彼女の瞳は血の色だった 作:レイ
「緊張したぁ……」
理奈の自室に案内されると、葵は脱力して壁にもたれかかった。
「ごめんね」
「いや、大丈夫だけどさ……」
ため息をついてから思い出した。喰種の耳は良い。ここで話すことは理奈の母に筒抜けなのかもしれない。――だが、それほど気にすることもないだろう。
「そうだ、折角だから、赫子見せてよ」
そう言うと、理奈はぎょっとしたように葵を見た。
「え?」
「人目がないから、さ」
せかすように葵が言うと、理奈は不思議そうな顔をした。
「そんなに見たいものかな……?」
「見たい見たい。面白そうだし、綺麗だったし」
「口説いてもなにも出ないよ。いや、別に出してもいいけど。というより、面白いって何」
「本にはあまり詳しく載ってないから興味があるんだ。ほら、見せて」
何処か達観した様子で、わかったよ、と言って理奈は服を捲り上げた。
「間違って刺さったらまずいから、ちょっと離れて」
覗き込もうとしていた葵は、勢いよく飛び退った。
「……行くよ」
理奈の腰から、皮膚を突き破って一本の鱗赫が飛び出した。小さく音を立てながらRc細胞が肉を形成していく。部屋の中のものに触れないようにか、自分の体に巻き付けるようにして伸ばしていた。
おおお、葵は感嘆の声をあげた。
「……こんなもので、いいかな」
伸ばすのをやめて、理奈が声をかける。葵は理奈の声につられて顔を上げた。
「あ、目の方も変わってる」
葵を見る理奈の目は赫眼に変化し、目の周りのRc細胞管は赤黒く変色している。それを聞いた理奈は、ぱっと顔を背けた。
「見せたくないものなの?」
「……私は、あまり」
「別に気にならないのにな。赤色、綺麗だよ」
うん、と理奈は曖昧な返事をした。
「ねえ、触ってみてもいい?」
葵は動かない鱗赫をみて、近寄った。
「いいよ。――手、切らないようにね」
艶やかで、赤黒い蛇の鱗の様だ。理奈が注意するので、恐る恐る触れてみると硬く、押しても弾力はなかった。
「……硬い」
「そりゃあ、武器だからね」
事も無げに理奈は返す。
「あの時、結構固い音したけど、強度はどれくらいあるの?」
葵が爪を立てて軽くつついてみると、カツカツと音がした。
「うーん……コンクリート位なら、割れる」
え、と葵は間の抜けた声をあげた。
「すごい。――これが生命の神秘か」
葵は一人関心をしている。
「にしても、必要な時だけ随時出せるってのが凄いよね。便利。というか、もはや生物として反則級な性能だよ。まったく、Rc細胞って何なんだか」
「あー、うん。確かに便利だけど、あまり使うことはないよ。練習はするけど。……というより、使ったらまずい。使うような事態に出くわしたくない」
「それもそうか」
鋭い光沢を放つ赫子を見ながら、葵は頷いた。
「……ねえ、前は三本出してたよね? 最高で三本?」
「今の所は」
「赫包が三つって事だよね」
「多分」
「――そうだ、理奈のお母さんは?」
「五本だよ。私より二本多い」
そう言いながら、理奈は赫子を引っ込めた。葵は名残惜しそうな顔をした。
「年齢によって増えるのかな。お父さんは?」
「お父さんは羽赫だから、よくわからない。多分、四つ」
理奈は自分の肩を叩いて見せた。
「理奈は鱗赫だけ?」
「そうだよ。両親の赫子を二つとも遺伝するのは、珍しいんだって」
なるほど、と葵は頷いた。
「妹の、確か――千鶴ちゃん、は?」
「千鶴は羽赫だけ。あの子は上手い事、名前に合った赫子を受け継いだみたい」
千鶴。なるほど、確かに『羽』に合う名だ。
「……仕方ないな。もう一度出すよ。ほら、離れて」
よほど名残惜しそうな顔をしていたのだろうか。理奈が呆れたような口調でそう言ってもう一度赫子を出して見せると、葵は顔を輝かせた。
「そうだね、幾つか芸でも披露しようか」
理奈は自分の赫子を見下ろした。
「まず、この鱗、角度を変えられるんだ」
葵の見ている前で、鱗が逆立った。
「やすりみたいでしょ? 当たっただけでも相当痛いよ」
以前見た赫子の動きを思い出す。あの速さで、おろし金のようなこれに触れたら、相当な傷になるだろう。脅威だ。
「……えげつな」
想像してぼそりと呟くと、理奈は苦笑いをした。
「うん。……痛かった」
「自分の体で試したの?」
「いや、そんな事しないって」
ないない、と顔の前で手を振る。
「小さい頃――小学校までは、祖父母と暮らしてたんだ。で、祖母は鱗赫なんだけど、稽古つけてもらってて、その時」
「……うわあ」
「幾ら直りが速いって言っても、痛いものは痛いんだよ。なのにばっちゃん、スパルタでさ……。そのおかげでいろいろ出来るようになったけど」
理奈がぼやく。一体、何をしていたのだろうか。
「まあ、いいや。見てて」
赫子に目を下すと、もう一本伸びてきて、今度は表面の鱗が解けるように消えた。
「おお……」
「これは序の口」
今度は赫子の先端が五つに割れた。見る間に手のように成形される。
「じゃんけんもできるよ」
赫子の『指』を自在に動かしながら、葵の間の抜けた顔を見て満足げに笑った。中に骨がないためか、全体がしなるように動いている。
「……そこまで自由に動かせるんだ」
「練習の成果だよ。ばっちゃんが、器用に動かせることに越したことはないって」
床に落ちていた三つの球を拾い上げ、お手玉までして見せる。
「私、お手玉二つしかできないのに」
「勝った。というか、それお手玉っていうの?」
最後は高く投げ上げ、綺麗な放物線を描いて落ちてくるそれを受け止めた。
「どうせ私は運動神経ないよ、うるさいなあ」
葵は手をひらひらと振った。人間の中でもそれほど高いわけではないのだ。まして喰種などと張り合えるわけがない。
「ねえ、その赫子、どれくらい感覚あるの? 器用すぎるでしょ」
「ううん……触覚はあるけど、体より鈍いかな」
理奈は自分の赫子をつついて平然と言った。
「――それであんなに⁉ 痛覚とかは」
「痛覚はないなあ……温度も感じないし」
「まあ、確かにダメージ受けても問題ない部位だろうけど」
葵は唸った。ほとんど感覚がないのに、この動きである。
「まあ、他の喰種でここまで出来るってのはあまり聞かないかな。ばっちゃんくらいだと思うよ。普通の喰種が赫子でこんな事をしようとすれば、加減が出来ずに握り潰しちゃうだろうね。私も、初めはそうだったから。だから正月とか、親戚が集まる時にやると結構うけるんだ」
理奈は嬉しそうに言った。宴会芸か。
「そうだ、防具にもできるよ」
今度は一本を平たく伸ばして体に巻き付けた。首と胴体を覆っている。
「正中線は急所の塊だからね。再生できるけど、わざわざ隙を作る理由もないし、治すのには体力も消費するから。流石に甲赫の攻撃が直撃したら貫通するけど、結構便利だよ。羽赫の防御に最適。これもばっちゃんの直伝。あとは、赫子を使った治療術も教えてもらった」
理奈の顔は自慢げだ。赫眼が笑っている。
「君のおばあさんは何者なんだ」
それともこれくらいに仕込むのは普通なのだろうか。
「……喰種内でもそれなりの有名人だって聞いたよ。特に県内の年配の人なら、『九尾』とか『天狐』って言ったら通じるし」
「それって、前に言ってた
「そう、それ」
鬼名とは、昔の
「同じ鱗赫のばっちゃんが変に有名だから、私も狐の妖怪の名前にされたんだ」
「……ばっちゃん、何やってたの?」
「何て言えば良いかな。自警団? ……傭兵?」
理奈は腕を組んで悩む。するすると、赫子をまた体内に収めた。
「まずは人間との関係から話したほうがいいかな。私のお母さんの方の祖先は、結構前から人間と共存してたそうでね、山奥のその村では喰種を村の一員として認めていたんだって。だから、私と妹の千鶴は、中学生になるまでお母さんの実家で育ったんだ。子供のうちは、ばれやすくて大変だから」
右手で髪をいじりながら、理奈は懐かしむように話し出した。
「やっぱり喰種だから、村から少し離れたところに家を建ててたんだけど、皆優しくしてくれたよ。喰種は畑仕事の手伝いとか、力のいる仕事や村の警備を任されて、受け入れられてた。そして、村人が死んだら、鬼葬――遺体は、喰種に渡された。今の私とは違う、公にされた上での共存だね。
それで、喰種の仕事の一つ、警備なんだけど、これは流れ者の、凶悪な喰種達から村を守る事も含まれるんだ。そういうのは村の中の精鋭が任されるんだけどね、基本的には自分の村にいたらしいけど、討伐の必要があるときは他の村の喰種に協力を要請したりしてたようで、組織としての機能もあったんだって」
「なるほど。それで、喰種自警団か。まあ、田舎の方じゃ和修家――だっけ? そういうのに依頼するのも難しかったろうし」
少々怖いが、味方なら頼もしいだろう。
「そう。それで、ばっちゃんは大活躍してたみたいで。仕事しているうちに赫者にまでなったとか」
「赫者……って、あれか。共喰いでRc細胞を大量に取り込むとなるっていう。あまり、体に良くないって読んだけど」
赫者とは、喰種が共喰いを繰り返して、体内に大量のRc細胞を取り込んだ末になるものだ。
喰種は生きたRc細胞を分解せずに、そのまま体内に取り入れる。そして、赫包には多量の神経細胞が含まれており、そのおかげで喰種は身の危険に対し、‘’反射‘’として赫子を出現したりする事がある。共喰い時に赫包まで食べると、Rc細胞は多量に摂取できる一方で他人の神経細胞まで取り込んでしまうため、赫子がその影響を受けたり、精神を病んだりすることがあると書いてあった。
「うん、それなんだけど。ばっちゃんは六十過ぎてるけどピンピンしてるから、そこの心配はなさそうなんだよね。というか、『九尾』って鬼名だけど、三十歳位で赫包二桁いったらしいし、稽古中じゃ意味わからないくらい赫子を変形させまくるから、今じゃ何個あるかもわからないんだよ。元気すぎて稽古でズタボロにされるし……」
理奈は遠い目をしてぼやいた。
「あれ、何の話だったっけ……そうだ、赫者だ。それで、赫者って珍しいらしいから、結構有名になったみたいなんだ。
……ああ、でも、話によると二百か三百年くらい前には、自警団のほぼ全員が赫者っていう時代があったって伝説があるよ」
「うわぁ……レジェンドだ」
なんとなくロマンを感じたが、結構恐ろしい話だ。もはや、和修家すら超えていないか。
東京外は割と優しい世界です。
理奈はある意味英才教育を受けていました。