【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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やっと原作キャラが出た


三太刀目

 からんころん。下駄の音が聞こえる。

 江戸――新中町蟲奉行所長屋の近くの茶屋『春夏秋冬』には、数日前蟲奉行所に入った新入りこと月島 仁兵衛は看板娘であるお春と団子を食べていた。

 

「そういえば仁兵衛様、今朝の湊での騒動は御存知ですか?」

「湊? 蟲…の出現とかですか?」

「いいえそれが……」

 

 お盆を脇に抱えながらお春は話そうと口を開くが、それは突然茶屋に乱入してきた男によって遮られた。男は湊で働いているらしく、茶屋に似つかわしくない海の塩と魚の匂いが鼻腔を刺激した。

 

「オイ、今こっちに異人は来なかったか!?」

「えっ…い、いえこちらには来てません」

「そうか…お春ちゃん邪魔したな! お春ちゃんも見つけたら下手に近付こうとはしないで誰かにちゃんと知らせてくんな!」

「ハイッ、わかりました!」

 

 店内にいないことを確認すると、男は暖簾をくぐって店から出ては走り出した。余程切羽詰まっていると見える。

 

「お春殿、『異人』とは?」

「先ほど申し上げた湊での騒動です。大御所様のような豪華な着物を着た金の髪の女性だそうで……」

「金の髪!? そのような女性がこの世にいるんですか!?」

 

 元来、日ノ本の国の人間は黄色人種であり大半が黒髪、あとは茶髪が地毛である。ただし染料などて髪を染める者もいれば、白子(またの名を鬼子)と呼ばれる忌み嫌われた白髪の者も存在するらしい。老成した者も大半が白髪だ。

 だが、日ノ本の国に金の髪を持つ者は存在しない。金といったらあれだ、寺社で見る豪華な装飾や小判の色だ。砂金を溶かして塗れば金の髪になるだろうが、不思議と固まってしまうが故にそのような莫迦な真似をする輩はいない。

 つまり、日ノ本の国の外側から来た者だということだ。

 

「えぇ…でも現在江戸幕府が取った対外政策によって1639年から続いている鎖国――それにより外の方が来るなんてまずもってありえないはずなんですけど……」

「なるほど……外の者とは一体どんな御人なんでしょうか! 俺も一目見てみたいです! お春殿もそう思いますでしょう?」

「そうですね…言ってしまえば私達の世代は外の方なんて誰も見たことありませんし」

「よし、心得た!」

 

 皿に残っていた最後の団子を食べきり串を置くと、仁兵衛は鼻息荒く気合いを漲らせて立ち上がった。その顔には笑顔が浮かんでいる。好奇心が抑えられない――まるで子供だ。

 

「この月島 仁兵衛めにお任せを! 必ずやその異人とやらを捕まえてきますので!」

「えぇっ!?」

「いよっ、お兄ちゃんよく言った!」

「捕まえたら褒美になんでもご馳走してやらぁ!」

「だが娘はやらん」

「じいちゃん、かってぇコト言うなよぉそろそろお春ちゃんも所帯を持ったっていいだろぅ!」

「代わりに異人を見つけたらこの場の全員に団子を奢ろう」

「「「よっしゃああああああああああ!!!!」」」

 

 一斉に沸いた。物欲激しい野郎共である。

 

「お前達は西区を回れ! 俺達は東区を回る! 二手に別れて探した方が得策だ!!」

「俺みたらし10本な!」

「あんこ!」

「きなこ上等!!」

「バッカヤロウ、そこは蕨だろ!?」

「無駄口叩いてねえで足動かせやおまいら」

 

 『春夏秋冬』の団子は絶品のようだ。タダでくれるのならば貰える物は貰っておこう精神がモットーらしい。

 蜘蛛の子を散らすように出て行った人達を見て仁兵衛と春はポカンとしていたが当の仁兵衛はハッとして駆け足になる。

 

「しまった遅れをとってしまった!! それではお春殿行って参ります!!」

「あっ…ハイ、行ってらっしゃいませ! お怪我の無いように!」

 

 言い切る前に、もう仁兵衛の後ろ姿は見えなくなってしまった。本当に子供のようだ、と春は思わず笑みを漏らしてしまう。

 

「仁兵衛様って本当に面白いお方ですね。それより爺さま、なぜあのようなことを?」

「……何、見たかっただけさ」

「?」

 

 からんころん、音が鳴る。

 その音に合わせて春の祖父が串に通した団子を回して焼きながら、懐かしそうに目を瞑った。

 

「…春よ、この茶屋は儂が始めたということは知っているな?」

「はい、両親から聞きました。昔爺さまが建てたんですよね」

「理由は?」

「……知りません」

 

 そうか、と春の祖父は頷いて台所から出た。春のお盆に乗せられていた湯飲みを一つ手に取ると、座敷に座って茶を呷る。

 旨い。良い茶葉だ。わざわざ駿河の国から貰ってきただけのことはある。

 

「……あれは、儂が子供の頃に両親と能登へ旅行に行ったときのことだ」

 

 からんころん、懐かしい音色。

 茶の水面に僅かに広がる波紋を見ながら、遠い昔を思い出した。

 

「星砂街道という場所があってな、土なんぞではなく踏み固められた石で出来た街道でね。それなりに名所なんだ。ただ子供だった儂にはまだ体力が無くて、脇にある茶屋で休憩したんだ。そのとき団子を食べてたんだが…それが美味くて美味くて」

 

 疲れた体に茶と団子。あまり家計に恵まれていない当時は最高のご馳走だと思っていた。

 

「そのときにな、儂の隣に体中傷だらけの大男が座ってきたんだ」

「傷だらけ…蟲奉行所の春菊様のような御人ですか?」

「あぁ…ぼさぼさの頭でかなり大柄な男だった。そいつは戦で負傷してたんかもしんねぇ…団子を咥えるなり絵を描き始めたんだ」

 

 まるで武士のような外見だっただけに絵を描いていたということは印象に残った。 

 

「その絵がまた下手くそでなぁ、子供だった儂は派手に笑い飛ばしてやったよ。そいつは「うるせえよ、まだ始めたばかりの趣味なんだ」って言ったんさ。するとな、男と一緒に旅をしてた女が後から来たんだ」

 

 からんころん。あぁ、彼女が現れたときも、こんな下駄の音がしていた。

 

「その女も絵を見るなり儂と一緒に大笑いしてなぁ、「こんなの駄目駄目ハイ没没ぼーっつ!」ってその場で紙を破って捨てたんだよ」

「わぁ……傍若無人な方ですね…」

「あぁ…だがそれ以上に美しかった……その女はな、金の髪の持ち主だったんだよ」

「えっ!? じゃあもしかして異人!?」

「どうだろうなぁ…そいつは普通に儂等と同じ言葉だったからわからん。だがな、そん時その女に惚れたんだ。あれが初恋かもしれんなぁ」

 

 所詮は子供の頃の初恋。だがもう一度会いたいと思った。

 

「死ぬ前に一度でいいから、また会ってみたくてな…出会ったのが茶屋だったからもしかしたら茶屋やってれば会えるんじゃねぇかと思ったんだよ。今となっては…なんでそんなことをしたんかねぇ」

「……会えますよ」

「えっ」

 

 春は祖父の隣に座ると晴れやかな笑顔を見せる。恋する乙女の笑顔だ。

 

「絶対会えますよ! 茶屋ですから旅の方の休憩場所として立ち寄りますし、ひょっとしたら今来てるっていう異人さんが来るかもしれません!」

「…そうだなぁ、そうかもな」

 

 店を始めた子供の頃の夢。遠い昔に抱いた夢だけれど、彼女の顔は鮮明に思い出せる。

 陽光に照らされ輝く金の髪。

 澄み切った海の碧を閉じ込めたような青い瞳。

 障子紙の如く透き通るような白い肌―――

 

「ごめんくださいませ」

「あっ、お客様。いらっしゃいま…―――!?」

「どうした、春?」

 

 からん、ころん。目の前で、下駄の音がした。

 

「あらあら、そんなに慌ててはお茶を零してしまうわ」

 

 春が取り乱して落としてしまったお盆を、やってきた着物の女性が受け止めた。お盆にはお茶が入った湯飲みがいくつか置かれていたが、女性はその全てを零すことなく絶妙なバランス感覚で揺れを静止してみせる。

 その拍子に、被っていた編み笠が落ちた。すると編み笠の中に隠れていた眩しい金の髪がはらりと宙に落ちる。

 

「!?」

 

 思わず、息を呑む。 

 何という運命。何という因果。

 孫に初恋を話したかと思えば、まさか。

 こんなことがあっていいのだろうか。

 

「あらあら、でも都合良くお店に人が少なくて良かったわ。お嬢ちゃん、このことは黙ってて貰えるかしら」

「え…ええと……えええええええええええ…!?」

「あら? どうしたのかしら…もしかして混乱させてしまった? あなた、この子の祖父さんよね? 落ち着けさせて貰える?」

「……夢では…ないのだな……」

「?」

 

 春が混乱している原因こそ、いま現れた九散にあるのだが理由が異人を見たからという訳ではない。そのことが当然分かる筈のない九散は首を傾げて春の祖父らしき男に助けを求めるとぽかんとした。

 大の男がぶわぁっと涙を流していたのだから。

 

「……あらあらあら、これはどういう状況なのかしら」

 

 話に出て来た異人とそっくりな女性が現れて驚くお春。

 子供の頃に見た初恋の女性に再び会えて感極まる祖父。

 混乱してる女の人といきなり涙を流す男性を前に戸惑う九散。

 この場を治めるには、だいぶ時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 

 




 ※お春さんの祖父とのフラグは立ってません。祖父ルートは無い!!
 そもそも三話目でまだ主人公と接触してないってどういうことなの。血の気盛んな読者は戦闘シーンがお求めなのに!!
 いきなり原作でも出番の無い(と思う)お春さんの叔父が過去を語り出しちゃったよ……
 ど う し て こ う な っ た 。
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