【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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 ぐああああああああああああああああ九月になっちゃったよぉ~(泣)
 ……申し訳ありません、ほんっとスンマセン!!
 何分今日は十時までバイト、しかも波洵並の糞に遭って頭ン中グッチャグチャ……あと昨日の家に帰ってバタンキューが痛かった。あれで書けば23時に投稿できた
 本当に申し訳ありません…でも、

 ついに、完結です!

 それでは、どうぞ!






三十太刀目

 

 宇宙(そら)が軋む。時間軸が撓み、空間が綻びる。覇道を持つ神々の衝突は世界に穴を形成し座への(みち)へと繋ぐ。

 そうして世界は崩壊し、それを引き起こした三柱だけが取り残されて特異点への落下を開始する―――

 筈、だった。

 ぱん、ぱん、ぱん。

「!」

 それに気付いたのは幸村だった。もとより理性すら欠片も残されていない無名の邪神が気にかける、という思考すら無い。

 九散は己に生える六つの手で三度の拍手を打ち鳴らす。それにより周囲の空間が歪み、九散を中心に放たれた神力が展開し周囲との空間層とは異なる世界へ変遷した。

「これは―――」

「これが、人格化した座の機構本体である私が無知なままで世界に生まれた理由」

 獄炎に燃え上がる世界は変わらない。だが本来大阪で焔の手の侵攻が止まっていたはずであった炎ははるか地平線の彼方――否、この世界全てを飲み込んでいた。そして奇妙なことに、人の気配がしない。

 明らかに先ほどまで居た世界とは違うことを確信した。

 だが神格級――つまり、座になる素質を持つ幸村と無名の邪神を隔離させるなんて本来不可能に等しい。それは隔離させる存在が二人の力の総数に匹敵するか、もしくは凌駕していることに他ならない。

「『私が貴方達を斃す』――という共通見解を元居た世界の人々に植え付けることが目的だった。それが世界の意思であり歴史の迂回路なのよ。本来貴方達さえいなければこうして私が出張る必要も無く死んでたでしょうけど」

 一度生み出された腫瘍は無理に切り離してはならない。血管に生まれた腫瘍はそのまま触れてしまえば破裂し血の海を築き、もう元には戻れない。ならば、腫瘍を避けるように迂回路を生み出して血流を確保してから安全に処置するのが一番だ。

「第六天の時まではそうやって何度も何度も世界を破壊していたせいで――いくら無量大数であっても世界に負荷がかかる。寿命がガリガリ削られていつしか世界が生まれなくなるわ。そうなってしまうと座が在る意味が無くなる。貴方達みたいないるだけでハイ世界ぶっ壊しました座になっちゃいました、な二番煎じの連中が悪戯に生まれては困るの。だから」

 溢れ出る神力を解放し、碧の三眼で二柱に微笑む。

「壊されなさいな、()のために」

 ▼ ▼ ▼

 

【推奨雅楽:波洵・大欲界天狗道】

 

 

「我が討ったのは悪しき者。滅ぼされてしかるべき邪な者。ならば我は正当なり」

 開幕と同時に九散の六手の一本に刀が握られる。それはもはや刀と呼んで良いのだろうか――柄と鍔はあれど、人を斬る為の刀身が見つからなかった。刀無き刀。向ける刃無き刀。この世で最も誠実なる刀、誠刀『銓』―――

「 第一天――二元論 」

 刀の背後に、一人の女神の幻影が現れた。座を組んだ黄土色の彼女か九散の生みの親にして座の創始者。閉じた瞼が浮かべる笑みに応えるように、女神の祈りを口にした。

「 まず感じたのは『悪』――求めしものは己が救い

  ああ何故、何故争いは止まぬのか

  何故血は流れ、何故人は死に、何故屍が満たされる

  死の果てに救いが欲しい 死が無でない証が欲しい

  覇を吐き唱えし強者は善に非ず 敗残の淵で嘆き悲しむ弱者は悪に非ず 」

 瞬間、祝詞から感じられる神力を無意識に感じ取った名無しの邪神と幸村はそれを阻止すべく動こうとして――身体が硬直した。発現した原初の祈りはあまりに愚直で杜撰で、それでいて誰彼訪わず人の心に浸蝕し、浸透する。

「 我が誠刀は定まる事なき善悪の銓。されど(かぶ)くは常に悪 」

 己を斬る、己を試す誠実なる刀が鍔よりに傾く。本来鍔の先にある刃は強者を象徴していたものである。この世を善悪で分かつことは出来る。滅ぼされる者は悪者で、滅ぼす者はちゃんとした正義の味方。わかりやすすぎるほど単純なことだ。だが実際には善側の人間は善であるが故に幾つもの制限を強いられる。それは悪人に蔓延らせるに十分なものだった。

 そうであるがゆえに抱える矛盾。元が知性を持った人という存在であったからこそ感じ取れる原初の苦悩。

「ああああああああああああ何だ何だ何なのだコレはァ!? 煩い穢らわしい這入ってくるな身体の中を這いずり回って来るみたいで嫌なんだよオオオオオォォォォ!!!!!!」

「ぐっ……ぬううううううううううううううう……!!!!」

 一気に二柱の神格が第一天の侵食に掛かる。苦悩とは侵食、犯されれば第一天の法則に従い討つ者と討たれる者、正義と悪を決定付けてしまういわば運命を決める毒。二人とも神格こそ第一天より遥かに上位に君臨する存在ではあれど、座の管理者である九散が扱うとなれば話は別だ。そも、己が持つ座の理を完全に理解しきれていない二人と全ての座を統べる九散とでは圧倒的な差がある。

 このときこの一瞬、三柱の争いは二柱と一柱の二つに分かれた。

「ふっ…は、はははははははははははははははははははははははははははははは!!!! 善い、実に善いぞ! 我をここまで追い込むとは卿もなかなかやるではないかッ!! 生まれてこの方一度たりとも窮地とやらに陥ったことが無くてな…嬉しいぞ、卿のような強者と相見えるとは!!!!」

 脳に渦巻く苦悶を振り払い、今までの鬱憤を晴らすような全力の一撃が叩き込まれる。羽の煽ぎによって生み出された速度は神速を凌駕し、それはまさに北欧の雷神の鉄槌を上回っていた。都一つを滅ぼさんとする一撃は、しかし九散から放たれた強烈な悪の波動に押し退けられた。六手に握られた二本目の刀から流出された悪意の塊が膨張して拡散し幸村の一撃を拒む。そして、強烈な打撃が無名の邪神の全身に突き刺さった。

「我と我が民たちは善ゆえに、縛る枷が無数にある。犯せぬ非道が山ほどある」

 握られた刀は毒々しいまでに塗り固め、(めっき)の如く幾重にも悪意を重ね塗られた毒。当初滲み出ていたそれは四季崎記紀の残留思念では無くなった。四季崎記紀の因子ではなく、それとは関係無しに単純なる殺意の塊が、悪そのものが宿っていた。この世で最も毒性を持つ刀、毒刀『鍍』――

「 第二天――堕天奈落 」

 膨張し膨れ上がった悪の波動の後ろで、荘厳な風格の老人が姿を見せる。その男はこの世の善が善であるが故に縛られることが赦せなかった。善であることは悪くないが、善が滅ぶのは許容出来ない。だからこそ悪を討つには己が悪に染まるしかない、そう願った。

「 我が毒刀は悪の化身。目には目を。歯には歯を。殺意には殺意を。悪には悪を 」

 悪に対抗するは善に非ず。善が救えぬなら己を悪の化身として対抗しよう。己が悪に染まることは悪くないのだと、その祈りは極大化した汚染濃度の高い邪念となって襲う。黒く輝くという矛盾を孕んだ塊は爆弾の如く拡散し無名の邪神の身体を少しずつ削っていった。

「触るなぁ触れるなぁ、臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭うんだよ糞がぁ――!!!!」

 無名の邪神の肉体が再生されていく。削られた肉が盛り上がるように埋め合わせられ、さらにそこから蜘蛛を思わせる長く鋭い足が伸びていた。八本の足が拡散させた悪の波動を弾き、足先が紅の処刑刃に変わり波動を斬り刻む。まるで時が止まったとばかりに全ての波動を斬り刻み消滅させた無名の邪神は刃先から悪意を垂れ流す。傷口から滴る血玉のようにこぼれ落ちた悪意の塊こそ、第二天の力に他ならない。

 悪に悪を返すぅ? ならば倍返しにしてやる。

「死ね」

 八つの刃から消滅と停滞、憎悪が込められた光線が全方位に放たれる。大気が罅割れ、衝撃で取り囲んでいた炎が――砕け散った。一直線に突き進む暴虐の光線が九散と幸村に迫る。だが一面六手の女神と蟲の王者は動じなかった。

「我はなんと罪深い悪なのか。我のような者を生んだ存在は、なんと底知れぬ痴愚なのか」

 六手に握られた三本目の刀が現界する。鍔も刃も無い木製の刀。この世で最も毒性というものが欠如した一振りであり、むしろ人が持つ悪、殺意、毒素を浄化し霧散させ消し去る刀だ。人を正して心を正す。精神的王道を歩ませる教導的解毒の法を有する刀、王刀『鋸』――

「 第三天――天道悲想天 」

 木刀を持つ手に寄り添うように、白髪の線が細い男の幻影が映し出される。張り詰めた空気が流れ出し、硝子細工のような美貌から象られる微笑は見る者の背筋を震わせるほど完成されていた。もし本人が現界していたなら発狂していたであろう美しさを有する男はかつて、罪を持たない完全なる生命体を創造しようとしていた。結果として彼自身は神格を会得し、森羅万象を彼が望む電子で構成された無機なる機械の(ことわり)を実現した。

「 まず感じたのは『悲嘆』――求めしものは救済

  何故奪い 何故殺し 何故憎む人の子よ

  ああ何故 私はこんなに罪深い

  ならば清めん 原罪浄化せよ 」

 解毒の法、原罪の浄化が幸村から放たれた悪意の波動を押し返した。悪意とは己の内の罪の肯定である。人を死へと導く為の媒介である。悪の波動は己を悪に染め上げてこそ放てるものであり、故に悪に染まっていた無名の邪神の一撃は浄化現象を目を見張るほど進行させて消し去る。

「我が王刀は罪科の浄化。生まれ埋め込まれし人の原罪は無く、欲も無く」

 茶でありながら眩い白に輝くそれは、■■■■■の願いを叶える端末に他ならない。放たれた暴虐の光線は九散の周囲で塵に変える。球体状に形成されたそれは九散を覆うように展開され、九散に近付く存在全てを拒む。

「その程度」

 幸村も黙っていない。日ノ本の国全域を覆う蟲への反魂術を展開してみせた力は紛れも無く黄金の獣の魔城と同等であることに他ならない。死者の渇望――特に、己に使えていた真田十傑蟲の渇望を忘れる筈も無い。

「 我は幻。掴める者などありもしない

  届かない。触れない。霧に映し出されし幻影

  狩人は待つ、得物が油断するその時を――胡蝶の夢

  惑い踊れ旅人よ――蟋蟀の夢幻 」

 幸村に仕えていた中でも最強に位置する才蔵の幻影が姿を現す。その幻影さえも煩わしく感じた邪神は即座に貫くが所詮幻。感触などあるはずも無く空を切る。しかしそれは実体と思われていた幸村も同様で、一体目が消されれば二体、その二体が潰されれば四体と次第に分身を増やしていった。当然、その中に本体がある筈も無く―――無名の邪神の視界一杯を濃霧が覆っていた。

「目に障る、失せろ」

 邪神の言葉一つで空気が爆ぜ、一瞬で濃霧は消える。だが濃霧出現と消滅による僅かな硬直を――女神が見落とすはずも無い。

「抱かれたことが無いから――なら、抱いてあげる」

 ヌッと邪神の視界の左右から両手が差し出され、その両手が邪神の両目を覆う。後ろから掻き抱いた九散の四手は邪神の全身を舐めるように触れる。

 じゅ、という音が――それがただの抱擁ではないことを告げた。

「っがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! 熱いぃぃぃぃ…熱い熱い熱い熱い熱いィィィィィィィィィ!!!! 止めろ目障りなんだよ消えろ消え去れ俺だけしか要らない俺以外要らないんだあァァァァァァァァァァァ!!!!」

 触れるだけで浄化される王たる刀は陽光の如く邪神の身を焦がす。それを煩わしく思い、熱し腐食していく肉体を強引に引き千切った邪神はその肉塊を全力で投げつけた。己から離れたものは糞。その他諸々全て糞。隕石のような速度で空を裂く糞は、九散の心臓を穿った。だが、

「ああ、嫌だ。認めない。このような終わりなど許せない」

 苦無のような小さな刀が九散の手に握られる。苦しみ無き刀は全ての傷を癒す。それはすなわち時の巻き戻しに他ならない。最も悪性を孕んだ癒しの刀、全てを永遠に生かし、永遠の回帰を実現させる凶悪な刀、悪刀『鐚』――

「 第四天――永劫回帰 」

 全てを『無かったことにする』刀の影で、ボロボロの衣を纏った痩身の男が(こうべ)を垂れた。演技役者は、はたまた道化にも見える軽薄そうな男は虚無的な冷笑を浮かべて両手を掲げ、指揮者のように腕を振った。

「 まず感じたのは『諦観』――求めしものは未知の祝福

  飽いている 諦めている 疎ましい 煩わしい

  ああ何故 総てが既知に見えるのだ

  輝く女神よ 宝石よ どうかその慈悲をもって 喜劇に幕を引いておくれ

  あなたに恋をした()()()()()() その抱擁に辿り着くまで 那由多の果てまで繰り返してみせん 」

 同時に九散を囲む様に電流が走り、時の逆行が始まった。貫通した糞が戻り、九散の胸元に空いていた孔はみるみる内に塞がっていく。時を巻き戻し都合の良い世界を送るべく、再び時が動き出す。

「 我が悪刀こそ無限なる回帰なり。唯一無二なる者よ、繰り返し給へ 」

 ――だが時間が戻ったからと言って全てが万事解決するわけではない。むしろこれは幸村にとっては好機であり、夢幻の理から抜け出しては一気に踏み込んで接近し、鱗粉から形成された刀を振り下ろす。同時に、八方向から邪神の身体から生えた斬首の理を持つ処刑刃が繰り出された。

 もう、逃げられない。

「私は総てを愛している。故に総てを破壊する」

 だがそれは九散の全身から映えた刀によって迎撃される。『鐚』の裏から現れた一振りの刀は全てが全て全く同じ刀であり、消耗品として、ただ圧倒的物量が名刀たらしめる刀、千刀『鎩』――

「 第四天が自滅因子――修羅道至高天 」

 黄金の獣が顔を出す。絶対的な存在感。現れただけで全ての眼を惹き付ける、黄金律に最も近い男。

 獣には全てが出来た。それ故に達成感が無い『餓え』が己を巣喰っていた。全力というものが出せず、愛そうと思い伸ばした手は森羅万象全てが砕け散る。だから――求めた。壊しても破壊されない何かを。何度砕け散っても蘇る軍勢を。その全てを愛し、破壊し続ける為に。

「 まず感じたのは『礼賛』――求めしものは全霊の境地

  嗚呼何故だ 何故耐えられぬ

  抱擁どころか 柔肌を撫でただけでなぜ砕ける なんたる無情――

  森羅万象 この世は総じて繊細にすぎるから

  愛でるためにまずは壊そう 死を想え 断崖の果てを飛翔しろ

  私は総てを愛している 」

 黄金の獣が指揮を執る。全身から飛び出た千の刀は千に千を重ねて千々に膨れ上がる。刀はかつて獣の爪牙として使えた英霊の魂が、獣が愛した者たちが宿り、一群となって襲い掛かる。黄金の獣は九散を一瞥して満足そうに微笑み、己の獲物である聖なる槍を取り出して構えた。目標は無論、己の断片を持つ真田 幸村。

「 我が千刀こそ願いを叶えしものなり。千に千を重ねし千々の軍勢よ、馳せ参じ給へ 」

 黄金の獣の雄叫びが上がる。同時に獣に従えし軍勢が歓喜に打ち震える。それは幸村にとっても同じであり、己の源流ともいえる黄金の存在を目の前に笑みを浮かべた。

「そうかそうか…卿が我であり我が卿なのだな。だが同じ覇道を歩むものは二人も要らぬ――勝つのは我だッ!! 我が王に手向ける華となれ!!!!」

 同じ資質を持つ黄金同士の衝突。

 かたや、数百万の骸骨の軍勢と肉体・魂共に超人に達した渇望を抱く十三騎士団。

 かたや、日ノ本の国の歴戦の死者と黄泉の果てまで共にした十勇士。

 圧倒的物量を保有する軍勢同士の衝突。

 決着は、一瞬だった。

 ▼ ▼ ▼

「……オォ」

 死魂同士の衝突が骸骨の山を築く。

 白狼が蜻蛉を貪り、鬼が飛蝗を吸い、終焉が団子蟲を潰す。

 紅蓮が蠅を焼き焦がし、死喰いと大淫婦がゴキブリを壊し、炎剣と魔女が蟋蟀を爆ぜた。

 そして、心臓を聖なる鑓に貫かれた幸村は同志の最後を見届けて――笑った。

「皆の者、大義であった……また、黄泉の果てで逢おう…ぞ……」

 その言葉を最後に、幸村は瞳を閉じ最後を迎えた。

 黄金軍勢を解いた九散はまるで聖人のように鑓に貫かれて死んだ幸村の死体を抱きしめ、再び詠を紡ぐ。 

「抱きしめたい。包みたい。愛しい万象、我は永遠に見守ろう」

 九散の手に鉄色の太い刀が現れる。あまりの重量と見た目から刀だと判別し難いそれに鞘は無い。見方によれば柄尻も刀の刃として扱えそうだ。この世界における物質において最も重いとされる刀、双刀『鎚』――

「 第五天――輪廻転生 」

 首に刻まれた斬首痕、襤褸切れの布一枚を纏った金髪の少女の幻影が浮かび上がる。幻であるのに、貧しい姿をしているのにも関わらず美しく見えてしまう彼女は第四天が恋をした女神。九散の腕の中で事切れた幸村を見下ろし、女神は祈りを捧げた。

「 まず感じたのは『慈愛』――求めしものは触れ合い

  触れば首を刎ねてしまう 愛し愛されることができない

  ああ なんて罪深い罰当たり

  だから願う 来世の果てにある希望を

  それはきっと 遍く総てに降り注ぐべき光だから

  私がみんなを抱き締める 生まれていく命たちを 永久に見守ろう」

 ありとあらゆる(いのり)は決して綺麗事では済まされない。しかし――だからこそ、それは尊く何にも勝る輝きであると信じるがゆえにその総てを抱きしめたい。希望と絶望に狂った渇望はそれでも人類という存在そのものを愛していることに他ならない。無条件で全てを愛する女神の祈りは、果たして何を――。

「 我が双刀に知らぬ重み無し。故に我は総てのものへの幸せを希う。命の重さ、魂の重さは同じなのだから 」

 死体の山が、十傑蟲達の魂が、幸村の肉体が光の粒子となって崩れ去る。それはすべて九散の肉体へと吸収され、九散の手に幸村を象徴する六文銭の家紋が彫られた鉢金だけが残った。それが、真田 幸村の魂を昇華し黄金の獣の末端を繋いでいたのだろう。九散はそれを力強く握り締め、片手で握り割る。

「自分以外が死ぬと隙が生まれるのかこの塵は」

 物思いに耽る九散の背後を、邪神が目を光らせて突貫してきた。

 そも、戦いの最中に背を晒し動きを止めるなど愚の骨頂。空を踏み鳴らすだけで超質量の空気の層が第六天の無量大数の理と重なり九散を押し潰す。

 

 

「時よ止まれ。君は誰よりも美しいから」

 

 だが、先にも言ったように座の全てを統治する九散と座の断片をたまたま宿した程度の存在では雲泥の差であることは明確だ。それが九散がいくら油断したとしても無意味であり、座の断片程度の実力で見出せる隙の瞬間は九散にはどうということは無い。

 冷静に手を伸ばし、刀を形成させる。もう目の前に全てを圧殺する暴力が迫る――

 手に握られたるは鞘を纏った拍子抜けするほど(まっと)うな刀。自己愛の渇望からなる重圧と、肉薄している――

 だが一度(ひとたび)刀を抜けば、刀身は愚か抜刀の様子さえ目に映らぬ速さで納刀される、森羅万象を切断する刀、斬刀『鈍』――

 

 邪神の足が、九散の頭を潰す。

 

 

「 第五天が守護者――無間大紅蓮地獄 」

 

 

 停滞した。

 時間が。空間が。ありとあらゆる全てが停滞し氷像のように凍て付く。並みの神格ならば気付く間も無く踏み潰されるであろう一瞬は、しかし九散の背に佇む赤銅の肌を持つ紅髪の神の幻影の力で止められた。

 無間の刹那と呼ばれていた彼は第五天の女神に絶対の愛と信頼を注ぐ存在。強者を食らう唯一座の機構に逆らえる可能性を持つ彼は白の装束を身に纏い、全身を幾何学的模様に染め上げて両の手に持つ処刑刀を胸の前で交差させた。

「 海は幅広く 無限に広がって流れ出すもの 水底の輝きこそが永久不変

  永劫たる星の速さと共に 今こそ疾走して駆け抜けよう

  どうか聞き届けて欲しい 世界は穏やかに安らげる日々を願っている

  自由な民と自由な世界で どうかこの瞬間に言わせてほしい

  時よ止まれ 君は誰よりも美しいから――

  永遠の君に願う 俺を高みへと導いてくれ」

 

 

 後に第五天となる三柱の守護者の中でも最も神々しく、気高く、それでいて邪悪。第六天の欠片を宿す存在を、まるで親の仇を見つめるように今にもその首を叩き切ろうと睨む彼は、第六天とは切っても切れない縁があるからに他ならない。通常九散が座の神格を出現させ流出する出力の倍以上が溢れ、本来ならば実力としても勝るはずの第六天が身動ぎどころか思考すら停止されているのはこのせいだ。

 

「 我が斬刀に斬れぬ物無し。故に空よ、時よ、断たれて止まれ。あなたは美しき人だから 」

 

 

 斬刀の一振りが解き放たれ、永遠の刹那の中で億万の斬撃が邪神を切り刻む。しかし並の神格ならば一太刀一太刀が切断する威力を有しているはずだが――第六天の防御力は伊達ではない。かつて第六天の欠片を有さずとも第六天の存在に最も近かった剣牙虎も、その強固なる肉体に宿る無量大数はあらゆる攻撃を反射させていた。

 そして、浅く斬られた肉体から流動的な液体――血が垂れるのを契機に邪神の目がぎろりと動く。いくら刹那の理が絶対でも、ほんの少しでも動く要素さえあれば邪神にとってはそれを跳ね除けるには十分だ。

 

「痒い」

 

 虫唾が走る。刹那に放たれた消滅の斬撃をそう評価して見せた邪神は、肌を引っかくように爪で掻く。掻くという何気ない動作から、邪神はお返しと言わんばかりに刹那の斬撃を生み出す。流石のこれには九散でも対応できず、全身に消滅の斬撃が走った。

 

「くぅッ…!!!!」

 

 ここで今、九散は初めて手傷を負った。刹那を発動している今の九散に第四天の永劫回帰は扱えな――いや、扱えるかもしれないが、九散はあえて第四天の力を解放することなく受け止めた。

 

「歴史を戻すぅ? 座の為に死ねぇ? いらない存在だぁ? なんだよなんなんだよそれ、まるっきり俺じゃねぇか。ああそうだ俺にとってお前は塵で屑で糞だ。だから死ね逝ね気持ち悪いんだよ消えてくれ」

 

 倒れた九散に畳み掛けるように足が何度も振り下ろされる。既に六手は根元から潰され、端正な顔は見るも無残な肉塊となって血の海に沈む。何の信念も抱かない、無価値で糞にも劣る究極的自己愛の渇望が九散の肉体を崩壊に追い込む。

 

 自分以外どうでもいい俺だけがこの世界の法だ消え去れいなくなれ煩わしい汚らわしいうっとおしいあぁでも死ぬなら惨たらしく死ね。

 

 何百、何千と踏み潰される。もはやそれがなんであったかなど分からないほどにぐちゃぐちゃになったそれを見て漸くすっきりした表情を浮かべる邪神は天を仰いだ。やった、俺だけになれた、もうこの世界に糞は無くなった。歓喜に酔いしれ遂に欠片のみであったにもかかわらず邪神の神格が底上げされ座へ到達する力を得る。

 だが、座は潰してしまったのになぜまだ邪神は邪神として君臨しているのか――

 

「あ?」

 

 違和感は足の裏。目が届きもしないそこは踏み潰した糞の体液がびっちりとこびり付いている。ああ往生際が悪いな汚らしい。そう思って真っ赤に染め上がった足を振るおうとして――止まった。

「死にたくない、生きたい。見つかりたくない、この恐怖から逃れたい」

 

 

 きぃん、と邪神の脳内を揺さぶる。それは単なる痛みでなくまるで病のように全身を呪い始める。歩くようにゆっくりと、しかしまるで坂を転げ落ちるように邪神の力が減衰していく様が目に見えた。 嘔吐を零して転げまわる邪神は、苦しみの中でまとわり付く正体を知った。

 それは『鎧』――ありとあらゆる攻撃を無に帰すそれこそ密着し侵食して完成していく絶対防御。伝播というそれ一つで全てを受け流す、まさに臆病なる座にふさわしい刀、賊刀『鎧』――

 

 

「 第六天が腫瘍――畸形曼荼羅 」

 

 それは腫瘍。かつて大欲界天狗道の完全なる完成を邪魔し続けた畸形嚢腫は波洵の片割れである。灰徒のように顔を隠したそれは紛れも無く畸形嚢腫本人の幻影だ。誰よりも生きたいと、そして波洵に見つかりたくないと、殺されたくないと渇望する酷く臆病な神。だがそう思っている半面誰よりも波洵と会い、殺されて解放されたいと願う自壊衝動を宿しており、九散の血が染み込んだ足から崩壊を開始する。

 

「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼お前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前がずっとへばり付いてたのかいい加減消えろ離れろうっとおしいんだよ滓がぁ!!!!」

 

 錯乱した邪神は己の足ごと鎧を切り落とす。だがそれでも既に寄生した畸形嚢腫の自壊衝動は侵攻し続ける。誰よりも生きたいと願うからこそ第六天の因子を宿す邪神から離れるわけにはいかず残留し、誰よりも壊れたいと願うからこそ邪神と共に崩壊を続ける。

 だから、気付かなかった。

 己の目の前に、座を統治する断罪者がいるということに。

「俺はただ、一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは要らない」

 

 先程の屈辱染みた暴虐の痕などまるで無い。いまなおその御身に神格の輝きを宿す九散は凄惨な笑みを浮かべて口を大きく開けた。そこから邪神目掛けて射出されたのは――刀。五尺の刀身、二筋桶の意匠が彫られた綾杉肌の刀には『鎚』と同じく鍔や鞘が無い。この世でも最も頑丈とされる切刃造の直刀、絶刀『鉋』――

 

 

「 第六天――大欲界天狗道 」

 

 

 倍返しにしてやる。と生まれたばかりの白痴の自己愛を誇る邪神は言った。だからそのままそっくり言葉を返そう。

 凄惨な笑みを浮かべる理由は九散の背後に現れた本物の邪神の幻影が物語っている。まさに三眼の彼こそ無名の邪神を生み出した根幹の原因であり諸悪の根源。生半可な力ではなく圧倒的な無量大数を有する彼こそ本物の邪神・第六天波洵である。

 

「 罨 有摩那天狗 数万騎 娑婆訶

  罨 昆羅昆羅欠 昆羅欠曩 娑婆訶

  下劣畜生――邪見即正の道ォォ理」

 

 本物の自己愛を前に無名の邪神がうろたえる。全身を襲う崩壊の理と目の前に迫る究極的自己愛が圧倒し、初めて無名の邪神の赤で恐怖という感情を習得した。しかし残念なことに無名の邪神が覚える人間らしい感情はそれが最初で最後、九散にとって得てから死んで欲しかった『後悔』の感情は、ただひたすら恐怖だけに押しつぶれ生み出すことは叶わない。

 

「 滅 尽 滅 相 」

 

 座の中でも最強最悪の理が九散を中心に展開する。四季崎記紀が生み出した完成形変体刀の最初の一振りである『鉋』こそ唯一にして絶対の法を宿しており第六天波洵の理の触媒としては最適すぎた。足を失ってなおその場から逃れ生きようとするのは寄生してしまった畸形嚢腫によるものだろうか。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて助けて」

 

 だが、どんなにみっともなく這い蹲る存在であろうとも容赦はしない。それが座の管理者としての断罪。

 

 

「 我が絶刀こそ始まりの刀にして絶無の法なり。世に無き永久物質にして完全なる一振りなり。故に他のものなど要らぬ、滅べ、滅び去れ 」

 無量大数の質量を誇る一撃が星を貫く。天まで焦がす炎を一瞬で消し去り星の裏側まで貫いた一撃は宇宙空間に風穴を開ける。地球に最大の穴が形成されたと同時にまるで風廟のようにごうごう、と耳を潰しかねない轟音が響く。これはいけない、と九散は印を結んで六方に六手を広げた。

「 胎蔵曼荼羅――解 」

 

 背後に巨大な陣が浮かび上がる。九散の手には完成系変体刀の全てが握られており、背後の陣はそれに対応した座が書かれていた。

 

 

 

 第一天・二元論に誠刀『銓』。

 

 第二天・堕天奈落に毒刀『鍍』。

 

 第三天・天道悲想天に王刀『鋸』。

 

 第四天・永劫回帰に悪刀『鐚』。

 

 第四天の対・修羅道至高天に千刀『鎩』。

 

 第五天・輪廻転生に双刀『鎚』。

 

 第五天の対・無間大紅蓮地獄に斬刀『鈍』。

 

 第六天・大欲界天狗道に絶刀『鉋』。

 

 第六天が対・畸形曼荼羅に賊刀『鎧』。

 

 

 

 そして、

「第七天――天照坐皇大御神」

 

 

 最後の座、九散が生まれる原因でもあった座が解放される。

 目の前に掲げられるは才色兼備な意匠を凝らされたる儚き刀。抜けば向こう側が見えてしまいそうなほどに薄い刀身を持つどの刀よりも軽い刀、薄刀『針』――

 

「 阿謨伽尾盧左曩 摩訶母捺摩 鉢納摩 人 鉢韈野吽

  地・水・火・風・空に偏在する金剛界尊よ、今ぞ遍く光に帰依し奉る

  天地玄妙神辺変通力治――」

 

 

 幻影は転生された今となっても顔を隠し続ける畸形嚢腫に他ならない。だか彼が振るう座の力は紛れも無く本物であり事実、伊邪那岐・伊邪那美として天照らす光を生み出す。

 

 

「 曙光曼荼羅・八百万 」

 

 それは座の模倣と融合の理。八百万の大極を統べ認める受け皿。停滞も消滅も無く常に魂の増殖を図る座こそまさに楽園。全ての人の死後を、その人生に準じた世界へと送り出す安寧の座。

 

 

「 我が薄刀こそ曖昧にして不鮮明なるものなり。境界線の消滅と総ての融合を叶えし一振りなり。故に座よ、混じり交わせ 」

 座の境界を曖昧にする力は『針』による采配に依存している。座と座を溶け込ませ、魂を仕分ける理によって向こう側の世界に敷かれていた幸村の畜生道天道蟲による蟲への転生は解除された。これによってもう二度と蟲が生まれることは無いであろう。

 

 

 

 第七天・天照坐皇大御神に薄刀『針』。

 

 

 

 現在の世界を占める最後の座が中心に刻まれ、大極図が完成する。九散は円環に配置された座を指差して。九散の背後に形成された陣は大悲胎蔵界曼荼羅。中央に位置する天照坐皇大御神は八葉の蓮華。各蓮弁に全ての座が配置されたそれの前で、九散は指揮者のように腕を振るった。

 

 

「 ()()(まん)()()――解」

 

 

 

 座の機構・九座曼荼羅――微刀『釵』。

 

 

 

 九散本人が刀であり座の機構。だから『九』座曼荼羅。

 世界を渡る最初の一歩として座の管理者に目覚めた証――座の整序が始まる。

 

 もう人が悟り、座へと進む時代はしばらくの終息を向かえた。たとえ八百万の座を統べようともいつか器は溢れ出る。過去の座を悪戯に乱用すれば歴史と世界を再び歪める要因になりかねない。だから第一歩として――神座の整理。胎蔵界曼荼羅では全ての座が隔離されていたが今度は違う。

 

 

「中央――二元論」

 

 

 新たに書き換えられた座の図の中央に誠刀『銓』が配置される。

 

 

「中央下部――堕天奈落、左下部――天道悲想天」

 

 

 その下に二つ、毒刀『鍍』と王刀『鋸』が連続で配置を確認した。

 

 

「左中央部――永劫回帰、左上部――修羅道至高天

 

 中央上部――輪廻転生、右上部――無間大紅蓮地獄

 

 右中央――大欲界天狗道、右下部――天照坐皇大御神」

 

 

 王刀『鋸』、悪刀『鐚』、千刀『鎩』、双刀『鎚』、斬刀『鈍』、絶刀『鉋』、薄刀『針』――

 それらが順々に配置される。

 これにより『九』の名を冠する座の統括が正式に認められ、九つの刀による座の再配置図が完成した。大極図は完成と共に九散の体に入り収容される。全ての座が入ると同時に体が輝き、九散は形成した隔離空間が崩壊した綻びから見える世界に手を振った。

 

 

「ばいばい、みんな」

 

 

 別れの言葉は誰かに届くことなく、閃光の瞬きと共に掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 その後の話をしよう。

 

 九散が守った世界に蟲という存在は消え、日ノ本の国の連中は大賑いで連日連夜宴を繰り返した。

 

 蟲人であった蟲奉行も蟲の消滅と共に己の体にあった蟲の資質が消え、一般人として仁兵衛達と過ごしている。

 

 蟲の消滅により新中町奉行所――もとい、蟲奉行所は解散した。だが蟲によって生み出された被害は数多く、特に西側は五十年経ったとしても人が住める地になるのは難しいと断定され、将軍吉宗公と次代将軍家重が復興企画を練り、蟲奉行所改め復興奉行所として被害地の再興を始めている。

 

 真庭忍軍は蟲の消滅を確認するなり表舞台から姿を消した。噂では江戸幕府の役人に成りすましていると聞くが定かではない。

 

 九散によって集められたこなゆきや要達も二月の絶対安静を解除されてから各々の帰る場所へ帰った。一度は味方としてと共に戦ってきた間柄なだけに、海で出会うと対処に困るのが今の幕府の悩みの種だそうだ。

 

 鑢一族と錆一族。いまとなっては七花と否定姫と呼ばれていた女しかいないが、彼らは要の船によって外国まで運ばれていったのが最後だった。日本最強の次は世界最強でも目指すつもりなのか、いまだ負けなしらしい。

 

 

 そして――錆 九散。

 『西征』第一功労者として崇められる彼女は記録には残されていない。まるでそれこそ消えていった彼女の意思と言わんばかりに誰一人彼女がいた証を残そうとは思わなかった。

 だがせめてもの証に、一番最初に復興した大阪の大阪城痕の地に石碑を建てた。年号のみが書かれた石碑は未来、誰に捧げたものであったかを示す手がかりを探すがついぞ特定はできなくなる。

 でも――彼らは知っている。

 

 

 金髪碧眼の容姿。

 

 天気のようにころころと変わる気分屋。

 

 細い体躯では想像もつかないほどの強者。

 

 拳法『十二使刀流』の使い手。

 

 あらゆる意味で江戸一の女。

 

 日ノ本の国の救世主、錆 九散―――

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 どこかの世界。

 

 いつかの過去未来現在。

 

 その何処かで胎動し続ける■。

 

 それを殺し滅するべく、今日も彼女は―――

 

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 みんみんみん。蝉が鳴く。

 うっとおしいほどに熱い最中での蝉。勿論人を一呑みできるほどの大きさではなくごく普通の蝉が啼く通学路。誰もが熱い暑いと白の制服をはためかせて少しでも涼しくなろうと画策する生徒の中で、一人歩きながら読書に耽る男子がいる。

 印象は真面目系。インテリ風の眼鏡を掛け、『南総里見八犬伝』のタイトルが書かれた本を片手に読む。読書と歩行を同時にこなしていてかつ障害物に当たらないとは器用だ、だがそれは――障害物が自ら突進してきたらどうなるのだろうか?

 

()()()――ッ! よしよしヨッスィヤ――!! おはおは!」

「ゴフッ」

 

 オレンジ馬鹿が来たと、四四八と呼ばれた少年は倒れながら毒付く。後ろから四四八にダイナミックタックルをして――勢いあまって自分も倒れてしまうオレンジ髪のチャラ男は可笑しそうにあははと笑った。

 

「ヘイ四四八ー、今日も自重しないシャイニングに輝いてるエイコー様のお通りだぜ」

「慣れないタックルなんかするからだ、栄光」

 

 エイコー――栄光と呼ばれた男は朝っぱらからタックルに失敗して大恥――否、もう既にこれはネタ化してる。自重していないことには賛成だ、と四四八――(ひいらぎ) 四四八は制服に付いた汚れを落として立ち上がる。

 

「んだよー折角特ダネ情報を持ってきてやったのにさぁ」

「お前そんなキャラだったか?」

「まぁいいじゃん! それでさそれでさ! なんと今朝一番のビックニュース! 我らが通う千信館學園になんとぉ――どぅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる、ダン! 転校生が来ちゃいまーす!」

「もう知ってる」

「は!?」

 

 もし漫画の世界だったら背景に「ガーン!」の文字が付きそうな落胆フェイスを浮かべる栄光。だが知ってるものは知っているのだから仕方ない。

 

「昨日芦角(あしずみ)先生から聞いた」

「あんにゃろう無駄に仕事しやがって…!!」

「いや、仕事はしてない」

「なんで?」

「俺に教えたのはその転校生の案内役を押し付けらられたからだ。ほら、よく最初に「はいってきてくださーい」とかするだろ?」

「お前は先生か!」

「先生代理だな、世良(せら)さんと合同だけど」

 

 多分あとで先生に叩かれるだろうな栄光、と考えて歩き出そうとすれば、愛読書である『南総里見八犬伝』の本が見当たらない。どこだどこだと道路を探して漸く見つければ結構距離あるところに飛ばされていた。エイコータックルの一番の被害者だ。

 

「――あ」

 

 やれやれ、と未だ後ろで馬鹿騒ぎしている馬鹿を放って拾いにいけば、先客に拾われていた。

 屈めば地に着きそうなほどの金髪。顔に掛かった金糸を耳元へ掻き分ける仕草が様になっている。豪華そうなレース入りのハイソックスにこれまたレース入りの手袋を着用していて、しかしこの夏の暑さで汗をかいていない。白い制服は千信館學園のもの。しかしこんな生徒は見たこと無い。つまり――

 

「これ、貴方のですか?」

「え? あ、はいそうです」

 

 はいどうぞ、と本を渡されて頭を下げて受け取る。柄にも無く緊張で口がもごもごしているがちゃんとお礼は言えただろうか。

 

「あの」

「は、はい?」

「千信館學園って――どちらですか?」

 

 ぱちくりとまばたきする碧眼を見て、四四八は彼女が転校生であると確信した。

 

「あら、自己紹介がまだだったわ。私の名前は錆 九散っていいます。赤錆黒錆の錆に漢数字の九、花が散っちゃうの散で錆 九散。よろしくね♪」

 

 

 

 ――そして、物語は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 11492文字! かなり詰めたなぁ……

 これにて短編のつもりで長編になっちゃった『ムシブギョー 十二ノ刀』は最終回です。ヤッター、初の完結作品だ! そしてもう続かない(真顔)
 後々あとがきにいろいろ書きますので、よろしければ見てくださいー、お気に入り解除しないでくださーい
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