毎週金曜日に投稿と言ったが、あれは嘘だ。
事情により今週2話投降し、二週間ほど都合によりお休みですm(__)m
ガゼフたちは、長い街道を抜け、ついに帝国の首都へと到着した。
石畳は雨に濡れたように磨き上げられ、両脇には高い城壁と整然と並ぶ屋根。リ・エスティーゼ王国よりも町並みは規則正しく、しかも活気が満ちていた。そこには、帝国が掲げる実利主義を象徴するかのような力強さがあった。荷車を引く農夫、商売に声を張る露天商、鎧姿の兵士たち……その誰もが自らの役割に忠実で、余分な装飾をまとわない。
王国からの一行は、その活気のただ中に姿を現した。甲冑の金具が陽光を反射する。とりわけ人々の目を惹いたのは、先頭に立つ純白の甲冑――たっち・みーであった。その姿は帝都の民衆に、恐れと畏敬の入り混じった沈黙を呼び起こす。道端からは声なき驚嘆が漏れ、幼子を抱えた母親が口元を覆う。
その中で、ただ一人、肩を硬直させて歩く者がいた。たっち殿の横を進むクライムである。
彼の歩みは決して乱れてはいなかったが、鎧越しに伝わる緊張は隠しようがない。額には細かい汗がにじみ、喉は渇き示すかのようにつばを飲み込み、視線は自然と地面へと落ちていく。――場違い。英雄ガゼフや蒼の薔薇、さらには神話を作った最強の
だが、当然といえば当然である。彼は今、戦争を止めるための使者。その重責を担わされているのだ。ラナー王女を娶り、王国の未来を背負う立場となった以上、決して失敗は許されない。その重圧は、若き騎士の背筋を氷のように縛りつけていた。
その隣で、たっち殿が柔らかい声音をかける。
「クライム君、そこまで緊張する必要はありません。何かあれば私たちが援護します」
「あ、ありがとうございます。たっち・みー様……」
か細い声。感謝の響きは確かにあるが、震えを隠せない。
「ええ。私たちもあなたを支えるわ」
ラキュース嬢が静かに言葉を添える。
「あなたは一人ではない。そのことを忘れないで、クライム」
「そうだぜ、童……いや、クライム」
ガガーラン殿が快活に笑う。
「大船に乗ったつもりでいな」
蒼の薔薇の面々も次々に声をかけ、緊張の糸を少しでも和らげようとする。そのやり取りを見て、ガゼフは小さく嘆息した。
――いや、本命はクライムではない。真に帝国の逸脱者を説得する役割は、たっち殿にかかっている。彼が持つ魔導書こそ、交渉の切り札だ。問題は、帝国がそれにどれほどの価値を認めるか。
もし通じなかった場合の策も考えてある。ニグンの存在だ。法国の陽光聖典の隊長として、亜人種が人間を餌にしている事実を突きつければ、帝国の皇帝も無視はできない。さらに、権威付けのために蒼の薔薇も同行している。アダマンタイト級冒険者である彼女らが証言すれば、帝国とて動かざるを得まい。
だが、そうした策謀は自分の務めではない。ガゼフ・ストロノーフに課せられた役割はただ一つ――護衛と剣。それ以上でも、それ以下でもない。
帝都の大通りを進むにつれ、兵士たちの視線が鋭く突き刺さる。槍の石突きが石畳を打つたび、空気が震え、敵意にも似た圧迫感が広がった。王国と帝国の確執が、言葉なくしても都市全体を覆っていた。
やがて遠くに灰色の巨城が姿を現した。帝国の王城。飾り気を排した堅牢な造りで、無骨さこそが威容を形づくる。王国の城に見られる絢爛さは一切なく、ただ力そのものを主張していた。その威圧感を仰ぎ見た瞬間、クライムの喉がごくりと鳴る。
「では、クライム男爵閣下。先触れとして、帝国の王城に向かいます」
ガゼフが声をかけると、クライムは慌てて首を振った。
「戦士長……そんな、私に敬称をつける必要など……」
その声は、まだ少年のように頼りない。だが、もはや彼は少年ではいられない。ガゼフは厳しい口調で告げる。
「ではクライム。お前はラナー王女と結婚するんだ。もう今までの王女付きの騎士ではない。立場は私より上なんだ。そのことを忘れるな。では行ってまいります、男爵閣下」
その言葉は、残酷に思えるほどの重みを背負わせるものだった。だが同時に、それは奮い立たせる叱咤でもある。
「……お願いします」
唇を震わせながらも、クライムは確かに答えを返した。
ガゼフはうなずき、視線を王城へと向ける。堅く閉ざされた城門は、まるで彼らを試すかのように沈黙を保っていた。その先に待つのは、帝国の皇帝と、数知れぬ策謀。剣で切り開ける道ではない。だが、もし全ての策が尽きたとき、最後に剣を振るう役目は自分なのだと、彼は覚悟していた。
今の自分は法国に武装を剥ぎ取られた時ではない。王より与えられた全ての武具を身にまとい、力を取り戻している。今の自分を止められるのは、帝国の逸脱者のみ。
さらに言えば、たっち殿がいる限り、この帝国に彼に並び立つ存在などいないだろう。
夕暮れが街に影を落とし、赤く染まった空が帝都を覆い始めていた。石造りの家並みが長い影を引き、広場に響く鐘の音が、これから訪れる緊張の幕開けを告げている。
一行の心には、それぞれ異なる覚悟と不安が渦巻いていた。クライムは己の無力を噛みしめつつ、必死に歩みを止めぬようにと自らを叱咤する。ラキュースは仲間を気遣う視線を投げ、ガゼフは剣の柄を握り直す。そして、たっち・みーは静かに前を見据えていた。
戦火を避けるための使者として。今まさに彼らは、帝国の心臓へと足を踏み入れようとしていた。
☆ ☆ ☆
執務机に山と積まれた文書を片付けていたときだった。重苦しい静寂を破って、秘書官のひとりが慌ただしく扉を叩いた。
「ガゼフ・ストロノーフが、和平交渉と同盟締結の先触れの使者として来ているとの報せです」
……一瞬、書きかけの書簡に手が止まった。
ガゼフ・ストロノーフ? 王国の誇る戦士長が自ら帝都に? ただの交渉なら、もっと軽い使者で済ませばよいはずだ。四騎士で止めているというが……まるで虎を連れてくるようなものではないか。
「四騎士が抑えているのだな?」
「はっ、城外で厳重に囲んでおります。……パラダイン様にお伝えいたしますか?」
じい。フールーダ・パラダイン。帝国が誇る至宝であり、そして唯一、私が本当に心から頼れる存在。
もし本当にガゼフが敵意を持って乗り込んできたならば、老魔法使いの力を借りざるを得ない。だが、さて。
「……いや、それはいい。じいには今すぐここに来るように伝えろ。それと……ガゼフ・ストロノーフは使者だと言ったな? 何を言いに来た?」
秘書官が答える。
「クライム男爵なる人物が、帝国との和平交渉および同盟締結のために参上したとのことです」
「クライム……男爵だと?」
思わず口元が歪んだ。
「その男爵如きが、交渉の主導者だと?」
「はい、ただ……」
「ただ?」
「そのクライム男爵は、王国第三王女ラナー殿下の婚約者だとか」
――なるほど。そう来たか。
つまり王国は箔をつけるために、王女の婚約者を交渉の表の顔として送り込んできたわけだ。だが所詮は新参の男爵。何の実績もない若造に和平交渉を任せるなど、常識的に考えればありえない。いや、ありえないからこそ逆に気にかかる。
粛清で貴族が足りず、仕方なく据えた神輿か? あるいは、交渉の主導は別にいて、男爵はただの飾りか?
「他には誰が来ている?」
「アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の二名です。一人はアインドラ家の令嬢とか」
ほう。蒼の薔薇。王国にして最大級の広告塔。なるほど、神輿を担ぐには確かに派手すぎるほどの布陣だ。
「ふむ。クライムはただの象徴で、本当の交渉役は蒼の薔薇、というわけか」
「さらに……難度二百以上の魔物を討伐したという、たっち・みーという人物も同行していると」
「――なに?」
私は立ち上がっていた。
たっち・みー。その名はスパイの報告で耳にしている。できれば帝国へ引き入れたいと思っている人物でもある。その人物が、わざわざ帝都に足を運ぶ? もし事実ならば……それは単なる和平交渉ではない。王国は本気だ。あるいは王国の意思を超えて、たっち・みー自身の意思が働いていると考えるべきかもしれない。
「さらに法国からの使者も同行しているとのことです」
……法国まで?
思わず奥歯を噛んだ。王国、蒼の薔薇、そしてたっち・みー。そこに法国まで加わるというのか。これでは帝国を取り囲む連合の様相ではないか。
いったい何を狙っている。本当に和平の申し出か。それとも脅しの布陣か。
王国にとってガゼフ・ストロノーフは最後の切り札に近い存在だ。その彼を護衛に回したということは、王国の王都防衛はどうするつもりだ? ランポッサ王の身辺は手薄になる。それでもなお彼らを帝都に送り込んできた。……裏を読めば読むほどに、底が見えない。
やがて、扉が開き、じいがゆっくりと現れた。
「厄介ごとですな、陛下」
「来たか、じい。……それでだ、じいの意見を聞きたい」
長い髭を撫で、老魔法使いは目を細める。
「……脅し、でしょうな」
「脅しか」
「はい。この王城で陛下が命を狙われれば、私が転移魔法で逃がすことはできます。ですが……ガゼフ・ストロノーフ、そしてそのたっち・みー。蒼の薔薇。彼らが暴れれば、帝国の騎士など紙くずのように散るでしょう」
「……そうだな」
言葉に出した瞬間、胃の奥が重くなる。だが皇帝の顔にはそれを出さない。私は常に余裕を装わねばならない。
「となると……和平交渉そのものは受けざるを得ないか。だが同盟締結までは……どうにか回避したいところだな」
「ええ、話の持って行き方次第でしょう」
「……蒼の薔薇を口実にするか。人類同士の争いに加担せぬという冒険者の掟。それを持ち出せば、彼女らを交渉の場から遠ざけられるかもしれん」
しかし問題は、ガゼフとたっち・みーだ。
前者は人間最強の戦士。後者は未知の存在。どれほどの力を持つか、情報があまりに不足している。
私は視線を窓の外に向けた。城下には、王国の旗を掲げた行列が近づいてきている。夕暮れの陽に照らされ、甲冑の輝きが遠目にも見える。その中央にいるのが、王国が差し向けた答えなのだ。
……さて、どう料理すべきか。
和平の提案は、受け入れる素振りを見せる。だが同盟は飲まぬ。帝国の独立は何としても守らねばならぬ。だが同時に、彼らを敵に回すことは愚の骨頂。細い綱の上を渡るような交渉になるだろう。
脳裏に浮かぶのは、幼少より帝位に就いてから今日までの血と汗。権謀術数の渦に身を置き、幾多の敵を退けてきたが……今目の前に迫る相手は、それらの延長線上にはない。人の理を超えた存在。
私は深く息を吐いた。
「……面白い。王国よ、法国よ。そしてたっち・みー。この帝都に足を踏み入れたこと、必ずや後悔させてやろう」
声は小さくとも、確かに城内に響いた。皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、決して誰の駒にもならぬ。己が帝国の存続と未来のために、あらゆる策を巡らすのだ。
☆ ☆ ☆
「使者殿よく来られた。私がジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
「お、お初にお目にかかります。私、ランポッサ王より男爵の位を頂いた、クライム・エドワルド・デイル・ヴァーミリオンと申します」
白い髭をなでながら、フールーダはこの交渉がどう推移するか見守っていた。もちろん自分だけではない。四騎士に多くの騎士が。
対するはガゼフ・ストロノーフ、蒼の薔薇の二名、法国の使者、たっち・みーなる御仁だ。六人に対してこちらは目に見えるだけで50。隠れているものを含めれば100人ほどの護衛がいた。
「王国は帝国に対し和平交渉及び軍事同盟の締結を求めます」
「ほう、私の聞き間違いかな? もう一度言ってもらっていいかなクライム殿」
「はっ、王国は帝国に対し和平交渉及び軍事同盟の締結を求めます」
「ふむ聞き間違いではなかったか。諸君どう思う」
その言葉に自分を除いた
「――それで代償は何かな? エ・ランテルでも割譲してくれるのかな」
「王国から帝国へ差し出すものはありません。ですが、このまま戦争を続けるのは人類に対する裏切りです」
「人類に対する裏切り、か。大きく出たな小僧」
ジルが皇帝としての威儀をただし、威圧する。だが、それは通じなかった。ふむ、慣れているのかもしれないなと考えながら、返答を待つ。
「その理由をこちらの法国の六色聖典の一つで、亜人種たちの殲滅を主にしているニグン・グリッド・ルーイン殿に説明していただきます」
法国とは聞いていたが六色聖典とは……まさかその名をこのような場で聞くことになるとは思わなかった。そして一人の男が前へ踏み出した。
「お初にお目にかかる。皇帝陛下、私は陽光聖典の隊長のニグン・グリッド・ルーインと申します」
「ふむ、続けよ」
「人類は今、滅びの危機に瀕しております。例えば竜王国で行われていた悲劇について何かご存じかな?」
「悲劇?」
「竜王国では人間はビーストマンのエサになっていたのです。我々陽光聖典はそういった人類を食べる亜人種を殲滅するのが役割なのです」
ジルが「ほう」と言いながら目を細めてこちらを見ている。真実かどうか私にも求めているのだろうが、残念ながらその件は知らない。首を横に振る。
「より詳しく言いましょう、何の訓練も受けていない成人の人間は難度三というところです。対してビーストマンの平均は何の訓練を受けて居なくとも三十あります。そして難度は十五も差があれば待っているのは虐殺です」
その言葉に兵士たちが動揺する。それが事実なら、一般の騎士たちでは荷が重いかもしれない。
「確かに王国や法国にとっては危機かもしれないが、我が国には、フールーダ・パラダインがいる。その程度の強さの敵など、フールーダには勝てない」
「お言葉を返すようで失礼いたしますが、ではフールーダ・パラダインは難度二百ありますかな? なお、法国の漆黒聖典の隊長が難度百八十程度です」
「難度、二百か。お伽噺の六大神のようだな」
「我々は途中まで帝国に協力していました。ガゼフを我々で殺し、帝国に王国を併合させようと考えていました」
「なに?」
初めてジルが驚きの顔をした。いや私もだ。ではなぜ方針を変えた?
「ですがこちらにおられる、たっち・みー様、六大神様と同じ世界出身で法国では現人神と扱う予定です。そのお方が困っている人は見捨てられないと言われたため、方針を撤回し八本指や貴族を粛清しました」
そう言うと純白の甲冑に身を包んだ、たっち・みーというものが前に出た。直感が働いた……。あれは確かに私以上の強者だ。難度二百というのも本当だろう。だがその考えはすぐに消えた。
「たっち・みーと申します。さて、私が交渉の道具にしたいのはこちらの本です」
そう言うと一冊の本をたっち・みーは取り出した。
「こちらは第七位階の魔導書です」
「――な、なんじゃと!!」
私は目を見開く。喉が焼けるように乾いた。他の者たちも驚いているようだが、無視だ。その本から目が離せない。
「さらに第八位階、第九位階、第十位階の魔導書も持っています。どうでしょう。パラダイン老。読んでみますか? こちらの眼鏡をお使いください」
震えながら魔導書を受け取り開く。文字は読めなかった。だが眼鏡を使うと読めた。
「ハハハ、ハハハハハハハハ、間違いない!! 第七位階! 魂とはそういう――」
嗤いが勝手に漏れ出す。
魂――魂とは、このように扱えるものだったか。生まれてこの方、探し求め続けた答えが、今、紙の上に整然と並んでいる。
だが、次の瞬間、本は私の腕から消えた。まるで存在自体が幻だったかのように。たっち・みーが奪ったことに即座に気が付いた。
「――残念ながらそこまでです」
「返せ!! それを読ませろ!!」
叫びが口を突く。老いさらばえた身体が震え、涙すらにじむ。あれを手にできれば――私は第七位階へ、神々の領域へ。何故邪魔をする。先に行くものも一人もおらず、ただ一人暗中模索で先頭を走ってきた。
そんな私に魔導書という形ではあるが、先を教えてくれる存在がいる。何故邪魔をする。一瞬、攻撃魔法を放つかと考えて、最後の理性がそれはまずいと言っていた。
ジルが私を見る。その眼差しは冷静を装っていたが、私には分かる。困惑に揺れている。
「では、ジルクニフ皇帝陛下に和睦交渉と軍事同盟の締結を承諾させてください。そうすれば第九位階までの魔導書を渡しましょう」
その言葉に私は飛びついた。かわいい孫を売るぐらいで、新しい知識、第七位階へ到達できるのであれば構わない。いや、第八位階も第九位階も手に届くところにあるのだ。止まれるはずがない。
「ジル!! ああ、私の可愛いジル!! 今すぐ、和平と軍事同盟を承諾しろ!! でなければ――」
兵士や自分の弟子たちが自分を恐れていることが手にとるようにわかる。だがここに私の望んだものがあるのだ。止まれるわけがない。
「待て待て待て、フールーダ、それは本物なのか?」
「間違いありません。反対されるのであれば、あなたを討ち取り、あなたの息子を王位につけましょうぞ!」
「――分かった。分かった。フールーダの望み通り和平交渉と、軍事同盟を受ける。これでいいか。たっち・みー殿?」
「ええ、ありがとうございます。詳細はクライム君とニグン殿で詰めてください。なお、第十位階の魔導書は約束が履行されたと判断したときにお渡しします」
皇帝「魔導書には勝てなかったよ…」
なお帝国には蒼の薔薇の従者という形で来ているので、皇帝にまで王国から使者が来たと報告が上がっていません。
原作でもモモン様が帝国に来た時に報告が上がっていないから是非もないね!