彼女の瞳は血の色だった   作:レイ

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今日は閑話も投稿しています。


8 実演

 理奈の家に来るのは、もう、四度目だ。窓からは柔らかな日差しが降り注ぐ。冬も終わり、もう春の陽気だ。

「理奈、ここらで人目につかないところってある? というか、行ける?」

 会話が途切れたので、尋ねてみた。

「山の中にでも行きたいの?」

 理奈は新緑の美しい山を見上げた。日を透かして、理奈の黒髪が柔らかな茶色に染まった。

「何か私にして欲しい事でも?」

「うん。成人の喰種の身体能力は人の4~7倍だと聞いたから、ぜひ見せて欲しいなって」

 期待をこめて理奈を見る。

「なんだ、そんな事。――具体的に、何をすればいいかな」

「……走る、とか? 跳躍とか」

 よく考えていなかったので、とりあえず思いついたことを言ってみる。

「――ねえ、葵、最近私の事を実験対象として見てない?」

 葵は目を逸らした。

「いや、別にいいんだけどね。一般人からすりゃ、UMAみたいなものかもしれないし、代用食料の研究も、間接的に私らの研究になるだろうからさ」

 口調も軽く、思っていたより理奈が気にしていないようだったので、葵は安心した。

「……そう言ってくれると、助かる」

「なに、私達の仲でしょ」

 理奈は笑って、葵の肩を軽くたたいた。

 

 理奈の家のすぐ裏はもう、木々の生い茂る山だ。斜面は急で、そこから上るのは難しそうだった。

「ここから登るの?」

「――背負うよ」

 理奈が背を向けてかがんだ。乗って、と促され、ゆっくりと体重を預けた。

「ちゃんとつかまってね。腕、ほら、もっとしっかり握って」

「うん……大丈夫?」

 喰種の体力を見たいと言い出したのは自分だが、人ひとりを背負ってこんな斜面を登れるのだろうか。自分は小柄なほうではない。むしろ、平均よりも身長は高いくらいだ。体重だって50㎏程度はある。0.05トンだ。いくらRc細胞の力があるといっても、可能なのか。

 そんな思いとは裏腹に、理奈は軽快に走り出した。常人なら上るのも難しそうな急な斜面を、鹿のように身軽に走っていく。

「――葵、平気?」

 速度を緩めることなく、理奈は無言で固まっている葵に声をかけてきた。

「いや、私は平気だけど……むしろ、理奈こそ、大丈夫なの?」

 舌を噛みそうになりながら返事をすると、理奈は軽く笑った。息は全く乱れていない。

「喰種の身体能力を見たいって言ったのは、葵の方でしょ。こんなの、軽い軽い」

「スポーツ選手が見たら泣くよ、これ」

 普通の女子高生の見た目なのに、自分と同じ体格の人を一人背負って平然と走っている。どうやら、想像以上の様だ。目眩がする気分だったが、期待で胸が弾んだ。

 しばらく走ってから、それなりに平坦な場所で理奈は足を止めて葵をおろした。

「ここなら、平気かな」

「ちゃんと帰れる?」

 葵はあたりを見渡した。茂った木々で覆われて、民家を見ることはできない。

「大丈夫だよ。私、たまにここ来るし」

 理奈は両腕をあげて体を伸ばした。屈伸をしたり、肩を回したりと、ストレッチをする。

「何しに来るの? こんなとこ」

「赫子の練習。家でできることは限られるから、体が鈍っちゃう」

「そもそも、使う機会なんてないんでしょ?」

「いざって時のためだよ。いい気分転換にもなるし。それに、帰省した時にばっちゃんにしごかれるから」

 理奈はわざとらしく身震いをして見せた。

「いや、本当だって。ばっちゃん怖いよ? ……なんなら、紹介しようか」

 勢いよく顔を横に振ると、理奈は笑った。

「冗談、冗談。それに、ばっちゃん、村の人には優しいよ? 頼りにされてるみたいだし、稽古以外なら私にも優しいよ」

「でもなあ……」

 葵は釈然としない顔で唸った。話を聞く限りでは、恐ろしく強く、勇猛な人のようなのである。

「まあ、そういう話は後でしよう。軽く動いてみるね」

 たん、と地を蹴って飛び上がる。勢いよく上空へ放られた体は、太い木の枝の上に安定感を持って収まった。

「……凄い」

 見上げる高さだ。身長の四倍は跳んだ。

「こんな感じでどう?」

「あ……うん。そうだ、いつもやってるっていう赫子の練習でも見せて」

「わかった」

 慣れた様子で三本の赫子を出現させる。随分と大きいが、バランスを崩す様子もない。伸ばしきった後、木の上から跳躍した。そして、腕や赫子で枝を掴んだり、人間離れした脚力で幹を蹴ったりしながら、目で追うのも難しい速さで樹上を自在に移動する。木にとまっていた鳥が驚いたように鳴きながら飛び去ると、小枝の折れる音、木肌を蹴る音、枝のしなる音のみが残った。

 理奈は仮想敵でも想定しているのだろう。赫子の一本を刃物のような形状に変化させた。先端のみ薄く鋭く、尖らせる。移動用の赫子を二本に減らし、速度を落とさぬまま、宙に向かって赫子を素早く振るっていく。まだらの木漏れ日を反射して、刃は鋭い光の筋を描いた。葵は何も言わず、目を見開いて必死に理奈の動きを追った。「(ましら)の如く」、とはこのことか。いや、猿よりも数倍素早い。

 しばらく動いてから、理奈は葵から少し離れたところに着地した。

「こんな感じ、かな」

 流石に、理奈の息は少し乱れていた。

「――凄かった。

 いやあ、改めて、喰種って凄いな。襲われたらひとたまりもなさそうだね」

「……そう。だから、気を付けてよね。東京の大学に行きたいんでしょ?

 というか、葵って結構肝が太いよね。普通、こんなのを見たらもっと怖がるもんじゃないの?」

 赫眼を戻しながら、理奈は不思議そうに言う。

「いや、理奈だし。友達なら怖がることはないでしょ」

「そうじゃなくて、喰種全体についてさ、こう――あんまり関わりたくないな、とか思わない?」

「うーん。襲うような喰種には、別に関わるつもりもないし。怖がっても、向こうから襲ってくるなら関係がないからね。

 それに、気を付けていればそうそう襲われることもないでしょ。県内はもちろんの事、東京だって夜の外出とかを控えたり大通りを利用したりしていれば、大事には至らないと思うけど」

「そんなものかな」

 理奈は腑に落ちない顔だ。

「そんなもんだよ。だって、東京はちゃんと首都として機能してるし。――あとは、私が女子だからかも」

「うん?」

「ほら、クラスの男子って、筋肉あるし、喧嘩なんてしたら私じゃ絶対に敵わないよね?そんな相手が日常にいるから、喰種がいても、あんまり怖くないのかも。食料さえ作れれば、襲われることもなくなるし、今だってそもそもそんなに数が多いわけでもないし。そうだね、喰種殺人事件だって、凶悪な性犯罪みたいな感覚なのかも。怖いけど、そうそう自分の身には起こらなそうじゃない?——いや、私って一度襲われかけてたっけ」

 葵は頬を掻いて苦笑いした。

「まあ、拳銃持っている人の中にマシンガン持っている人が紛れ込んでも、あんまり怖さじゃ変わらないもん、と考えてもらえれば」

「……ふうん」

 理奈は鼻を鳴らした。

「あ――そういえば、CCGってどんな風に戦ってるの? こんなに赫子は強力で、鉄より硬いのに。街中で銃を乱射とか? 今の理奈の動きなら当てるのも難しそうだけど」

「……クインケ、だって。駆逐した喰種から、赫包を摘出・加工して、武器を作るらしいよ。

 喰種は再生が速くてまともな武器は通用しないけど、赫子から出る分泌物は回復を遅らせるから、効くから」

 理奈は表情を変えずに淡々と言った。葵は目線を下げた。風が、肌寒い。

「東京の親戚から聞いた。再従妹(はとこ)と、その叔父さんがいるんだ。再従妹の両親、駆逐されたんだって。大義もわかるけどさ――死体を弄るなんて、同じ穴の狢だ」

 理奈は吐き捨てるように言った。

「綺麗事を言う資格も、私達を責める資格もない」

 

 理奈の家に戻ると、理奈の妹の千鶴が帰宅していた。千鶴と会うのは、文化祭の時以来である。

「こんにちは。理奈の友達の、高瀬葵です。……えっと」

 葵は理奈の顔を見た。

「ああ、大丈夫。話してあるから」

「そうだよ、お姉ちゃんから聞きました。私は千鶴です。鬼名は、夜雀」

 千鶴はにっこりと笑った。かわいらしい妹だ。

「これからも、宮野さんの家に行くだろうから、よろしくね」

 千鶴が右手を差し出したので、葵は握り返した。温かい手だ。

「よろしくお願いします、葵さん」

 礼儀正しくしていた千鶴が、いきなり葵の手をひいて、匂いを嗅いだ。葵は硬直した。

「……おいしそう」

 千鶴は口元を歪め、舌なめずりをした。――赫眼が、輝く。

「――千鶴っ!」

 理奈は千鶴を叱咤した。

「冗談だって」

 千鶴はニカっと笑って葵の手を離した。理奈は赫眼で鋭く千鶴を睨んでいる。

「あれ……やりすぎた?」

 千鶴は固まっている葵を見て、顔を強張らせた。理奈によく似た目が泳ぐ。

「えっと……ご、ごめんなさいっ!」

 千鶴は頭を下げてから、喰種の脚力で廊下を駆けていった。葵は唖然としていた。

「いや、その……ごめん。冗談が過ぎる妹で」

 千鶴の足音が消えてから、理奈は気まずそうに言った。

「本人が言った通り、本気じゃないから。……‘’知ってる‘’人間なんて初めてで、羽目を外しちゃったんだと思う。話した後、妙にテンションが高くて、何かやらかしそうとは思っていたんだけど――後でちゃんと注意しとくから」

 不安そうに、理奈は葵の顔を伺った。

「……グールジョークは、反応に困るな」

 葵は、ぼそりと呟いた。

 

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