『完結』黒歴史の輝き   作:万歳!

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ラキュース「カッコいい」

これからはしばらくの間毎週金曜日に投下予定('ω')


第4話 アダマンタイト級の恋

 王都の夜は、夏の名残を抱えながらもどこか涼しさを帯びていた。その中を、ラキュースは歩いていた。彼女が探すのはただ一人、たっち・みー様という異世界から来た英雄の姿である。

 

 宿屋にはいないと踏んでいた。彼ならきっと、この時間は王都の街を巡り、困っている者たちの手助けをしているはずだ。そう確信していたからこそ、自然と足は裏路地や広場へと向かっていく。

 

 やがて彼女の予想は当たり、遠くに笑い声が響いた。子どもを肩車し、優しくあやすたっち・みー様の姿があった。彼の背中は、紛れもなく物語に出てくる騎士そのものに見えた。

 

「いいかい? 両親を困らせてはいけないよ?」

 

「はい、たっち・みー様!」

 

「気を付けて帰るんだぞー」

 

 その声は柔らかく、それでいて揺るぎない力を帯びている。ラキュースは足を止め、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えきれなかった。強大な力を持ちながら、決して驕らず、民の目線に立ち続ける姿。誰もが捨ててしまうような信念を抱き続ける姿。どうして、ここまで人の心を惹きつけるのか。

 

 だがラキュースは知っている。彼が抱える慟哭を。仕える主を救えなかった悔恨を。人知れず零したその声を耳にしたとき、ラキュースの胸は締め付けられるように痛んだ。英雄と呼ばれる人間にも、癒えぬ傷があるのだと。

 

 それでもなお、彼は人を助け続ける。まるで自身を責め続けるかのように。だからこそ、ラキュースは惹かれてしまう。尊敬と憧れが、時に危うい熱を伴って心を揺らすのだ。

 

「うん? これはラキュース殿。偶然ですね」

 

 振り向いたたっち・みー様が、変わらぬ穏やかな笑みを向けてきた。その瞬間、ラキュースの胸が一層強く鳴る。

 

「たっち・みー様。私の事は呼び捨てで構いません」

 

「なら私もたっちで結構ですよ?」

 

「そ、そんな……あなたほどの人に敬称を付けないなんて、とても……」

 

「やれやれ、私は普通のことをしているだけだと思うのですがね」

 

 普通。ラキュースは内心でその言葉を繰り返した。人のために力を振るい、悪人ですら改心させようとする姿が、どうして普通でいられるのか。彼には届かない理想を当たり前のように抱き続ける。その在り方こそが、彼を偉大たらしめているのだ。

 

 思わず言葉を返しかけたが、どうせ否定されるだろうと唇を噛み、話題を切り替えることにした。

 

「帝国に行かれるとのことですが、私たち蒼の薔薇もついて行ってもよろしいでしょうか?」

 

 たっち・みー様の表情がわずかに曇る。

 

「この時期にあなた達が、王都を離れて問題ないのですか?」

 

「今は私の叔父、朱の雫もおりますので問題ありません。それより……」

 

 ラキュースは一瞬言葉を飲み込み、胸の奥にある不安を押し隠した。

 

「それより、今後たっち・みー様が法国とどう付き合われるのか、それを知っておきたいのです」

 

「なるほど……」

 

 一瞬、深い影が差した。だがすぐにいつもの穏やかさへと戻り、答えを返す。

 

「私もニグン殿と、王国の男爵に任命されたクライム君たちと向かいます。彼らがよいというのであれば、私は問題ありませんよ」

 

 その名を聞いた瞬間、ラキュースの胸はまた揺れた。クライム。王国のために身を捧げる忠実な青年。その姿は、どこか自分と重なる部分がある。ラナーの婚約者となって、恋を実らせたクライム。私はどうなのだろうか。何がどうなるのだろうか? 自分自身に困惑しながら返答する。

 

「ありがとうございます! ではニグンに承諾をもらってきます」

 

 そう答えたとき、ラキュースは自分の声がわずかに震えていることに気付いた。感謝の言葉に隠した胸の想い。自分でも定かではない。ただひとつ分かるのは、この感情が彼女を前へと突き動かしているということだった。

 

 英雄の隣に立てるように。

 

 せめて、その志を支えられるように。

 

 貴族としての責務と、冒険者としての立場と、ひとりの女としての想い。その三つの狭間で揺れる心を抱えながら、ラキュースはたっち・みー様の顔を兜越しで見つめ続けていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 ニグンは上層部に、自分の知り得た、たっち・みー様の情報と願いを、貸与されたマジックアイテムを通じて伝えてきた。報告を終えた直後から、胸の奥に重い余韻が残っていた。あのたっち・みー様の存在と法国との関わり方次第で、人類の未来は大きく変わる。いや、変わらざるを得ないだろう。

 

 宿屋に戻り静かに連絡を待つべきか。あるいは王城に赴き、陽光聖典の部下たちと共に事務作業を進めるか。それとも、今この瞬間も困窮する民の傍らに立つであろう、たっち・みー様を探し、直接助力するべきか。三つの選択肢が脳裏を巡り、足が止まった。

 

 街を吹き抜ける風は、夏の名残と秋の冷たさを同時に含んでいる。民家の窓から漏れる灯りが道を照らす中、ニグンは思考を重ねた。人類は亜人種や異形種の食料に過ぎない存在であった。これをどう覆すのか。力で押さえつけるのか。それとも、別の理を打ち立てるのか。

 

 ふと、エルフの奴隷としての扱いが頭をよぎった。長年、彼らを虐げ続けてきたのは誰か。他ならぬ法国の民だ。だがそれは元々エルフの王が我々を裏切ったからだ。だが、エルフの王と戦うなら味方としても良かったのではないか? たっち・みー様に出会って、その理想の体現を見続けたからこそそう思った。

 

 己の属する国の罪、それがたっち・みー様にとってどう映るのか。我々だけが罪人として罰せられるのはいい。だが人類そのものを見捨てられたら……そう思うとニグンは思わず歯を噛みしめた。正義を口にしながら、過去の過ちに目を瞑り続けることは許されない。

 

 たっち・みー様は違った。あの御方の行いは清廉で、どこか人類の理想を体現している。たっち・みー様に力を貸すことで法国が許されるだろうか……。

 

 そのとき、前方から一人の女が歩み寄ってきた。ランプの光に浮かび上がる金髪と気品ある立ち振る舞い。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。蒼の薔薇のリーダー。ニグンの頬に傷を残した張本人であり、誤った神を信奉する女騎士。

 

 彼女の接近に、訝しさを隠さなかった。王都動乱で共闘はした。だがそれは一時的な利害の一致に過ぎない。根本的には敵対関係にあるはずだ。

 

 亜人種の村の殲滅を邪魔する程度には相容れないはずだ。そう思い別の道を進もうとすると、その女から話しかけられた。

 

「いたわね、ニグン。あなたに頼みたいことがあるの」

 

 真っ直ぐに告げられた言葉に、別の道を行こうとしていたニグンは眉をひそめる。

 

「なんだ。蒼の薔薇のリーダー。私たちはこうして親しく話す間柄ではないはずだが?」

 

「ええ。私もそう思っているわ」

 

 ラキュースは一歩踏み込み、強い眼差しを向けてきた。その瞳に宿るのは敵意か、それとも別の感情か。

 

「たっち・みー様に、帝国へ同行するならあなたとクライムの承諾を得るようにと言われたの。もちろん反対なんかしないわよね?」

 

 その声音にはわずかな棘があった。だが同時に、疚しいものがなければ頷いて当然だろう、という自信すら窺える。ラキュース自身、試すようにこちらを見据えている。

 

 ニグンの口が反射的に拒否の言葉を紡ごうとしたが、寸前で止めた。思考が働いたからだ。王国の使者は、男爵に任じられ、ラナー王女との婚姻も決まっているクライム。護衛にガゼフが付くと聞いているが、権威はまだ弱い。たっち・みー様という異世界の英雄が加わっても、王国と法国だけで通用するだけで帝国に通用するかは不透明だ。

 

 だが、この女なら。

 

 粛清を免れた数少ない高位貴族の令嬢であり、アダマンタイト級冒険者。権威も実力も兼ね備えている。帝国との交渉にも説得力を与える存在だ。特に彼女が共に行けば、亜人種の脅威を帝国に理解させやすくなる。彼女自身、英雄譚を愛する女騎士。帝国も、その言葉なら耳を傾けるだろう。

 

「……亜人種や異形種の危険性を説くつもりはあるか?」

 

 これが最低条件だ。そうでなければ蒼の薔薇が同行することを許すことはできない。

 

「……確かに、あなたの言う通り人食いのビーストマンとの共存は難しいでしょうね」

 

 ラキュースの眼差しが揺らぐ。だが次の瞬間、凛とした声音で言い切った。

 

「けれど、すべての亜人と共存できないとは思わない。特に、たっち・みー様がいるなら」

 

 その断言に、ニグンの胸中が僅かにざわめいた。確かに、あの御方が旗頭となれば、可能性はある。いや実現するだろう。

 

 共存という甘美な理想を口にしても、たっち・みー様ならば空想ではなく現実に変える力を持つ。

 

「……何が目的だ?」

 

「あなた達が、たっち・みー様の信念を邪魔しないよう監視するためよ」

 

 まっすぐに放たれた言葉に、一瞬ニグンは怒りを覚えた。だが、同時に冷笑が込み上げる。

 

「そんな馬鹿げたことをするわけが――」

 

 言いかけて、ふと気づく。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「なにが、そういうことよ?」

 

 ラキュースは怪訝な顔をしたが、ニグンには見えてしまった。建前ではない。彼女の心にある本音を。この女は意識的か無意識的かは知らないが、たっち・みー様に惚れている。

 

 英雄譚を追い求め、家を飛び出した少女が、新たな神話を紡ぐ存在を前にして心を奪われぬはずがない。誠実で、力を持ちながらも民を助ける騎士。物語に登場する英雄そのもの。惚れない方がおかしい。

 

 ニグンは小さく鼻を鳴らした。

 

「……いいだろう。ついてくるといい」

 

 話を打ち切り、王城へと歩を進める。彼女の人間に仇為す亜人種を抹殺する行為を邪魔したことは決して許せるものではない。だが、もし本当にたっち・みー様の子種を得ようとするなら話は別だ。アダマンタイト級冒険者であるラキュース。彼女とたっち・みー様との間に子が生まれたなら。どれほどの力を持つ存在となるか。

 

 漆黒聖典は間違いない。あるいは漆黒聖典の隊長に匹敵する……いや番外席次に匹敵する子供が生まれるかもしれない。

 

 考えれば考えるほど、口元が緩む。気づけば表情がわずかに崩れ、笑みに近いものを浮かべていた。夜風にその笑みが冷たく揺れ、街の灯火に照らされた横顔は、どこか狂気を孕んでいるようにも見えた。

 

☆ ☆ ☆

 

 ガガーランは王国の使者団に同行していた。日差しが柔らかく差し込む宿屋の中、石畳に反響する足音とともに、やや緊張した空気が漂っている。ちなみに最初の話の通り、双子の忍者娘とイビルアイはついてきていない。今この場にいる蒼の薔薇のメンバーは自分とラキュースのみだ。

 

「よう、童貞! 男爵になった気分はどうだ!」

 

 その大声に、部屋の中央に立っていたクライムが思わず肩を小さくした。

 

「ガガーラン様! その……確かに童貞ですが、一応この使節団の代表なんです。できればその呼称は控えて頂けると」

 

 ガガーランは両手を広げ、にやりと笑った。

 

「かぁー、貴族になると変わってしまうのかねー。あれだけ素直だったクライムが。ところでよ、クライム、ちゃんと勉強はしているんだろうな?」

 

「勉強ですか? 礼儀作法や使者として必要なことは頭に叩き込んだつもりですが?」

 

「違う違う。女の抱き方だよ」

 

 クライムの顔が瞬時に真っ赤に染まり、呼吸が乱れるのが分かった。自分はその様子を冷静に見ながら、心の中で小さくため息をつく。いくらいい男でも、女性を下手に扱ったら恥をかかせてしまう危険性があるのだ。

 

「だから、女を知っとけって言ったんだよ。おまえだって姫さんに下手くそとなじられたくないだろ?」

 

 護衛としてついてきたガゼフは、二人の会話に巻き込まれまいと、少し離れた位置に身を潜めている。

 

「帝国で娼婦を買いな。お前の度胸じゃ本番はできないだろうから。手や口でのやり方を教わっとけ。俺が教えてやってもいいけどよ」

 

 そう言っていると自分の大声が聞こえたのかもしれない。リーダーが大声で怒鳴りこんできた。

 

「ちょっとガガーラン!! あなた、クライムに何教えてるの!?」

 

「女の抱き方だよ。丁度いい。たっちさん、ちょっとこっちに来てくれ!」

 

 自分が大声で呼ぶと、たっちさんはいつも通り、まるで一段高いところから降りてくるような歩き方で近づいてくる。微かに兜が光に反射して、柔らかな輪郭を描いていた。

 

「何かありましたか?」

 

 たっちさんがニグンと一緒にこっちに近づいてきた。

 

「ああ! 大ありだ! クライムの野郎、姫様と結婚するのに女の抱き方を練習してないんだよ! 下手したら女に恥をかかせるはめになるかもしれないって言うのに! という訳でだ、たっちさんはそっちもすごいと見た。クライムに女の抱き方を見せてやってくれ。そこにいるラキュースでも使って」

 

 たっちさんは一瞬困ったような動作をした。兜の奥では何を思っているのやら。だが隣にいるニグンはよく言ってくれたというような表情をしている。

 

 あれ、ニグンと俺らって敵対してたよな。なんであいつが喜んでいるんだ?

 

「ちょ、ちょっとガガーラン!! あなた何言ってるの!」

 

「ラキュースじゃいやか? 俺でも構わないが」

 

「い、嫌とは言ってないでしょう!!」

 

 その言葉にラキュースは赤面して。「あの、これは違うんです、たっち・みー様、売り言葉に買い言葉というかその」

 

「……ふぅ。ガガーラン殿。ラキュースをいじるのは感心しませんね。特に男女間の問題は根を引くものなんですから」

 

「殿はいらね。それにリーダーは内心では喜んでるさ!」

 

「ガ、ガガーラン!!」

 

 たっちの兜の隙間から瞳がほんの僅かに揺れ、まるで自分の心の奥を見透かされたような気分になる。

 

「ではガガーラン、あなたがクライムのために言っていることは分かりますが、ラキュースもあなたも安売りする女性じゃないでしょう? どちらも素晴らしい女性なんですから。とはいえ、私には妻がいるのでその件は辞退させていただきますが」

 

 ラキュースの声には、安堵と残念の両方が混ざっているように聞こえた。その微妙な感情の揺らぎに、ガガーランは思わず笑いをこらえる。

 

「連れねぇな。据え膳食わぬは恥って言うじゃないか」

 

「確かにガガーランもラキュースも魅力的な女性です。私に妻子がいなければ、もしかしたら結婚を申し込んでいたかもしれません。ですが私には妻子がいるので。裏切ることはできません」

 

「はぁ、振られちまったか、残念だったなリーダー」

 

「何でそこで私に振るのよ!!!!」

 

 ガガーランは楽しげに肩をすくめる。

 

「ふむ。ですがクライム君に言った通り、本番で緊張しすぎて勃たないときもあると聞きます。女性目線でどこを触られたら気持ちいいかぐらいは聞いていたほうがいいかもしれませんね」

 

 窓から差し込む光に、たっちが柔らかく照らされる。クライムを応援する一方で、ラキュースのたっちさんへの淡い気持ちが心の片隅で揺れていることに気づいた。

 

(イビルアイ、本当に面倒な仕事を押し付けてくれたもんだ。だけどラキュースとたっちさんを結び付けて、竜王は何をしようとしてんだ?)

 

 一瞬だが熟考して、考えるのをやめた。自分は戦士だ。頭脳労働は今まで通りイビルアイに任せればいい。そしてそのイビルアイがラキュースとたっちさんをくっつけろと言ってるのだ。できるだけ努力するだけだ。

 

 次はラキュースの魔剣の暴走について語ってみるか。そこでラキュースも女だから強い男性に守られたがっていると、直球で行ってみるか? それは最後だな。

 

 戦略を組み立てながら、どうすればラキュースの淡い恋心が成就するのか考えるのだった。




ニグン「誰でもいい、たっち・みー様を誘惑して子種を貰ってくれ!! 責任は法国が持つ!!」
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