彼女の瞳は血の色だった 作:レイ
三年生の選択授業では、葵も理奈も生物を選んだ。ただ、理奈は東京の大学への進学は親に反対されたため、地元の国立大学を目指すらしい。それでも、少しでも葵の研究に関わりたいからと、生物を選択してくれた。
「――私も、東京に行けたらよかったのに」
理奈はため息をついた。
「あんまり、親を心配させないようにね。……
葵は気まずそうに目を逸らしながら言った。理奈は数秒黙ってから、小さく返した。
「……そう、だね」
次に葵が理奈の家に訪れた時、外出していた妹の千鶴は、帰宅すると真っ先に謝ってきた。
「――ごめんなさいっ!」
深々と頭を下げている。そのまま動こうとしない。困惑して理奈の方を見ると、好きにしろとばかりに千鶴を顎でしゃくった。
「……顔を上げてください」
葵が声をかけると、恐る恐ると言った風に千鶴は顔を上げた。
「あの、この前はごめんなさい。いたずらが過ぎました。怖がらせてしまったようで……」
「もう気にしてないから、いいよ。ほら」
葵は右手を差し出した。千鶴は戸惑ったように見ている。
「仕切り直し。今度こそ、よろしく」
千鶴は顔を輝かせ、勢いよくその手を握り返した。
「――はいっ! よろしくお願いします」
その様子は、普通の少女のものにしか見えなかった。葵は微笑ましく思った。こんな子の、どこに怖がる必要があるのか。
「……何かお詫びをしたいんですけど、私にできる事、ありますか?
えっと、葵さんは赫子に興味があると聞きました。羽赫で良ければ、出せますけど」
おずおずと千鶴が提案してきた。理奈の差し金だろう。千鶴はこんな事でいいのかと、不安そうだ。もちろん、大歓迎である。
「いいの? ありがとう。羽赫は初めてだから、楽しみだな。今出してもらっても、大丈夫?」
「はい! …………あ。――あの、家の中では出しにくいかもしれません」
勢いよく答えた後、思い出したように千鶴が言った。
「結構大きいの?」
「ええと、羽赫見るの初めてなんですよね? 私の羽赫は勢いよく放出するので、その……部屋の中が……少しなら、大丈夫だと思いますけど」
下がっていください、と言われたので、素直に指示に従った。千鶴は襟を軽く引いて肩の方を開け、赫眼を発現させる。
ぶわり、と肩から、赤い煙のようなものが噴き出した。
「……おお」
理奈の赫子とは全く違うその様子に、葵は感嘆の声を上げて身を乗り出した。赫子は、赤を基調とした極彩色の炎のように、千鶴の肩もとで揺らめいていた。本来の大きさよりも小さく抑えているのだろう、手のひらよりも少し大きい程度である。
「……これ、本当に細胞なんだよね? ますますRc細胞がわからなくなってきた」
赫子の様子が安定したのを見計らって近寄る。
「私もよくわからないんですけど、それを言うなら、人間の爪とかだってあんまり細胞感がないと思います」
千鶴は首をかしげながら答えた。本人も分からないらしい。自分の体というのは、そういうものなのだろう。要は使えればいいのだ。
「ああ、爪ね。言われてみれば。でも、あれって角質化した細胞だから、死んでるんだっけ?
ともかく、私としては赫子の方がよほど凄いと思うよ。硬いのに自在に動かせるし。ねえ、触っても平気かな?」
人差し指を立てて見せると、千鶴は慌てたように後ずさった。動揺からか、赫子が揺らめく。
「や……やめてください。怪我しますよ」
「わかった。ごめん、触らないから、見せて」
千鶴は不審そうに葵を見てから、近寄った。
「触っちゃだめですよ。人間は怪我が治りにくいんですよね?」
「大丈夫だって。私だって怪我をしたいわけじゃないし」
しげしげと眺める葵の様子に、千鶴は気恥ずかしそうにしていた。
「そうだ、硬化させますね」
千鶴が眉根を寄せて集中すると、揺らめいていた赫子が、瞬時にまるでガラス細工のように固まった。
「あ……すごい」
理奈の、硬くかつ自在に動く赫子にも驚かされたが、今の赫子の変化は想像以上だった。赤や橙の混ざった、美しい色合いの結晶だ。
「これって硬くしたまま動かせるの? どうやって使うの?」
「私の場合は――というより、ほとんどの羽赫の喰種はこの硬質化した赫子の破片を発射して使っています。遠距離攻撃ができるの羽赫だけですから。」
「発射って……どんな構造してるの? それにしても、飛び道具ってのは凄いね」
葵は腕を組んで頷いた。確かに、リーチの差は大きいだろう。かつての戦争でも飛び道具が勝敗を決めていたはずだ。モンゴル帝国があれだけ栄えたのも、馬の機動力と弓矢による遠隔攻撃ゆえのもの――あれ、羽赫喰種って両方持っていないか。
「構造については、私もよくわかりません。羽赫は遠距離の攻撃と身軽さが特徴、とよく言われます。中には、近距離を好む人もいますが……」
「千鶴ちゃんの動きも見てみたいな。……今度、理奈との訓練の見学でもしてみたい」
「流れ弾が当たりそうなので、勘弁してください」
千鶴は勢いよく手を振って断った。残念だ。
「見たかったのにな……ねえ、理奈はどうやって発射赫子に対処してるの?」
「回避と防具」
理奈は口元に笑みを浮かべた。
「前に見せたでしょ? 鎧。あと、赫子を盾にしたり、叩き落とす技術も。千鶴の赫子に苦戦してたら、ばっちゃんに叩き込まれた」
「そうそう。それまでは姉ちゃんに勝てたのに。たまに体に当てられてもすぐ回復しちゃうし。赫包もう一つ持ってるんじゃないかってぐらいタフだし」
千鶴は悔しそうに言った。いつの間にか赫子をしまっている。
「やっぱり火力だよ、火力。私の鎧を貫けるようになるまではまだまだだね。じゃなければ、鱗赫を動かしにくい超接近戦に持ち込むかしないと」
理奈は偉そうに言った。千鶴が理奈を睨む。
「それが出来たら苦労しないよ。それに、私と同じ羽赫のお父さんはあまり教えてくれないし。というか、接近戦だって私の方が小さいから不利じゃん」
千鶴はそっぽをむいた。
「年の差が三つもあるのを忘れないでよ。私、まだ成長期だから。私の身長が伸びて、赫包がもっと発達してから、負け惜しみしたって聞かないからね」
それなりに強い赫子の遺伝+成長期に英才教育(祖母のしごき)+十分な食料の供給 で強くなりました。