江戸の城下町を見下ろす存在がいる。
天守閣の屋根の
姓も名も捨てた生『涯』『無』き男、新中町奉行所でお勤めを果たす同心の中で最強に君臨する男である。
手入れのされていない伸び放題の白髪が藍色の着流しと共に揺れる。肩には本人の細身では到底扱えるようには見えない程の大きな刀『塵外刀』を担がれていた。そんな
普段と何ら変わりなく流れる雲を仰ぎ見て、ふと何かに気付き城下町を眺めた。
「(いる)」
いる。蟲が。
この日ノ本の国を跋扈し巣喰う蟲共が。
無涯の感知能力は江戸町の蟲来訪による警鐘の音よりも速い。かつて『蟲狩』として湯水を浴びるように蟲の血を浴びてきた経験が功を奏しているのだ。お陰で無涯によって江戸の蟲による被害が減ったとも報告されている。だがそんなことは正直無涯にはどうでもいい。
蟲がいるなら、斬るまでのこと。それが彼の使命なのだから。
だが、
「(……! 既に誰かが戦っている?)」
奇妙な気配も感じ取った。蠢いている蟲共の気配と共にもう一つ、人間らしきそれは蟲と相対しているようだ。だが、今まで感じたことのない気配。少なくとも市中見廻り組の者ではない。寺社見廻り組でも無ければ武家見廻り組でも無し。残るは接触の少ない公家見廻り組、関八州見廻り組の二つだが、これにも該当しない。無論江戸の民衆など論外。なれば、
「(部外者か)」
江戸湊での騒ぎは既に無涯の耳にも入っている。金髪碧眼の異人。将軍暗殺の刺客。後半はともかく元『蟲狩』として全国を巡っていた無涯は金の髪の持ち主を全く見かけたことが無い。同心であった蜜月もそれに似たような色をしてはいたが、あれは染料で染めていたらしい。
天守閣の屋根を蹴り、家屋の屋根の棟を駆けながら気配を探りつつ接近する。その者の気配がどんどん強くなるが、この時点で既に無涯の中では気配を放つ者が相当の手練れであると肌で感じた。
まるで人の皮を被り、人の形を保っている『何か』。到底生身の人間が放つ存在感とは思い難い。平静を保ちつつも、払いきれない胸騒ぎを感じて江戸の城下町を駆け抜けた。
▲ ▲ ▲
最初に動いたのは蚕の方だった。
『■■■■■■■■■■―――ッ!!!!』
同志に潰された屈辱感によるものだろうか、怒り狂った蚕の大軍は耳障りな鳴き声を上げながら、金髪碧眼の麗人・錆 九散へ突進する。だが蚕も馬鹿ではない。前衛と後衛に軍隊を分断して前衛が突進、後衛が糸を吐くという牽制をして九散の退路を減らしに掛かった。
「あらあら、中々考えてますのね」
九散は口角を釣り上げて袖を余した腕を振り上げながら、揺らした袖で糸を上空へ払った。
糸はご存じの通り粘着性の高い巣を作る為の糸。なのにその糸は九散のにへばり付くことなく弾かれて宙を舞う。常人には分からないが、九散が着物で弾く速度は粘性を持った糸の先が付着するよりも速い。糸は付着するよりも速く弾かれ、糸先には何かが付くことも叶わず地に這う。その気になればわざわざ弾く必要は無く、糸を吐くという行動を取っている間に蚕の懐に回り込み、致死の斬撃を一体につき十二回は放てただろう。それをしないのは、九散の後ろにいる春や民衆、そして彼等の家があるからだ。
後ろに、守るものがある。故に九散は決め手が打てない。
守るものがある者は強い、とは誰が言ったのだろうか。 守るものがある者はその専守防衛が為に弱くなるのが悲しい現実だ。
そして、糸を凌いで足止めに成功しているこの瞬間を蚕が逃さない筈がない。
『■■ッ――』
その巨体からは想像もつかないほどの速度で編隊を組んでいる前衛の内の三体が、九散の正面三方向から大口を開けて突進してきた。一方向ならば腕を二本持っている人間ならば十全に対策を取れる。だが三方向同時はどうだろうか。人間の腕は二本しかない。一体に付き腕一本で対処すれば止めることが出来るのは先程の光景から見て取れる。
「あらあら、蟲とは言っても頭が働くのね、学習をするだなんて。でもその程度では―――片腹痛いわね」
未だ後衛から放ってくる糸を、今度は慣れた手つきで片手で払いながらもう片方の手を平手に水平に構え、そして横に一閃した。
「
三匹の蚕は、横一文字に剥離し上下が永遠に離ればなれになった。その光景は見る者全てを驚かせた。
くっついていると思えるような鮮やかな切り口。暖簾を払い退けたような力の籠もっていない腕の払いでやった所業とは到底思えない。砕かず、斬る。刀は切るものとはよく言うが、実際岩を切ろうと思えば綺麗に斬ることは出来ず岩肌を砕いて終わるのがほとんどだ。
半人前ならば割る。
一人前ならば砕く。されど、切るに至ろうとも真の意味で『斬る』には至らない。
そして砕かず刀本来の性質を余すことなく『斬る』というただその一点にのみ特化した斬刀『鈍』。その切れ味を本質通り――否、本質以上に体現した結果である。ただ、九散自身に殺人衝動が無いが故に『斬刀狩り』は出来ない。確かに人を斬らずとも蟲を斬れば斬った際に付着する蟲の体液が腕を濡らすが、九散の腕にはそれがない。これが斬刀『鈍』の本質以上を引き出している証拠である。
これが
完成系変体刀十二本の一つ一つが持つ特化した性質を更なる段階にまで発展、及び昇華させた。それは九散本人の戦力がかつて七花と対峙した十二本の刀以上であるということを指す。そして、それは何も戦力だけではない。
『■■……■■■■―――!!!!』
激怒。蚕達が仲間の死に嘆き悲しみ、そして怒りに燃える。証拠として、吐く糸が色を変えた。
「糸が違う……? いえ、これは―――!」
迫り来る糸を袖で上空に弾こうと振り袖を振るう。前と変わらず糸は九散の着物に付着することなく上空を舞う。だがすぐに違和感に気付いた。弾きやすいのだ。そして、
「くっ……イタタタタ…そういうことね」
片眼を瞑って腕に走る痛みに耐える。余した袖から覗く腕には幾つもの痣が出来ていた。
糸の硬度が増したのだ。感じた違和感は糸をあまりにも弾きやすくなったこと。それは糸が粘着性を放棄して硬度を増幅させたからに他ならない。このまま持久戦に持ち込まれれば、先に九散の腕が壊れてしまう。かといって短期決戦に持ち込んで後ろの人々を巻き込むのも気が引ける。だから、
「
手数を増やす。九散の姿は一人から二人に、二人から四人に、四人から八人、十六人、三十二人と瞬く間にその身を増やした。その数、合計千人。
千刀『鎩』。かつて出雲の三途神社にいた敦賀 迷彩が所持し、そして家鳴将軍家御側人十一人衆が一人・巴 暁が使った文字通り千の刀。『鎩』の特質は刀を消耗品として切り捨て、いくらでも代えの効く刀になったということである。九散がそれを体現した結果だ――分身である。だがただの分身ではない、それならば一介の忍でも出来る。
『■■■■■■ッッッッッ!?!?!?!?!?!?』
瞬く間に同じ人間が眼下を埋め尽くしたことに蚕達は驚愕を禁じ得なかった。いままで一人で蚕総員を相手取っていたのにその数が蚕の総数の倍以上。勝てる訳がない。
「あらあら逃げちゃうの?」
「大人げない……いいえ、蟲らしからぬ、かしらね」
「勿論、私達が逃がす訳がないわよねぇ」
「蚕なんて焼いても煮ても不味そうだわ、細切れにして差し上げましょう」
「あらあら甘いわね、砂糖水のように甘いわ。そんなんじゃ蟻が寄って来ちゃうわよ」
「塵も残さず芥子飛ばしてしまうのがいいわ、スッゴク快感」
「私の腕、結構痛められたのよねぇ。まあすぐ治るのだけれど」
「でも痛いと感じたものは痛いのよ。この苦痛…千倍にして返して差し上げましょう?」
「そうね、それがいいわ」
「簡単には殺してやらない。いくら抵抗しても無駄だと言うことをその醜い全身に刻み込んでから殺しましょう」
「二度と畜生道に来たくないって思わせるくらいいたぶるのがいいわね」
後退した蚕の後ろを九散の文身体が塞ぐ。その人数に思わず足止めしてしまった蚕の群れを、千人の九散が逃す筈がない。
「是正して―――其の命、差し出しなさい」
ということで、九散ちゃん×1000人!! そりゃあ蚕もビビるわぁ……それほど九散もキレてたってわけですね
なんか書いててそこまで戦闘シーンが面白くない。ちょっと戦闘描写の書き方学ばないと……!!
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