クレヨンしんちゃんif 作:セラフ
「何故だ……どうしてこうなるんだ……」
ジョーカーは立ち尽くしていた。現実を受け入れる事があまりに難しいからだ。
自分の部屋にいるのに落ち着かない。いや、これからは自分の部屋では無くなるのだ。
時間が巻き戻らないだろうか。とジョーカーは壁にかけた時計を睨むが、針は止まらず進むばかりだ。
諦める様に、ジョーカーは溜息を吐いて肩を落とした。丁度その時、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
「ほうほう、ここがジョーカーちゃんのお部屋ですか」
しんのすけが現れたその日の夕方ーー
夕食を終えて、しんのすけをどうするかの話し合いがされた。
話し合いは従者達のまとめ役的立場にあるギュンター主導のもとで行われた。
しんのすけを追い出すか、それともこの北の砦に留めるのか。
しんのすけは敵なのか、味方なのか、しんのすけを寄越したハイドラという人物は何者かーー
あらゆる意見が交わされた。
それら全てをギュンターは判断し、そして結論を出した。
「取り敢えずしんのすけは執事見習いとしてこの砦で預かろう。そうだな……世話役はジョーカー、お前に任せよう」
そして現在ーー
「いやぁムサ苦しい部屋ですが、ゆっくりしてくだされ」
「ここは俺の部屋だ!お前が」
「ほっほ〜いこのお布団フカフカですなぁ」
「…人の話を聞け!っ何で俺がコイツの面倒を見なければならんのだ!あとベッドの上で跳ねるな!」
しんのすけは尻を出しながら、まるでトランポリンを跳ぶようにベッドの上で跳ねている。
メイキングしたベッドが、シーツが、シーツの角が乱れていく。
厳格な執事のジョーカーにとってそれは許せない事だ。
「このクソガキ、止めろと言ったら止めろ!」
「そう言われるとやりたくなっちゃう多感なお年頃〜」
ジョーカーの何かが切れた。
「やはりコイツは殺……」
額に青筋を浮かべ、ジョーカーは腰辺りに隠した暗器に手を伸ばす。
殺しはしない。ただ静かにするだけだ。殺しはしない、決して。
そのままジョーカーはしんのすけから目を離さず、一歩近付いた。
しんのすけはジョーカーに気付かずに未だベッドの上で跳ねている。
好機ーージョーカーはしんのすけに手を伸ばした。
しかしその時、しんのすけが消えた。
呆気に取られたジョーカーは耳に生暖かい風を感じた。
「はむ」
「……なっ!はぁん♡」
消えたしんのすけはジョーカーの肩に乗っていた。そしてジョーカーの耳を甘噛みした。
突然の事でジョーカーは崩れ落ちた。
「なっなっ、このガキ……」
「ほうほうジョーカーちゃんはお耳が弱いんですな、風間君みたいだぞ」
「……ジジイすまねえ。やっぱり俺は無理だ。こいつは絶対ぶっ殺す!」
ジョーカーは肩にのっているしんのすけを掴み宙に放り投げた。
「おっ?」
「クソガキ覚悟しろ」
ジョーカーはしんのすけに向かって青銅の暗器を投げる。
その暗器は先端が丸い殺傷性の無いものなので、当たっても気絶する程度のものだ。
暗器は一直線にしんのすけ目掛けて進み、しんのすけの眉間を捉えた。
しかし暗器はしんのすけに当たる事なく、宙を切って向かいの壁に当たった。
しんのすけはまた消えていた。
「なっあのガキ何処に……」
「ここだぞ〜」
ジョーカーは急いで後ろを振り返った。
ジョーカーが見たのは、しんのすけがベッドの上でチョコビを食べている様子だった。
ジョーカーの怒号が砦中に木霊した。
ーーーーーー
煖炉に焚べられた蒔が音を響かせながら火を弾く。
音は天井に吊らされた簡素なシャンデリアを通り、数秒の倍音を残して消えていく。乾いた冬の空気のせいか、音は明瞭な響きを持っている。
老人はその音に耳を傾けながら、ゆっくりと息を吐く。
老人の名はギュンター。従者達の長的な立場にあり、この暗夜王国北の砦にてカムイと並ぶ権力を持った老騎士である。
褐色の肌に深い皺を刻ませギュンターは、朧げな記憶を引っ張り出していた。
あれはそうだーー
今もはっきりと思い出す。
空を穿つかの如く建てられた塔。それは虹の塔と呼ばれ、塔の試練を乗り越えた者に無限の力を与えると言われていた。
私は力を得る為にあの場所に向かった。
守る者を奪われた私は、復讐する為の力が欲しかった。
試練は形知れぬ猛者達との闘いだった。闘いは数日にも及び、果ては無いように思えた。
最後の猛者を討ち取った時、私は倒れた。
目も開かぬ、手足は切り下ろされた様に感じた。
意識が暗闇の中に落ちていくーー
その時、私は老人の声を聞いた。
「お前が得た力は復讐の力だ。今より数十年後の未来、お前はその力を振るって近しき者を殺めるだろう。だが、その力を止める者が現れる、そしてお前に真の力を預けるだろう。その者の名はーー」
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー
「野原しんのすけ……」
記憶にある声は確かにそう言っていた。力を止める者は野原しんのすけだと。そして真の力を預けると。
あれから数十年経った。
今はもう復讐の為に力を振るおうなど考えていない。憎悪の火はとっくに消えた。この砦に暮らす我が子達が憎悪を消してくれた。
私が得た力はあの子達を護る為のものなのだ。いつしかギュンターはそう思うようになった。
だが、あの声の通り野原しんのすけが現れた。
それは自分が復讐の力を振るってしまうという事だ。
「私は……ど「こんのクソガキがぁあああああ!!!」
ジョーカーの怒号にギュンターはハッと顔を上げる。
ダダダダダンッ!と床が抜ける様な音が響くと、再びジョーカーの怒号が聞こえた。
「ケツだけ星人ブリブリ〜!!」
「待たんかジャガイモ頭!」
もう何かやらかしたのかーーとジョーカーは口元を歪める。その表情は笑っている様だった。
「まったく世話のかかる…」
ギュンターは重い腰を上げて溜息をつく。
すると溜息と同時に、自分の中にあった不安が出ていくのを感じた。
この時ギュンターはふと思ったーーただ今を護ろう、と。
「……私も老いたな」
ギュンターは自然でどこか哀しげな笑みを浮かべた。
そしてゆっくりと前を見据え、ギュンターは部屋を去った。