領全員の頭数が揃ったのである。勿論、『西征』が無事終われば抜ける者もいる。

 そして今回、参猿に下された入団試験として火鉢という少女を()()()()()()()()()()()()()()()()とのことだ。もっぱら二人は火鉢を追い立てる役として――真庭隠組に前からいた二人の先輩にあたる人物である真庭 牛鬼(うしおに)が、この場にいる()()()として、火鉢を幻術によってばれない様に誘導している。

 

「牛鬼のお兄さんも凄いけどさ、別にこんなまどろっこしいことしないでぽかりと拳骨殴って気絶させて掻っ攫っちゃえばいいのにねぇ」

「ま、参猿さんにも考えがあるんだろうさ。あまり深い詮索はしないに限る。どうせこれが済んだら牛鬼さんと手合わせできるんだからいいじゃないか」

「そうだな! 法力とはちょっと違う空間を操るみたいな……なんだっけ、創法とか咒法とか使ってくるなんて珍しい人もいたもんだ。俗世じゃ神祇省なんていう祭事を仕切ってた集団の一人だって言うし」

「というか、アタシ等を除いて隠組の下の連中ってそこから連れてきたそうじゃないか」

 

 ――と、火鉢の爆撃を払いながら雑談に興じる鬼面を被った二人の女忍。まさか彼女達が平安時代に荒らしまわっていた酒呑童子そのものであることを参猿は知ってのことだろうか。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 ――物語には、必ず主人公というものが存在する。それは強く、男らしく、頼り甲斐があり、愛に生き、努力家で、小気味よく、爽やかで、剽軽で、純粋で、懸命で、仲間思いで、漢気に満ち、冷静で、型破りで、勇気を持ち、機転が利き、友情に厚く、熱血で、優しく、(かぶ)いた存在であることは明白である。誰よりも人間味があってそれでいて己に生き、周囲の仲間と手を取り助け合い、戦いの中での強さというものを持ち得ている。幾千も負けて負けて負け続けても最後にどこかしら勝つ、そんな運命を手繰り、引き寄せる体質を持つ存在こそが主人公なのだ。中には真なる悪を演じ討ち滅ぼされる破滅の運命を持つものも()()存在していたようだが――それはまた、別の話である。

 小鳥が生涯最大の難関に直面し、春菊が地獄の猛攻を受け、天間が悪霊と立ち向かい、火鉢が二人の忍と恐怖の鬼ごっこをしている中、本作でいう『主人公』に最も近しい存在である仁兵衛はというと。

 

「ぷはぁ~お茶と団子が相も変わらず美味いですっ!! お春殿ありがとうございます!!!!」

「いえいえ、たくさん容易してありますので召し上がってください~」

 

 彼女とお茶してた。

 いや、数話前の吉宗達と蟲奉行、そして参猿との対面を思わせる冒頭であるがまさにその通りだ。永遠に直らないと思われていた完治不明の状態から一週間が過ぎ、突如江戸を襲った謎の黒雷によってそのほとんどが回復したのは前述の通り。当然仁兵衛もその恩恵に与っており、しかし完治までには至っていないのか未だに全身が包帯で覆われている。

 危篤状態だったせいで一般人であるお春には一週間仁兵衛の治療はおろか、顔を見ることすら出来ず毎晩祈っていたが、つい先日面会許可が下りたおかげで我先にと仁兵衛が眠る集中治療室へ駆け込んだのである。

 

「いや~、目覚めて早々『春夏秋冬』の出張版団子が食べられ、それにお春殿の顔が見れて嬉しいですっ!」

「私こそ仁兵衛様のお顔を一週間ぶりに見れて幸せですよっ! 一日千秋の思いでずっと江戸で待ってたんですからね!」

「一日千秋……えーっと、一日が千だから…千が七つで、七千!? そ、そんなに待っててくれたんですかっ!?」

「あ、いえ実際七千日も待ったわけではなくてですね…あくまでも比喩です。ちなみに一日千秋の『秋』は三ヶ月、または一年くらいという意味だそうです」

「ほほーうお春殿も物知りですな!」

「いえいえ、これは錆様が教えてくれて…」

 

 そう言って、お春は慌てて口を噤んだ。傍らで毛布を握り締める仁兵衛を見てしまったと思ったときにはもう遅い。九散の名が出たせいで一気に室内の空気が重くなった。

 

「……錆様、まだお戻りになられてないのですね……」

「……はいっ…自分が不甲斐無いばかりにっ……!!」

 

 歯を食い縛り、恥辱に震えながら仁兵衛は枕の横に置いてある開封済みの封書を掴んだ。少々錆び付いた血の香りはその手紙が何よりも九散から送られたものであることを証明していた。

 『錆』 九散の『錆』付いた血。一応名前として書かれているが、彼女らしい目印だ。

 ――『その場で待機』――

 手紙の内容は実に残酷だ。事実上の仁兵衛への戦力外通告が出されたのとなんら変わらない。仁兵衛には手紙から伝わる九散からの諦観と己に対する失望が感じ取れた。だがそれでも、

 

「く…九散殿はっ……自分を、心配してくれているんですっ!! 自分にはまだ蟲を十分に倒せる力がないからっ、蟲に無残に殺されてしまうであろう自分を考慮して、こういう手紙をわざわざ送ってきてくれたんですっ!!!!」

「仁兵衛様……」

「でもっ自分はぁっ……!! 自分はっ、戦いたいです! この江戸を守るために! 江戸のみんなを守るために! 蟲奉行所のみんなと、そして九散殿と一緒に戦いたいッッッッ!!!!!!」

 

 力が足りない己が憎い。

 腕が未熟な己が恨めしい。

 『市中見廻り組』の解散は仁兵衛の耳にも届いていた。そして与力であった小鳥を除いて全員はもう既に江戸を遠く離れ何処かへ行ってしまったのだという。ばらばらに四散した『市中見廻り組』には当然、『西征』への参加は認められない。御上の計らいによって今回の進軍計画は厳重に執り行われており、出兵する人数から一人一人の名前まで記録されている。それは自殺志願者とまでは行かないが殉死した者の家に事前に金一封を与える契約がなされていると同時に、『西征』を無事終えた場合は此度の『西征』における戦死者を幕府が用意した同じ一つの巨大な石碑に名を刻むためである。 

 

「こうしてはいられない…自分、鈍った体を鍛えなおすべく走り込みと素振りをして来ます!」

「待って下さい仁兵衛様ッ!」

「お春…殿…?」

「どこに行くおつもりなのですか…? ここで安静にしていてください。そうすれば、もう貴方は傷付かなくていいんですよ…心も、体も……」

「…お春殿」

 

 立ち上がって颯爽と部屋を出ようとする仁兵衛の背中に離すまいとしがみ付くお春。仁兵衛は縋り付きたいような希望と甘え、そしてそれでもお春が懸命に己を心配して気遣ってくれる言葉をかみ締めた。

 

「……申し訳ありません、お春殿」

「仁、兵衛様ぁ……!」

「自分は、行かねばならぬのです……確かにいまここを出なければ、自分はお春さんと幸せな日々を過ごせるかもしれません。別に、自分はお春さんと一緒にいることが嫌じゃありません…むしろ、ずっと一緒にいたいくらいです。でも、みんなが頑張ってるのに自分一人だけが幸せを味わうなんて許せません!」

 

 父から賜った一本の刀。何度折れようとも何度割られようとも、九散や江戸の刀鍛冶の者によって直されてきた。それは、己がいままで生きてきた道のりみたいなものだ。何度も倒され、何度も負け、何度も討たれてきた――でもその度に立ち上がる。その姿まさに『常住戦陣』。己の武士道、生き様、在り方、夢――そのすべてが詰まっている刀を腰に挿し、仁兵衛は威風堂々と立つ。

 

「……自分は、みんなと共に戦いたい……でも一番の願いは、お春殿がいつまでも無事でいてくれることです」

「わ…私……?」

「はい……自分には、もう蟲に永遠に怯えたまま生きるなんて許せないんです。だから、此度の『西征』で蟲共を根絶やしてお春殿に楽をさせたいんです」

 

 蟲という存在がいる限り、この日ノ本では安全というものを永遠に保障することは出来ない。山賊や海賊に殺される、野犬に襲われるなどもあるだろうが、そんなことは些細なことだ。蟲がこの日ノ本を跋扈している限り安息は訪れないのだ。

 

「自分はこの日ノ本位一の武士になるためにいままで生きてきた! でも今ばかりは、今回ばかりは許してください……自分には、守るものがある! それを守るために自分は刀を振るいたい!」

「いいだろう!」

「「!?」」

 

 突如、治療室の戸が吹き飛んだ。お春に破片が当たらないように庇いながら、粉塵が舞う治療室の入り口の人影を捉える。聞こえた声、粉塵越しに見える姿、突拍子も無い行動――仁兵衛の知る人物の中で該当する者が一人だけいた。

 

「よぉ、元気か仁兵衛!」

「親父殿!?」

 

 八年前まで津軽藩で剣術指南役として勤めていた月島流道場道場主――月島 源十郎。

 仁兵衛の父である。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

「………」

「やぁやぁやぁやぁ何処かであったかと思えば神楽で会った無涯じゃん超ひっさしぶりー!」

 

 入室してきた存在に、無涯は剣呑な眼差しを向けた。そこまで親しくなった覚えは無い、というように睨まれているのはあの神楽でまさかの試合開始宣言前に九散に不意打ちを放つという外道染みた所業を犯したが、その後ものの見事の九散に倍返しされた挙句その場にいた男の衆に心的外傷を植え付けたきっかけとなった男――心王一鞘流の十四代目現当主・汽口(きぐち) 慚愧(ざんき)である。

 

「おげっ! 引っ掛かった…」

「何をやっているんだ貴様は」

 

 部屋に入ろうとしたが肩に掛けていた荷物が扉で引っ掛かってしまいつっかえてしまった。麻袋に包まれたそれは扉の対角線に沿っても通せる大きさでは無く、仕方なく一度外に出た慚愧は肩から外してやっとこさ部屋への侵入に成功した。

 

「いやーコレ重いのなんのって、こんな小間使いに僕を呼び出すなよなぁー九散も真庭のねーちゃんも」

「二人から頼まれたのか?」

「おう、アンタの刀がぽっきり折られてるだろうってな」

 

 そういって慚愧は部屋の片隅に置かれている刀身の中心から亀裂が入り――真っ二つに折られた、無涯の塵外刀を見遣る。蟲奉行所の希望であり救済へと導く星のような存在であった彼を最も象徴する刀――塵外刀。数多の蟲を斬り、突き、裂き、殺し、息の根を止めてきたこの刀は無涯にとっても人生を今まで共に歩んできた相棒であったことに他ならない。だが八丈島の変で島から吹き飛ばされた際に無涯が全身を呪詛で覆われることと引き換えに怪我や傷を負うことなく戻ってこれたのは、一重に身代わりとなった塵外刀であったと言われている。

 

「んで、真庭のねーちゃん…参猿だっけ? 昔無涯の刀打った人らしいけどまた作ってくれてさ、渡して来いって頼まれたんだよなぁ全く、僕だって半月後合同会議に参加しなくちゃいけないしさっさと里に戻ってみんなの鍛錬なり準備もしなくちゃならないのにさぁ」

「……『西征』か」

「そぅ」

 

 『西征』――西にいる化外、蟲共を殲滅する日ノ本の国の未来を掛けた大規模掃討作戦。昨日、現将軍吉宗公が宣言したことによりそれは瞬く間に江戸中の民商人武家全員が戦に向けて準備を開始する羽目になった。だが、これでいいのだ。蟲は人の生活を脅かす根源であり害虫であることに他ならない。だが西日本が征服されて百年余、いまだ蟲の侵略や侵攻に怯えて生活をしていくのも限界だろう。いくら奉行所が誠心誠意万進して蟲退治に勤めたところでそれは蟲達の侵攻を一時的に緩和しているに過ぎず、もし今の均衡状況が敗れるようなことがあれば疾うに人間は滅び、この日ノ本の国は蟲の大国に成り果てているだろう。

 だからこそ、今しかない。

 聞けば、現在行方不明の九散の伝手によって東日本全土の全戦力が集結しつつあるらしい。彼等は以前九散がほんの少し語った『語られざる歴史』に生きていた者たちのようで、戦に備えて湊から着々と食料や軍事兵器、大陸のからくりも運ばれている。

 

「なのにアンタが入ってた市中見廻り組は解散宣言しちゃっててさぁこりゃ笑えるよなぁ! しかもよりにもよってこの日ノ本の国で一番蟲を駆逐したがってる奴が刀も折られちゃって戦えないなんて滑稽で見てらんないねー!」

「殴るぞ」

「ぼう殴っでるじゃだいが……」

 

 見てらんねーのあたりで既に拳は振り抜いていた。避けられないとわかって避けるのを諦めたのは潔いが、なぜ台詞を全部言えるよう最後辺りを速めて言ったのだろうか。

 顔面を正拳突きされて鼻を赤くし目から涙を垂らした慚愧は痛む顔面を手で押さえながら器用に持ってきた刀の麻袋を外す。袋から現れたのは――真っ赤な大剣だった。

 

「完成系番外刀・覇刀『(しのぎ)』。もともと僕の為に打った刀らしいんだけどなぁ、譲れってさ」

「何?」

「二人から言われたんだけど、僕にはその剣を握る資格があるみたいなんだよなぁ。曰く、他の僕なら意気揚々と使いこなしてるだろうってさ。わけがわからないよ」

 

 そんな――預言者染みた、運命論者染みた言葉を言われても仕方ない。無涯は改めて剣を確認し、そして手に取る。剣の側面には独鈷杵を思わせる意匠が拵えてある。なるほど手に取れば破魔の力らしきものは籠められていそうだ――だが、特にこれと言って特別なものは感じられない。少なくとも塵外刀とはまた違う刀なのだろう。

 

「あ、ソレ受け取るんならちゃんと手紙読んで従えよ?」

「手紙……ああ、コレか」

 

 そう言って無涯は枕の横に置いてある封書を開いて見せた。

 ――『富士樹海』――

 富士樹海…ということは文字通り、富士にある曰く付きの樹海――否、呪海へ行けという意味だろう。その文字を見た慚愧はうげぇ、と露骨に顔を顰めた。

 

「うわ、ほんとアンタ後愁傷様だよマジで。まさかよりにもよって一回這入ったら骨になって出てくるっつー呪われた樹海に行くなんてな…」

 

 そういえば以前、富士の樹海には二つの呪いがあると聞いたことがあった。一つ目は一度這入れば生きては帰れない迷いの森。二つ目は骨までしゃぶり尽くす化け物が棲む魔物の海。いや、二つ目は別に富士に海なんてなく少し雑木林に隠れた湖があるだけなのだが、樹海と呪海の言葉合わせの為にそう吹聴されているようだ。もしその化け物が蟲なのだとしたら――駆逐する。

 

「行くか」

「お、行くの本気で逝くの地獄街道真っ逆さまだよ大丈夫か頭ちゃんと働いてる?」

「そうだな、貴様はまず試し斬りの犠牲になれ」

「死亡旗立ったぁー!!!!」

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 そこは、混沌だった。

 周囲は砕け散った空間と瓦礫が重力というものから開放されて浮遊している。空は紫と漆黒のうねりが渦を巻いては雫のように垂れ落ち、泡のように膨らんでは萎む。海が死の灰と汚泥で埋め尽くされ腐毒と蠱毒が混ぜっ返して形あるものすべてが死骸に成り果てている。外界から隔絶された異次元と化したその場所は――かつて、八丈島と呼ばれていた。

 

「………んギィッ…ぐぐぐぐぐぐうぐうぐうぐうぐうぐう………ハッ、うっかり寝込んでしまったなすまないすまない」

 

 次元違いの空間にいる一人、真庭 剣牙虎(けんがこ)は腹を切り裂かれ絶命していた状態から覚醒し、この場にいる己の相対者に詫びた。この場にいる剣牙虎の相対者――つまり、

 

「別にいいわ。こちらの用も済んだから」

 

 空間で寝そべるという暴挙に及んでいた剣牙虎を嗜めながら、剣牙虎の相手である九散は鼻を鳴らして見下ろしていた。何を隠そう、剣牙虎の腹を掻っ捌いたのは九散本人なのだから。それも、半刻程度ではあったが。

 

「用だと? この儂と戦う以外に用なんかあったのか? ――勝手に閉じ込められたこの結界(なか)で」

 

 閉じ込められた――そう、二人は閉じ込められたのだ。三眼六手の邪神と化した九散と永遠の英雄である剣牙虎の衝突によって生じた歪み、二人を中心に拡散していくそれをまるで押さえ込むように、八丈島周辺一帯は不可侵領域と化し二人を閉じ込めた。

 無論、二人の仕業ではない。ならば誰か。

 二人には当然わかっている。なぜならば、二人でさえも破れないその結界を展開した張本人が、かつて島があった場所のその中心地に立っているのだから。

 灰色の法衣、黒子のように顔を隠す灰色の布、右手に構えた長い金の錫杖、左手に印を結んでいる。

 錆 灰徒(はいど)。九散の実の父親である。

 

「あ奴は何者だ? 儂でさえも破れぬ結界を作るとはなかなか新しいではないか」

「私の父親よ。自慢の父親」

「そうか、自慢か」

 

 瞬間、剣牙虎は急降下して灰徒に殴り掛かっていた。不可逆の拳は確かに灰徒の横腹を捉え破壊する感触が伝わったが、しかし灰徒はなんともないように身動き一つすること無く――印を結んでいない手で、指を振った。

 

「ぬううぅぅぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!」

 

 今度は剣牙虎が吹き飛ばされた――否、急降下する前の位置に()()()()。それは剣牙虎が灰徒を認識してもう十数回目となるが、一向に灰徒は動じない。

 

「儂の攻撃が効かないのはもう新しくもなくなってしまったが……何故だ?」

「そうね、彼の場合は元々私達と棲んでいる次元が異なるのよ。簡単に言えば三次元的に角度の違う平行線ね、境界線の存在しない」

 

 たとえば、一般人を満天の夜空に散りばめられた星のような一点一点だとしよう。永遠の英雄の残滓である剣牙虎や邪神となった九散のような神格を持った存在は己が存在を確立させた一本の線だ。実力が拮抗したりするのはその線がどこかしら交わり交差しているからだ。となれば、神格を持っているのかもわからないのに剣牙虎のような英雄の攻撃が通じないのは、決して交わることの無い一本の線になっているからに他ならない。たとえ九散や他の者が灰徒に攻撃を仕掛けたところで灰徒に通じることはないし、攻撃した分の労力が無駄に終わるだけである。

 かつて己を殺すべく参猿ら刺客を放った張本人であるが、不思議と九散の中で憎悪や怒りを抱くことは無かった。それはまるで灰徒が、こうなることを予想していたと知ったから―――

 

「全部知っていたんでしょう? お父さん」

「………」

 

 聞こえていないわけではないだろう。確かに島の中心地と九散達がいる場所とでは高さも距離も相当離れているが、灰徒ならばこの程度の距離、無いに等しい。聞こえていて、それで相変わらず黙っている。なんと人付き合いの悪い父なのだろう。

 神格の衝突は己達以下の存在を弾き、場合によっては消し飛ばす。それはお互いが強大過ぎる存在故に感覚が飽和し、他が宙に浮いている塵程度にも捉えられないから起こる現象であり、それをやめろというのは呼吸をするなといわれているようなものだ。だから、こうなることを見越していた灰徒は八丈島に侵入し己を中心点に結界を張り不可侵領域にした。出なければ一呼吸で日ノ本の国は滅んでいただろう。それだけ、未だに己の力を制御できていない。

 

「でも、さっき私破っちゃったわよ。一瞬だけどね」

 

 そう言って九散は――天を指す左上腕二手に咒法(じゅほう)『射』の印を、真横に伸ばす右上腕一手に創法(そうほう)『界』の印を、胸の前で十字に交差させる左下腕一手と右中腕一手にそれぞれ解法(かいほう)の『崩』と『透』の印に結んだ手を見せる。そして最後に、右下腕一手に手に取った『刀』を真正面に差し出していた。

 

「九散よ、貴様いつからその新しい刀を持っていた? 隠し持っていたのか?」

「いいえ違うわ……いえ、()()()()という点では間違いないわよ」

 

 驚くことに、その刀は()()している。まるで小さく短い刀身はまるで忍が使う棒手裏剣、または苦無のそれだ。

 悪刀『鐚』。九散の祖父・鑢 七花によって()()()()()()()()完成形変体刀の一振りである。

 咒法『射』の印を結んだ左上腕二手の指先からは未だに『鐚』から抽出された黒雷が迸っている。■■■■の法が籠められた黒雷は結界を突き破り、空間を超え、時間を跳躍し九散が望む者たちへと降りかかっただろう。しかし剣牙虎の不可逆の破壊はもはや全次元に通ずる呪いのようなもので、いくら■■■■の法でも治すことは叶わなかった。だから、九散はまず第一に剣牙虎を一瞬だけでも気絶させることだけに専念し――二百十一日経過し、五十七回死んで漸く致命傷を負わせ絶命させた。

 気絶すれば、剣牙虎の不可逆の破壊は根源である主の一時的生命活動の停止によって解かれる。かといってもそれまで破壊が続き再生しなかった傷が一瞬で癒えるかと思えばそういうわけではない。だから、『鐚』を使った。

 

「げっげっげっげっげ、何度も殺して漸く一回儂を殺すとは成長の見込みがある新しい邪神だな。しかしどうやって蘇生しているのだ?」

「別に難しいことじゃないわ、自ら進んで己を壊しているのよ」

 

 こうやって、と己の顔面に六手ある内の一本の腕を叩き込み、衝撃で顔面と腕が消失する。そしてすぐ――元に戻った。

 

「怪我が治らないのは貴方の攻撃限定よ。だったら死ぬ前に自分で殺せばいいんだわ、それだったら不可逆の法が無いから()()()

「とんだ新しい発想だな……だが、貴様に勝ち目は無い。故に儂に勝てる見込みは無い」

「随分と短絡的で結構なこと。確かに死に数は私の方が上ね、それにまだたかが一回仕返したくらいだし。でも、知っている?」

 

 ―――貴方、全盛期の半分しか実力出せてないのよ?

 

「なん…だと……? 冗談にしては不気味なくらいに新しいが……どういうことだ?」

「不用意に自分の名前を言ってしまったのがいけなかったわね。貴方は確かに過去一騎当千の英雄様だったでしょうね、それも数々の神格を打破出来るほどの。でも今の貴方は所詮英雄の残滓……しかも、いくら器が優れていようとその名に架せられた呪いは永遠に貴方を蝕むわ」

 

 碧い三眼が妖しげに光る。ここで漸く、三眼六手の邪神となった九散の顔に初めて笑みが浮かんだ。

 

「不知火 半壊――確かにそういったわね。そう、『半』壊。ただの名前だけなら無視していたけど、貴方がいままで傷付けた人たちの容態を見て確信したわ。貴方、人を()()()()壊せないのよ」

 

 左腕は千切れど右腕は動ける。左足は斬れど右足は立てる。心臓は打ち抜かれど、右の肺は僅かに活動する。

 剣牙虎の出現と規格外の強さに混乱していた九散だったが、邪神になり何度も殺されたことで不思議と頭が冴え渡り、いままで見てきた剣牙虎の攻撃をじっくり分析したのだ。結果、確かにどれも大怪我の致命傷ばかりだが――どれも、片方だけ。

 そして、

 

「気絶してる間に、貴方のいままでの依り代を調べさせてもらったわ。不知火 半欠(はんかけ)、不知火 半鐘(はんしょう)、不知火 半腹(はんぷく)、不知火 半眼(はんがん)……ものの見事に『半』の字があるわね。不知火の里の優秀な輩はみんなそうなのかしら…?」

「馬鹿な……儂の力が、半分だと!? あ奴らはこれを知ってるのか…!? ならば、あ奴らは儂を嵌め――」

 

 九散の口から出てくる驚愕の真実に剣牙虎は慄いていた。

 そして、剣牙虎はこのとき失念していた。

 死を何度も経験し、二百十一日前とは明らかに向上している九散の実力に。

 

「はい、二回目」

「がはぁっっっ……!?」

 

 懐に潜り込んでいた九散の左中腕が、剣牙虎の左胸に深々と突き刺さっていた。

 

「な…何いぃぃいいぃぃぃぃ…!!??」

「馬鹿ね言葉に惑わされちゃって。嘘に決まってるじゃない」

 

 嘘。

 それは、九散がいままで口にした剣牙虎の力の半減説。実際のところ九散にも真偽は定かでは無いが、傷や怪我が肉体の半面にしか付いていなかったのは事実だ。だがだからといって剣牙虎の全盛期に生きていない九散が半減していると言い切れるわけではない、事実無根の仮説――否、油断させる為の戯言(ザレゴト)に過ぎない。

 

「さて、試さなければいけない刀はあと()()あるわ。それまでどちらも壊れてくれなければいいけど………ね」

 

 六本の腕の内、先ほど扱った『鐚』を持つ左下腕を除く五本の手に、それぞれ『刀』が握られる。その姿はかつて清涼院護剣寺にあった刀大仏を思わせるものであった。五本の刀を構える三眼六手の邪神・錆 九散は結界の中心点に立つ灰徒にうっすらと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

   「そうよね、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 




『東方』タグなくてごめんなさい、あくまでもイメージです!

 というわけで、火鉢さんは鬼と鬼ごっこしつつ真庭の里へご招たーい

 無涯はまさかの変態と今大人気の富士樹海珍道中

 仁兵衛はまさかの主人公しつつ親父さんと(ここは同じ)

 そして我等がアイドル九散ちゃん三話半ぶりのふっかあああああつ! お待たせしましたぁ!
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