『完結』黒歴史の輝き   作:万歳!

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ツアー「たっち・みーがリアルに帰ることを諦めてこの世界の安寧に尽くしてくれれば……」


第2話 クライム男爵

「ちぃ! まさかランポッサ王がこれほど大胆な手を取ってくるとはな……ほかに情報はないのか?」

 

 執務室の空気は重く淀んでいた。窓の外はとっぷりと夜が落ち、外壁を這う冷気が窓硝子に曇りを作り出している。室内では高価なマジックアイテムたちの光が机上に散乱する地図や文書を照らしては、不安げに伸びる影を壁一面に映し出していた。影は帝国の未来を覆う不吉な兆候を象徴しているかのようだ。深く腰を掛けた皇帝ジルクニフの額には、思考の熱による汗が滲み、彼の苛立ちを余すことなく物語っていた。

 

「なんでも、今回の事を主導したのは王ではなく、一人の聖騎士(パラディン)とのことです。また法国も協力した影があります」

 

 報告を終えた秘書官の声は低く震え、沈んだ部屋の中にかすかに反響する。皇帝の眉間には深々とした皺が刻まれた。

 

「やってくれる……帝国が王国を飲み込むのを、そこまで防ぎたかったのか。法国は」

 

 吐き捨てるような低い声。机の端を指先で叩きながら、彼は必死に思考を整理しようとする。今年、来年、遅くとも再来年には王国を併呑し、帝国の威光を周辺諸国へと轟かせるはずだった。だがその未来図は、砂上の楼閣のごとく無惨に崩れ去ろうとしている。八本指、貴族。王国を内部から腐食させていたその組織が、あっけなく消え去ったのだ。

 

「一体、何が王国で起きている?」

 

 最後に内通者から届いた手紙には、たっち・みーという名の聖騎士(パラディン)が八本指を壊滅させ、勲章を授かったと記されていた。信じがたい話だ。だがもし事実なら、帝国の未来は大きく揺らぐ。 

 

「だが……単なる騎士が、一人で八本指を壊滅できるものか?」

 

 自嘲混じりに呟き、傍らに控える老賢者、フールーダ・パラダインへと視線を送る。帝国最強の知恵と魔法を誇るその老人も、今回ばかりは答えに窮しているようだ。

 

「じい。じいなら八本指を一人で殲滅できるか?」

 

「……それはさすがに難しいですな、陛下」

 

「となるとだ。その聖騎士(パラディン)は、じいよりも強い可能性があるのか?」

 

 白く長い髭を撫でながら、フールーダは目を伏せる。その表情には残念さと同時に、未知への渇望が滲んでいた。仮に相手が魔法詠唱者であれば、彼は歓喜したに違いない。だが剣を振るう存在となれば話は別だ。

 

「魔法と剣は戦い方が全く異なります。聖騎士(パラディン)を名乗る以上、ある程度は魔法も扱えるでしょうが……」

 

 会話の余韻に、薪の燃える音が重なる。皇帝は拳を握り締めると、重く口を開いた。

 

「陛下、現地のスパイから情報が届きました……ただ、これは……」

 

「何だ、何と書かれている? いや言うな、見せろ」

 

「はっ、失礼しました。どうぞ」

 

 差し出された羊皮紙を受け取り、皇帝は目を走らせる。そこに記されていたのは――聖騎士(パラディン)は困窮する人々を助ける誓いを立て、その信念に従い続けているという事実だった。街道を歩けば道端の者を救い、村に赴けば子供を守る。その姿を知らぬ者はいないとさえ記されていた。

 

 

「……なるほど。いかにも聖騎士(パラディン)らしい」

 

 かすかな苦笑が漏れた。だが次の一文に目が止まる。呼吸が途切れた。

 

「……難度200以上の魔物の退治?」

 

 背凭れに深く沈み込み、額を押さえる。報告書を隠したがった書記官の気持ちが今なら分かる。常識で考えれば荒唐無稽な話だ。

 

「じい。じいなら難度200以上の存在を打倒できるか?」

 

「難度200、ですか……無理ですな。私ではよくて130が限界でしょう。報告書にはそのように?」

 

「ああ。難度200の魔物を……ほぼ単独で討ち取ったらしい。事実なら、だが」

 

「ほう! それが本当であれば……凄まじいですな。13英雄の域すら超えています。恐らく比較できるとすれば、四大神、いえ六大神程度でしょうな」

 

 重苦しい沈黙が流れた。もし報告が真実でその聖騎士(パラディン)が王国についた場合、王国に勝つ道は断たれる。だが鮮血帝ジルクニフの眼差しは諦めを知らなかった。

 

 報告書の続きを読み進めると、ランポッサ王が第三王女との婚姻を勧めたという記録があった。だが聖騎士(パラディン)はそれを退けた。妻子持ちであり、己は剣を振るうのみだと断じたのだ。皇帝は無意識に笑みを漏らす。己の利ではなく誓いのみに生きる。その姿勢はある意味、好感すら抱かせるものであった。

 

 横からじいが報告書をのぞき込んでいた。そして目を合わせた。

 

「ふぅ。女でこちらに引き込む策は成功しそうにないな」

 

「左様ですな。魔法でも……このたっち・みーなる御仁を引き込むのは難しそうですな」

 

 老魔法使いの声音には、苛立ちと同時に僅かな敬意が滲んでいた。報告書に描かれたその人物像は、あまりに無欲であり、何を餌にすれば懐柔できるか分からない。帝国の知恵をもってしても、手がかりは得られないのだ。

 

「陛下、この御仁は最低でも私と同程度の強さを持っていると仮定すべきです。その場合、死の騎士(デス・ナイト)が前衛にいなければ、私でも敗北する可能性があります」

 

「……死の騎士(デス・ナイト)。確か、魔法省の最奥に封印されている魔物だったな。となれば、じいが第七位階に到達できるように魔導書を集める必要があるな」

 

「ほほほ。そうしていただければありがたい。第七位階……前人未到の地。その先へ行けるのならば、私の夢もさらに近づくでしょう」

 

 部屋の空気がさらに暗く沈んでいく中、皇帝と老魔法使いの視線は揺るぎなく未来を見据えていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 王国の会議は荒れていた。厚い扉を閉ざした会議場の中には、つい先ほどまで踏み鳴らされていた靴音の余韻がまだ漂っている。石造りの床は硬く冷たいが、そこに刻まれた無数の擦り跡が議論の激しさを物語っていた。

 

 無理もない。大量の貴族とその私兵が一夜にして斬り捨てられたのだ。血の臭いがしみついたかのような緊張が、窓から差し込むわずかな光すらも重苦しいものに変えていた。

 

「レエブン侯。この件を任せてもいいか?」

 

 低い声で問いかけたのはザナック王子だった。声には疲労と焦りが混じっているが、同時に確固たる意思も滲んでいる。王位継承者として、今は迷いを見せられぬ立場だ。

 

 レエブン侯はゆっくりと背筋を伸ばし、周囲を一瞥してから答える。その態度には冷静さが宿っていたが、その目の奥には深い計算が渦巻いていた。

 

「もちろんです、ザナック王子」

 

 この場にいるのは王、ザナック王子、ラナー王女。その傍らには戦士長ガゼフとクライム、そして私が控えている。会議場の空気は張りつめ、燭台の炎さえ小さく身をすくめているように見えた。喉は渇き、息を吸うたびに緊張の重みが胸にのしかかる。

 

 私は一度息を整え、言葉を紡ぐ。

 

「陛下、ザナック王子、ラナー王女。貴族の数があまりにも減りすぎました。今は冒険者に税の徴収や法律の執行を委託しているから何とか形を保っていますが、財源が底をつくのも時間の問題です。いくら法国の支援があると言ってもです」

 

 国を支えてきた貴族たちが一夜で失われた。その現実が、誰の胸にも鋭い棘のように刺さっている。だが、そうしなければならなかったのも事実だ。そして沈黙では国は動かぬ。私はさらに言葉を重ねた。

 

「レエブン侯はどうすれば最善か、考えていらっしゃるんでしょう?」と、ラナー王女が小首をかしげ、柔らかい声で促す。その声は、重苦しい場にわずかな潤いを与えるようであった。

 

「ええ。まぁ……冒険者を貴族に据えましょう」

 

 場に小さなざわめきが走る。王女の黄金の髪が光に照らされきらめく中、私はその視線を正面から受け止め、理を説いた。

 

「冒険者は本来、自ら戦いに赴く者たち。国防という観点から見れば、彼らを新たな貴族に取り立てるのは大きな利があります。さらに、王家に忠誠を誓わせることで今回の轍を踏まずに貴族を増やせる」

 

 もちろん危険もある。だが生き残った貴族を旗頭にするだけでは弱すぎる。むしろ、力を持つ者を制度に取り込み、監視下に置く方がはるかに安全だ。

 

「王国でミスリル以上の冒険者になったものは申請すれば貴族になれる、そう定めるべきです。これならばトブの大森林の開拓にも、魔物の討伐にも役立つでしょう……王国外の冒険者は同じ冒険者……オリハルコン級以上の推薦と組合長の推薦があれば申請できることにしましょう……最も、貴族が過剰に増えすぎないように対策は必要ですが……いまは貴族に取り立てるのを優先すべきです」

 

 提案の余韻が冷えた空気に浸透する。王は深く目を閉じ、数拍ののち静かに言葉を落とした。

 

「レエブン侯に任せよう」

 

 その決断の一言に、私は深く頭を下げた。場に少し安堵が流れたが、それも束の間。王はすぐに視線を王子へと移す。

 

「ザナック、レエブン侯。その件も大事だが……帝国との戦争はどう回避する?」

 

 低く響く声に、場の緊張が再び鋭さを増す。帝国との戦争。今年は到底無理だ。いや、法国からの情報が正しいのなら、戦争をすること自体、人類全体への裏切りに等しい行為だ。

 

「一応、たっち・みー殿が帝国の逸脱者、フールーダ・パラダインを説得してくれる予定とのことですが……」

 

 私は手にした羊皮紙を軽く叩きながら答える。けれど、言葉に確信は薄い。帝国がどのような反応を、いや、逸脱者フールーダ・パラダインが第七位階から第十位階の魔導書にどれだけの価値をつけるか。その結果で、帝国を戦争回避に説得できるのか。疑問は募るばかりだ。

 

「いや、レエブン侯。たっち・みー殿だけでなく、正式な王国の使者が必要だと俺は思う」

 

 ザナック王子の声音は硬く、光を反射する額の汗が彼の焦りを映していた。彼の言葉は正しい。帝国に人類の現状を伝え、王国としての意思を示さねばならない。法国の使者を同行させるべきだ。

 

 ラナー王女が柔らかに微笑みながら言葉を添える。

 

「法国の使者も必要ですね……ニグン殿は確か法国の上層部の一人だったはず。現在はたっち・みー殿に従っているようですから、一緒に帝国へ行く可能性も高いでしょう。依頼を出しておきましょう」

 

 王と王子が頷く。その瞬間まで沈んでいた空気が、ようやくわずかに流れ始めた、しかし。

 

「それにしても父上、私ではなく、ラナーとたっち・みー殿を結びつけ、たっち・みー殿に王冠を譲ろうとするのは……」

 

 ザナック王子の声には、抑えきれない棘が潜んでいた。場が凍りつく。王はしばし沈黙し、やがて重々しく言葉を落とした。

 

「すまんな。ザナック」

 

「父上が私を思い、たっち・みー殿に王冠を託そうとしたのは理解しています。ですが……一言相談が欲しかった」

 

 その言葉に重なるように、ラナー王女が声を上げた。

 

「そうですよ、お父様! 私はクライムと結婚するんです! 確かにたっち・みー様は素晴らしいお方ですが、私にとってクライムの方が上です!!」

 

「ひ、姫様……」

 

 クライムは顔を赤くし、狼狽する。王女は彼を見つめ、小さく笑みを浮かべると、さらに畳みかけた。

 

「もう、クライム。私のことは呼び捨てでいいと言ったでしょう? あなたと私は夫婦になるんだから」

 

 会議の場に似つかわしくない甘い響き。だが、それは本性を知らぬ者にとっては微笑ましい恋のやり取りに見えるだろう。実際には、その裏に冷徹な計算と深謀遠慮が潜んでいるのだろうが。

 

 王がたっち・みー殿に王位を譲ろうとした理由は痛いほど分かる。ザナック王子に課される重荷を思えば、父として息子を王位から遠ざけたくなるのも当然だ。今の王国を継ぐことがどれほどの地獄であるか、父であれば、耐え難い未来だ。

 

 それを、圧倒的武力を誇るたっち・みー殿に王位を託し、息子と娘を守らせるための選択。沈黙が再び会議場を包み、誰もがその真意を悟りながら口にできずにいた。

 

 私は静かに口を開く。

 

「陛下。王国の本気を示すため、可能であれば私が帝国へ使者として赴くべきです。しかし、私が王国を離れるのは現状では難しいでしょう」

 

 国内の事情がそれを許さない。貴族たちは今、王の粛清劇に怯えている。自分たちも同じように処罰されるのではと恐怖に支配され、救いを求めて私に面会を望んでいるのだ。だからこそ、私は彼らに伝えてきた。今回の断罪は王ではなく、たっち・みー殿の意志であったのだと。

 

 民の安寧を願うたっち・みー殿の意志に従えば、王に処罰されることもない。そう語って。たとえそれが、たっち・みー殿に濡れ衣を着せるものであったとしても、たっち・みー殿自身が許してくださったのだ。民を守るためなら、名前をどう使っても構わないと。

 

 思考の片隅で、評議国からの返答がなかった件を思い出す。これも考慮すべきか。帝国の逸脱者にもたっち・みー殿の願いが届くように働きかけねばならない。

 

「王よ。我ら王国が本気であることを示すため、戦士長殿に完全装備で使者になっていただきましょう。王の護衛はハンゾウ殿に任せればよいでしょうし」

 

 従属神ハンゾウ――難度二百四十の存在。その壁を越えられるのは、たっち・みー殿以外にありえない。つまり、玉体の安全は揺るがない。

 

「そうだな。ガゼフ、任せてもいいか?」

 

「王の御意のままに」

 

 ガゼフが深く頭を垂れる。その背中には覚悟が宿っていた。

 

 しかし、ラナー王女が口を挟む。

 

「お父様。その件、ガゼフ様は護衛にして、クライムに任せられませんか?」

 

「何かあるのか、ラナー?」

 

 王の問いに、王女はためらいなく答える。

 

「ええ。クライムに功績を挙げさせたいのです。もう反対する者は少ないとは思いますが、万が一、私とクライムの結婚を阻む声が上がったときのために」

 

 王が目を閉じ、深く熟考する。場を支配する沈黙。蝋燭の火が揺れ、ひときわ大きな影を壁に映す。やがて王はゆっくりと目を開き、決断を告げた。

 

☆ ☆ ☆

 

 広間には、重苦しい沈黙が漂っていた。王国会議の場に響くのは、衣擦れと呼吸の音だけ。ランポッサ三世の声が、静かに、しかし揺るぎなく告げられた。

 

「……クライム。略式ではあるが、この場で男爵に任ずる。そして、たっち・みー殿たちに同行し、鮮血帝を説得してまいれ」

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、クライムの胸は強く締め付けられる。己が忠義を捧げてきた主は、ただひとり王女ラナー様。彼女のために剣を握り、彼女の歩む道のために血を流してきた。

 

 だが今、王国そのもののために、彼自身が担わなければならぬ役割が示されている。自分に、その器があるのか。問いが心を突き刺す。

 

 王国の歴史に名を武で刻んできたガゼフを、文で刻んできたレエブン侯をクライムは見てきた。己の力は、その足元にも及ばない。己はただ、一人の少女に救われ、忠誠を誓っただけの兵にすぎない。

 

 恐れ、そしてためらいが胸を覆い尽くす。だが同時に、別の声が胸奥から響いてきた。

王女様が歩む未来を守りたいのなら、逃げることは許されぬ。力不足でも構わない。ただ、誠を尽くし、剣を握り続けること。それが自分にできる唯一の証明。

 

 クライムは拳を握りしめ、ゆっくりと膝を折る。絨毯に額が触れるほどに深く頭を垂れ、かすれた声で答えた。

 

「……この身、力は乏しくとも。王と国、ラナー様のため、そして民のため、命尽きるまでお仕えいたします」

 

 その言葉には恐怖もあった。失敗への不安もあった。だが同時に、確かな決意が宿っていた。王国の広間を満たす静寂の中、彼の心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。




ちなみにクライムはたっち・みー(偽)からもらった首輪を装備しているとします。

誰とは明言しませんがきっとウキウキですね! 早く結婚して首輪に縄を付けたプレイがしたいと考えているかもしれません!!
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