彼女の瞳は血の色だった 作:レイ
理奈は葵が皮をむいている果物を見て、疲れたように息をついた。
「今度はパイナップル?」
最近は食べ合わせの実験だ。
パイナップルにRc細胞溶解液をかける。そもそも、赫子とは軟化と硬化を繰り返して動く器官だ。そして、クインケは電気信号を使って赫子を機械的に動かす武器である。一度、試しに乾電池と銅線を使って赫子肉に電気を流したら、一部が融解した。金網と改良した簡易的な回路を使って融解液を作ることは、思っていたよりも簡単だった。
「はい」
理奈の前に、パイナップルと『柘榴』を置く。パイナップルは、肉を消化する酵素を含んでいる。上手くいけば、消化を助けてくれるだろう。――悪ければ、理奈は体調不良を起こすだろうが。
理奈は慣れた様子で平らげてから、提案した。
「……ねえ、今度行きたいところがあるんだけど」
「ホットコーヒー二つ。あんていくブレンドで、お願いします」
落ち着いた様子で注文する理奈とは対照的に、葵は強張った顔で、注文を繰り返す女性店員を見ていた。店員は去り際に葵と葵のリュックを注視する。呼んだ時にも、真っ先に見ていた。
「……私、ここにいていいんだよね?」
「大丈夫だって。今は、他にも普通のお客さんいるよ」
小声で理奈に話しかけると、呆れたように返された。
「変に緊張していた方が怪しいって」
「……そうだね」
そうは言うものの、この状況で落ち着くのは難しい。葵は内心でため息をついた。
喰種が経営し、従業員が全員喰種だという喫茶店『あんていく』。知らなければ洒落た喫茶店だと思うだけだが、知ってしまえば魔物の巣窟にしか見えない。夜鷹と似た穏健派で、客は食べられないと分かっていても、東京の喰種である。喰種の人間に対する敵対心は、董香の言動で痛感させられていた。
話しかけてくる理奈に相槌を打ちながら待つと、さして時間をおかずに注文の品が来た。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
恐る恐る受け取る。ちらりと店員の顔を見ると、優し気にほほ笑んでいた。
思い切ってコーヒーに口をつける。
――美味しい。
今まで飲んだ中で、一番だ。目を丸くしていると、理奈はにやりと笑った。
「ね、美味しいでしょ。昔、父さんに連れられて何度か来たことがあったんだけど、このオリジナルブレンドが美味しくて。この味だけは、覚えてたんだ」
得意げに、そして懐かしそうに眼を細めながら、理奈は言った。
「ごちそうさまでした。――店長は、いらっしゃいますか」
会計が終わってから、理奈はそう尋ねた。ここからが本題だ。
「今は、買い出しに行っていますが……十分もすれば、戻ると思いますよ」
店員は少しだけ戸惑ったように言った。
「……待たれるなら、二階に部屋もありますが」
どこか困惑した様子で、葵とリュックを交互に見ている。
「いえ、邪魔でなければここで待たせていただきます。サンドイッチも追加で注文できますか」
「はい、では席でお待ちください。店長が帰ったら、声をおかけします」
「ありがとうございます」
理奈は葵の手をひいて席へ戻った。
「……ああ、緊張する」
葵は内心で頭を抱えた。
「そんなに気張ることはないって。店長は優しい人だよ」
「……もしかして、理奈って、いつも学校でこんな思いをしていたの?」
自分と敵対する種族に囲まれていることが、どれほど神経を削る事か、よくわかった。それを何年も続けている理奈は何者だろうか。正気の沙汰ではないように感じる。
「いや、そこまでじゃないよ。小学校はフリーだったし、中学時代にはもう慣れてたし」
「……そっか」
「でも、初めての東京は緊張したかな」
「あ……ごめん」
理奈には負担を強いてばかりだ。
「でも、それだけの成果はあったから」
理奈はにっこりと笑った。
「喰種史が変わるくらいの、ね」
葵も、やっと表情が和らいだ。
「そうだね」
しばらくして、提供されたサンドイッチを食べる。
「美味しい」
これを作っているのも喰種のはずだ。味も碌にわからないだろうに、こんなにもヒトの口に合うものを作れるとは。――どれほどの苦労があっただろう。
「そんなに美味しいの?」
「うん。理奈が食べないのが勿体ないくらい」
一分もせずに完食してしまった。
「遅いね、店長」
「――来たよ」
理奈の低い声に、葵はドアを振り向いた。誰もいない。
「裏口から入って来たみたい」
理奈の言葉に納得する。臭いで感知したのだろう。
ほどなくして、風格のある初老の男性が葵達のテーブルの近くに来た。
「用があるのは、貴方達ですか」
「はい、芳村さん」
応対は理奈に任せることにする。
「二階へ上がってもらっても?」
先程女性店員にも言われた言葉だ。理奈は葵を見る。葵は頷いた。
「はい、大丈夫です」
「では、こちらへ」
他の客に訝し気に見られる中、二階の部屋へ案内される。中にはソファとテーブル。応接間だろうか。
「おかけください」
店長の言葉は、喰種としての物ではなく、店主としての物だった。葵は理奈に倣って、ソファに腰かける。
「……どのような要件でしょう」
理奈はリュックからタッパーと市販薬を取り出した。
「どうぞ」
「……これは」
店長は差し出されたタッパーを受け取り、蓋を開けた。
「私達が作った代用肉です。私達は『柘榴』と呼んでいます。人も喰種も殺さずに作りました。――この薬を服用して」
理奈はテーブルの上に置いた薬を見やる。
「食べていただければ、人肉と同様に栄養を摂ることが出来ます」
「……なんと」
細い目が、少しだけ見開かれた気がした。
「……貴方は、何者ですか」
店長は葵を見る。いきなり声をかけられ、葵は膝の上で拳を握った。
「私は理奈の友人のヒトです」
店長の表情は読めない。柔和な顔の奥で、何を考えているのだろうか。理奈からはとても強い人だと聞いている。背に冷や汗が垂れた。
「……ただ、理奈の肉を移植しているので、匂いが奇妙になっているかもしれません」
葵は左腕を見下ろした。肘から下が全て喰種化している。それから変化はない。
「そうですか。……すみません、他意はありませんよ」
店長は片手で顔を覆ってうつむいた。
「……私は、人間が好きです。だから、こうして喫茶店を経営し、殺人事件も出来るだけ起こらないように行動してきました」
店長は感慨深げにため息をついた。
「ありがとうございます。にわかには信じがたいですが、食べてみます。これは、量産できる物ですか」
「これは試作段階なので、今は量産できていません。今のペースでは二、三人の食料を用意するのがやっとです。しかし、協力していただければ、増やすことが出来ます」
「生産方法を詳しく教えてください。――協力しましょう」
所用の為忙しくなるので、次に更新ができるのは一月下旬になります。気長に待ってくれると嬉しいです。良いお年を。