【完結】ムシブギョー 十二ノ刀   作:一ノ原曲利

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…当初完成形変体刀十二本になぞらえて十二話で終わらせようと思っていたんですけど…思ったより長くなってしまうかも
てなわけで、少し短いですが感想の多さに興奮を隠せない曲利が張り切って投稿しました! これが私のファンサービスだ!
※ちゃんと筋書き通りに書いてます


八太刀目

 

 江戸下町・新中町奉行所――又の名を、蟲奉行所。

 現在この日ノ本の国を巣喰う蟲を最前線で戦い、退治に努める日ノ本の国の生命線とも言えよう。蝶の翼をあしらえた家紋と鉄門。それを(くぐ)った先は武家屋敷の様な造りになっており、木組(もくぐみ)によって構成されたこぢんまりとした城が建っている。

 

「………あの…九散君?」

「何かしら小鳥さん?」

「………蟲奉行様とはお知り合いなのかい? 就任前に直々に招集を受けるなんて」

「あらあらそんなまさか」

 

 新中町奉行所の全てを束ね、指揮している総監督、従二位・別格老中である蟲奉行様。そんな大物が居住まう部屋へ向かう屋敷内の廊下で、市中見廻り組与力・松ノ原 小鳥は九散に小声で話しかける。だが九散自身、生涯一度たりとも蟲奉行様たる者に出会ったことはなく、ついでに言うならば蟲奉行様に呼ばれる蛮行に及んだことも無い。多分。だが蟲奉行様に呼ばれる理由は分からないが、二人の後ろに居る者達の雰囲気を見ればわかる。

 

「わたくしとて蟲奉行様に呼ばれる謂われなどありませんわ。それより……小鳥さん、わたくしの新中町奉行所へのお勤めは公認済みなんですよね? 将軍様直々に」

「あ…あぁー…えーっと……その辺どうなんでしょうね~…?」

「………」

「………」

 

 さりげない牽制と皮肉混じりの九散の文句に流石の小鳥も苦言を漏らし、こっそりと後ろを伺う。今、彼等の後ろには二人の与力が難しい顔をして着いて来ていた。一人は鍔の無い刀―大鉈を腰に納める壮年の大男、尾上(おがみ) 影忠(かげただ)。旗本や大名の護衛に務める「武家見廻り組」の与力だ。もう一人は公家のような、九散の豪華絢爛な和服とはまた一味異なる煌びやかな着物を纏い、落語家が使うような小洒落た扇を手に持つ線の細い男、白榊(しらさかき) 夢久(ゆめひさ)。神聖なる寺社仏閣の警護にあたる「寺社見廻り組」の与力である。

 紛れもなく、今回わざわざ九散が蟲奉行様に呼ばれる原因を作った張本人達であることは勘付いている。それを九散はあえて黙って、廊下を歩いていた。苦笑と冷や汗という芸達者な小鳥の案内によって蟲奉行様がいる一室に到着し、小鳥を筆頭に部屋へ這入る。周囲には囲うように部屋が配置されているため外部から隔離されており、日の明かり一つ差し込まない暗い部屋。奥に仕切られた御簾(みすだれ)の向こうに唯一提灯による仄明るい光が部屋を照らす。その光を背後に構え、御簾に浮かび上がる影の者こそが蟲奉行様だ。左から小鳥、九散、夢久、影忠の順に正座しては頭を下げる。当然、御前の前なのだ。

 

「市中見廻り組が与力、松ノ原 小鳥。只今参りました」

「寺社見廻り組が与力、白榊 夢久」

「武家見廻り組が与力、尾上 影忠」

「虚刀流九代目当主、錆 九散。御初にお目にかかります」

 

 九散が名乗る時に右から強い視線を感じたが為、まだ「市中見廻り組」とは言わなかった。悪くない判断だったと九散は自負している。すると御簾の向こうから感嘆の声が聞こえた。女の、まだ若い声だ。

 

「……ほぅ…お主がかの虚刀流の」

「ご存じで?」

「勿論だとも、将軍吉宗様から話は聞いている。日ノ本の国最強の流派だとな」

「御冗談を」

 

 ふ、と頭を上げた夢久が鼻で笑った。まるで見下すような言い方だ。

 

「有りもしない記録にも無い流派だというのに日ノ本最強を(かた)るとは……おこがましいにもほどがある」

「まったくですな、それにこの者はまだ年端もいかぬ生娘。いくら最強と騙る流派とは言えど、小娘如きでは話にはなるまい」

 

 続くように、厳格な態度はそのままに、夢久のような小馬鹿にした言い方ではなく心の底から疑う様に影忠が言う。

 

「しかし…語られざる偽りの歴史を正し、日ノ本最強であった錆 白兵を斃し見事その座を奪った鑢 七花の孫なのだろう? ならば、その実力は本物なのではないか」

「それはなりません蟲奉行様。親の七光りの様に、なんの実績も持たぬ小娘に蟲奉行所など到底勤まりませんよ」

「仮に、いくら流派が最強と言えど蟲の猛威を知らぬ者を蟲奉行所に務めさせてはなりませぬ。吉宗殿はああ言いましたが現場の過酷さを知る我らに、彼女の任命は受け入れられん」

 

 ――つまり、夢久と影忠の二人は九散の蟲奉行所への勤務を容認出来ないということだ。年齢は勿論のこと。市中見廻り組の紅一点である火鉢のように火薬や忍術に富んでいる訳でも無ければ、天間のように陰陽道など法力に恵まれている訳でも無い。筋肉の無さそうな細い腕は町の小娘となんら変わり無く、どちらかと言えばその美貌は遊郭の花魁が天職なのではないだろうか。そして何よりも金の髪に碧の瞳、日ノ本の国には無い大変珍しい容姿は良い方にも悪い方にも目立つ。かといって将軍吉宗公の勅命を反故するわけにもいかない。そこで蟲奉行所の全てを任されている蟲奉行様に直談判をしに来たのだ。

 因みに先日茶屋の前で起きた茶喰蚕(ちゃばみかいこ)宿蟲蜂(すみむしばち)の討伐はでまかせであって全ては無涯によって治められたのだと思っている。当然だろう、茶喰蚕一匹だけでも討伐には時間が掛かるにもかかわらず、ましてや数十匹を半刻と経たず跡形も無く消し去り、宿蟲蜂を雷で焼き殺したなんて妄言としか言いようがない。事象が事象だけに、二人には信じられなかった。それは現場に居合わせなかった小鳥も同様なのだが、仁兵衛や火鉢、春菊、そしてあの無涯までもが同じことを言ったのだ。上司である小鳥としては、彼等の言葉を信じる他ない。

 九散と小鳥が無言の中、夢久、影忠の二人による蟲奉行様説得の弁が続く。その間九散は涼しい顔のまま眼を閉じており、虚刀流や七花、否定姫、白兵を馬鹿にするようなことを言われても眉一つ動かすことが無い。その佇まいに小鳥は後のことを考えて滝のような冷や汗をかいた。勿論まだ会って数日ではあるが、九散の性格は小鳥も十分に理解している。主に怖いほうの。

 蟲奉行様もなお、九散の弁護に掛かるが常に現場で善戦を尽くしている二人に言い返す言葉が見当たらない。ふと、九散に声を掛けた。

 

「……錆、先程から何もしておらぬようだが、何か言いたいことはないか?」

「…そうですね、要するにお二方はわたくしの実力を見たことが無い。故に蟲奉行様の元でのお勤めは容認出来ない、ということですね」

「なんだ、わかっているではないか。ならばさっさとここから立ち去り、遊女にでもなっているのが幸せだ。お前も(おなご)、痛い思いをして傷物になりたくはないだろう?」

 

 くすくすと夢久はからかう様に言った。だがそんな言葉に動じること無く、九散は含んだ笑みを漏らしながら瞳を開いた。爛々と、妖しく輝く瞳を覗かせて。

 

「…蟲奉行様」

「なんだ」

「蟲奉行様は虚刀流をご存じ、と申しましたが実際に眼にしたことは無い。そうですね?」

「…うむ。刀を使わぬ剣術だと聞くが、(わらわ)は未だに見たことがない」

「では、わたくしめにこの難航している問題を一気に解決させる名案がございます」

「……九散君?」

 

 すく、と隣で立ち上がった九散を見て焦ったように肩を揺らした小鳥。こっそりと九散の顔を盗み見ると、それはそれはもう清々しすぎるくらいに晴れやか過ぎる笑顔を浮かべていてとても怖い。嫌な予感しかしない。

 

「これより蟲奉行所の見廻り組五つとわたくしで御前試合をしてみては如何でしょうか」

「!?」

「何を…!」

「(ええぇぇえぇぇぇぇ~…!?)」

「ほう…御前試合か」

「ええ。組の益荒男共が集い、尚武の心を取り戻し兵を鼓舞する撃剣の神楽でございます。わたくしの実力を計るのは勿論のこと、蟲奉行様がお抱えする益荒男共が如何ほどのものであるかを今一度お目にかかるのも、悪くはないのでは」

 

 これには夢久も影忠も反論出来ない。一本取られた、見事な手際だ。

 九散が提案したのは蟲奉行様に蟲奉行所の実力を見せるというものであり、それを拒否するということは蟲奉行様に組の実力を見せられない(やま)しい事情があるということに他ならない。

 

「組の内で与力を含めた最も強き者を一人輩出し、わたくしを含めた六名で御前試合を行いましょう。蟲奉行様は勿論、他の組の方々も観戦出来ます。当然ながら殺生は禁則で」

「なるほど…それは名案であるな」

「無論のことながら、武術でも剣術でも刀術でも妖術でも銃術でも法術でも何を用いようとも、(おの)が武勲を挙げられるのであれば如何様に用いても構いません」

「…勝算でもあるのか?」

 

 夢久は眉をひそめる。夢久が蟲退治において用いるのは銃や大砲といった火薬を武器にした銃火器。他の組とは違い(いくさ)で使われる兵器という斬新な発想が幸を奏し、いまでは蟲奉行所の組の中でも群を抜いて蟲討伐数を増やしている。だが銃術や砲術はあくまでも火薬に頼っただけであり、純粋な力という評価は得られない。凡夫だろうと一騎当千の剣客を撃ち殺すなど容易い兵器であるが故に、この御前試合では使えないと思っていたのだ。

 夢久の問いに九散は首を傾げる。

 

「夢久さんは砲術を用いて蟲を退治するのでしょう? 蟲退治に適正か不適正かを決する試合で、人間程度に苦戦していては話にならないでしょう」

「答えになってないな」

「銃や大砲など遠距離戦術はなにも人間のみならず種によっては蟲でも扱う筈。問題ありませんわ」

 

 問題無い。それはつまり九散にとって遠距離戦術は効かないということに他なら無い。誇張のようにも思えるその発言は、夢久を唸らせるには十分であった。

 

「…ふむ、わかった。ならば錆よ、妾にお主の実力を見せてくれ」

「畏まりました」

「白榊、尾上、松ノ原。異論は無いな」

「…ありません」

「是非も無し。わが武功、とくとご覧にいれましょう」

「……わかりました。こちらで他の組からも通達致します」

「頼むぞ」

 

 蟲奉行様の御前で武勲を挙げられるのならば断る組は皆無であろう。九散はそういった面も含めてこのような提案をしたのだ。

 あくどい。悪巧みは否定姫譲り、奇策はとがめ譲りと言ったところか。

 かくして、御前試合は決行される運びとなる。この時点で既に「寺社見廻り組」は夢久、「武家見廻り組」は影忠に決定しており、「市中見廻り組」は満場一致で無涯に決まった。残る枠は、二組。

 

 




本作は原作と多少流れがズレています
蟲奉行所重臣の二人と仁兵衛が出会うのは益荒大兜出現後になりますが、今回の話は益荒大兜が出る少し前の話です
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