ムーンビーストへのボクの怒りは、橘探偵事務所のみんなのおかげで何とか収まっている。これが普段のボクだったら絶対に突っ込んでいってたと思う。
ボクがするのは、観察。ムーンビーストだって最強じゃない。攻撃の合間が狙いどころになるはず。
ムーンビーストは虚空で真っ黒い槍を生成。こちらに投げつけてくる。
「……フッ!」
アクセルの街で冒険者として働き始めてほんの数日だけど、ボクの身体能力は上がっている。高速で飛んでくる槍も、避けるだけなら何の問題もない。
……というか、このムーンビースト、地球にいた頃と同じくらいの能力?だったら、すぐにこいつは倒せる。向こうと同じなら、特典の身体能力向上無しでも倒せるし。
なんて考えてたら、視界の横で何かが蠢き、こちらに何かを投げてけてくるのが見えた。
「やっば!」
咄嗟に体を反らして回避姿勢を取ったけど、何かはボクの額を掠めるようにして地面に深々と突き刺さった。
飛んできた物体を確認すると―――棒状の物体が目に映った。
槍だ。
「くっそ……最悪……」
槍が飛んできた方向。近くの竹藪を見ると、十匹ぐらいのムーンビーストが槍を構えているのが見えた。
なるほど。これがムーンビーストに挑んだ人が皆やられちゃった理由か。
全てのムーンビーストが、ボクに向けて槍を投擲してくる。全個体が、キミの悪い笑い声を上げながら。
「【岩壁】っ!」
<
飛び出してきた岩に合計13本の槍が突き刺さってくる。よし、これで敵の数は分かった。一気に決めようか。
突き刺さった槍のうち、一本を抜き取って【幻影】を発動する。するとボクの影から同じく槍を携えたドッペルちゃんが出現する。そして同時に駆けた。
ボクは槍を持ったままムーンビーストの群れへ。ドッペルちゃんも群れには向かうけど、槍を最初に投擲してきた方のムーンビーストに投げつけてから最高速度で走り出した。
投げた手が光ってたから、多分【投擲】スキルも使用したんだと思う。
ボクも槍を適当に群れの中心に【投擲】を使用して投げつける。全力で投擲したからか、ムーンビーストのブヨブヨしたお腹を槍は貫通し、後ろの地面に沈み込む。多分ドッペルちゃんの投げたのもこのぐらいの威力だと思う。
お腹を貫通されたムーンビーストは、しばらく立ったままだったけど、不意に糸が切れたかのように倒れ伏せた。
いきなり二匹もやられたのに激昂したのか、ムーンビーストは怒気を含んだ声を上げながら新しい槍を作り出した。
「そいつは投げさせない!【捕獲網】!」
掌から蜘蛛の糸を出して動きを制限する。【捕獲網】はかなり頑丈だから、引きちぎるまでは時間がかかるはず。
ドッペルちゃんはどうせまた突っ込んでいくんだろうから、ボクはサポートをしよう。
チラッとドッペルちゃんの方を見ると、ムーンビーストの投げつけてきた槍を空中でキャッチし、【跳躍撃】で攻撃するのと同時に槍を近くのムーンビーストに斬りつけていた。
強いなぁ……。
ボクは……さっき倒したであろうムーンビーストに奇襲されないようにとどめを刺しておこうか。
「【酸液吐き】……」
これも掌から液体を生成。ムーンビーストの体にかけると、ジューッっていう音と一緒に溶け始めた。
……やばい。血で視界が霞む。確かリュックの中に布を入れてたから、後で止血しよう。
とりあえず今は腕で拭き取って、ドッペルちゃんの手伝いに行こう。
ムーンビースト達はかなり数を減らされているからか、ドッペルちゃんに集中しているように見える。それなら……奇襲のチャンスだね。
「【岩投げ】!」
ドッペルちゃんがまた一匹ムーンビーストを潰すのと同時に岩を生成。【投擲】も使用して残ったムーンビーストに投げつける。
「んで、【跳躍撃】!」
今度は岩が着弾するのと同時に飛び上がり、右手で混乱するムーンビーストを叩きつぶす。
「……これで全部だね」
最後に、ドッペルちゃんが鎖を使ってムーンビーストを絞殺するのを確認して、周囲を確認する。
【目星】、【聞き耳】、【鋭い嗅覚】、どれも反応なし。ちょっと血のにおいが濃すぎて頭がクラクラするけど、何も問題ないね。
倒れたムーンビーストたちにドッペルちゃんと手分けして酸液を振りかけていく。全てのムーンビーストが骨まで溶けるのを確認してから、ドッぺルちゃんの【幻影】を解かずに荷台に戻る。
ドッペルちゃんが「何?」みたいな顔でついてきてるけど、自分と全く同じ顔だから結構違和感があるんだよね。
リュックから布を取り出して、ドッペルちゃんに止血をお願いする。ボクとは全く別の人格が宿ってるみたいだから、ボクにできないこともできるんじゃないかなって思ったんだけど……。
やばい。応急処置がすごい的確。不器用なボクとは全く違う。なんかもう痛くないもん。
あと、[早馬の召喚笛]を使ってもう一回早馬ちゃんを呼び出して、街までお願いしたよ。
馬車に乗ってドッペルちゃんの【幻影】の効果を解くと、ドッと疲れが襲ってきた。
あれ…………そん…な疲れ……てたか………。
え?前回の最後と今回の最初が雰囲気全然違うだろって?
私感情が高ぶった人の描写って苦手なんですよね…(目逸らし