「おい! しっかりしろ!」
夏美に連れられ、運ばれていく慎に駆け寄る純一。その後ろには慎の応急処置と運搬の手配をした翔とクウヤの姿も有った。
呼びかける声に一切反応はなく、脈も弱い物になってしまっているが、辛うじてまだ脈は残っている。彼が助かるか否かは時間との勝負だろう。
慎が運ばれていった事で緊張の糸が切れたのか、夏美は純一に抱きついて悲鳴を上げる。それは仲間を失ってしまうかもしれない事への恐怖心からなのか。
そんな夏美とは正反対に翔は極めて冷静だった。こんな状況が気持ち良い訳がない。仲は悪かったとは言え知っている相手がこんな状況に陥っている以上、取り乱すよりも先にするべきことがある。それが分かっているからこそ、翔は冷静だった。
(……カテゴリーJのカード……)
翔が取り出すのは慎が握っていた一枚のカード、それを純一達にも見せる。恐らく、死を覚悟していた慎が残した他の者達へのメッセージ。
「これを見てくれ、あいつが握っていたカードだ」
「これは!?」
「……この状況で不謹慎かもしれないけど、あいつがオレ達に最後に伝えようとしていたメッセージだ……」
それを見た純一は驚いた様な表情でそのカードを見つめる。カテゴリーは『ハート』、封印されているのは狼の始祖たる『ウルフアンデッド』。それが慎の残したカードだ。
「一体誰が!?」
それを見て、それが意味する事に気付いたのだろう、純一が悲痛な声を上げる。
この状況で伝えようとするのならば慎を襲った相手の名前だろう。そして、咄嗟にその名前をこの様な形で伝える事が出来るのならば、それは彼がよく知っている者と言う事になる。
(……『J』……『狼』……『ハート』……あとは変則的に『聖杯』って所か?)
翔は一人そのカードから読み取れる意味を分析していた。
ハートスートのカテゴリーJのフュージョン・ウルフのラウズカード。
少なくとも、朦朧とする意識の中での行動なのだから、複雑な暗号とは考えづらい、メッセージは直接的で勘の良い者ならば直ぐに気付けるものである可能性が高い。だからこそ、簡単な表層的な部分に思考を留めている。
誤った推測は単純な推理からだけではなく深読みし過ぎた事からも生まれる。
(……ハートや聖杯は違うか、名前にそんな字が入っている奴は……居ないって言う自信がないな)
少なくとも翔が知っている人間に『狼』や『杯』と言った字が入っている者は居ない。
聖杯やハートと言うスートは間違い無く違う。それならある程度同一のカテゴリーのカードを纏めて握った方がより確実に伝えられる。そうなると考えられるのは、封印されているアンデッド。
(……『狼』か『J』……もしくはその両方……。J!?)
其処まで考えると一箇所で思考が留まる。『J』と言うのが誰かのイニシャルならば、今自分の目の前に一人居る。
(……J……『純一』……?)
まだそうとは限らない。だが、そのメッセージから読み取れる答えは目の前の相手を指している。
(……いや、これだけじゃ情報が少ない……イニシャルにしても、一文字だけじゃ……)「ん?」
慎の残したメッセージの持っている可能性に気付いた時、ふと、翔は夏美の姿が無い事に気が付いた。
純一は気付いてなかった。自分に抱きついていた女が、何時の間にか居なくなっていた女が、ポケットからこっそりと二枚のキングのカードを奪った事に。
そして、その時の彼女の浮べた表情が……満面の笑みだった事にさえも……。
(馬鹿な禍木。キングを封印しても死んじゃったら意味無いんじゃない? まあ、運が良ければ助かるかもしれないけど)
夏美は心の中で笑みを浮かべる。
(純粋な純一。でも、ポケットの中に無造作にキングのカードを入れておくのはちょっと無用心よ? 二人のお蔭で三枚のキングが揃っちゃった。あと一枚で四枚のキングが揃う。それが有れば私は強くなれる。あんな奴等よりも、純一よりも)
心の中で仲間である二人へと何処か身勝手な感謝を述べる。彼女の手の中に有るのは翔の持っている物を除いた三枚のキングのカード。
(私は、純一の事が好きよ。でもね、私より強いって言うのは許せない。あいつ等の事……特にブレイドの事は大嫌い、私より強いって所は特にね。私が一番強くなきゃダメ)
思うのは身勝手な思い。
(超古代の力にも興味あるけど、このカードだけでも十分に強くなれる)
思い出すのは過去のアンデッドとの戦闘データの中にあった、キングフォームのブレイドやワイルドカリスと言ったキングのカードの力で進化したライダーの姿。
その姿を見た時、仮面ライダーに選ばれた時から心の中に響き続ける声。
―強くなりたい―
心の中に響く声は彼女の願望なのか、それともライダーシステムの、人造とは言えアンデッドの持つ戦闘本能が影響した副作用なのは定かでは無い。
(でも、良いわよね。私が一番で有る事に、誰にも迷惑なんてかけてないんだから)
そう思った時、見覚えのある人影が彼女に近づいてきた。
「あら?」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる相手は彼女もよく知っている相手だ。三枚のキングのカードを持っている事に気付かれるのは拙いとは思う。
だが、相手の様子が何処か可笑しい事に気付く。何故か感じてしまう、本能的な“恐怖”。
どれだけ振り払おうが、どれだけの力を手にしようが、決して逃れる事ができない恐怖心。それは、その種が始祖たるアンデッドから受け継いでしまったのか知れない、いや……本能的に誕生よりも種としての根底に与えられた恐怖心。
(まさか、ジョーカー!?)
思い出すのは慎の言葉。ジョーカーの狙いであるキングのカードは三枚も持っている。一枚こそ所在は明らかではないが、目的の物を持っている自分を相手は逃がしてはくれないだろう。
(そうよ、怖いならこんな物捨てれば良いだけじゃない! 嫌よ、折角手に入れた『力』なのに!)
二つの感情が必死で逃げる彼女の中で鬩ぎ合う。せまる死の恐怖に対して、力か死かと言う選択肢。
だが……彼女は理解しているのだろうか? 力を手に入れていたとしても、彼女は『奴』から逃げ回っている。
「あ、あ……」
恐怖で声が出ない。本能から来る警告が正しいと理解しているのだろう。だが、手に入れた力に目が眩み、彼女は警鐘を鳴らし続けてくれていた本能に逆らい過ぎてしまった。そして確信する、慎が何を伝えたかったのかを。
(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!)
必死で逃げる。だが、相手に威圧されて、足が竦み上がって上手く動けない。ラルクに変身して抵抗する事も、相手への恐怖心で考えが至れない。
そして、動けずに居る彼女の首に『奴』の手が伸びる。
「きゃああああああああああああああああっ!!!」
そんな悲鳴を上げるのが限界だった。キングのカードを奪い首を絞めているのは、先程の慎を始末し損ねた事への反省からだろうか? 満面の笑みを浮かべていた『奴』の顔が一瞬だけ白いジョーカーへと変わる。
(ああ、禍木の残したカードの意味って、そう言う事、だったのね)
薄れ行く意識の中で夏美は残されたメッセージの意味を理解する。
(なら、私が残すカードは)
死を覚悟して他のライダー達に残すメッセージ。慎の残した物と合わせれば白いジョーカーの正体を翔達へと伝えられるカードを、
(……ダイヤスート……チーフのカードじゃない。お願い、気付いて……この、カードで。手隠れに、なる前に……)
必死にカードを握り締めて夏美の意識はそこで途絶える。
(私は……。強く、なり、たかった……。ただ、それだけ……)
それが彼女が最後に思った事だった。
「くそっ!!!」
「夏美まで……そんなぁっ!!!」
助けられなかった事への悔しさから翔は壁に拳を叩きつけ、純一は呆然と倒れている夏美の亡骸を見て、嘆き悲しむ。慟哭にも似た嗚咽が一瞬だけ研究所のエントランスに響き渡る。
先程慎の処置が間に合ったのも辛うじてだ。治療を受けている慎は一命を取り留めたが、今も余談を許さない状況で済んでいるのも運が良かったからだ。そして、今回はそんな幸運は訪れなかった。
今度はクウヤの他にも橘も側に立っていたが、その顔は他の面々と違い、無感情に近い。
「これは?」
夏美もまた慎と同じ様にラウズカードを握っている事に気付き、翔はそのカードをそっと彼女の手から抜き取る。
流石は超古代のアンデッドを封印したラウズカードと言った所だろうか。強く握り締められていたと言うのに、そのカードは彼女の手から離れると折れ目一つ無くキレイな形で存在している。
(ダイヤの4。封印されているのは『ペッカーアンデッド』)
ダイヤの4のカード『ラピッド・ペッカー』。封印されているアンデッドは啄木鳥の始祖たる『ペッカーアンデッド』。
(読み取れる情報は『四』と『ダイヤ』『金貨』『啄木鳥』……)
それが彼女『三輪 夏美』が最後に残したカード、最後の力を振り絞って残されたライダー達へと託したメッセージだった。
間違いなく犯人は同一人物。こうして手掛かりを残しているという事は、犯人の顔を見て同時に慎のメッセージを正確に理解したと言うことだろう。その上でこのカードを残したのだ。
誰も何も言わない、誰も何も言えない中で翔は必死に考える。その二つのメッセージの意味を。決して仲が良かったとも、親しかったとも、下手をすれば二人とも仲間だったとも言えない相手だ。
だが、二人は最後の瞬間に仮面ライダーとして行動してくれた。そして、自分達の蟠りを越えて自分達にも自分達が知った敵が何者なのかをメッセージとして託してくれた。
だからこそ、嘆くのは全てが終わった後だと、託された自分は残したメッセージの意味を考えるのだ、と必死に冷静さを保ちそのメッセージの意味を考える。
(ダイヤとハート……一度スートは考えから捨てよう。だけど、そうすると……そのメッセージの意味は)
正しい答えかは分からない。だが、
(4は『し』とも読める。『J』と合わせて考えると……『志村(し) 純一(J)』)
そう結論付けた後、翔は携帯電話を取り出して奈菜へとこれまでの経緯を簡単に纏め、二人の残したメッセージをメールする。最後の二つのメッセージはラウズカードなのでラウズカードの事を知っている奈菜への連絡は簡単に済む。
答えを誘導してしまわない様にと、自分の出した結論は奈菜へは連絡しないでおく。別の人間なら自分は気付かなかった結論を出すと思って、だ。
(……奈菜ならオレとは別の答えを出してくれるかもしれない。……それと、あとはリリスの感覚か……。でもな……)
「盗まれた?」
「はい。消えてるんです。キングのカードが二枚とも」
視線は窓の外へ向けたままで、低い声で放たれ橘の問いに肯定する純一へと翔は視線を向ける。
「可能性は二つ。カードを盗んだ誰かを追いかけて夏美は殺されたか、あるいはカードを盗んだ夏美を、誰かが殺したか……。何れにせよ、その誰かがジョーカーの可能性は強いと思います」
純一の言葉は正しい。その可能性は翔も考えていた。だが、今の純一の様子はどうも引っかかる物を感じてしまう。……自分の推論が正しいと言う面に。
無表情に窓の外を眺めていた橘が無表情のまま純一の方に一瞬だけ顔を向ける。更に続けられる純一の推論を聞きながら、彼は再び窓の外に視線を向ける。
(何で死んだ仲間を貶める様な事を?)
少なくとも翔が純一の立場だったらそんな推論は話さない。だからこそ、翔も純一がジョーカーかも知れ無いと言う推論は確信が無いために口にしていない。
盗み癖が有るのでもない限りはそんな可能性が上がる事自体が可笑しい。……飽く迄それが真実で有った場合……彼女がキングのカードを持っていない限りは話さないだろう。
「既に残る二枚のキングもジョーカーの手に落ちている可能性が有ります。恐らく、その中の一枚は禍木が単独で封印したのだと思います」
「ああ」
自分達が最後のキングのカードを持っていると告げるべきかとも思うが、純一がジョーカーであった場合、それによって正体を確かめる事も出来るが……
(止めておこう)
そう言って首を振る。
「すみません、オレからも少し良いですか?」
「何だ?」
一通り純一が推論を話し終わった頃を見計らって翔が橘にハートスートのペイジとナイトのカードを見せる。
「それはっ!?」
「ハートスートのペイジとナイト……。どうも、始さんへの試練は保留になったみたいです」
初めて驚きの表情を見せる橘にそう説明する。保留で合格になったのならある意味試験としては破格だろう。まあ、ワイバーンアンデッドの場合は過去の始の行動を評価しての合格点と言う事なのだろうが。
「それと、ワイバーンのアンデッドが言っていました。14番目の大いなる力への鍵は二つ。カードと贄だ、と」
「知っていたと言うよりも、知ってしまったか」
「ええ。生贄にされる人間の条件も。でも……そんな人間が生きている訳がない」
ワイバーンアンデッドの言葉を聞いた時にも思った疑問を口に出す。寧ろ、生贄となるべき人間は真っ先にアンデッドの犠牲になっていても可笑しくないのだ。
「最も近い存在を身代わりにすれば良い」
橘はその疑問に簡潔に答える。その言葉に思わず翔は息を呑む。
「っ!? それって……」
「ああ。一番近い人間……兄弟や両親……そして、子供だ」
橘の言葉を聞いて改めて己の判断の甘さを恥じる。完全に油断していた。考えてみれば、翔にとってこの世で上位に位置するほど嫌っているあの捻れモノリスこと統率者が、そんな致命的な不備をバトルファイトに残すとは思えない。
それは以前のライダーバトルの終盤でも思った事だったはずだ。現にアンデッドの封印を開放するクウヤの持っているリモート・テイピアのカードもバトルファイトが終わった際には使えなくなっていた。
少なくとも、ライダーやケルベロスアンデッドと言うイレギュラーを除いてはバトルファイトのシステムは“完璧”と言うべき他は無い。言ってみればライダーや五枚目のエースであるケルベロスと言ったイレギュラーは、完璧な神のシステムに人間が介入した結果生まれた不備だ。
「それじゃあ、敵の手に全てのキングのカードが渡っているかもしれない以上」
「ああ。生贄がジョーカーの手に渡ってしまう事だけは何としてでも阻止するしかない」
「でも、誰なんですか、その……生贄になる人って?」
クウヤがふと疑問の声を上げる。少なくとも、敵は誰がもう一つの鍵なのか分かっているのに対して、自分達はそれが誰なのかが分からない。それは守る上で圧倒的に不利だ。
「……お前たちもよく知っている人間だ……」
そう言った後橘は生贄になる相手の名前を告げる。その言葉を聞いた瞬間、翔とクウヤの表情に動揺が浮かぶ。
橘のその言葉を持ってその日は解散となった。
帰路に着く翔とクウヤだったが、この日は完全に白いジョーカーに敗北したと言って良いだろう。奪われた三枚のキングと二人の犠牲。
……それは、僅か一日の被害としては最悪と言っていいかもしれない……。