八雲は速く飛ぶことが出来ないため。魔理沙の箒の端を掴んで引っ張っていって貰っている状態だ
その間ずっと魔理沙は八雲の術の事を熱心に聞いていた
獣魔術は術者本人の妖気―――精と呼ばれる生命力を喰い、『召還』ではなく『生成』されるもの
獣魔術はその名前を呼ぶだけで即座に生成される、かなり便利で強力な術だが
獣魔術は術者本人の生命力を大きく奪い取ってしまうため、普通の人間が獣魔を寄生させる事すら困難、ましてや生成など行えば即座に生命力が食い尽くされてしまう
「って事は、人間の私には扱えない術ってことか」
「うん・・・まぁ、そうなるかな」
魔理沙の無念を肯定して見せた八雲だったが、実は方法が絶対に無いこともない
本当は可能だ、只の人間である所の魔理沙が思い通りに獣魔を生成、使役する方法は存在する
『でもコレを言ったら、大変な事になりそうだ』
という事で、ここは物理的に不可能、という形で終わらせた方が自分の為であると判断した八雲は黙ることにしたのだった
魔理沙は酷く落胆の色を見せていて、可哀想とも八雲は感じていたが、それだけは言えなかった
「見えてきたわよ」
先行していたアリスが山の一角に指をさす
確かに、そこには誰かが住んでいると証明する人工物が見当たった
境内と俗界の境界を示す真っ赤な鳥居があり、社殿まで参道が通じている。手水舎は無いようだが、本殿には立派な鈴に賽銭箱まで備えられている
「ここは、神社か・・・!?」
そう、これではまるで日本の神社と同じだと八雲は感じ取っていた
「到着っと・・・あれ?霊夢はいないのか」
フワリと綺麗に着地した魔理沙は辺りをキョロキョロと見回したが、誰もいないようだ
続いて八雲も羽を器用に使い着地する
「その人物ってのは、留守なのか?」
着地と同時に假肢蠱を解除し、羽は綺麗に消え去った
「そうみたいだな、普段は寝てるか、掃除してるか、お茶飲んでるか、飢えてるかの、どれかなんだけど」
最後の一つは結構悲痛なものがあるのだが
「飢えるって、なんだよそれ」
八雲はそれがただの冗談にしか聞こえなかった
「霊夢が神社に居ないっておかしいわね、なにかあったのかしら」
先についていたアリスは神社の中まで見回し探ってみるも、神社の中には人一人居ない状態だ
三人はとりあえずその人物が来るまで待とうかと思い出した矢先の事
誰もいないのに声だけが聞こえてきた
「”なにかあった”ですって?」
そのアリスの独り言に、確かな返答をしてきた
「大アリよ、本当にめんどくさい」
ふてくされている霊夢が、空間の隙間から飛び出してきた
その隙間の奥からは八雲も見たことの無い奇妙な亜空間が出来上がっていた
無数の眼を内包した、奇妙な違和感しか感じない空間
その空間から飛び出したのが、紅白の巫女装束を纏った少女だった
黒髪に黒目・・・それに神社に巫女、世界が違えど、ここは本当に日本のどこかではないのかと錯覚もしそうだ
そしてその隙間からもう一人の少女が顔をのぞかせた
白いフレアの帽子に紫を基調とした上半身・・・の服しか見えない
下半身の部分はその亜空間に吸い込まれているように仕舞われていた
「貴方が最近幻想郷に来た妖怪ね」
まるで値踏みをするように、紫色の少女は八雲を舐めるように見ていた
「どこぞの誰かなんて知りもしないけれど、不法侵入してきたのですから、それだけの覚悟はおありでしょうね」
「不法侵入・・・!?」
その不穏な言葉に、八雲は思わず復唱してしまった
「幻想になっていない妖怪が結界の干渉を受けずに幻想郷に入れた原理って何よ。紫の能力でコッチに来た訳でも無いならどうやって来れた訳よ。あぁー!ほんとめんどくさいわ!」
今度は巫女装束の少女がやや怒り気味で八雲に詰め寄る
「で?あんたの名前は?」
「藤井八雲だ」
「八雲・・・八雲?ねぇ紫、コイツはアンタの身内なの?」
「いいえ、幻想郷に不法侵入するような下賎な妖怪の身内なんているはずがないでしょう」
以前の月の事は棚に上げて話す紫に別に誰も干渉はしない
霊夢と紫は二人でなにやら危ない話をしているのは誰が見ても分かった
だから八雲はその二人に割って入った
「ちょっと待ってくれ、俺が何か悪い事したのか?」
それを聞いた巫女装束の少女は八雲を睨みつけて言い放つ
「ええ、したわ」
「したわね」
それに同意する紫
「したのか?」
状況が飲み込めない魔理沙
「したって言うなら、したんじゃない?」
無関心のアリス
「貴方のせいで幻想郷のバランスが崩れるかもしれない、もしも結界に『穴』があるのだとすれば、その修復と修繕を火急に行う必要と義務がある・・・でも今確認してきたら結界に何も異常が無いのよ」
「となれば、アンタの能力か、誰かの能力でここまで来た、と考えるのが妥当なわけよ」
「貴方の能力であれば問題は無いわ、それを悪用しないのであれば幻想郷は全てを受け入れるでしょう」
「でももし赤の他人の能力であれば、さっさと誰の能力か吐いちゃいなさい、でないとアンタみたいなのが勝手に幻想郷に入ってくる事になるし、それが一番面倒なのよ!」
「その者の名を明かせない、となれば」
「言いたくないってなら、仕方ないわ」
「「アナタを倒して黒幕も倒す」」
あー、なんか・・・懐かしいな
そう八雲は感じていた
この空気、この状況、相手に何も言わせない圧力、きっと何か強い『しきたり』の様なものが彼女達を守ってきたのだろう
そのしきたりを、無意識にでも犯してここまで来た八雲は、彼女達からしてみれば蒼天の霹靂なのだろう
凄く懐かしい、そして凄く似ている
『球城アマラ』
その中に住んでいた市民に、そして始めて会ったキール達に
今の霊夢と紫が被って見えた
「もうどっちでもいい、面倒だわ」
そしてその後の状況も
「やっぱそうなるか!」
八雲は霊夢の投げた針をバックステップで避け、霊夢を見た
「へぇ、今のを避ける」
その言葉が戦線布告として、八雲に突き刺さった
昔のキール達・・・も、そうだった
不穏分子、不法侵入者に対して絶対の拒否を示していた
「弾幕ごっこ・・・って奴か?」
にしてはどうも引っかかる
魔理沙は確か、これはルールのある遊びという形で伝えていた
現に相手を焼いてしまったりする威力の問題はあれど
あれは殺傷を狙っての攻撃ではなかった、あくまでゲーム上の広範囲爆撃みたいなもの
でも霊夢の放った針は、八雲の眼を確実に狙っていた
これは非殺傷に違反するのではないだろうか
「弾幕ごっこじゃないわ、これは退治よ、私がアンタにするのはただの妖怪退治、遊びじゃないわ」
なるほど、と納得する
そりゃそうだ
厄介者相手に、ご丁寧にお茶が出るはずも無い
あるのは拒絶、ただそれだけ
だったら話は簡単で、八雲がこの幻想郷を出ればいいだけの話なのだ
それは八雲も願っても無い事なのだが
しかし肝心の帰り道が判らない
なのでこの巫女に会いに来たというのに、怒り、罵られるだけ
球城アマラの時は、八雲の意志で球城アマラに潜伏していたが
今回は出て行きたいのに、出る方法が分からない
「俺の話を!聞いてくれ!」
八雲は喋りながら器用に霊夢の放つ針を避け続けていた
『この針に触るだけでもまずいな・・・なんらかの仕掛けがしてある』
導師ではないのでその術式までは不明だが、八雲にも針に仕掛けがある事は見ただけで分かる
「話って?アンタがここに来た方法を喋る気にでもなったのかしら」
「あぁ、喋るからその針の攻撃を止めてくれ!俺は争う気なんてない!」
「・・・」
その言葉を、霊夢は
「・・・アンタ、随分余裕じゃない?」
逆に、挑発と受け取っていた
「この私に、本気で戦って勝てると思うの?」
「ちょっと待ってくれ、俺は最初から戦いで勝つ気なんてない!」
もちろん、タダで負ける気もないのだが
だがその言葉が、八雲の戦闘を避けたい意思を伝える言葉が
霊夢には逆効果でしかなかった
『勝つ気はない』は裏を返せば『その気になれば勝てる』
故に『お前は俺より弱い』となる。
仮にその言葉が霊夢の勝てると思っているのか?という返答であっても、霊夢には八雲の余裕がどうにも癇に障る
「上等よ、私に喧嘩を売った事を後悔するといいわ!」
「ちょ!勘弁してくれよ!」
更に大量の針を霊夢は放ち始めた
どうしてこうなった?
それは八雲がこの世界に来たときの、最初の思慮
それを今、魔理沙とアリスも経験していた
突然、外来人だけでなく、普通の妖怪にだってそうだ
最初から喧嘩腰の霊夢を、二人は今まで見たことは無い
にもかかわらず、二人は霊夢を止めるという選択肢を持ち合わせていない
「よく判らないけど、面白そうだし観戦しようぜ」
「そうね、藤井さんの実力も分かりそうだし」
二人は完全に蚊帳の外、となれば決まっている
「おーい!八雲ー!!がんばれよー!!」
「せめて一発くらいは当てなさいよ」
ただの観戦者となっていた、これに酒でもあれば言う事無しだ
「応援なんていらないから!この人を止めてくれぇー!!」
「余所見なんていい度胸じゃない!!」
今の八雲には羽は生えていない、空を飛ぶことなんて出来るはずがない
仮に
巫女は空に浮き上がり、八雲を一方的に攻め続けていた
なら再び、
―――廃線
「ぶらり廃駅下車の旅」
紫の少女が八雲の近くに隙間の空間をこじ開ける
「なっ・・・!!」
その空間から、ボロボロになった電車が吐き出され、八雲めがけて突進してきている
「藤井八雲の名において命ずる!出でよ
向かってくる電車めがけて、三本爪の獣魔がまるで電車を紙細工の様に
・・・いや、それはまるで魚の三枚卸の様に、電車を縦に四等分にして見せた
四等分になった電車は慣性にまかせて、そのまま地面をえぐりながら八雲を避けてスライドしていった
「なるほどね、それが異界の術というわけ」
「それでも私達を二人相手に、どこまで持ちこたえられるでしょうね」
今度は霊夢の紫のタッグが、お遊びではなく八雲を退治するために武器を持っていた
この前の様な状況であれば、被甲は大きな効力を発揮できるが。真剣勝負の一対二では被甲単体の効力は薄い
被甲を纏うという選択もこの場では相応しくない・・・強固な守りを固めては、霊夢を説得できるはずも無い
それ以前に、霊夢の武器には妙な気を感じる
下手な獣魔の生成は精を無駄に消耗するだけだろう
「こいつは・・・ヤクイな」
独り言を呟く八雲、それは霊夢に集まる謎の力を見て、ついもれてしまった言葉だった
「どこまで?変な事を言わないで」
霊夢の周りに陰陽球が現れ、それは異様な輝きを放っている
「次で終わりよ」
神技「八方龍殺陣」
宣告も無しに、霊夢は術を起動した
起動と同時に、八雲の周りにはお札の結界が出来上がっていた
そして竜の燐の様な弾が弾丸の様に八雲に飛来する
「ぐっ!」
思わず八雲の口から嗚咽が漏れる
それは非殺傷と遠くかけ離れている攻撃、八雲を再起不能、もしくは殺傷するほどの力が込められていた
その燐は八雲の腹部を何度も貫き、左腕を吹き飛ばし、頭部をかばった右腕も皮一枚で繋がっている状態だ
口から大量の血を吐き零し、力なく八雲は膝を地面に付けた
一瞬で起きた惨状に、観戦していた二人も慌てていた
「おいおい・・・本気でやりすぎじゃないか・・・?」
「危ないわ!あのままじゃ本当に死ぬわよ!」
魔理沙とアリスは八雲を助けようと考えるも、行動できないでいた
その霊夢の怒りを体現したかのような、烈火の如く降り注ぐ燐の弾に当たれば重症は避けられない
そんな攻撃が、今も継続しているのだから
弾丸の雨のような攻撃に晒されつつも、八雲は左肩を霊夢に向けて差し出した
八雲には見えていた、今の霊夢の状態が
動けていない
力のほとんどを放出に当てているためか、それとも今の八雲の悲惨な状況を見てか
大きく動かず、八雲の行動に関心を示していない
誰がどうみても八雲は満身創痍、死にかけの命乞いにしかそれは見えなかった
だがしかし、八雲が口にした言葉は
「俺じゃ助けられない!横の紫の君が彼女を守れ!」
自分ではなく、相手の心配だった
彼女を止める方法はある、これを行えば下手すれば彼女を殺してしまうかもしれない・・・
しかし、このまま竜の燐に当たり続ければ、八雲も無事では済まなくなってしまう
口から、腕から、腹から、足から
あらゆる場所から出血し、あちこちの肉体を欠損している・・・そんな八雲に残された武器は
――――あまりにも多かった
「
そう八雲が宣言した瞬間、八雲の姿が消えた
誰もが見逃した・・・のではない
実際に消えた、まるで神隠しの様に
そしてその転移先は
「藤井八雲の名において命ずる!!出でよ!!」
八雲が居た位置からみて、霊夢の2メートルほど斜め上
「なんですって!?」
それに驚愕したのは紫だった
霊夢は自らが放つ弾のせいで、八雲の姿が見えていなかった
そして消えて既にその場に八雲が居ない事すら、まだ気が付いていない
「
それはまるで鉄砲百合のような姿の獣魔
花弁が開き、中の獣の口から黒い糸が吐き出された
それは動きのない霊夢を捉えるには、あまりにも簡単だった
その黒い糸に当たった瞬間に霊夢も状況を飲み込めた
さっきまで下に居たはずの男が、いつの間にかワープして攻撃してきていた
だが問題は無い、と霊夢は油断していた
黒い糸の攻撃に、なんの痛みも無い、であれば倒れる道理もないと
確かに
だが
「なに・・・これ・・・」
異変に気が付くも、時既に遅し
そして例に漏れず、霊夢の体はどんどん石化していく
「霊夢!!」
慌てて紫が霊夢を抱えたが、既にもう・・・霊夢は石の塊になっていた
その術者の八雲は
「大丈夫だ、彼女は生きてる!」
と言い残し、力なく地面に吸い込まれるように落ちていった
霊夢の「次で終わり」という言葉は、霊夢の思う形とは異なった状況で決着が付いた。