なんだか九月こそ大学生の夏休みの本懐だからって毎日バイト入りそうで内心ビクビクしてます
そんなわけで、最終話にの二話手前。怒涛と動乱と混沌入り混じったちょっとどころかかなり詰め込んだ感と酷い文体になってますがどうぞ
【推奨雅楽:禍津血染花】
――戦況が変わり始めたのは、まさに天が血のように真っ赤に燃える紅蓮の空を彩った夕刻だった。
天が夕焼けの茜色に染まり、まるで鏡合わせの様に西日ノ本の大地が人と蟲の死体と鮮血で埋め尽くされる。
全軍が物量作戦と策を弄して快進撃を始めて約半日、少数部隊である北・西・南を除いた東軍は後部の部隊と交換し医療部隊による休息と治療によって疲労した肉体を癒し、その応酬が三回目に突入したときのことだ。先端を開いていた最前線部隊が漸く遠目で旧大阪城の視認報告を伝えた矢先――伝達が途絶えた。
これに気付いたのは東軍部隊の影忠だった。
「む……?」
百足型城塞級巨大蟲の脳天を砕いたところで進行方向を見下ろせば、進行中の大阪城方面に進んでいた筈の地域に兵がいないことに気付いた。そして別の一角で血溜りが大地に池を形成しているのを見て戦慄した。
その中心に、限りなく人に近い大きさの蟲がいるところを目撃して。
「(馬鹿なっ……!? あの範囲は確か、三千の兵がいた筈だぞ!! それを我が少し目を離した隙に……!!)」
影忠の脳裏に率いてきた兵達の顔が過る。その中には影忠がいままで共に戦ってきた武家見廻り組の同心もいた。だがそれと関係なく率いてきた者達とは『西征』という戦への戦友として仲良くやってきた。緊張を解すべく冗談を言い合ったり、帰ったら酒呑み明かそうぜ、とか後で呑み比べしようぜ、とか戦後の話に華を咲かせた。その同胞の笑顔は、もう見ることができない。
「くっ…!!」
怒りに身を任せて飛び掛ろうとする衝動を抑えて、影忠は息を殺して討伐した蟲の死骸の影に身を潜める。ここで先走っては駄目だ、非常な時こそ冷静になれと何度も心で反芻して大鉈を構えた。死骸に背凭れし息を整える。
「フン、他愛ない連中だった候。陸地にいる我でもここまで殺せるとなると…所詮塵の集まり候」
パキパキパキ、と血塗れたタガメの背が破れて隻眼の男が顔を出す。
「おやおや、甚八殿血を被りすぎましたか。早速脱皮とは節操無い」
「人、人ヴマイ。人もっど喰う」
「五月蝿く候、六郎共」
ぴしゃりと隻眼の男が二体を諫める。痩身の蜻蛉型と団子蟲型の二体の蟲が言っていることが確かならば、タガメの肉体から姿を現した隻眼の男は甚八という名らしい。同時に馴れ馴れしく話す点からして甚八は人間ではなくむしろ蟲側の立場であることは明確なようだ。
甚八。
六郎の二人組み。
この二つの言葉から導き出される答えは、
「(まさか…真田十勇士の海野 六郎と望月 六郎、根津 甚八か!?)」
「…どうやら、そうみてぇだな」
「!?」
隣に声がして影忠は驚いて振り向いた。そこには腹部から血を流した鈴閣が苦笑を浮かべて影忠と同じように背凭れていた。手に握られた刀から夥しいまでの蟲の血が滴っていることから、相当の数の蟲を屠ったであろうことが読み取れる。
居合いの達人として知られる元下酷城の城主であった宇練 銀閣の血筋である鈴閣も居合いにおいては松ノ原 小鳥と同様に居合いの達人である。腕こそ蟲奉行所随一の持ち主ではあるが、 だらけ癖も受け継がれてしまいサボリがちな業務態度から罰せられて上野の国の城に左遷されたらしい。一度たりとも刀を振るい励む姿を見たことがないのに、刀を一度抜けば首が落ち、二度抜けば十里先の大樹が叩き切れ、三度刀を抜けば炎を纏った星が堕ちてくるらしい。
そんな手練である鈴閣が息絶え絶えになっているということは相当な相手だったのだろう。
「あの候候ばっか言うタガメ野郎にやられてな、つぅか何だよあいつ刀抜く前に柄尻押さえてその隙に腹ぶっ刺すとかだる過ぎてやってらんねぇ。だから俺はこう言ったんだ、俺は早漏じゃねぇぞって」
「お主が言っていることはいまいちわからんのだが……」
「兎にも角にも我々は追い詰められている、ということですね。大×です」
「!?」
「おっとぉ、大岡の旦那もかよ」
鈴閣がいるのとは反対側では、忠相が左腕に付いた巨大な歯型の傷口を切り裂いた布で止血しながら僅かに呼吸を乱して背凭れていた。眼鏡が外れているということは彼に眼鏡を外させるほど実力がある存在と対峙したということに他ならない。
「ハハッ、なんだ…俺等全員お休み中かよ」
「我は連中を一気に殲滅すべく息を潜めていただけだぞ」
「○ですね、向こうは真田だかなんだか知りませんが三体に対しこちらも三人。各個撃破の望ましいですね」
各個撃破。つまり一人に付き一一体を確実に仕留めろというのだ。向こうは何千人もの兵を一瞬で皆殺しにするほどの実力を持つまさに一騎当千の蟲人。反則級の実力相手に勝ち目はあるのか。
「増援無えのか」
「×です、元よりこちらの兵は先ほどあの三体の蟲人によって壊滅状態です。それにいくら兵を向かわせたとしても誰一人として彼らに触れることすら叶わないでしょう、我々を除いては」
「我等でやるしかないのか……!」
思ったよりも芳しくない状況に影忠は歯噛みする。漸く敵将がいる重要地点が見えたというのに早くも兵の損失を出してしまった。もしもっと早く大型を片付けて蟲人と対峙していれば、戦死者もそこまで出なかっただろうに。
「……!? だ、だがこのままだと後方の中列部隊と狙撃部隊がここを通るぞ!」
「素通りさせりゃ、皆殺しで最悪全滅ってか。かったりぃなぁ…あぁ眠ぃ」
「×です、ここで寝たら本当に死にますよその出血量ですと。せめて最後に我等人類に立ち塞がるあの者共を倒さなければ。その為には適材適所に相手しなければなりませんね」
「俺ぁ抜いて斬ることしか脳が無ぇ」
「我は叩き潰すことしか出来ん」
「私は手数が武器です」
「あのタガメ相当な野郎だぞ、居合いさせる前に爪で柄尻突いて抜刀防ぎやがる」
「痩身の蟲は速くて捕らえ切れんだろうな」
「×でした…団子蟲型は数を打ち込んだところで硬い表皮に覆われていますが故、こんな歯形をつけられましたよまったく…」
「……じゃ、決まりだな」
「うむ」
「精々、三人共花
しゃりん。
鈴閣が刀を弄って鍔鳴りを起こす。それが合図となって三人は一斉に動いた。
まず、鈴閣が鍔鳴りともに背凭れている背後の巨大蟲の死骸を切り開く。二辺に分かれた死骸を忠相が居合いで細切れにし、そして影忠の豪腕によって薙ぎ払い、風を起こして破片を蟲人共がいる方向へ吹き飛ばした。
「む!?」
「おやまぁそんなところに潜んでいらっしゃいましたか!」
「ごろず、ごろずぅぅううううう!!!!」
弾幕となった眼眩ましを浴びた蟲人は各々眼前を払いのけて視界を確保した。だが掻き分けたときにはもう三人の姿は無く、蟲人達はその広い視界を保有する眼で周囲をぐるりと見回す。だが、
「上に決まってんだろぶぁーか。
「人であれば空に飛べないと思いましたか? 天
「ま、普通は飛べんがな。 一 握 の 剣 」
上から二人、地上に一人。蟲の死骸を目隠しの弾幕にしている内に、影忠の大鉈の峰の部分に乗った鈴閣と忠相を打ち上げて上空へ、上下二方向からの攻めは効果的だった。加えて言うならば影忠の一丈にも満たない低空疾走が功を奏し巻き上がる肉片と土煙による隠蔽で見つかりにくかった。
邪魔がなければ刀に手を掛けた時点で決着がつく居合い斬り『終閃』。
二刀による連続の居合いで敵を切り刻む二双居合い斬り『天×』。
巨大な大鉈による一撃で快刀乱麻を断つが如く一刀割断する『一握の剣』。
「ぐぅぉおおああああああああああああああああ!?」
「くっ……我等は決して油断など候……!!」
「あーあ、言い訳入ってやんのこの早漏野郎、面倒臭ぇ」
「きっ貴様ァアアアアアアアアアアア!!!!」
眼帯に覆われていない方の眼が真っ赤に燃え上がる。怒りの印だ。とても人間の見た目では再現出来ないような複雑な足運びで腹の傷を抑える鈴閣に迫り、間合いを詰める。そして人外であることを証明するタガメの名残であった両手に生えた鋭利な手甲で鈴閣を突く。しかも単調な突きではない、満身創痍になってなお人間時代に培ってきた経験則に基づいた足運びで複雑に、より多角的に攻める。だが、
しゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりん!
「刀さえ抜ければだるくても勝てんだよ、俺はな」
その攻撃の一撃一撃全てに鈴閣の斬撃が叩き込まれる。一撃一撃が既に甚八の中で決定打に値した渾身の一撃であり、明らかに甚八が打ち出す一撃より遅く出された斬撃を前に、その拳を止める術は無かった。結果、
「が……は…ぁア……!!」
拳を一度の斬撃で砕かれた。二度目の斬撃で手甲が叩き切れ、三度目以降はすべて全身に降り注いだ。柄尻を押さえるだけで嬲られる侍など雑魚以外なんでも無いと過信した甚八が悪かった。どこかしら特化した侍はそれこそ弱点突かれれば虫けら以下だろうが、枷一つ外れれば超人に値する実力を持つ。
全身を切り刻まれわざとらしく綺麗に切り離された頭部が鈴閣の足元に転がり、納刀した鈴閣はそれを拾い上げる。伊達に蟲人と名乗ってはいない、生命力も底知れず生首でもまだ生きているようだ。
もう死ぬが。
「よぉ、いままで見下してきた人間様に生首捕まれる気分はどうだい早漏」
「候だ痴れ者! フン…この程度の屈辱など屁でもない…我への侮蔑などどうでも良く候。だが真田様の名を汚すようなことをほざけば生首だろうが貴様の首に噛み付く候」
「手足も無いのにか、ご苦労なこった。俺ぁ手も足も無かったら今以上にだらけてそのうち呼吸すら面倒になるよ」
「それはもう死んでおるだろう候」
「ごもっとも。だが先にアンタが死ぬぜ」
「それはどうかな候」
「何?」
ずしん、という音と共に三人の背後が揺れる。いやな予感がしてゆっくりと振り向くと、大口を空けた海野 六郎がこちらに迫っていた。勿論、明らかな敵意を持って。
「ごろずうううううううううううううううううう!!!!」
「うぉああああああああああああああああああああ!?」
自慢の巨体を倒れこませて圧殺しようとしたが見つけて即座に三人は走り出したことで事なきを得た。だが六郎も倒れこんだだけでなくその巨体を丸ませて団子蟲がするように球になり走り始めた。体中の棘を突出させて。
「オイなんでアイツ仕留め損なってんだよ!?」
「我はてっきり貴殿がやるものと思っていたぞ!?」
「私は力自慢の尾上さんがやるものと思ってましたがね、×です」
「俺もそれに一票だ。内訳は俺が細いの、影忠の旦那がでかいの、忠相の旦那が早漏野郎」
「だから我は早漏などではなく候!」
「そいつ連れてきたのか…我は鈴閣殿が団子蟲型、忠相殿がタガメ型を斬り伏せるものとばかり…!」
「……大×ですね、やはり即席の連携などアテにならないことが判明しましたよ。てっきり私は鈴閣殿が蜻蛉型、影忠殿が団子蟲型をやるものとばかり思ってました」
いくら喋る気力も無いほど体力が少ないにも関わらず目配せで作戦を理解することなど出来なかった。結果として各々最高にして最大の一撃を繰り出したせいで団子型蟲・海野 六郎を仕留める手立てが無い。
「……ならば、我が一瞬あいつを止める! その隙に二人掛かりで斬り掛かれ!」
「んな無茶言うなよ…!」
「×です、私の居合いが貫通しないことは証明済みですが」
「貴様等本当に息が合ってないな候」
「生首のオメーに言われたかねぇよこの早漏野郎が」
「だから我は早漏などではないと――」
「鈴閣殿! 後ろ後ろ――!」
「おろぉ?」
すぐ真後ろに回転する球体の存在が迫っていることを察知したが、鈴閣は一歩遅かった。
ぐしゃり。
気味の悪い音と共に大地がへこみ、転がりから緩急をつけてきた六郎の肉体が大地を爆ぜた。
「!?」
ひ う ん。
そんな風斬り音が耳に届いた鈴閣は、まだ己が生きていることを悟った。瞼を開ければ、六郎の肉体が開き横転しているのが分かる。ならば――先ほどの爆発音は何だったのだろうか。
「火柱紙震爆!」
「ぐおおおおおおおおお!」
仰向けになった六郎の周囲が爆破の渦で埋め尽くされる。上空から聞こえる声は女性――蟲奉行所で解散してしまった市中見廻り組の一人、火鉢だった。衣を凧のように広げ、手にした小さな爆薬を継続的にかつ小規模に暴発させることで空中を自由に飛んでいるようだ。
「今よ月島!」
「はいっ! いきますっ!!」
そして宙を飛ぶ火鉢の背中から一人の男が飛び出す。刀一本を上段に振りかぶり高所から一気に振り下ろそうとする少年――彼もまた、市中見廻り組の一員であった若侍・月島 仁兵衛だ。
「常住戦陣!! 月島流富嶽三十六剣が一つ――富 嶽 鉄 槌 割 り !!」
団子蟲の丸まった状態が解除された六郎に防ぐ手立ては無い。せめてもの抵抗に大口を空けて噛み砕かんと待ち構えるが、当然仁兵衛の渾身の一撃を受け止められるはずも無く前歯ごと砕かれて一刀両断された。
どごーん、ずどーん、と目の前で次々と起こる惨事に鈴閣はぽかんと口を開けることしか出て来なかった。土煙が晴れて蟲の死体の上で刀を掲げながら「討伐数、一体目!」と武勲を示す仁兵衛を見て、漸く「ああ、おめでとう」と言えるくらいに茫然自失状態から抜けた。
「急転直下過ぎる展開にやや驚きが隠せんが…あらかた片付いたな、空から降ってきた助っ人に感謝だ。っつーわけでいくつか質問いいか? ちなみに拒否権はだるいから聞かねぇ」
「答えられる範囲で候」
「――あんたら一体何者だ?」
それは、彼ら蟲という存在そのものに対する疑問。ただ蟲が自由奔放に跋扈する世の中ならば鈴閣は何の疑問も抱かなかった。ただ蟲がでかくなっただけで暴れまわっているだけ。それが人類にとって害だから殺す、ただそれだけ。
だが三年前の大阪遠征時に現れた、過去存在していた武将・毛利 勝長と名乗る蟲――俗に言う蟲人たる存在が現れてから、蟲はただ人類といがみ合う敵対同士という関係だけではないと直感した。しかし直感はすれど常時だるい鈴閣からすれば調べたくても途中でだるくてどこぞの若将軍のように根気よく調べられない。
だから、本人達に聞く。
「―――」
その問いに、甚八は蟲の姿であれば気付かなかったであろう微かな動揺を見せた。
「――まさか、そんな疑問を持つ輩が現れるとは思わなんだ候」
「いや結構いるんじゃねぇか? まぁ何人かは既に答えでも知ってそうだけどなぁ」
「それは怖い――ごふっ……さて、生首だけの我もそう長くない。単刀直入に言いたいところだが―最後の余興だ、我の遊びに付き合い候」
「いいから言えよ」
「…――このままの世が続けば、
「………は?」
その言葉を最後に、甚八は砂となって崩壊した。いわゆる蟲人なりの『死』なのだろう。今の一言では分からなかった鈴閣はもう一度聞こうとしたが既に当の本人は砂に消え手から失せた重みがそれを証明していた。だが、いつも思考そのものがだるいと感じる鈴閣でもこのときばかりは稼働した。甚八が言った言葉をよく吟味して、答えを導き出す。
「……大岡の旦那」
「なんですか?」
「…お前さんが覚えている範囲でいい、二つの質問に『西』か『東』で答えてくれ」
「内容次第ですね」
「いいや、南奉行所とはいえ江戸幕府の記帳係を勤めていたお前さんにゃわかるだろうよ。一つ目――ここ百年、蟲の出現率は西と東とどっちが多い?」
「……×です、漠然としてますね、江戸の西か東ですか? それとも」
「ああ、西日ノ本の国と東日ノ本の国だ」
「そんなの分かりきっているでしょう、蟲共に占領されたのは一個体の力が大きい蟲ばかりだったこともありますが常識的に考えて数です。つまり西日ノ本の国の方が多かったからです」
「そうかいそうかい……じゃあ二つ目だ。お前さんが覚えているまでの過去の記録でいい。戦で死んだ人間の人数は西と東、どちらが多いか?」
その問いに忠相は形のいい眉を顰めた。何故――戦で死んだことが死因の人数なのだろうか。別に死因ならば戦のみに限らず大噴火や大火災、大水害など自然災害や殺人などあるだろう。なのにその数多ある死因から戦死のみに厳選するのは、何故か。
「△です、いくら私でもそこまでは分かりません。が……」
「が?」
「……そうですね、大昔に行われていた倭国大乱から壬申の乱、天慶の乱、保元の乱、平治の乱、建仁の乱、承久の乱、応永の乱、山城の国一揆、敦賀城の戦い、厳島の戦い……この太平の世を築くまでの前時代は何百もの戦がありました。そも、はるか昔この日ノ本の国の政治の中心は西――つまり当然ながら、西の方が戦が多かったことは明らか。従って戦死者が多い地は西、ということになります」
「……だよなぁ」
それを聞いた鈴閣はがくりと肩を落とす。
「それが何か?」
「……多分、コレを知った連中はみんな絶望してんだろうなぁってよ」
▼ ▼ ▼
同刻、戦況の異変は西軍でも起きていた。
「南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏」
二匹揃って阿弥陀仏に帰命する意を唱える念仏を口々に言う目の前の蟲人。そんな存在の前では、鎧甲冑を着て腕を組む校倉 要となんとも形容しがたい表情を浮かべる凍空 こなゆきが相対していた。そのこなゆきの脳内で「じょうじ!」と叫び声を挙げる蟲人の姿を思い描いてしまっているのはあくまでも不可抗力だと思いたい。
「我こそ真田十傑蟲が一人、五番手の三好青海入道なり」
「我こそ真田十傑蟲が一人、五番手の三好伊佐入道なり」
「我等が主、真田 幸村様の地を荒らしし輩よ」
「我等の前に、骸と成り果てるがよい」
血濡れの両手を合わせて催促する蟲人。彼らの背後には鎧海賊団の者たちの死体が点々と散らばっていた。屈強な肉体を持つ鎧甲冑に身を包んだ海賊団でさえ、その鎧を押し潰す怪力を持つ三好青海入道と伊佐入道には叶わなかった。既に彼らの脅威を目の当たりにしたこの戦場を仕切る実質的頭である二人は兵を一旦引かせ、二対二で相対する旨を伝えた。万が一己の身に何かあった時のために全指揮権の移譲を部下に済ませ、二人で彼らを挑発しつつ軍隊から引き離した。
戦場は既に占領を済ませ蟲と人の死骸が散らばっていた大きな山の山頂。足裏では地熱が伝わり、未だに活火山であることを裏付けている。
「で。どうする、こなゆきさんよ」
「ここまで来たならば決まっているでしょ――こちらはお願いします。私は」
ざっざ、と土を蹴り目配せする。その合図に肩を落としながら頷いた要は深く息を吸い、腕組を解いて一歩足を引く。完全に走りこむ態勢だ。
「貴様等も我らが死者の参列に加えてやろう」
「丁重に名を名乗れ」
「五月蝿ぇ蟲だな。ゴキブリだからそんな五月蝿いのか――少し黙れ破戒僧」
「それに、うちっちらに死ぬつもりは無いので名乗る必要性なんかないですよ」
「「――ならば一息に潰して差し上げよう!」」
そう言って二人の蟲人は腰を捻り拳を繰り出す。人間を遥かに上回る巨体から繰り出される打撃はまるで鋼鉄の鎧を打ち砕く砲弾。しかもそれが二人同時に――つまり、最低でも二倍の威力はするだろう。彼らの拳に潰れない人なんて、
「「何っ…?」」
「ハハッ、二人掛かりでこの程度たぁ高が知れてるぜッ!」
いない――筈の一撃を、受け止めていた。受け止めたのは鎧甲冑に身を包む要。助走無しからの駆け出しで彼らの拳撃が最大の威力を発揮する速度に達する前に、その巨大な拳の中心に両手で一個ずつ拳を繰り出して止めてみせた。殊更筋力と力の制御に詳しい要ならではの対処法だ。
「ほほう、我等の拳を止めるとはなかなかやるな」
「だがそれがいつまでも続くかな?」
「阿呆が、そんなん一々続ける意味なんて無ェ!」
「「何だと?」」
先ほどと同じ様に疑問の声を上げる青海入道と伊佐入道。そういえば、と二人は要と一緒に居なかったもう一人の巫女服の女が居なくなっていることに気付いた。
「あの啖呵をきった小娘はどこへ行った?」
「さては怯えて貴様一人差し置いて逃げ出したか」
「馬ァ鹿、そんなんじゃねー……よっ!」
罵倒と同時に一瞬拳を引き、刹那の踏み込みと同時に青海入道と伊佐入道の顎に拳を叩き込む。鎧越しでもかなりの硬度を感じたが問題ではない。
「ぐおおおお……!!」
「ぬぐぅううううう…!!」
いくら蟲人とは言えども――否、蟲人だからこそ弱点はある。確かに凡夫の拳程度ならば蟲の強固な皮膚外装をもってすればあっという間に打ち砕かれるだろう。だが、要のような超人に値する存在の拳撃を、人体急所の一つである顎に強打させれば脳震盪は免れない。脳を揺す振られた二人の足元はふら付き、視界がぼやけて平衡を保てなくなる。次第に膝を突いた頃には二人の前に要の姿は無かった。
敵前逃亡した要はその体躯と鎧甲冑を身に着けているとは思えないような動きで疾走し山の斜面を滑り降り、ようやく山の丁度山腹辺りに陣取っているこなゆきを視認するなり叫んだ。
「やれぇこなゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「はいっいっきますよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
掛け声と共に怪力においては人類随一の一族、凍空家の鉄槌が山の大地を叩いた。大地を引き裂かんとするこなゆきの拳から放たれた衝撃が山の中心まで伝播し、次第に山の中心から地鳴りが木霊する。
「走れ!」
「うっ、わわ!」
激動する山中を身を転がすように駆け下りる。次第にその揺れの幅が増幅していくのと同時に山が胎動を始め地が熱を持つ。
漸く脳震盪から回復した青海入道と伊佐入道は今度は大地を揺るがす地鳴りに揺られて眼を回した。
「今度は何だ?」
「落ち着け……む、心なしか足元が熱いような……」
伊佐入道の言っていることは正しい。人間と違い蟲の肉体ではあれど熱感知機能は有している。
山頂。
地鳴り。
地熱。
この三つの単語から連想される事柄を模索し、遂にその結論に至った瞬間冷や汗を流し羽を広げるが――遅かった。
足元が、極限に熱い。そう感じた瞬間、二人の足元から炎が噴出し火柱となって二人を焼き、果てには天を突いた。次々に溶岩が溢れ出し、夕焼けの茜色と共に赤色の溶岩が吹き上がっては大地へ落下する。とめどなく湧き出る灼熱の液体は山肌を焦がしては木々をなぎ倒し燃え上がらせ、炎海の山を築いた。
『西征』が行われたと同年、西海道の一角で火山の噴火が確認された。
▼ ▼ ▼
――西海道で確認された噴火が『西征』に関わる人間の眼に映るよりも少し前、同じく北軍でも異変はあった。新生真庭忍軍と蟲狩全員が上陸を果たしてから止めるもの無し、次々と蟲共が木っ端微塵にされて続けていた快進撃が――突如、止んだのだ。
あたり一面ただただ蟲の腐毒が撒き散らされた大地の中心で、新生真庭忍軍と蟲狩は三匹の蟲人と相対していた。
「真田十傑蟲が一人、二番手の由利 鎌之介。はじめまして、人間共」
「真田十傑蟲が一人、三番手の筧 十蔵だ。ゲハハ、テメェ等みてぇな奴等は初めてだ! 楽しく殺ろうぜ!」
「真田十傑蟲が一人、一番手の霧隠 才蔵。さぁ貴様等の様な忍軍など寡聞にして聞いたことなど無いが、それでも忍なのだろう? ならば忍術対決といこうではないか」
挑戦的な才蔵の挑発と共に彼を中心に幻術結界が広がる。空間の歪みにより幻術結界の波を感じ取った参猿は焦り声を上げて指示を飛ばす。
「牛鬼!」
「承知」
牛鬼の腕に才蔵はほう、と感嘆を零す。
「人間の癖になかなかやるではないか、よもや空間系の忍術を使うとは思わなんだ――これでは広域に幻術を放てんな」
「一人一人ならば出来るとでも?」
「ああ、そうさ!」
踏み込み、駆け出す。確かに幻術使いとして有名な才蔵だが別段幻術だけが彼の取り柄ではない。幻術と忍術、体術を折り合わせた彼の戦闘こそが才蔵を真田十傑蟲筆頭足らしめる実力であり、事実上最強を謳う忍なのだ。広域にかつ、一人一人が全く異なる幻術に嵌めることは出来なくとも対象を一人に絞れば訳が無い。才蔵は牛鬼から一番離れた存在――眼帯を嵌めた蟲狩の頭領へと奇襲をかけた。
「見え見えなんだよその程度ッ!」
だがそこは仮にも現蟲狩頭領。蟲退治においてもはや専門家の中の専門家と謳われる彼が黙って殺されるわけも無く、一瞬で幻術を見抜いて完成系番外刀・覇刀『
空振る拳。
直撃間近な刀。
明らかに決定打に値する一撃はしかし――手に伝わらない感触が、それを裏切った。
「何っ……!?」
「蟲狩の頭とは笑わせる、この程度の幻術も見抜けぬとは」
「
逆――そう、右から左へと振りかぶった太刀筋の外側。腕を伸ばすように振る左腕の逆――右腕側に、才蔵はいた。ニタリと蟋蟀の姿をした才蔵の口角が厭らしく持ち上がり、隙だらけな頭領の腹部に手刀を繰り出す。
人の肌はいかに筋肉で鍛え抜き、硬質化していようが蟲人からすれば紙屑同然の強度でしかない。一度突き刺されば重傷は免れないであろう一撃が、人間の急所の一つである肝臓を捉える――
「お頭ッ!」
「心配すんな、蜜月」
生死の狭間で停滞する時間の中、縁起でもなく蜜月は頭領が自分を宥める声を聞いた。生きるか死ぬか――どちらかと言えば死に限りなく近いこの状況、いくら手を施したところで間に合う筈も無い中で、蜜月は確かに聞いた。
「いい加減出て来いよ、無涯」
「悪い、遅くなった」
「―――!?」
頭上から聞こえる声、それはかなり近く同時に才蔵の真上に居ることを告げた。蟋蟀の広い視野で漸く奇襲の襲撃者を捕らえたときには既に己に刀を突き立てんと迫っていた。
一人一殺なんて冗談じゃない。即座に腕を引いた才蔵はその全身をバネのように駆動させてその一撃から逃れる。だが、
「覇刀『鎬』真打第二形態――
それはその名の通り――蛇。バキン、と無涯が持つ紅の大剣が自ら自壊し――否、分離して見せたそれは刀身を組み替えた、刃が二十にも渡る連結剣―蛇腹剣が空間をのた打ち回って才蔵に肉薄していた。
「く、っ!」
即座に幻術を掛けて僅かに狙いをずらさせて回避する。頬を掠り切ったそれは破魔の術でも籠められているのか、ただの掠り傷に過ぎないのに信じられないような激痛が走った。
「な、んだそれはああっ…!」
「お前等、蟲共を屠る為の道具だ。なぁそうだろう――兄よ」
「覇刀『鎬』影打第三形態――
「ガギィッ!?」
後退し咄嗟に散布した霧で距離を取ろうとした矢先――無涯と同じく姿を変えた、そして先ほどとは異なる形態の大剣が才蔵の肉体を挟み斬っていた。
大鋏。刃と刃を交錯させ、対象を永遠に断ち切る龍の
幻も偽りも無く断ち切ることを約束された大鋏は、その宣言通りに才蔵の強固な肉体を断ち切った。
「才蔵殿…!?」
「ゲハハ…おいおい
二分に分かれた幻ではない正真正銘の才蔵の死体が砂となって消え入る様子を見て、鎌乃介と十蔵が僅かにうろたえた。一息付いた無涯と頭領は顔を合わせるなり不敵に笑う。
「ほー…やはりお前が真打持ってやがったか。塵外刀といい覇刀『鎬』といい――弟のお前が持つとはどういうことだ! 普通は兄である俺だろう!? しかもさっき俺のことを兄者と言ったな! 言ったな!?」
「ふん、単純にお前よりも俺のほうが剣の腕が立つからに決まっているだろう。しかもその年で難聴とは
「心配した!? 心配したって言ったか今!? 遂に兄弟である俺にデレたなそうさ…俺達こそ心と魂の兄弟さ! そうだろ兄弟!」
「頭領と無涯は一応血筋でも兄弟なんだけどねー…」
蜜月が傍らで呆れた様に吐く。頭領が頭領として勤めている間こそ誰もが頼れる冷静沈着な実力者で憧れる者も多いが、こと兄弟に関してとなると残念系になってしまうのが頭領の悪い癖だ。そう…いつもならかっこいいのに、いやいつもかっこいいのに兄弟に関する会話となると殊更暑苦しくなるのが玉に瑕だ。
「ところで戦況はどうなってる。手短に話せ」
「俺等を心配してくれるんだな兄弟。それに心配してくれたから俺のところへ真っ先に来たのだろう兄弟! ああ戦況だったな、先ほどまでは楽勝だったが……蟲人が現れた」
ふざけていた態度から一変し真剣な顔つきになった頭領は空を仰ぐ。そこには鴉天狗である文丸と白狼天狗である犬走がこちらに合図を送っていた。
「それも、東と西からも出現したらしい。四国のほうは山に阻まれて確認を急いでいるようだが…恐らく、俺達と同様だろう」
「蟲人――真田十傑蟲による一斉攻撃か。随分と速いな」
新生真庭忍軍と蟲狩で鎌乃介と十蔵が目の前で相対している様子を見ながら、二人は情報交換と考察を繰り返す。
「兄弟よ、そもそもお前はどうやってここまで来た? あ、いや別に俺達を心配して来てくれたのならばそれでいいがな」
「ふざけたり真剣になったりいい加減軸ぶれ起こすのはやめろ。俺は――いや、俺達は……与力の手でここまで来た」
「俺
「来るぞ」
ひ う ん 。
空を裂く音が頭領の鼓膜に僅かに響く。そういえば先ほども、蜜月と話していたせいで気付かなかったがそんな音が聞こえていた気がする。するといつの間にか脱皮していた蟲人――鎌乃介と十蔵が真庭忍軍と蟲狩達を相手取っていた丁度その時、頭上から唐突に二人の人間が姿を現した。
「懺斬り昇華系――流星斬り!!」
「超全力つっぱりぃいいいいいいい!!」
幾つもの刀を持った傷だらけの益荒男が刀を振り下ろし、それと同時に天から烈火に燃えた数多の隕石が落下してきた。その隕石は敵味方問わず一斉に流れ落ち――しかし、式神を操る小さな少年が顕現させた相撲取りの式神によって軌道をずらすことで、味方への巻き添えを未然に防いだ。
それが、命取りだった。
「仲間の手助けとはご立派なことだな」
「ゲハハ、法力こそ見事なモンだがここまで近付けば分かる。お前自体は酷く弱ぇ」
式神で軌道をずらすそれは確かに被害収縮に繋がりはしたが、同時に蟲人にとって確実に仕留める好機であった。これを逃す理由が無い。
しかし――時としてその慢心は仇となって帰るのである。
「喝采せよ、あらゆる存在の救世主」
瞼を閉じ印を結んだ天間が唱える。その呪文はたった一文だけなのにもかかわらず、蟲人たる鎌乃介と十蔵の全身を縛り射止めた。
「今こそこの地に降りたまえ
汝ら我の蓮座にひれ伏すべし
我はすべての苦悩から汝らを衆生を解き放つ者
我はあまねく万象の、現在過去未来を裁く者
中臣の、太祝詞言い祓え、購う命も誰が為になれ」
その言葉から籠められる恐怖の力の根源に、十蔵は漸く法力などという生ぬるいものではないことが分かった。
それは、霊力――己達が現世に現界している力の源である。
祝詞が紡がれるごとに己の肉体から力が抜けていく。元凶である天間を止めようと手を伸ばすが、それは上空から飛来したボロボロの刀に縫い付けられることによって阻止された。
「東嶽大帝・天曹地府祭――急々如律令奉導誓願何不成就乎
オン・ヤマラジャ・ウグラビリャ・アガッシャ・ソワカ
ナウマク・サマンダ・ボダナン・エンマヤ・ソワカ」
唱えるは天間が生死の狭間で見出し、そして死霊山の頂上に安置されていた古井戸の奥底――黄泉の国を牛耳る魂の裁判官に教えてもらった一度きりの詠唱。裁判官のもとで修行を積んできた天間は勿論人ならざる力――霊力を身につけたがそれでも蟲共が跋扈する西の地では役に立たない。そう進言した裁判官は己自らが魂を裁く秘儀の呪文を授け、現世へと戻された。
その呪文は迷える魂を解放し、各々の魂が正しき世界へと生まれ落とす。
「
貪・瞋・癡とはすなわち仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つ。
「……流石だな」
「いや、俺もさっき奴と再会したばかりだ。もっとも…別れる前までは何も出来ぬ坊主だったがな」
「そうか……話を戻そう。その与力の手とはどういう意味だ?」
「俺もよく分からんが、俺達と目的地を結ぶ距離を割断してみせたそうだ。侮れん」
▼ ▼ ▼
江戸――西側で行われている『西征』の戦とは遥かに離れた血も死体も無い太平を象徴する都。その江戸町は当然人も少なく、しかし不思議なことに蟲一匹見当たらない。当然だ、『西征』を行う直前に東日ノ本の国
町と森の境界線に位置する開かれた鉄扉の前で、蟲奉行所
「……ふぅ、みんなちゃんと目的地に着ければいいけどなぁ」
「大丈夫ですよ小鳥さんの腕ならばこの程度朝飯前でしょう! いやぁまさかこの一ヶ月私と戸共に同棲生活をしていたお陰で生まれた修行の成果……いいえ愛の結晶がこんな素晴らしい物になるなんて! さすがわが婿である小鳥さん! そこに痺れる憧れるゥ!」
「(耳元で喧しいなぁこの子)」
尋常ではない力で小鳥の頭にしがみ付いているしらゆきは一見頭に乗っているように見えて肩車をしているだけである。体格的にも子供に相当する小ささなので残念ではあるが、そこは割愛させて頂こう。
「(…取り合えずこれで大阪に近い東と北の大部隊に送り込むことが出来た……でも正直、彼等には精々幹部級の蟲人を倒すくらいがやっとだろう。となれば……)」
小鳥が先ほど居合いによる距離の割断で送り出した元市中見廻り組の連中は五人。技の性質上自分をまだ自由な場所に移動させることが出来ないのは未熟なせいでもあるが、それでもあと一人は送れた――
「(……でも、君ならもうそこにいるんだろう?)」
もう姿を見なくなって一月は経過するが、一月前に満身創痍の瀕死状態を救ってくれた不可思議な黒雷が、小鳥の脳裏に浮かぶ彼女の存命を確信していた。そして、彼女ならば出来ると――そう、錆 九散ならばこの日ノ本の国の地に蔓延る呪いから解放してくれると信じている。
▼ ▼ ▼
東軍、西軍、北軍と来て此度の戦『西征』における唯一の汚点にして弱点とも思われていた南軍。
地形の関係上西軍よりも情報が入りにくく攻め入り難い島――四国。既にこの島に跋扈していた蟲の大群のおよそ九割が討伐されているというどの軍よりも進撃している事実は誰も知らない。そして、その残された一割に担当として派遣された自重しない変態剣士・汽口
「ブ…ブブブブブブブ……よもや一人でこの地の蟲のみならず、我が分身体を悉く破壊してみせるとは恐れ入る……」
元々四国にいた蟲の総数を遥かに上回る分身体を率いる蠅型の蟲人――猿飛 佐助。伊賀忍であった彼は生前、類稀なる忍法の使い手であり才蔵の幻術とはまた異なった点で秀でている。それはたった一人でも億万の軍勢に太刀打ちできるほどの秘伝の分身術によるものだ。
「孤軍奮闘と聞いて捨て駒扱いかと思ったが……これは少々評価を変えねばならんな」
飛蝗型の蟲人――真田十傑蟲の四番手に君臨するは穴山 小介。飛蝗ならではの異常な跳躍力を生み出す機構を備えた各関節から蒸気を噴出すことで、熱放出している。ついさきほどまでその自慢の跳躍力とそれに重ねて繰り出す拳撃を慚愧へと見舞っていたが、決定打が打てず一時後退を余儀なくされた。
「ははは……僕ぁなんでこんなところで死に掛けてんだろうなぁ……」
蟲人共々高評価を得ているにも関わらず、既に蟲共に一撃目を屠ってから瀕死の重体でフラフラな慚愧は現実逃避に専念していた。もはや体力が零に近い中でも危なげなく木刀を全力で振り下ろし続け、果てには木刀を満足に握れないような手を脱いだ血濡れの服で縛ることで漸く振るうことが出来るようだった。
元々一般人以上に鍛えている筈なのに大して体力が無い――訳ではない。
むしろ、体力だけならば市中見廻り組最強の無涯にも匹敵する程である。それなのになぜこんな序盤から憔悴しているのかといわれれば――一重に、彼の戦闘に問題があった。
確かに体力だけなら無涯並みだと言ったが――所詮木刀剣術である心王一鞘流はそこまで筋力を必要としていない。それ故に未発達な慚愧の手ではいくら木刀を振り下ろしたところで蟲を殺すには値しない威力しか出せない。だからこそ、薩摩の鎧海賊団と共に来た島津家の剣術を活用した。
一撃一撃こそが渾身の一撃。
次のこと、未来のことなど省みない無謀で乱雑、それでいて強かな一撃を断続的に打ち出す剣術。
次の一手を考えるという行為の放棄による迷い無き一撃。
それは筋力の無い慚愧とこの上なく相性がよく、従ってこの四国の島の蟲の実に九割をたった一人で殲滅せしめたのである。
だが同時にこの剣術は諸刃の剣であり己を省みないということは容易く致死傷を負う機会を増やしてしまうことと直結している。故に、彼は全力を常に出す疲労と蟲からの追撃によって全身血だらけ傷だらけの満身創痍になっているのだ。
「ブ…ブブブ……だが、流石にもう持たぬだろう」
「最後に、我の一撃で眠らせてやろう」
佐助が出した分身体が雪崩のように慚愧へと迫る。そして同時に慚愧の背後から挟み撃ちの如く跳躍し拳を構える。慚愧はそれが来ることが分かり、迫り来る分身体を叩き落すべく木刀を振りかぶる。だが、
「あ」
すぽん、という音と共に手から抜け落ちた。何度も叩き付けていたせいで結び目が解け、手と木刀の接続がゆるくなっていたようだ。
ここまで、か。
手から木刀が抜けると共に全身の力が抜けた。木刀を手に持つという行為こそ、瀕死の慚愧の意識を繋ぎ止める要であり力の源でもあった。それが抜け落ちた今、慚愧の意識を保つ手段が無い。
次第に黒く染まっていく視界。崩れ落ちる肉体。感覚が鈍くなっていく中でしかし慚愧は、ある声を聞いた。
「虚刀流最終奥義『七花八裂(乱)』」
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虚刀流一の奥義『
虚刀流二の奥義『
虚刀流三の奥義『
虚刀流四の奥義『
虚刀流五の奥義『
虚刀流六の奥義『
虚刀流七の奥義『
上記七つは虚刀流が持つ七つの構えから繰り出される奥義であり、そのどれもが相手に致命傷を負わせるである。『語られざる歴史』において伝承し受け継がれてきた鑢一族が保有する剣を全く使わない一族相伝の剣術であり拳術。現在それを実力的に扱うことが出来るのは――二人。
一人は、虚刀流九代目現当主・錆 九散。
だが九散は一度極めはしたものの本人の肉体に不適正な流派だと判断したため使われることは滅多に無い。特に家を出るまでは親族以外誰とも出逢うことが無かったため九散が刀流そのものを扱った場面は何人たりとも見たことがないという。
そして、二人目。
虚刀流七代目当主にして九散の祖父。
『語られざる歴史』において完成系変体刀十二本を見事蒐集せしめた張本人。
『語られざる歴史』の呪縛を解き放つと同時に歴史の変遷を引き起こすきっかけ。
歴史の変遷から生き残ってなお、九散から一度たりとも遅れをとらず日ノ本最強の座に君臨し続ける絶対的覇者。
身長六尺八寸。
体重二十貫。
趣味は「無趣味」。
日本最強・鑢 七花。
「面倒だ、ったな」
慚愧を押し潰さんと迫る蟲人を一瞬にして殲滅し蟲の死体だらけにした七花は、至極面倒そうに息を吐いた。『語られざる歴史』から数十年経った今も現役である七花の防御力は健在らしく、あの嵐に揉まれる様な佐助の分身体と津波のように押し寄せる小介の拳撃をまるで柳のように流し、既に死にかけだった慚愧と己の身に傷一つ付けることなく決着をつけた。ものの見事に絶命した佐助と小介には、一体何が原因で、何が己を殺したのかさえ分からなかっただろう。
「そんなこと言って、相も変わらず規格外の強さよねぇ」
「×××」
七花が拳に付いた血を振り払っていると、豪華そうな着物を羽織り、豪華そうな下駄を履き、これまた豪華そうな傘を差す金髪碧眼の美女が肩をすくめていた。
「お陰でお気に入りの傘が台無しじゃなーい。これ高かったのよ?」
「面倒臭ぇなぁもう。っつってもお前が着てるその着物のほうが高かったじゃねぇかよ。結果的に高額なほうが無事に済んだんだからいいだろ」
「否定するわ。私はどちらが高かろうがどちらが安かろうが関係ない、私の私物が汚れて使い物にならなくなるなんて言語道断よ」
ああまた始まった、と七花はうんざりといった表情を浮かべて倒れている慚愧を背中に背負った。かつて否定姫と名乗っていた彼女は、七花の戦闘によって生まれた血の雨で濡れた傘を汚いものを扱うようにぞんざいに投げ捨てる。
「……これで多分、全員死んだな」
「ええ、彼の幹部である上位の蟲人は全員絶命。内二名は既に解き放たれたでしょうけど他の八人の魂は彼の王の下に向かった――と、思ってるでしょうね」
「……なぁ、やっぱ俺達行かなくていいのかな」
「やめなさい――見に行ったところで■の闘争を前には何の意味も無いわ」
「……でもよ、俺達の孫だろ? それに×××が一番九散を――」
「否定する。私は七花君の主張を否定するわ。だって……所詮私達は過去の歴史に引き摺られて来た遺産なのよ。これからの時代に、世界に――この表舞台に、現れるべきではないわ。それに――お別れはもう、済ませたもの」
「……そっか。まぁまたいつか何処かで会えるかもしれないな。それこそ九散が言うみたいな輪廻転生とやらの世界にでも」
「そうね。その時は八穂の母じゃなくて九散の母がいいわ」
「八穂も可愛かったぞ」
「やぁねぇこんな最後に親馬鹿見せなくてもいいのに」
あはは、と二人して笑いあった。
▼ ▼ ▼
【推奨雅楽:第六天・畸形嚢腫】
――大阪城。
かつてその存在だけで威光を振るい示した戦国時代の名残であったが、それは今となっては巨大な蟲の一成長過程の寝床として繭を張られている。その前に立つ真田十傑蟲ら蟲人を束ねる長――真田 幸村は、腕を組み繭の前に立ちながら歓喜を露にしていた。
「く。くくくくくくくくくく……はははははははははははははははは! これは驚いた、我が真田十傑蟲がものの見事に人間どもに撃破されてしまうとは思わなんだ! だが感謝はすれど恨まんぞ、卿らよ。なぜならば真田十傑蟲の死こそが我の望みを叶える足がかりとなるのだからな!!」
そう――別段、幸村が十傑蟲等をないがしろにしているわけではない。むしろ死後もよく己の配下として付き添ってくれたことに礼を言っても言い尽くせないほどだ。だが、あくまでもそれは幸村が信捧する王の前にすれば贄でしかない。
そも、幸村のような英霊が蟲に宿り、しかも生前の記憶を有して蟲人に昇華するなんて奇跡に等しい。この地では悔やみや憂い、怨嗟を残して死んだ者達が蟲の肉体となってこの世界に現界する世。つまり、戦で大勢死んだ数が比較的多い西日ノ本の国こそが蟲の温床。
とはいえ恨みなどただ負の感情を持った存在が蟲になったところで自我は無く、ただ蟲の肉体のままで日ノ本の地を荒らし回るだけだ。だが黄泉の世界から負一辺倒の感情のみならず限りなく人に近い存在のまま蟲の肉体を持つことが出来る。蟲に成り果て自我も無く暴れまわるか、蟲人となり生前の記憶と自我を持つか否かは蘇る人間の魂の質の善し悪しが関係しているらしい。つまり、死んでもその人間の魂の質によって左右される。だが幸村は己の配下であった真田十勇士が蟲人として蘇らせた際にもう一つの法則を知ったのだ。
それは、たとえ魂の質が劣る存在であろうとも現世に住まう人の魂を捧げれば蟲人として蘇る、ということだった。
となれば話が早い。幸村には生前信捧していた王がいた――ならば王を蟲人として蘇らせよう。
結果として幸村は手勢として真田十勇士改め真田十傑蟲らを率いて西日ノ本の国を支配してみせた。人を殺す度に別の魂が蟲として宿ることが多々あったが、京の都にいた人間全てを一掃したその時大阪城に異変が起きた。巨大な蟲が繭を形成し眠に入った――そして、その魂が幸村が心身を捧げる王の魂であると知り歓喜した。それから勢い付いて西日ノ本の国のみならず東日ノ本の国まで手を伸ばしたが、ここ数十年蟲共は攻めあぐねているようだった。
これでは王に捧げる魂が足りない、さてどうしたものか――と思案した幸村は、己の目の前に最高の生贄がいるではないかと心のうちで哄笑した。
そう――魂の質が優れた真田十傑蟲達の魂を捧げれば、王は蟲人の更に上を行く至上の存在として現界するのではないか―――。
故に、愛すべき部下の死を幸村は悲しみではなく歓喜として迎えた。そして、
びしり、という音と共に繭の殻が破れる。
「おぉ……我が王、我が王よ…!! そのご威光を今一度、世に知らしめるのだ……!!」
両手を抱擁するように掲げて王の復活を待ちわびる。だが、何に気付いたのか――不意に、幸村の表情が曇った。
「……? なんだ? この違和感は――」
違和感。
そう――ふと、目の前の存在に違和感を感じ取ったのだ。
違う。何かが違う。これはそんなものではない。我が王は――こんなにも、狡猾で悪辣な魂だったか?
「!」
どん、と。
硬質化した繭を、外部から叩き割る音が聞こえた。思考に入っていた幸村の意識の隙間を縫った奇襲だ、違和感を拭えず、しかし突如攻撃を仕掛ける存在がいては興が冷める。従って、幸村は己の羽を羽ばたかせて襲撃者の下へ飛んだ。幾重にも支えとして張られていた繭の柱を水を得た魚のようにひらりひらりと交わして突き進む。そして繭が安置されている大阪城の、かつて天守閣が聳え立っていた辺りの地にその襲撃者は居た。即座に背後に着地し、首筋に五指の尖った爪を添える。
「何者だ、名を名乗れ」
「――あら、そういうのは殿方が名乗るものではなくて?」
「……我は真田十傑蟲を統括する長、真田 幸村だ」
「そう」
得心いった、とでも言うように頷いた襲撃者は、その長い金髪の髪から掻き分けて首を狙う幸村の手を掴む。
「(女……?)」
間近で冷静になって観察すれば、その者が女性であることが見取れた。同時に、女性とはいえどただの人間でないことは明白だった。添えられた手を掴んだまま、金髪の女性は振り向いて――澄み切ったような碧眼でしかと幸村を捉えて、言った。
「虚刀流九代目当主、錆 九散よ。初めまして、歴史の敗残者さん」
まさかの一話で真田十傑蟲殲滅。まにわにでももうちょい粘ったぞ。個人的には最後に七花くんが出てきたのと天間くんのTON☆JI☆THI☆が出来たところがよかったと思う
随分と長ったらしい一話になって申し訳ありません、じつは本来ならばこの話は二話に分けて、「真田十傑蟲襲来でピーンチ」な場面が一話、「市中見廻り組の助太刀ナニソレキャーカッコイー(棒読み)」がもう一話な予定でした。それに関してはあとがきで
そして蟲狩の頭領って名前が無いんですよねぇ……あと中の人繋がりで人格はまるっきり天元突破なアニキです
とまぁ、この作品の世界観と蟲の秘密についてこの話でほとんど解けましたね。さぁ舞台は整った、最後の祭りだぁ……!!