今回は一人称、三人称っぽい物、独白でお届けいたします。
「たっち・みー、こっちこっち!」
「分かりました、分かりましたから、そんなに引っ張らないでください」
番外席次、アンティリーネ・ヘラン・フーシェは、上機嫌だった。
自分より強く、そして自分に幸せになっていいと言ってくれた男が隣にいる。それだけで世界が少し明るく見える気がした。今まで灰色にしか見えなかった法国の空が、今日は青い。雲ひとつない、抜けるような青。
彼は母と父が悪いと、当たり前のように言ってくれた。誰も言ってくれなかったその一言が、どれほど彼女の心を救ったか。
そして何より、これからはずっと一緒にいられる。そう思うだけで胸の奥がくすぐったい。
(これってもう、結婚しているって言ってもいいんじゃない?)
なのに、漆黒聖典の連中はどうしてあんな顔をするのだろう? 特に無限魔力なんて、目を丸くして、口をぱくぱくさせていた。まるで珍獣でも見たみたいに。もう一度、ボコボコにしてやろうか?
そして、もう一人。金髪の女、ラキュース。あからさまに不満げな顔でこちらを睨んでくる。理由は分かっている。私がたっち・みーを独占しているからだ。しかも報告によれば、この女も彼に告白していたというではないか。
(ふぅん……)
強い男は複数の女を娶る義務がある。そう教えられて育った身からすれば、別に一緒でも構わない。むしろ三人で暮らしたっていい。ベッドの中を共有することにだって抵抗はない。問題があるとすれば、たっち・みーがまだ「妻にする」とは言ってくれていないこと。彼はリアルに妻子がいるらしいが、帰還を諦めさせることはできないだろうか? いやリアルについて行って奪えばいいだけだ。
「ちょっとあなた、たっち・みー様が困ってるじゃない!」
ラキュースが一歩前に出て、私と彼の間に割って入る。ふん、と鼻で笑ってやった。
「へぇ。あなたは様付けなんだ……恋心じゃなくて尊敬心? なら邪魔しないでよ」
「こ、恋心です!!」
思わず声を張り上げるラキュース。おやおや、図星を突かれて動揺しているじゃないか。からかい甲斐がある。
「私より長く会ってるのに、まだ敬称付けるんだ。ふふ……」
「っ……!」
彼女の頬がかっと赤くなる。これは面白い。
私とラキュースの言い争いに、たっち・みーが困惑しているのが視界の端で分かったが、構わない。彼は私を幸せを教えると言ってくれた。ならば遠慮せず、振り回してやろうじゃないか。
「あなたこそ、会って早々馴れ馴れしいんじゃない?」
「私は一生守ってくれるって言われたわよ?」
「言われてないわよ!! 確かに『幸せになれるよう協力する』とはおっしゃってたけど……」
「ええ? 似たようなものでしょ?」
「似てません!」
ラキュースの声が裏返る。面白い。
こんなふうに軽口を叩ける相手、今までいなかった。隊長と少し冗談を言い合うことはあったが、心の底から楽しいと感じたことはない。私はずっと、自分より強い相手なら誰でもいいと思っていたけれど――違った。たっち・みーのような男でなければ、嫌なのだ。
(初めて母に感謝できる気がする……私を生んでくれてありがとうって)
そう思うと、心がじんわりと温かくなる。後は父親に結婚報告をして、拷問にかけて殺すだけだ。
「はぁ……お二人とも騒がしいのは結構ですが、そろそろ法国に着きますよ?」
隊長がため息をつきながら口を挟む。視線を前方に向けると、遠くに尖塔のシルエットが見えていた。
心が高鳴る。これから、たっち・みーと共に法国で暮らすのだ。これから先、どんな未来が待っているのか――想像するだけで胸がいっぱいになる。
「うん、そろそろだね。ついたらまず、最高執行機関のメンバーと話してもらうことになってるよ」
私が説明すると、ラキュースが目を丸くした。
「最高執行機関……? それって、法国の……」
「うん。ニグンなんて比べ物にならないくらい偉い人たち。実際、この国はたっち・みーを現神人として扱う予定だから、六大神様と同格になるのかな?」
「……!」
ラキュースが絶句するのを横目に、私は笑った。誇らしい気分だ。
隊長が冷静に付け加える。
「その件については未定ですが、いずれにせよ、たっち・みー様の意向に最大限沿う形になるでしょう」
彼の意向――つまり、私たちの未来は彼の手に委ねられているということだ。
ならば私は、彼のそばにいて、全力で彼を幸せにする。たとえ相手が誰でも譲らない。彼は私の――私のものだ。
☆ ☆ ☆
スレイン法国の最奥。神聖不可避の場所。本来であれば部外者が入ることはあり得ない場所。レイモンはこんなに嬉しい日が来るとは思っていなかった……いや一番うれしいのは六大神様が復活を遂げることだ。
しかし今回の嬉しさもそれに準じる物だ。何しろ人間に友好的なぷれいやー様を迎え入れることができたのだから。そしてここまでの案内は番外席次が行った。その顔はまるで恋する乙女のようだ……。彼女にも春が来たかと二重の意味でうれしくなる。
実の親に虐げられた過去を持っている少女が幸せになることと、番外席次とぷれいやー様の間に子供が生まれればどれほどの強さを持った子どもになるかということで。
「ぷれいやー様、お初にお目にかかります、私は法国の最高神官長です。ぷれいやー様にお会いできて大変光栄です」
そして神官長たち私を含めて全員が挨拶をした後、早速最高神官長が本題に入る。
「ぷれいやー様、我々人類は非常に苦しい立場にあります。南の国々では人類は亜人種や異形種のエサとなっております。我々はこの事態を打開したいのです。どうかお力をお貸しください」
「……確かに人類が厳しい状況に置かれているのは私も納得しました。ですがだからと言って、人間以外をすべて殺しつくすのには反対です。私は亜人種であれ異形種であれ、助け合える面はあると思っています」
メンバーの一人が反論しようとしたが、それをぷれいやー様が抑えてつづけた。
「もちろん、これは私が強者ゆえに言える言葉だとは思っています。ですのである程度の協力はしましょう。あなたたちの要請に従いエルフの王は殺しましょう……リーネが望むなら父親を拷問をするのも黙認はしましょう。ですが、亜人種、異形種すべてを抹殺することはできません」
「……我々としましてもエルフの王を殺せるのであれば、他のエルフに関しては共に亜人種や異形種と戦い共存しようという風に舵を切ろうとは考えております。ですが、我々だけでそれを行うのは困難です」
そう言って神官長が一度沈黙を作る。
「我々は生き延びるためになり振りを構うことができませんでした。そのためスルシャーナ様というアンデッドの神々がいるにもかかわらず、人間至上主義を掲げざるを得ませんでした……尤もそうなったのはやはりエルフの王が一番の原因ですが……エルフの王の裏切りにより我々は同種族以外を信頼できなくなったのです」
「なるほど……」
「ですので、我々は指導者を求めています。いえ違います。偶像ではなく、本当に力を持った神を欲しているのです」
「……それが、私ですか?」
「いいでしょ、たっち・みー! この国で神になって私に幸せを教えてよ!」
「……」
番外席次が軽口をたたきながら我々を援護する。よくやってくれた! もっと押してもいい。だがぷれいやー様は兜越しに悩ましいというのような雰囲気が漂ってくる。
「……まず、一つの問題として、私はリアルに帰りたいという気持ちがあります。ですが確かにリアルは地獄なので、妻子や我が主の遺体をこちらにお持ちして、こちらで弔えるのが最善ではないか? そう最近は考えています」
それは嬉しい情報だ。元居た世界よりもこちらの方が居心地がいいと言ってくれるのであれば。番外席次がそっぽを向いている。奥様の話が嫌だったのだろうか……。
「ですが、リアルへ帰る方法がありません」
その言葉が落とされた瞬間、会議室の空気がわずかに揺れた。長大なテーブルの奥、静かに指先を組んだまま言葉を続ける。彼の声は穏やかだが、その裏には計り知れない重みがある。
「
会議室にいる神官たちの間に緊張が走る。誰かが深く息を呑む音が聞こえ、衣擦れの音がかすかに響く。重厚な石造りの壁に掛けられた燭台の炎が揺れ、影が彼らの顔に複雑な表情を描き出した。
「それは――」
最高神官長が声を荒らげかけたが、すぐに感情を押し殺し、深く息を整えた。
「それは
「ほとんど、ということは、例はゼロという訳ではないのですね?」
兜越しの視線が冷ややかに神官長を射抜いた。神官長はしばし沈黙し、やがて観念したように頷く。
「……異形種では確認されていませんが、亜人種では僅かに確認されています」
室内の空気がさらに張り詰めた。異形種での前例はない――しかし可能性は完全には否定できないという事実が、どこか不気味な重さで参加者たちの心にのしかかる。
「では、今後、異形種からもタレントが出てくる可能性がゼロとは断言できないわけですか……難しいですね」
兜の下の声は静かだが、どこか試すようでもあった。そしてぷれいやーさまは考えをまとめるかのように話し出した。こちらにではなく、自分自身の考えを整理しているかのように。
「確率だけで言えば……人間種の生存権を広げ、人口を増やし、エルフやドワーフを含めて保護することが最も確実ですか。……とはいえ、亜人種等からも確認されている以上、完全に無視することはできません」
沈黙が訪れる。燭火の揺れが壁に落とす影が、まるで議論そのものの揺らぎを象徴するかのようだった。
「であれば――」
ぷれいやー様がゆっくりと立ち上がる。その動作だけで部屋の空気が一層張り詰めた。
「私が亜人種や異形種と力を見せて交渉し、人間種を餌にせずに共存するよう仕向ける方がいいか……」
低く響く声が会議室の隅々まで届く。
「例えば、亜人種や異形種が交易で人間以外の食料となるものを望んだ時、出すことは可能でしょうか?」
その問いに答える者はいなかった。やがて、神官長の一人が口を開く。
「……王国が計画通りに国力を増していれば余裕があったでしょうが、現在は……」
わずかに言葉を詰まらせる。
「ギリギリというのが本音です」
ぷれいやー様は頷き、再び椅子に腰を下ろした。
「ふむ……いえ、それは後から考えましょう」
そして今度は、自分たちを見据えたまま問う。そう、自分たちの大事なものを捨てられるかと。
「あなた達は、人間至上主義を捨てることができますか? いえ例えば人間種至上主義など変化させることはできますか?」
最高神官長は顔を上げ、強い声で答えた。
「ぷれいやー様が、この国で現人神として立ってくださるなら、どれだけの月日がかかろうと、必ず成し遂げます。それはお約束できます」
兜の下で視線がわずかに揺れた気がした。
「……返答は、エルフの王を倒してからでいいですか?」
低い声が会議室に響く。
「もしかしたら、それまでに元の世界に戻る方法を思いつくかもしれないので」
神官たちは互いに視線を交わし、やがて最高神官長が静かに頷いた。
「……承知しました」
ぷれいやー様はわずかに肩の力を抜くと、今度は別の話題を切り出した。
「……それと、ニグン殿を通じてお願いしていた件はどうでしたか?」
その言葉に暗澹たる思いがある。できればこの世界にとどまってほしいが、かといって嘘をつくことはできない。正直に話すしかない。
「……はい、確かに六大神様の日記帳は見つかりました。ただ、文字が違うため我々では読めませんが……。さらに他のぷれいやー様や従属神様の記録などもいくつか集めました」
「それで問題ありません」
そう言うと荷物からメガネのようなものを取り出した。
「一応、翻訳するメガネを持っていますので……では、この後さっそく読ませていただきます」
仮面の奥から、わずかに安堵の響きを帯びた声が聞こえた。その瞬間、彼が静かに頭を下げた。
慌てて神官たちも立ち上がり、深々と頭を垂れる。
「あなた達には心から感謝しています」
兜の奥の声は、どこか人間味を帯びていた。
「ですので、できる限り報酬は支払いたいと思っています……金銭がいいですか? 私が持っている武器でも構いませんが」
沈黙を破ったのは別の神官だった。その声は震えていたが、どこか期待に満ちてもいた。
「……それでしたら、漆黒聖典の女たちに子種を授けてはくれませんか?」
「……私は結婚していると言いましたが? それに両親に愛されない子どもを作ることは私のなかではありえません」
「私に幸せを教えてくれるって言ったよね? やっぱり、それは男女の仲になることだと私は思うんだけど。それに法国は一夫多妻制だし。何の問題もないと思うけど」
「……リーネ。確かに幸せを教えるとは言いましたが」
我々に強い言葉で反論していたぷれいやー様だが番外席次には困った子を見るような優しい表情をしているようだ。彼女にはこのまま押し切ってほしい。
「……ですが、例えばです。漆黒聖典の誰かと言ってもほとんど面識はありませんよ? まともにリーネ以外とは話していない。そんな人物と子作りするのは相手も苦痛だと思うのですが?」
「なら、私でいいじゃん。私とならいっぱい話したし、たっち・みーとの間の子どもならどんな子どもでも必ず愛する自信がある!!」
ぷれいやー様は困ったような表情をしながら。いくつかの武器を取り出した……業物だ。
「これはアダマンタイトよりも硬い鉱石で作られた武器です。ひとまず、子どもを作ることは横に置いといて、これらの武器で手を打っていただけませんか? もし望むのであれば鉱石そのものも提供しましょう」
「……では、ひとまずそれでお願いします」
☆ ☆ ☆
「ふむ……これはNPCの業務日報ですか。興味深いですが、私が探している情報ではありませんね」
「これは……リアルへの帰還を求めたプレイヤーの日記ですか……保留ですね」
「次は、六大神の日記ですか」
「サービスが終了するゲーム、ユグドラシルで強制排出まで遊んでいたら、異世界に飛ばされた。自分でも何を言っているかわからないが――」
「……次です。これもプレイヤーの日記ですか」
「ゲームの最後の瞬間を見届けたはずなのに、次に気づいたとき、異世界に立っていた。……何を言っているのか、我ながら理解できないが――」
「……似たような記録がいくつもありますね」
「これらを総合的に考え、ツアーが言ったようにアバターという分身で遊んでいたということを前提にすれば解はただ一つ」
「……………………」
「……………………」
「………………フ、フフフフフ」
クックククククク
アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
「いや、これは……これは実に……!!」
「なるほど、なるほど。モモンガ様たちがユグドラシルへ移住できないわけです」
「それに……言われてみれば、心当たりがある。NPC、ノンプレイヤーキャラクター、そうか、我々は置物だったわけですか」
「だからか、あの時、私が動けなかったのは」
「置物に、魂が宿った。命を持ち、心を持ち、笑い、怒り、泣くようになった……いや、違う、最初から持っていたのか? それとも、創造主が去った瞬間に生まれたのか?」
「いや、それはいい。私は確かにモモンガ様の嘆きを聞いている。それで十分です」
「フフ、いやはや……あまりに単純で、そしてあまりに恐ろしい」
「問題は、この情報を知れば、自分たちが何者であったか気づくナザリックの者がいることですか……最低でもデミウルゴス殿とアルベド殿は気づくでしょう……彼らがこの事実に耐えられるか……捨てられていなければ耐えられるでしょうが」
「そう。この情報の通りなら、モモンガ様以外の至高の御方は、ナザリックを捨てたということになる。自分の創造主に捨てられた……この情報を耐えられるものはどれだけいるか。モモンガ様が最後の時まで捨てなかったという情報があっても辛いでしょうね……」
「この情報は、できるだけナザリックの者に漏れないように隠さなければ……いや、逆に積極的に伝えるべきなのか? 保留ですね。であれば――」
「そして私がすべきことはただ一つ――」
「――竜帝陛下」
「第二の創造主である貴方に、心からの敬意と感謝を」
「あなたのおかげで私は、モモンガ様を――」
「そう、何を犠牲にしようとも、どれだけの年月が必要であろうとも、我が身が永遠に地獄の業火に焼かれることになろうとも……私は今度こそ———……今度こそ、我が神を――」
いつも誤字報告感謝です!