ここ最近は本文が少し短くなっており、物足りないことかと思います。
しかし、1文1文をしっかりと意味のあるものにしていきたいと思っておりますので温かく見守ってください!
懍は何かを呟き市内に着くまで黙り込んでしまった。
何かを思い出すように窓の外を見ている懍に、特に声をかけることもせず、俺も外を見ていた。
市内は夏休みということもあり、人々で賑わっていた。
おしゃれをして歩いている学生、母親と買い物に来たであろう子供、この暑い中、手を繋いで幸せそうに歩くカップル、夏休みなどおかまいなしと言わんばかりにスーツに身を包み汗を流しながら歩くサラリーマン。
車窓から見える人々は多種多様で、東京にいた頃を少しだけ思い出す。
人の多さでは東京の方が圧倒的だが、この町の人たちはどこか明るい。
広島駅に到着し、懍が時刻表を確認する。
「えっと······東京行きまではあと、30分以上あるみたい」
「そっか、じゃあ、時間まで少し歩いてみよっか。」
「え、いいよ! 律人兄ちゃんは帰りなよ!」
「懍が寂しがるからね。それに久しぶりに来たし、少し歩きたいんだ。」
「······ありがと。」
懍は切なそうな顔をして呟く。
どうしてそんな表情を見せたのか分からなかったがそれからの懍は普段通りで明るく振舞っていた。
駅周辺を歩き、たまたま見つけたゲームセンターに入る。
中は学生や家族連れで賑わっていた。
そこそこ大きなゲームセンターでクレーンゲームや、格闘ゲーム、ダンスゲームなど、様々なジャンルのものが立ち並んでいる。
「あ······」
懍は一つのクレーンゲームの前で立ち止まり、物欲しそうに中に座っているくまのぬいぐるみを見つめていた。
「ほしいの?」
「え? う、ううん。」
懍が見つめていたのは頭にピンクのリボンがついたそこそこ大きなくまのぬいぐるみだった。
「欲しいんでしょ? 取れるかな······」
俺はクレーンゲームにお金を入れる。
アームをくまのぬいぐるみの首の下に潜り込ませ、持ち上げる。
驚くほど順調にぬいぐるみは運ばれていき、ぽとりと落ちてきた。
「すごい! 1発でとっちゃった!」
「出来すぎだね! とった本人が一番びっくりだ。」
懍は落ちてきたぬいぐるみを大事そうに抱きしめて
「ありがとう。大切にするね!」
と笑った。
やっぱりまだまだ子供だな。
こういう無邪気なところを見ると昔を思い出す。
あれからお互い色々な事があったけど、変わらないものがあることに俺は安心した。
今も昔も、俺は変化に怯えてしまっているのかもしれない。
そこにいたはずの誰かがいなくなること。
大切だった何かが消えてしまうこと。
だけど、変化によって幸せになれたこともある。
青大たちと出会えたこと。
七海ちゃんと付き合えたこと。
他にもきっと、たくさんある。
これからもたくさんの変化と向き合っていかなければならないんだろうな。
それでもきっと、七海ちゃんや青大たち、それに母さんがいればきっと大丈夫だ。
支えてくれる人達がいるから俺は変化を受け入れることが出来る。
────この頃はそう思っていた。
「ねぇ、律人兄ちゃん! これ撮りたい!」
懍が次に目をつけたのは、最新型のプリクラ機だった。
男同士では決してためらって入れないであろうほどに、「美白!」という文字や派手な女性の澄ました顔があしらわれていた。
「······これはやめとかない?」
懍は嫌々と首をふる。
「撮りたいの! こっちに来た思い出に!······だめ?」
懍は上目遣いに俺に問い掛ける。
「······分かったよ。」
俺の了承の言葉を聞くや否やぱーっと晴れやかな笑顔になり、俺を引っ張ってプリクラ機内に連れていく。
機内は眩しいくらいの照明がついており、正直目が痛い。
お金を入れて、懍は手慣れた様子で、それを操作していく。
機械のやけに明るい声が、撮影を促す。
「ほら! 律人兄ちゃん! 笑って!」
「くっつきすぎだって!」
懍は俺の腕に腕をまわし、柔らかな膨らみが俺の肘の少し上あたりに押し付けられる。
子供の頃とは違う、たしかにそこにある膨らみ。
男というのはやっぱり例外なく押し付けられた柔らかさには反応してしまうものだ。
だから······
これはセーフだよね、七海ちゃん。
心の中で七海ちゃんに言い訳をしながらも、俺は平静を保った。
懍はすごく楽しそうで自然と俺も笑顔になれた。
シャッターは次々と切られていき、終了の声が流れる。
出てきた、写真を見ながら懍は笑う。
「みてみて! 律人兄ちゃん変な顔!」
「ばか、懍だってこれとかすごく笑える!」
「これは、律人兄ちゃんの顔が面白かったから対抗してあげたの!」
懍は頬を膨らませて、顔を紅くして怒る。
そんなやり取りがおかしくて、俺達はふたりして笑いあった。
俺達はゲームセンターで時間を潰した後、懍がお土産を買いたいと言ったので近くの店に入ることにした。
老舗の菓子店で、もみじ饅頭はもちろんだが、色々な土産物が並んでいた。
「もみじ饅頭もこんなに種類があるんだね!」
「そうだね。種類がありすぎて迷うよな。」
一般的なこし餡の他に、カスタードクリーム、チョコ、抹茶、果てにはかぼちゃや梅なんてのもある。
「かぼちゃはちょっと······」
「そういえば律人兄ちゃん、かぼちゃだめだったよね!」
「うん······」
懍は何かを思い出してくすくすと笑い出す。
「な、なに?」
「ふふっ、昔うちのお母さんが作ったかぼちゃの煮物を律人兄ちゃんが無理して食べたことあったじゃん?その時の顔思い出したら······ふふふっ」
「こ、こら、懍! 笑いすぎだ!」
まったく、変なことばかり覚えてるんだから。
俺は小さい頃から、かぼちゃが苦手だったのだ。
あの甘ったるい味と、ねっとりした感じが嫌いで母さんによく怒られた。
好き嫌いをなくそうと、努力はしたんだけど、高校生になった今でも、かぼちゃだけは口に合わない。
ひと通り笑い終えた凛はごめんねと謝りながら、かごの中にかぼちゃ味のもみじ饅頭を入れていた。
結局、あれから色々な店をまわっていると、いつの間にか三時近くになってしまっていた。
「ごめんね! こんな時間まで付き合ってもらって······」
「大丈夫だよ。懍の方こそお母さん達心配してるんじゃないの?」
「大丈夫! さっき電話しておいたから!」
「そっか。」
東京行きの新幹線の到着を促すアナウンスがホームに響き渡る。
「·········じゃあ帰るね。」
「ああ、またいつでもおいで。」
俺は懍の頭を撫でる。
さらさらの髪の毛が手のひらに心地よく感じられる。
今日一日はすごく楽しませてもらった。
明るい懍の隣にいると、すごく笑顔になれる。
七海ちゃんとは違った心地よさが懍にはたしかにあった。
東京行きの新幹線はホームに到着し、巨大な機械の塊がため息を吐くと同時にドアが開く。
懍は俯いてその場から動かずにいた。
「どうしたの?」
懍の意を決した表情が一瞬だけ見えたがすぐに消えた。
────律人兄ちゃん
それは一瞬の出来事だった。
頬をくすぐる細い髪の毛、甘い花の香水の香り、閉じられたまぶたから伸びる長い睫毛、柔らかい唇の感触。
懍は俺から離れると、笑顔で言った。
「また遊びに来るからね! 今のは七海さんには内緒だよ!」
懍は新幹線に乗り込み、手を振って帰っていった。
俺がそれを理解したのはその後だった。
キス······されたんだな。
可愛い妹の、少し強引なスキンシップと考えれば納得がいく······とは思えなかった。
しかし、怒る気にもなれなかった。
キスされた時にまぶたからこぼれ落ちた雫の感触がまだ手の上に残っていたから。
ホームに取り残された俺は少しの切なさと、罪悪感を感じながら帰路を辿った。
閲覧ありがとうございます!
次話はすでに七海ちゃんとの勉強会ということでまとまっているので、来週をおたのしみに!