『完結』黒歴史の輝き   作:万歳!

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イビルアイ「理由は分からないが、たっち・みー様とラキュースをくっつければいいんだな?」


第3話 法国と竜王

「だから、帝国には私たちも同行するべきだと思うの!」

 

 王都の高級宿屋の一室。分厚い絨毯と魔導灯の柔らかな光に照らされた空間で、ラキュースの声が反響した。その熱に、ガガーランは大きな腕を組み、少し呆れ混じりに口の端を吊り上げる。

 

「……はぁ。出たよ、リーダーの正義感」

 

「無理。それをすれば、私たちはティラに殺される」

 

「ティアに同意する」

 

 ソファに座っていたティナとティアが即座に反論する。二人の声音は冷静でありながら、背後に冷たい殺気が漂っていた。

 

 当然だ。彼女たちは暗殺者ギルド《イジャニーヤ》から脱退した身。帝国の土を踏めば、同業者から報復される可能性は極めて高い。しかも相手は自分たちと同じ暗殺者だ。容赦はないだろう。

 

「まぁ、普通に考えりゃそうなるよな」

 

 ガガーランは頭をかき、ため息を吐いた。

 

 もっとも、たっちさんと同行するなら話は別だ。あの男の庇護下であれば、たとえ暗殺者が何百人、何千人来ようとも届かない。ただ、だからといって命を軽く扱える話ではない。

 

「ガガーランはどう思う? たっち・みー様について行くべきよね?」

 

 ラキュースが身を乗り出す。金色の髪が揺れ、真っ直ぐな視線が突き刺さる。ガガーランは「やれやれ」と肩を竦めた。どうやらリーダーは半ば自覚的に、半ば無自覚に、たっち・みーへ心を寄せているらしい。

 

 気持ちは分かる。圧倒的な力と、揺るぎない倫理観。あれほどの男に惹かれる女がいても不思議ではない。むしろ必然とすら言える。

 

「俺も反対かな。今、俺たちが王国を離れるのは、混乱が増すだけだろう」

 

「でも――」

 

「私はいいと思う」

 

 短く、鋭い声が割り込む。仮面をつけた小柄な魔法詠唱者、イビルアイがはっきりとラキュースに賛成を示した。その言葉に、ガガーランと双子は揃って目を丸くする。

 

「はぁ? おいおい、どういう風の吹き回しだ」

 

「理由は単純だ。帝国に行けば確かに危険はあるが、たっち・みー様がいれば問題ない。それに、アダマンタイト級が王都を離れて混乱が生じても、朱の雫がいる。代わりはいる」

 

「……」

 

「そして何より、たっち・みー様について行けば、法国がどう動くのかを見極められる。人間至上主義に立つあの国が、あの御方に従うなら未来は大きく変わる」

 

 イビルアイの言葉に、ラキュースが勢い込んで頷く。

 

「そうよ!! 私は、罪もない亜人種たちを虐殺するなんて絶対に許せない! だからこそ、たっち・みー様と一緒に帝国に行って、法国を止めなきゃ!」

 

 紅潮した頬。拳を握りしめる音が聞こえるほどの熱。ガガーランは額に手を当て、深い吐息を漏らした。

 

「はぁ……リーダー、気持ちは分かるけどよ。たっちさんに了解は取ってあるのか?」

 

「……それは……皆を説得した後に、お願いするつもりだったの」

 

「ダメだ。筋を通せ。まずは本人の許可を貰ってこい。話はそれからだ」

 

「……ガガーランは賛成してくれるの?」

 

「消極的に、だな」

 

 完全に乗る気ではない。しかし、法国の動きが気になるのは事実だ。あの国が掲げる「人間至上主義」の理念。それをたっちさんがどう覆すのか、見てみたい。そして、何よりも。罪のない亜人種を虐殺するという考えには、ガガーラン自身、心底から吐き気を覚えていた。

 

 それを考えれば、たっちさんを動かすのはいい選択だと思えた。

 

「分かったわ」

 

 ラキュースは椅子から立ち上がる。高貴な雰囲気を漂わせながら、瞳は少女のように輝いていた。その姿を見送りながら、ガガーランは心の中で呟いた。たっちさんの前に立ったら、今みたいに感情だけで突っ走らないでくれよ。と。

 

 彼女が部屋を出て行った後、残された四人は顔を見合わせた。

 

「それにしても……イビルアイが賛成するとはね」

 

「本当。何か裏があるんじゃない?」

 

 ティナとティアが小声で囁く。イビルアイは周囲に音が漏れぬように魔法をかけると、低く告げた。

 

「ある人物から頼まれたのだ。たっち・みー様とラキュースを結びつけるようにな」

 

「……は?」

 

「その人物は、私よりも……いや、たっち・みー様に匹敵するほどの存在だ。世界のためだと告げられた。だから私は従う」

 

 仮面越しの声は、妙に冷ややかで、それでいて揺るぎがなかった。ガガーランは思わず口笛を吹いた。

 

「おいおい……たっちさんに匹敵する奴なんざ、この世に存在すんのかよ」

 

「人間ではない、竜王だ。理由は分からん。ただ……世界のためになるのなら、私は従う」

 

 その一言に、誰も軽々しく茶化すことができなかった。たっち・みーと並び立つ存在。そんなものがいるのか? いるなら何を企んでいるのか?重い沈黙が落ちた後、ティナが小さく口を開いた。

 

「……なら、私たちは王国に残って護衛や警邏に専念する。帝国に行けば、ラキュースの邪魔になるかもしれないし」

 

「同意する」

 

「私も残る。王国は今、混乱の最中だ。それに……私たちまで貴族になれるとか、笑える話も出てるしな」

 

 三人が揃って苦笑する。だが、その目には油断の色はない。イビルアイが最後にガガーランへと向き直った。

 

「それでだ。ガガーラン。男女の機微に関してはお前の方が詳しいだろう。ラキュースとたっち・みー様が結ばれるよう、上手く援護してやれ」

 

「はぁ……俺にその役回りかよ。まぁ、イビルアイがそこまで言うなら仕方ねぇな。世界のため、だろ?」

 

 そう答えて、ガガーランは肩を竦めた。その笑みは苦笑でありながらも、どこか愉快そうでもあった。

 

☆ ☆ ☆

 

 現在、ニグンはたっち・みー様に付き従っていた。豪奢な宿屋の一室。厚い絨毯の上を歩くたっち・みー様の背中は、窓から差し込む午後の光を受けて揺らめき、その姿はひときわ大きく、威容を放っていた。

 

 純白の鎧に覆われたその存在を前にすれば、どれほど広い部屋であっても、圧迫感で息苦しさを覚える。とはいえ、恐怖ではない。むしろ全身を打つのは畏敬と歓喜だった。

 

 ようやく王国の混乱も小康状態を得て、こうして落ち着いて話を交わす時間が持てるようになった。たっち・みー様から問われたのは、この世界に現れるぷれいやーたちの周期についてである。

 

「なるほど……つまり、だいたい百年周期でユグドラシルプレイヤーは、この世界に来訪するようになっているのですね?」

 

 低く響く声が部屋に落ちる。ニグンはすぐさま背筋を正し、言葉を選びながら答えた。

 

「その通りです。証拠があるわけではありません。しかし竜帝、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の父が、始原の魔法を使いぷれいやー様方を呼び込んだ、そう伝えられております」

 

「百年……」

 

 兜の奥で思考をめぐらせる気配がある。重い沈黙が流れ、ニグンの背中を冷たい汗がつたう。やがて再び、淡々とした声が続いた。

 

「何か特徴は? あとあなたの話では従属神も一緒に呼び出されるとのことですが……何か共通点などはないのですか?」

 

「……申し訳ありません。呼び出されるプレイヤー様方の特徴までは把握できておりません」

 

「そうですか……」

 

 その声色には、落胆よりも冷静な観察の響きが混じっていた。たっち・みー様はさらに歩みを止め、窓辺に立ち、遠く城下の喧噪を眺める。

 

「ちなみにですか、プレイヤーの日記などは残っていないのでしょうか? 特に私のように元の世界に帰りたいと考えていた者の記録があれば、ありがたいのですが」

 

 振り返ることなく投げかけられた言葉に、ニグンは思わず息を呑んだ。

 

「日記……ですか?」

 

「ええ。確かに私のいた世界は地獄です。生きるのにも苦労する世界……それは知っています。ですが、だからといって全員がこちらに留まりたいと考えるのはおかしい。帰還を模索した者がいてもおかしくはない、いえそちらの方が自然でしょう。法国にはそういった記録を集めていただきたい。またあなた達が読むことのできない文章も私たちの世界の文章の可能性もあります。それらも探していただけると幸いです」

 

 静かな声音に潜む熱意。ニグンはその重みに圧されながらも、深々と頭を下げた。

 

「承知しました。早速、上層部に伝えます。吉報をお待ちください」

 

「お願いします……では私は王都の見回りに行ってきます」

 

 言い終えると、たっち・みー様は振り返り、静かに歩みを進めて扉へと向かう。その背が完全に見えなくなるまで、ニグンは床に膝をつき、深く頭を垂れ続けた。

 

 扉が閉じ、静寂が戻る。

 

 ……確かに妙だ。

 

 ぷれいやー様方にも生活があったはず。家族も、仲間も、元居た世界での暮らしも。なのに誰一人、帰還を試みた痕跡すら残っていない。いや、もしかしたら表沙汰にならぬだけで、帰還を望み、そのために動いた方はいたのかもしれない……。

 

 脳裏に浮かぶのは、たっち・みー様からひそかに伝えられた言葉だった。

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)――その存在との会談で、始原の魔法を用いた元居た世界への帰還は諦めてほしいと告げられたのだという。理由は竜帝の失敗を繰り返さぬため。たっち・みー様がおられた世界とこの世界を繋げる可能性はあるが法則が異なるため失敗する可能性が高いと。

 

 代わりに示されたのは「第二の道」。

 

 法国の頂点に立ち、人間種、亜人種、異形種すべてが共存できる国家を築くこと。

 

 理由は単純で、タレントの可能性にあった。すべての生物が持つ特異な才能の中に、世界を渡る術が眠っていてもおかしくはない。竜王はそう言ったのだ。

 

 ニグンも一度は考えたことがある。だが、タレント頼みでは気の遠くなる時間がかかると結論づけ、捨てた案だった。しかし始原の魔法を利用できないとあれば、それに賭けるしかないのかもしれない。

 

 いずれにせよ。ニグンにとってたっち・みー様が法国の頂点に立たれるのは望外の喜びであった。亜人種への嫌悪感は拭えぬが、絶対的な力を持つ御方が上に立たれれば、憎悪ではなく畏敬の下に平和的に併合することも叶うかもしれない。

 

「……そのためにも、法国が役立つということを示さねば」

 

 小さく呟いた言葉は、重苦しい静寂の中で吸い込まれていった。ランポッサ王も、すでに王位をたっち・みー様に譲ることを考えている。もはや迷いはない。何があろうとも、この御方を法国へ。

 

 それが自分に課せられた使命。ニグンは拳を固く握りしめ、まだ温もりの残る床に額を押し付けた。

 

☆ ☆ ☆

 

「今日もまた人間たる我々の命があったことを神に感謝いたします」

 

 いつもの会議の前に行う掃除を終えて最高神官長に合わせるように「感謝いたします」とこの場の全員が唱和する。その顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「今日の議題はニグンから報告があったぷれいやー様の動向についてです」

 

「何があった? もしや、法国に来ることを承諾してくださったのか!?」

 

「もしかしたらその可能性もあるかもしれません」

 

 土の神官長のその言葉に会議場は揺れた。それは嬉しさでだ。人間は苦しい立場にある。そこにぷれいやー様が来てくださるのであれば救いである。

 

「元居た世界へ帰還されたいとのことですが、何でも白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)が接触してきて、元居た世界への帰還に始原の魔法を使うのは諦めてほしいと。元居た世界とこの世界は法則が異なるため、失敗する危険性が高いから、と」

 

「ということは、法国で生きてくださるということか?」

 

 水の神官長が発言する。

 

「はい、ですが白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に法国の人間至上主義を改めるように、要請しているようです」

 

「……具体的には?」

 

「亜人種や異形種も同列に扱い、その中から世界を渡るタレントを探せ、とのことです」

 

「馬鹿な!!」

 

 誰かが大声で叫んだ。それは今までの法国の理念を捨てるようなものであった。それに対して闇の神官長が反対意見を言う。

 

「スルシャーナ様がアンデッドであったことを盾にして、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は発言したらしい。反論はできませんね」

 

 その通りだ。スルシャーナ様はアンデッドであった。だが、人間を守るために行動してくださった。ただのアンデッドとは違うとの思いもある。

 

 しかし。

 

「プレイヤー様の願いを叶えるうえでも、その提案に乗るのはいいかもしれないね」

 

「だが、国民がなんというか」

 

「神の御意志として何とか国民をまとめよう」

 

「竜王にケイ・セケ・コゥクは届かないでしょうが、ぷれいやー様に使って、困っている人の範囲を人間に限定してもらうのは?」

 

「それは……あまりに不敬だろう。それに万が一失敗すれば法国はぷれいやー様に敵対行動をとったことになる。危険すぎる」

 

 場が沈黙に包まれた。確かに神々が残した秘宝を使えばそのように効果は発揮するかもしれない。だがそれは完全なる敵対行動だ。今まで人間のために王国の膿を削り取ってくださり、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を退治してくださったぷれいやー様にとるべき手段ではない。

 

「……すでに我々はエルフを敵ではなく味方として遇すると宣言して実際にそれを実行している。そこでだ。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に交渉しよう。あの娘を表に出せるように」

 

 その言葉に皆が「おお!」とその発想はなかったかのようにうなずく。

 

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)とて我々が何の代償もなしに、人間至上主義を改めることは不可能なのは分かっているだろう。彼女を表に出せれば、エルフの王を殺害させることも、その後にエルフと融和的な政策をとることも可能だ」

 

「確かに。エルフの王族の証、だったな」

 

「ではその方向で白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と交渉しよう。我々の主義を捨てさせるのだ、彼女の自由くらいは確保しないと」

 

 その言葉にこの場にいる全員が頷く。とはいえ、国民に人間至上主義を改めさせるのは時間がかかるだろう。三世代ぐらいかけての変化になるかもしれないが、そこは了承してもらおう。

 

「次の議題ですが、ぷれいやー様は六大神様や他のぷれいやー様が日記を残していないかと、ニグンに問いかけたそうです。自分と同じように元居た世界へ帰還しようとする人間がいてもおかしくないと……またこの世界の住民では読むことができない書類も自分たちの世界の者の可能性があるので、探してほしいとのことです」

 

「それは……確かに。つまり元居た世界へ帰還しようとしていたぷれいやー様の研究結果が欲しいという認識で間違いないかね?」

 

「恐らく」

 

 全員がうなり声をあげる。確かにそれは残っていてもおかしくはない。むしろ誰一人、自分たちが住んでいた場所へ戻ろうとしないのはおかしい。となれば、何か残っているはずだ。

 

「六大神様は、日記等を残していただろうか? 仮にあった場合それは法国の神器と言えるものだ。たっち・みー様にお渡しして不敬にならないだろうか?」

 

「法国にきて頂き読んでもらうだけであれば不敬ではないだろう。問題は本当に六大神様の日記が残っているかだが……あの御方にそのようなものが残ってないか、スルシャーナ様の第一の従者であるあのかたに探していただこう」

 

「それがいい。我々が下手に探すのは不敬になるかもしれないからな」

 

「我々が読むことのできない書類等は風化聖典と水明聖典に全力で探させましょう」

 

「後は帝国ですな。ニグンがたっち・みー様について行くようですからその時に人類の現状を伝えさせましょう。亜人種の殲滅を止めるのであれば、もう暫く陽光聖典は王国で事務作業に従事してもらおう」

 

「彼らも文句は言うまい。何せ神の命令で働けるのだから」

 

 全員が笑った。心から嬉しさを表した笑みだった。

 

 




法国「番外席次を表に出す。それが我々の人間至上主義を捨てる代償ですが、いかが?」

ツアー「…………」
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